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虚(うつろ) 終
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昔からそうだった。外見のせいで女子からは嫌悪され、男子からは直接的嫌がらせを受けてきた。
男が逃げ場を求め、絶対不可侵の自室に閉じこもるようになったのは当然の選択だったと思っていた。
だが、その在り方が周囲の人間を不幸にしていることも、男は理解しているつもりだった。少なくとも母親には、謝っても謝り切れないくらいの苦労を強いてきた。
しかし、それを正当化しようとする自分も内在しているため、いつも母親には辛く当たってしまう。その繰り返しだった。
男が唯一外の世界と繋がれる媒体がインターネットであり、そして盗聴器だった。自分でも歪んでいるということは承知している。それでも、イヤホンから聞こえてくる外の声が、男にとってはどうしようもなく強い繋がりを感じられる媒体だったのである。
だから、男はそれを守り抜きたいと思った。
ある日、イヤホンから聞こえてきた、バレリーナの悲鳴。人が命を奪われる瞬間というのを、聴力だけを通して実感した男は、翌日、足が切断された女性の死体が発見されたことをネットのニュースで知り、その日から悪夢を見るようになった。
本当は警察に連絡を入れるべきだと思った。
だが、それができなかったのは、自分の身が可愛いからだ。
盗聴していたことを知られるのが、怖かった。だから、一人の少女が殺された真相をこの小さな部屋に隠した。隠して、何事もなかったかのようにまた怠惰な日々を過ごした。
しかし、男はもうひとつの盗聴器。もうひとつの繋がりから、ある声を聞いてしまった。
バレリーナの絶叫。その隙間を縫うようにして聞こえてきた、中性的な声の、しかし確かに男の笑い声。それは殺人犯の声だった。
それと全く同じ声音がもうひとつの盗聴器からも聞こえてきた瞬間から、男は決心していた。自分の身が可愛くて、報いることができなかったバレリーナの命。それに報いるためにも、次は救ってみせる。少女を守るために盗聴しているんだという嘘を、真実にするために。そのために、どんな手段を用いても、殺人鬼の毒牙から護ってみせると誓ったのだ。
そう、彼女を〝誘拐〟してでも。
この四畳半の世界は、少なくとも安全だったから。ほんの数分前までは。
男は、朦朧とする意識の中で椅子に縛られた少女の姿を捉える。そうすると嫌でも目に飛び込んでくるのは、男と少女の間に立つ、一見すると幼い少年の下卑た笑い顔と、振り上げるバット。その矛先が自分に向いている間はいい。本当は嫌だが、それでもいいと思えた。
だがどうか、その牙が少女にだけは向かなければいいと、心から思う。少女の身動きを奪ってしまったことは、やはり失敗だった。
遠ざかる意識の中、聞こえてくるのは、あの日、バレリーナの悲鳴と共にイヤホンから聞こえてきた身の気もよだつ笑い声。
殺人犯の声と、少年の笑い声は一致していた。
男が逃げ場を求め、絶対不可侵の自室に閉じこもるようになったのは当然の選択だったと思っていた。
だが、その在り方が周囲の人間を不幸にしていることも、男は理解しているつもりだった。少なくとも母親には、謝っても謝り切れないくらいの苦労を強いてきた。
しかし、それを正当化しようとする自分も内在しているため、いつも母親には辛く当たってしまう。その繰り返しだった。
男が唯一外の世界と繋がれる媒体がインターネットであり、そして盗聴器だった。自分でも歪んでいるということは承知している。それでも、イヤホンから聞こえてくる外の声が、男にとってはどうしようもなく強い繋がりを感じられる媒体だったのである。
だから、男はそれを守り抜きたいと思った。
ある日、イヤホンから聞こえてきた、バレリーナの悲鳴。人が命を奪われる瞬間というのを、聴力だけを通して実感した男は、翌日、足が切断された女性の死体が発見されたことをネットのニュースで知り、その日から悪夢を見るようになった。
本当は警察に連絡を入れるべきだと思った。
だが、それができなかったのは、自分の身が可愛いからだ。
盗聴していたことを知られるのが、怖かった。だから、一人の少女が殺された真相をこの小さな部屋に隠した。隠して、何事もなかったかのようにまた怠惰な日々を過ごした。
しかし、男はもうひとつの盗聴器。もうひとつの繋がりから、ある声を聞いてしまった。
バレリーナの絶叫。その隙間を縫うようにして聞こえてきた、中性的な声の、しかし確かに男の笑い声。それは殺人犯の声だった。
それと全く同じ声音がもうひとつの盗聴器からも聞こえてきた瞬間から、男は決心していた。自分の身が可愛くて、報いることができなかったバレリーナの命。それに報いるためにも、次は救ってみせる。少女を守るために盗聴しているんだという嘘を、真実にするために。そのために、どんな手段を用いても、殺人鬼の毒牙から護ってみせると誓ったのだ。
そう、彼女を〝誘拐〟してでも。
この四畳半の世界は、少なくとも安全だったから。ほんの数分前までは。
男は、朦朧とする意識の中で椅子に縛られた少女の姿を捉える。そうすると嫌でも目に飛び込んでくるのは、男と少女の間に立つ、一見すると幼い少年の下卑た笑い顔と、振り上げるバット。その矛先が自分に向いている間はいい。本当は嫌だが、それでもいいと思えた。
だがどうか、その牙が少女にだけは向かなければいいと、心から思う。少女の身動きを奪ってしまったことは、やはり失敗だった。
遠ざかる意識の中、聞こえてくるのは、あの日、バレリーナの悲鳴と共にイヤホンから聞こえてきた身の気もよだつ笑い声。
殺人犯の声と、少年の笑い声は一致していた。
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