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第四十四話 廃坑のゴーレム
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依頼をやりすぎた形で達成した一行は気分の高揚がおさまり少しばかり冷静になった途端にちょっと頭を抱えた。
目の前にはキメラの山。
背後にはオリンドによって暴き出された魔法陣が再起動を始めた遺跡。
「…もしや…。やりすぎたか?俺たち」
「やりすぎ、かもしれませんね」
「キメラ全滅に遺跡丸裸だものね」
「えっ、じゃあ探し当てたやつ、返してきたほうがいい?」
「いやいやいやそれは無いわオーリン。せっかくだもん、それは持ってこう」
「そうだぞ、種芋じゃあるまいし埋め直してどうする。そいつはともかく、魔法陣の方だ。まさか浄化の遺跡とはなあ…」
オリンドが奥に教会みたいな部屋があるというのでエウフェリオの各種魔法をふんだんにかけてもらい、スポンジケーキをスプーンで掬うような感触に盛り上がって童心に返り楽しく全員で掘り起こしてみたところ、往時は大層崇拝されたであろう荘厳な像の設置された神聖な部屋に、これまた巨大で緻密な魔法陣が現れた。
エウフェリオとウェンシェスランにより浄化の魔法陣と判明したが効果の範囲がわからないと悩んでいると、オリンドがたぶんこの森全体だと呆気なく言った。
「それにつけてもリンちゃんの魔法陣解析よ。転送陣の行き先を見てるって聞いた時は、正直どういうことだか飲み込めてなかったんだけど、まさか陣の魔素が繋がってる先を見てたなんてね…」
現状で行われている魔法陣の効果範囲や影響力の解析は、発動しない程度の微力な魔力を流し続け、その流れを読むというものだがこれに大半、いや、八割から九割方の時間が費やされる。ところがオリンドは魔力を流さず魔素を見るというのだから驚く他無い。
「ええ。しかし言われてみれば納得ですね。効果を及ぼせるということは何かしら影響の及ぶように繋がっているということでしょうし。私のスキルでは大気の魔素と判別が付きませんが…。ふむ。この行ったことのある場所を繋げられる超長距離転移魔法の書も、やはり色々な場所に魔素を飛ばしているわけですか?」
そういえば、と気になってエウフェリオはオリンドに尋ねた。現代の転送陣は固定された一箇所とのみ行き来が出来るだけのもので、この書のように訪れた場所を任意で複数箇所繋ぐなど魔素の流れが想像も付かない。その辺り、内容を全て解読できれば判明するのかもしれないが、残念ながら今のところ読み解けたのは使用方法くらいのものだ。
「んん、それが、古代魔法のやつはみんなよくわからない。発動するととんでもない量の魔素が溢れ出してくるのに、普段はなにも出てないから。これは発動してるとこ見てないからなんとも言えないけど、やっぱり今はものすごく魔力が高いだけで魔素は出てない」
「ほう。興味深いですね」
「うおお、そっちの話はなにがなんだかわからん!…とりあえず、どうしよ。みんな持ってってギルマスに謝るか!」
聞いてると頭が痛くなってくる。と、アレグは再び頭を抱え、切り上げるための提案をした。
「ま。報告の方はそうだな。なるようになるだろ」
「そうですね。浄化の魔法陣も再度止めるなどというのもなんですし、このままにして行きますか」
「そうね…。でもさ、二時間足らず…くらいかしら?そんな短時間で遺跡に眠ってたもの全部掘り返したなんて言ったら、どう頑張っても情報も漏れちゃうでしょうし、リンちゃんに注目集まりすぎちゃうと思うのね」
太陽の位置で大まかに時間を計算したウェンシェスランの言に、ここのギルドの執務室へ好奇心丸出しで寄ってきていた職員たちを思い出した誰もが、ああ、と頷いた。
「えっ?…俺?」
なんで俺なんかに?
