わたしとあなたの夏。

ハコニワ

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二 名取美優

第43話 二人の生存者

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 お通夜が始まった。来てくれた方々が室内に入りきれず、廊下のほうまで或いは、玄関までずらと百鬼夜行のように並んでいる。お坊さんの長いお経を延々と音読し、線香をあげる。

 黒い棺桶にピッタリ入ったおばあちゃんは、やせ細り、死んだ人間に似つかない満面の笑顔に満ちていた。
 周囲の人々は私たちを前に一礼して、線香をあげていく。すんと香る線香は、時間が経つにつれ目眩がするほどでした。
 辺りはシクシク泣く声が室内を蠢いている。おばあちゃんのために、こんなにもたくさんの人がきて、赤の他人なのに涙を流して、おばあちゃんはよっぽど好かれてたんだね。
 顔が強面の人も手にハンカチを持って、シクシク泣いている。おばあちゃんは本当に残酷な人だ。
 朝は笑って話しを交してたのに、あのノートのこと聞きたかったのに、最後はなにも言わないで去っていくなんて。こんな大勢の人を泣かせて、遺産のための遺書や家族の遺言もなかった。
 まだ、実感がない。おばあちゃんが死んだこと。おばあちゃんは本当はまだ生きてて、ドッキリでした! といきなり棺桶から飛び出したりするかも。でも、それは私の勝手な思惑で妄想にすぎない。

 おばあちゃんは、幸せだったのかな? 私と同い年ぐらいのときに、悲惨な事件を体験して、生存するも差別にあって、結婚のために実の娘を手放して、本当に息つく暇もない人生。はたして幸せだったのだろうか。死人に口なし。今となっては分からない。
 分からないが、私は幸せだった、と信じたい。笑いながら時には泣いたりしながら、私の愚痴を最後まで聞いてくれたおばあちゃんの顔を忘れない。愚痴でも、私の話しを懸命に聞いてくれたあの優しいおばあちゃんの目は、幸せじゃなかった、とは思いたくはないからだ。

 あっという間にお通夜が終わった。始まったときより終わったときのほうが、ほんとにあっけなく人は散っていく。ほうきで一箇所に集まった落ち葉が、ひらひらと簡単に風に乗るような。
 なんだか、寂しい気持ちになるのは置いといて、まだ、その悲しみの余韻に浸っている人が疎らに会場にいる。
 私たち、家族の前に立ってもう一度礼をしておばあちゃんはこんな方でした。村の危機を救った女性だと涙ながらに語りかけてくる。それが、一人や二人じゃない。
 五~六人だ。おばあちゃんの死がどれだけ、大勢の人の心を動かしたのか私たちは、嫌というほど知ることになる。

 ようやく、会場には親族だけが残った。時計を見ればお通夜が始まって、早、三時間も経っている。
 早く修斗くんとつーちゃんたちのもとに行かなきゃ。深夜あたりになると、流石につーちゃんが怖がって行きたがらないもん。
「お母さん、私、家帰ってるね」
 疲れて横になったお母さんに話しかけた。お通夜だけで、ものすごい人の相手をしたんだもの。どっと疲れるよね。目なんか、真っ赤に腫れて水袋みたいにパンパンだ。一日中泣いたあとは、接待をこなしてたもの。立派だよ。
「そう。お母さんたちはまだ残ってるから、さきに寝なさい」
 お母さんはぐったりした肩を落としたまま、言った。
「うん。少し休んでね」
 そう言って、私は会場をあとにした。お母さんは無感情で私を見送る。きっと、その心には、暴れたいほどなにかを叫んでいるだろう。

 二人は会場を出て外で待っているらしい。急いで我先にと廊下を出た。直後、もう人はいないのだと思っていたがまだ残っていたらしい。年老いた二人のおじさんにぶつかった。
 一人は一昨日、電波塔の帰り道でたまたま会っていきなり話しかけてきたおじさんと、白髪でちょび髭生えたおじさん。

 また厄介な人間と出会ってしまった。電波塔でたまたま会ったおじさんは、つーちゃんのおじいちゃんだ。お通夜でつーちゃんの隣に座ってたし、つーちゃんが爺、と呼んでいたもの。つまり、この人は田村洋介さん。口内から覗く、八重歯は孫と変わらず、昔から健在だ。もう一人は分からないな。
「おっとごめんよ。挨拶だけしたいんだが、お母さんはいるかね?」
 ちょび髭のおじさんが低姿勢で言った。白髪でちょび髭なんて、あと眼鏡さえあれば完全に有名な某店の看板おじさんだ。わりとハスキーでよく頭に通る声。つーちゃんのおじいちゃんと同い年か、その下をいってるおじさんで。
 腰はシャキ、てしててこれはまた、おじいちゃんとは呼ばれなさそうな厳しい雰囲気を持ったおじさんだ。
「怖がっているじゃないか。たまには笑ったほうが為だよ? 村長さん」
 隣にいた洋介さんが温厚に間に入ってきた。ちょび髭おじさんが苦をつつかれた顔して、コホンと咳払いする。
「申し訳ない。僕は村長の八尾です」
 八尾ってどこかで聞き覚えがある。村のパンフレットとかのチラシじゃないよ。最近、誰から聞いた名前でもなく、どこかのチラシでひと目見てしまった名前ではない。あのノートの中にも確か、八尾て名前が一人いた。
 八尾ていう名前を聞いた瞬間、あ、と思わず誰かを思い浮かべた。まさかまさかと思い、おずおずと訊ねることにしてみた。
「まさか、あの事件の……?」
 二人はあからさまに、反応してみせた。スイッチがたった今入ったロボットのようにぎごちない。

 その反応からして、間違いなくその人だと容易に分かった。事件当時、五歳だった子どもが今や村を率いる村長になってるなんて、当時は誰も思いつかないでしょう。
「君の祖父母さんには感謝しているよ。村のまちづくりから、研究までね。偏見な目にあってまでもあの研究を世に出してくれたこと、感謝している」
 八尾村長がハンカチで涙を拭った。一見、厳しそうな印象ががらりと変わった。眼前にいるのは、おばあちゃんの死に感情をさらけ出している人だ。
 私はなんて応えたらいいのか分からず、失礼します、とだけ言ってこの場を去ってしまった。

 応えるべき返事はありがとうございます? それとも、おばあちゃんは幸せだったので泣かないで下さい? 分からない。全然分からない。このとき、逃げるように去ってしまったこと、後悔してしまいそうで怖い。

 外に出て、二人と集合しました。つーちゃんは目を釣り上げて怒ってくる。
「何分待たせんだ! 早く行くぞっ!!」
 とね。暗くなったことでますます、苛立ちが増しているように見える。
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