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「幸せに、なって、ほしい」
しおりを挟む出会ってから半年ほど経って、ついに辛抱たまらなくなった。
なのでボクの方から襲った。かなり本格的に襲った。
なにしろ彼は警察組織に所属し、日々悪漢たちを取り締まりなんちゃらという悪の組織の残党を追いかけている屈強な男である。
口だけは達者でひ弱なボクなんかが力で敵う相手ではない。
というわけで、お手製の痺れ薬を盛って動けなくなっている所を縛り上げた。
不覚、と顔にかいてあった。
もちろん命を奪おうとしたわけではない。ただ抱いてほしかっただけなので、さっさと服を脱がせて跨った。
男はこのまま殺されるとでも思っていたのだろうか、彼のズボンをズリ下げて陰茎をしゃぶり始めたボクに呆気にとられたような顔をして、次の瞬間耳まで真っ赤に染まった。
ちなみに、「な……なにをいっているんだ、そんな破廉恥な!」というセリフは、この時ボクが「アンタとセックスしたい」と告げたことへの返答だった。
何発か尻で搾り取ってから男の拘束を解くと、初めて本気でキレた男に怒鳴られた。
さすが鬼の少将と呼ばれる男なだけあって、地獄の底から這い出てきたような怒声にはかなり肝が冷えた。
だがボクだって、だてに場数を踏んでいない。
だって抱いてほしかったんだもん怒鳴らないで怖いよ、アンタだって気持ちよさそうだったじゃんあっさりボクの中に四発も出しといてさ早漏かよ、でもボクもすっごく気持ちよかったもうアンタじゃないとダメみたいアンタが好きすごく好き、もう離れらんないお願い捨てないでボクのこと好きになって好きになれよこら、と。
懇願なのか罵詈雑言なのか褒めているのかけなしているのかボクも必死すぎてよくわからなくなったけど、とりあえずそんなことを叫んだ。
すると男は、「ど、どなってわるかった」と子どものようにおろおろし始めた。
初めてだったんだ、と続いた消え入るような声に驚きつつ、今だと思って泣き落としにかかった。
コイビトになってくれなきゃアンタが童貞だったこともあの鬼の少将がまんまとボクに拘束されたあげくボクの尻に童貞奪われたってことも言いふらすからな、あとアンタがしてくれなかったらボクまた外に出て客を取りまくるし痛いプレイもたくさんして傷だらけになるし、タバコも一日五百本ぐらい吸いまくるし薬にも手え出すから廃人になるぞそれでもいいのかよ、え!? と泣きながら喚いたらほだされてくれた……ほぼ脅しだったのかもしれないが。
とまあ、そんな感じで。
捨て身になったボクの頑張りのおかげで、ボクたちの関係は始まった。
ついでに、男が童貞だったことと薬を盛って男の童貞を奪ったことは仲良くなった彼の部下の一人にバラした。
笑いを堪え、結局耐え切れず噴き出してしまった部下の前でバツの悪そうな顔をしていた男を思い出すだけで、笑えてくる。
もちろん、初めは男もかなり困惑していたけれども、好きだ好きだと言い続けていたら次第に同じ言葉を返してくれるようになった。
また初めてをボクに奪われ、間抜けにも4発も搾り取られてしまったことがよっぽど衝撃的だったのだろう、二回目をやろうと誘っても案外すんなりと体を重ねてくれた。
しまいにはボクを、亡くなった弟さんの奥さんやその子どもにも引き合わせてくれた。
彼にしては珍しく照れくさそうに、ボクのことを恋人なんだと紹介してくれた。
強引に始まった関係だったけど、男はボクのことを大切にしてくれた。
大きな隊の責任者として様々な重責を背負い、かつて亡くしてしまった部下や大切な人のために毎日その身を削って頑張っているというのに、そんなことをおくびにも出さずボクの世話を焼き、ボクを支えてくれた。
何をしたらいいのかもわからず、あのスラム街でただ腐りながら生きていたボクにとって、男との愛に満ち溢れた生活はとてもむず痒く、地に足がついていないかのようにふわふわとしていた。
あんな風に心の底から笑えたのは、初めてだった。
そんな優しい彼が傍にいてくれたからこそ、ボクも進むべき未来を見つけることができた。
「ふ、ぁ……ん、ん、ねえ、ボク……ね」
激しく乱され、前後不覚になるまで溶かされながら。
「アンタの、苦しいの……ぜん、ぶ、とりのぞいて、あげたいんだ……」
「レヴィ?」
「幸せに、なって、ほしい」
誰よりも。
男の目尻が、愛おしいものを見るかのように緩んだ。
その下がった目の端にうんと首を伸ばして口づける。汗の味がした。
「そうだな。それには、おまえの存在が必要だ」
「……え?」
「おまえが、俺を幸せにしてくれ……死が二人を分かつ、最後の時まで」
手を取られ、左手の薬指にキスをされて顔がほころぶ。
あ、珍しく照れた顔。
「うん──うん、まかせ、て。がんば、る」
涙がころりと零れ落ちた。優しい指先で流れるそれを拭われる。
うん、まかせて、まかせてね。ボク、頑張るからね。
心の中だけで反芻する。
絶対、何に変えてもアンタを幸せにしてあげるから。
「すき、すきぃ、だいすき」
「ああ、俺もだ。おまえが好きだ」
「も……好きで、すきで、苦しいよ」
「俺もだ」
「ホン、ト?」
「ああ」
「うそ、いってない?」
「いうわけがないだろう……俺もおまえが可愛くて可愛くて仕方がなくて、苦しい」
「あっ……、ぁあ、あ」
男の一部が埋まっている下腹部を撫ぜられただけで、声を抑えることもできなくなるこの体。
誰かを悦ばせるための演技なんかじゃない。本当に体と心がこの男を求め、感じていた。
「いっぱい、して」
「ああ」
触れ合った部分が熱くて熱くて溶けてしまいそうだ。
きっと、こんなに大好きな相手には二度と出会えない。
ボクにとって彼は、生涯でただ一人の男だ。
「あの、ね? ボク、しぬ、まで……ね」
どこまでも落ちてしまいそうな快楽に身を委ねきってしまう前に、夢見心地のまま告げる。
「死ぬまで、アンタのこと、好きだ……死が、二人を分かつ……その時まで」
形のいい耳朶に唇を寄せてささやく。
男はやっぱりどこかぎこちなく、けれどもそれはそれは嬉しそうに破顔した。
その微笑みに、ボクは誓った。
命をかけて、この男を愛することを。
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