自身の探査スキルが思っていたより過分に有能だったことは教え込まれ自覚を持ちつつあるが、いまだに勇者一行の一員であるという自覚は芽生えかねているオリンドがきょとんと首を傾げる。
「あんまり自分たちで言いたかないがな。良くも悪くも目立つんだ俺たちは。おまえさんもその一員になったんだ、他人より変わったことすりゃ即座に話題の種にされるってことさ。ま、関係なく好きに過ごせばいいけどな」
「あうああ…」
そうかそして吟遊詩人の餌食になるのか。め、目立つのはやだな…。
ほんの少し想像したオリンドはちょっとばかり青褪める。
「リンちゃん一人でものの五分もかからず全部暴いたなんて歌われちゃうかもしれないわね」
「五分じゃ掘れない!五分じゃ掘れないから!」
「ふふふ。そう歌わせないためにも、逆に脚色してはどうでしょう。ほとんど半日かけて遺跡全体を掘り返し、見つけたのが魔法陣といくつかの魔石。ということで」
「ああ。いいんじゃないか?浄化は目玉だが、全部掘って魔石が数個かよ。ってのは絶妙にガッカリだ」
「残りはグラプトベリアで換金するなりすりゃいいもんな。賛成ー!そんじゃ飯にしよ飯!飯!」
ものすごくお腹すいたモードのアレグが一生懸命に切り上げて食事に持って行こうとするのに軽く笑い合い、あとはブーファン冒険者ギルドのマスターに丸投げもとい委ねようと決めた一行はオリンドを除いて腕輪を着けるとブーファンの街に戻った。昼食を兼ねた夕食を済ませ多少の買い物などして夜を待ち、ソワソワとしながらギルドに向かう。
とはいえ、こんな報告をするのに座るのも申し訳ない。ソファを固辞した面々は腕を後ろに組み背筋を伸ばして執務机の前に並び立ち、エウフェリオ立案の筋書き通りに報告した。
「なんだって!?…キメラ全滅!?遺跡空っぽにした!?…はああ!?しかも浄化の遺跡だった…!?」
果たして報告を受けたギルドマスター、マルティナは牙を剥き出さんばかりの迫力で半分白髪の頭を抱えて天井を仰いだ。
やっぱダメか。どれだけ怒られるんだろう。
少しだけ目を泳がせつつ覚悟を決めた時。
「よくやったよあんたたち!さすが勇者一行だね!カロンがベタ褒めするだけのことはあらあな…!」
明るいはずだが底冷えのするような笑顔で天井から視線を戻した彼女に全員が飛び上がる寸前までぎょっとした。いや、オリンドは飛び上がってエウフェリオの背に隠れた。
「遺跡の浄化能力については後日調査団を派遣するとして…。いやいや困り果てていたんだよヤトロファ遺跡の周りは!討伐してもしても凶暴な魔物や魔獣が湧いてくるもんだから年中人手不足だし怪我人も続出だし、最近は投げ出す冒険者も多くなってきてね。とうとう森を挟んだ向こうとの交易も危うくなってきてたとこだったんだよ。遺跡の能力が浄化ってことはなにかい?魔除けにもなるってことかい?そいつは大助かりだ。…いやはや何もかも助かるねえ。ありがたい!…しかしあれだね、その見返りがなんだって?半日かけて遺跡全部掘っくり返したってのに魔石数個?…ショボいねええ。そりゃ貧乏くじだったろう?…ついては、滞ってる依頼に破格の報酬…」
「どういたしまして、人助けになったようでなによりです!しかしながら我々に別途の依頼を受ける余裕はありません、キメラの売価で十分ですので!」
何だその依頼書の量は。
執務机の引き出しからマルティナの手に取られようとしていた依頼書原本の束が指をいっぱいに開いて掴めるか掴めないかほどの厚みになっていることをちらりと目にしたエウフェリオが即座に断りを入れる。
冗談では無い、こちとらバカンス気分を味わおうという意図もあって常春のモンソニア国はブーファンに来たのだ。しかも依頼も堪能して帰宅を待つばかりの気持ちに今更再燃など促せようか。
「そこをなんとか」
「いや、悪ぃけど俺らも予定があるし…」
さすがのアレグも執務机に乗せられた依頼書の枚数にゾッとして両手を振った。
