わたしとあなたの夏。

ハコニワ

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二 名取美優

第44話 ヘリコバクター・ピロリ菌

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 おじいちゃんとおばあちゃんは若き頃、揃って、事件の正体を研究していた。まだ、八ページしか見てないが、事件の被害者七件から十二件で村人は偶然的な死因ではなく病死的な死因に変わっている。きっと、この病魔が黒幕と仮説し研究を始めた。
 最初は村人の遺体解剖。誰を選んだのか分からないが、最低でも三人は研究のために、その身を捧げた。そこで三人とも共通のあるモノ・・を見つける。

 胃の中に大量の細菌が発見された。胃の内部は胃液に含まれる強酸によって従来は細菌が生存できないと考えられていた。

 しかし、三人の体には異常にその細菌が生殖していた。

「それがヘリコバクター・ピロリ菌。通称ピロリ菌。この事件の本当の黒幕」
 私は懐中電灯を持ちながら、夜道を歩いた。外はもう、どっぷりと暗くなっていた。街灯が疎らに立っているけどその場を照らすだけのスポットライトで、離れれば、また景色が黒く変わってしまう。
 ので、こんなときのために懐中電灯三つ持ってきて正解だったぁ。
 私より少し前で歩く修斗くんがこちらに顔を向けながら、テクテク歩く。
「事件から約二〇年も歳月を経て、やっと見つけたものだよね? 田村夫妻が」
「うん。おばあちゃんたちがすぐにこれを世に出して、容疑者だった矢田家の汚名を果たし、世界からも絶賛される研究者になった」
 私の背中をくっついて歩いてくるつーちゃんに目がいった。歳上だぞ、と傲慢に満ちていた彼の姿は何処へ。
 顔を真っ青にさせて、今にでも逃げだしそうに涙を浮かべている。
「大丈夫? 帰る?」
「か、帰らねぇし! お前らがもし気絶とかしたら誰が運ぶんだ! その為についてきているだけだし。お前ら弱っちいからな。オレがついてきてやんねぇと無理だろ?」
 その割には、声が怯えている。まったく、素直じゃないんだから。はっきりいって、その目に溜まっている薄涙はお通夜のじゃないと、修斗くんも私も確信している。
 つーちゃんはそれでもついてきてくれるのだから、情は海より深い子なんだと知る。
「でも――……」
 修斗くんが話題を出してきた。相変わらず、前を見ないで。ヒヤヒヤするけど、彼はここの村出身。ここの土地のことを頭のすみから分かっているんだね。低い段差でも、溝でも彼はなんなく回避していく。
「でも、村人から発見された菌は他の人より異質で特殊な菌だった。もともと、生存できない環境でも菌を生殖し、なかでも腸、つまり小腸のほうまで住み着いて中の細菌を咀嚼し、その体の持ち主がなんらかの・ ・ ・ ・ ・行動を起こしたら、小腸を突き破って逃げ出すなんて、考えられないな」
 頭の中を撚るように語る修斗くん。
 なんだか、研究者の血を引いている私より、研究者らしい。

 私たちの会話についていけないつーちゃんは、ぶっきらぼうに訊ねてきた。
「その、なんらかの行動ってなんだよ」
 私は得げに話した。だってこれは、研究者の血を引く私の権限だもんね。
「その行動こそがヤミヨミサマ信仰だったんだよ!」
 かつて、地図からも消えた絶法村で絶対なる信仰者がいた。それはヤミヨミサマ。ヤミヨミサマは夜を好み、灯りが嫌いな女神さま。
 
 矢田家と村長、獅子さんがもし、このピロリ菌の存在を知っていたら? おばあちゃんたちが発見するまで、その細菌はありえないと考えられてたが、その二軒はあの当事、知っていた。
 通常のピロリ菌と違い、村人の体内のピロリ菌は明るい昼間のとき、生殖活動休止となる。にわかには信じがたいがこの村は特殊だったらしい。二軒はその性質を知ったうえ、夜を好み信仰しなかったら細菌に小腸を突き破られて死ぬ「ヤミヨミサマ」をつくったんだ。
 そう、ヤミヨミサマの正体はピロリ菌でもあり、人の想像で作られた偽りの女神。
 冒頭に書かれているヤミヨミサマの伝説は、もはやピロリ菌と言っているをえない。

【夜道で男が歩いておりました。ヤミヨミサマヤミヨミサマ、お迎えですよ。腸ひっくり返して食べましょう】

 ここで、生殖器活動盛んな夜にピロリ菌が細菌を咀嚼し、小腸を突き破る。

【明かりを持った女が歩いておりました。ヤミヨミサマヤミヨミサマ、迎えにこれません。悔しくって水に帰ります】

 真っ昼は生殖活動休止。体内にピロリ菌が潜んでいることさえ忘れてしまいそうです。そして、ピロリ菌の最大の感染源は井戸水だ。井戸水の近くに動物の糞にて感染し、井戸水を飲んだ人間から次々と感染する。だから、感染されないのなら、水のもとに帰るしかない。
 あの当時、どうやって知ったのかよく分からない。おばあちゃんたちが二〇年間、やっと見つけた細菌の存在を理解しといて、対策もせず、崇めてたとは理解できない。
 でも、一つだけ言えるのはこの信仰のおかげで少しでも被害を減らそうと魂胆が見える。信仰しなかった村人の眼前で、細菌より殺生すれば、その信仰心を高め、もっとヤミヨミサマを信仰すれば、きっと細菌も減るだろうと思ったのかもしれない。

 でも生殖活動盛んな夜、おばあちゃんはけっこう外に出歩いてたよね? なのに、小腸を突き破られてない。もしかして、「なんらかの行動」とは別にあるのかもしれない。
 そう、それは信仰よりもよく日常生活であること。例えば、おしくらまんじゅう……とか。

 電車に乗って数分、ニ駅おりた場所にてかつての村があったもとに行く。電車の中は、本当に私たちだけだった。他はガランとしていて夜の怖さが一層引き立つ。
 ここまで、歩いてきて流石に体力がやばいな。膝がガクガク笑っている。汗が額を濡らして顔全体を伝う。背中は洪水だ。化粧してなくて良かった。助かった。
「けっこう遠いんだね」
 私が素っ気なく言うと、修斗くんが口を開いた。
「まぁ、あんなことあったからね」
 その声にどことなく、感情がこもっていないのは気のせいだろうか。
「あっ!」
 つーちゃんが声を上げた。今まで私の背中をくっついてきてた奴が、今は修斗くんの背中にピッタリとくっついている。子泣きジジイか。つーちゃんが驚いて叫んだ理由は、頑丈に封鎖された土地を発見。
 周りから疎外されたように位置する場所。
 鉄製の柵。何重も鎖で巻いた錠。その前に看板が立ってあった。赤い文字で、『入るべからず帰りはない』『ここは私有地』と。
 自分たち倍の鉄製の柵を、協力しあって登った。周りは木々だけで、建物も田畑もない。周りから見られる危険がないのは、動きやすい。
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