というか断りを入れているのに何故引っ込めないのか。
「せめてこの二十年ものだけでも」
「酒みたいに言うな。聞いたことねえぞ二十年も醸されてる依頼なんざ。どれだけ発酵してるんだ」
精々がとこ五年も掲示板で干されていれば誰かが仕方なく奉仕精神を発揮して受けるものだが。それが何故にそんな長期に渡り手を付けられていないのか。
「いや、これがねえ…」
「待ってください、聞きません。内容は聞きませんから!」
「スフマカンゴーレムが出るって鉱山なんだけど」
「スフマカン…!?ゴーレム!?」
スフマカンと言えば銀地に淡い玉虫色の肌をした、圧縮、衝撃、ねじれ、剪断など、あらゆる強度が他の金属を圧倒する、まさに最高峰の金属だ。また、その強度の割に質量は軽く、魔力耐性にも優れている。反面、加工難易度の高さから扱える鍛冶屋はごく限られているものの全ての金属加工業に携わる者の憧れの的であり、スフマカンを素材にした鎧は最上級と言われ冒険者の憧れでもある。
残念ながら鎧作成まで漕ぎ着けられた鍛治師は居ないのが現状だが。
そんな鉱石の名を冠するゴーレムが出るなどと聞いたアレグの目が強く輝き、一行はこれはダメだと眉間を強く指で押さえた。
エウフェリオの背中でこっそりとオリンドも目を輝かせているのに気付いたのは、満足げな顔で頷くマルティナだけだった。
「っていうわけだから、もう一泊させてほしいの!」
「うんうん。改装が始まるまでは好きに…というか、久しぶりなんだ、できるだけ長く居てくれると嬉しいよ」
「やーん。父さん大好きぃ!」
「はっはっは。父さんもシェスカのこと大好きだよ」
とても微笑ましい親子の会話で連泊することも決まり、ゴーレム討伐の準備を整えありがたく宿泊させてもらった翌朝、ブーファンの誇る辻馬車に送られ早くからアレグたちは廃坑の前に立った。この上は即行で終わらせて早目に帰る気満々だ。
「っひゃああ…、て、天眼馬、想像どころじゃなく大きかった…」
贈られた鞄に使われている皮革の元があの馬なのか。と、オリンドは馬車を引いていたモンソニア国の固有種である天眼馬を思い返して背筋を感動に震わせる。
人の背丈の二倍ほどはある黒馬は見事な筋肉を纏い、厚みのある皮膚の下に這わされた血管の太さに否応無く逞しさを感じさせられた。なによりも目を引く背中の六枚羽が美しく力強い。そしてまさか車体ごと宙に浮こうとは思いも寄らなかった。おかげで動き始めてすぐに叫ぶことになったが。
「ちょっとかなり揺れるのが難点だけどね。あれ以上に速い馬車は無いんじゃないかしら。うふふ。他の国ではお目にかかれないわよ」
当然その分お値段も並の辻馬車の比では無い。
「そ、そ、そうだよね…空飛ぶんだから」
普通に走っても速そうなのに道なんか関係ないんだし。
そうかモンソニアでしか見られないのか。かっこいい馬だったなあ。と、オリンドは鞄を抱きしめる。
「ふふ。良い記念になったようで何よりです」
「うん!…帰りもあれに乗るのかあ」
「おいおい、着いたばかりでもう帰りのことか?」
イドリックが笑ってからかってくるのにオリンドも笑い返した。
「え、へへ。…あっ、でもスフマカンゴーレムも楽しみ!」
「おっ!?マジで!?…オーリンが魔物を狩るの楽しみって言うの初めてじゃん!?」
珍しいな。とアレグが目を丸くする。
「うん…。で、できたら採掘してみたい…」
「採掘う!?…ゴーレムを!?」
これにはアレグのみならず全員が驚いた。しかし見ればオリンドはいつのまに手にしていたのか鶴嘴をしっかりと握り頬を興奮に染めている。
「そ、そう。採掘…!」
「採掘…。鶴嘴で?…ガツーンと?」
なにそれどういうこと。アレグが聞くとオリンドは上気した顔を何度も頷かせた。
「うん…!採掘で…!し、し、仕留めてみたい…っ!」
「ええーっ!?…なんだそれ、見たい!すげえ見たい!…えっ、俺手伝えることある!?」
出会ったら一発で仕留めてやる。と息巻いていたアレグだったが鶴嘴で倒すというオリンドの言葉に俄然興味が湧いた。
「え、えっと。俺も、かじり聞いたことしか無いんだけど、岩と同じで目を読んで核のど真ん中を打ち抜くんだって、話だから…その…。あっ。…えっ?…それ、俺じゃ無理なんじゃ…?」
そんなの動きが止まってなければ不可能だ。というかマッドゴーレムのような下位種ならともかくスフマカンであるなら間違いなく最上位種であろう。思い当たったオリンドはスフマカンの名に沸騰していた脳の熱が冷め一気に悄気た。
「いやいやいや!せっかくおまえさんがやる気になったんだ。俺たちが何でも手伝う。やる前から諦めるな!」
「そうよ、リッちゃんの言うとおりだわ!あたしたちがサポートする!リンちゃんは心配しないでガツーンとかませばいいのよ!」
「サポート…昨日みたいな?」
「ええ。昨日みたいに私が防壁に身体強化と速度増加の魔法で補助します。鶴嘴も強化しますから。追突や薙ぎ払いの防御はリックに任せて。シェスカに動体視力などの細かな強化もかけてもらいましょう。戦闘時にはアルに引き付けてもらって、その間に貴方はゴーレムの目を読んでください。なに、一度で仕留めようなんて思わなくていいんですよ。何度でも挑戦しましょう」
「そうそう!俺たちに任せとけ!」
温かく力強い言葉の数々に一度は落とした肩を跳ね上げてオリンドは顔を真っ赤にした。なんて優しさ。なんて頼り甲斐。いつだって歩調を合わせてくれて時には立ち止まって考え手を差し伸べてくれる。
嬉しくて嬉しくて夢中になって頷いた。溢れそうな涙を手の甲で拭い、もう一度鶴嘴をしっかりと握りしめる。
「や、やってみる…!」
林檎のような顔で言うオリンドに満面の笑顔で頷き返し、一行は颯爽と廃坑の奥へ躍り進んだ。
坑道の中はあちらこちらに採掘道具が打ち捨てられ、中には金鉱を積んだまま放置されたトロッコも朽ちており、当時の鉱員がどれだけ命からがら逃げ出したのかが伺えた。今更だが本当に自分に成し得るのか。中の様子を見るだに自信を失くして丸まっていく背を、エウフェリオが優しく撫でる。
「大丈夫。やってみるだけやってみればいいんです。どうしてもダメだったらアルに譲ればいいんですから」
「…あ。そ、そうか…。そういえばアレグ…が狩りたくて決まった依頼だった…」
思い出したようにオリンドが呟く。
「ぶっは!そうそう!言い出しっぺは俺だから!」
「えっ、ま、万が一いけちゃったら、俺が狩っていいの?」
「そりゃあもちろん!たくさん経験積んでくれよ!」
「うあ。…ありがとう…!」
経験。そうか経験か。この先、いろんなところに付いていく時に、俺が動けるようになってたほうが良いってことだ。
そうと腑に落ちれば肝が据わるのも早かった。自然と索敵していた目標に向けて歩く足も早まり臍の下に力強さが宿って背筋も伸びる。
「がんばる…!」
限界まで強化してもらった鶴嘴を構え、ひときわ広い採掘跡に躍り出た。
掘削の痕が残る広場の一部に巨大な岩の塊がある。
「い…居た」
「えっ、まじ?あれ?」
言われて聖剣を構えたアレグだが目の前にあるのはどこからどう見てもただの岩だ。一瞬拍子抜けしかけたが、しかしオリンドがあれだと言うならそうに違いない。気を引き締め直し油断なく眺めていると、小屋ほどもあるその岩がゆっくりと身を起こした。長らく動いていなかったであろう身に降り積もった土砂が動きにつれて崩れ落ち、徐に人型が現れ出す。その関節部には僅かに淡い玉虫色が見て取れた。間違いなくスフマカンゴーレムだ。
「あわ、あわわわわ」
覚悟は決めたものの、あまりの大きさにオリンドの腰が抜けかけた。その頭をイドリックが大きな手で軽く宥めるように叩く。
「よしよし、落ち着けオーリン。まずアルが引き付ける。そうしたら可能な限り俺も動きを止めに入るからな。じっくりと狙えよ?」
「えうっ、…うんっ!わかった!」
ごぎりと音がしそうなほど緊張した面持ちで頷く姿に苦笑して、エウフェリオも彼の肩を撫でた。
「私も重力魔法で抑えますから、ゆっくりでいいですよ。さあ、息を深く吸って…そう、そおっと吐いて…いいですよ。もう一度。繰り返しながら聞いてくださいね。目標の全体は捉えていますか?」
「…うん」
「そう。ゆっくり吐いて。…では、動きは捉えられていますか?」
「はふ…。うん。大丈夫」
「いい調子です」
エウフェリオがオリンドを落ち着けている間にアレグが飛び出し、軽やかにスフマカンゴーレムの体躯を駆け上がる。まるで遊戯のようだ。しかし何かに躓いたかのごとく一瞬よろめく。
「っ!?うおお!?マジかこいつ近付くだけで何か小せえダメージ入る!おまえら気ぃ付けろよ!?」
「はああ!?ってこたあ極小範囲の常時発動型魔法か何かか!?おい、フェリ!俺らはいいからオーリンにしっかり防壁張ってやれ!」
続いて後を追っていたイドリックはそれだけ指示すると巨大な手足の動きを最小限の盾捌きでもって封じにかかる。持続して入るというダメージは小さいとはいえ痛みはあるだろうに、これまた児戯でも行っているように楽しげだ。
そんな二人に抜け目なく回復魔法をかけたウェンシェスランが一旦振り返る。
「じゃ、リンちゃん。動体視力強化かけるわよ。…どう?ばっちり?」
「…うん。見えた。ありがとう、行っ…」
「待って待って。焦らないで。フェリちゃんの防壁がまだでしょ?あたしも精神安定を追加するから」
逸る気持ちに浮かされかけたオリンドを引き留め、ウェンシェスランは心を癒す魔法も注いでくれた。瞬く間に焦る気持ちが落ち着き、心地良い高揚感が体を包んだ。
「ふは。…あ、ありがとう。すごい、さっきより良く見える」
「落ち着きましたね。はい、では物理と魔法の防壁を…これで仕上がりです。行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる!」
スキルを集中させてじっくりと見詰めれば、針の穴程度の目が暴れるスフマカンゴーレムの胸元にくっきりと浮かび上がる。感動にオリンドは駆け出した。防壁が軽い何かを弾く音が断続的に聞こえる中、アレグに鍛えられた手足が思うように動き、イドリックに習った体が考えるとおりに身をこなす。ウェンシェスランの魔法で高まった視力と心は激しい景色の流動をものともせず目標を捉え、エウフェリオに強化してもらった肉体が鶴の嘴を針穴に吸い込ませた。
「…っっづ!」
予想よりも重く硬い反動が両腕の骨を軋ませる。
「止まんなオーリン!打ち抜け!!」
「ふぐっ!…うんぁあ!!」
アレグの声に背を押され考えるより先に歯を食いしばり全身の筋肉を惜しみ無く使って振り抜いた。腕を押し返していた圧力が一点を超えたところであっという間に消え失せ、勢いのまま空に体が投げ出される。
抜けた。と思った途端に重く低い鐘に似た音が坑道を震わせた。ゴーレムの断末魔だ。
「…えっ…、うそ…?」
嘘だろ一発で?いやいやそんなまさかアレグじゃあるまいし俺が?いっぱい強化してもらったとはいえ…。
「いよっしゃー!!やりやがったなオーリン!…うわ!?あっぶね、落ちるぞ!!」
紫がかった牡丹色の核が砕け降り注ぐ中、スフマカンゴーレムの巨躯を突き抜けて落下しかけたオリンドの体をアレグが受け止め、壁を経由して地面に滑り降りた。
「ひ…ひぇええ…」
抱えられたまま腰を抜かしたオリンドに駆け寄ったイドリックが、ぐしぐしと頭を撫で付ける。
「よくやったぞオーリン!えらい!よくぞあそこで堪えて振り抜いた!」
「すっごおい!やったわねリンちゃん!まさかの一撃よお!」
小走りに寄ってきたウェンシェスランがそのまま飛び付いてきてアレグごと地面に転がった。
「あ痛ーっ!なにすんだよシェスカ!」
「だって嬉しいんだもんー!」
「わかるけど!重いんだよ、どけえ!」
「おやおや、それは禁句ですよアル」
同じく駆け寄って賛辞をかけようとしたエウフェリオだったが即座にオリンドを起こして抱えるとアレグから飛び退った。イドリックは一拍前に距離を取っている。
「あっ!うそ!冗談!冗談だってシェスカ!ていうかオーリンの見せ場でそんな…」
「問答無用!!」
坑道に真っ黒な回復魔法使いの声と聖杖の一撃音が鳴り響いた。
目の前にはキメラの山。
背後にはオリンドによって暴き出された魔法陣が再起動を始めた遺跡。
「…もしや…。やりすぎたか?俺たち」
「やりすぎ、かもしれませんね」
「キメラ全滅に遺跡丸裸だものね」
「えっ、じゃあ探し当てたやつ、返してきたほうがいい?」
「いやいやいやそれは無いわオーリン。せっかくだもん、それは持ってこう」
「そうだぞ、種芋じゃあるまいし埋め直してどうする。そいつはともかく、魔法陣の方だ。まさか浄化の遺跡とはなあ…」
オリンドが奥に教会みたいな部屋があるというのでエウフェリオの各種魔法をふんだんにかけてもらい、スポンジケーキをスプーンで掬うような感触に盛り上がって童心に返り楽しく全員で掘り起こしてみたところ、往時は大層崇拝されたであろう荘厳な像の設置された神聖な部屋に、これまた巨大で緻密な魔法陣が現れた。
エウフェリオとウェンシェスランにより浄化の魔法陣と判明したが効果の範囲がわからないと悩んでいると、オリンドがたぶんこの森全体だと呆気なく言った。
「それにつけてもリンちゃんの魔法陣解析よ。転送陣の行き先を見てるって聞いた時は、正直どういうことだか飲み込めてなかったんだけど、まさか陣の魔素が繋がってる先を見てたなんてね…」
現状で行われている魔法陣の効果範囲や影響力の解析は、発動しない程度の微力な魔力を流し続け、その流れを読むというものだがこれに大半、いや、八割から九割方の時間が費やされる。ところがオリンドは魔力を流さず魔素を見るというのだから驚く他無い。
「ええ。しかし言われてみれば納得ですね。効果を及ぼせるということは何かしら影響の及ぶように繋がっているということでしょうし。私のスキルでは大気の魔素と判別が付きませんが…。ふむ。この行ったことのある場所を繋げられる超長距離転移魔法の書も、やはり色々な場所に魔素を飛ばしているわけですか?」
そういえば、と気になってエウフェリオはオリンドに尋ねた。現代の転送陣は固定された一箇所とのみ行き来が出来るだけのもので、この書のように訪れた場所を任意で複数箇所繋ぐなど魔素の流れが想像も付かない。その辺り、内容を全て解読できれば判明するのかもしれないが、残念ながら今のところ読み解けたのは使用方法くらいのものだ。
「んん、それが、古代魔法のやつはみんなよくわからない。発動するととんでもない量の魔素が溢れ出してくるのに、普段はなにも出てないから。これは発動してるとこ見てないからなんとも言えないけど、やっぱり今はものすごく魔力が高いだけで魔素は出てない」
「ほう。興味深いですね」
「うおお、そっちの話はなにがなんだかわからん!…とりあえず、どうしよ。みんな持ってってギルマスに謝るか!」
聞いてると頭が痛くなってくる。と、アレグは再び頭を抱え、切り上げるための提案をした。
「ま。報告の方はそうだな。なるようになるだろ」
「そうですね。浄化の魔法陣も再度止めるなどというのもなんですし、このままにして行きますか」
「そうね…。でもさ、二時間足らず…くらいかしら?そんな短時間で遺跡に眠ってたもの全部掘り返したなんて言ったら、どう頑張っても情報も漏れちゃうでしょうし、リンちゃんに注目集まりすぎちゃうと思うのね」
太陽の位置で大まかに時間を計算したウェンシェスランの言に、ここのギルドの執務室へ好奇心丸出しで寄ってきていた職員たちを思い出した誰もが、ああ、と頷いた。
「えっ?…俺?」
なんで俺なんかに?
自身の探査スキルが思っていたより過分に有能だったことは教え込まれ自覚を持ちつつあるが、いまだに勇者一行の一員であるという自覚は芽生えかねているオリンドがきょとんと首を傾げる。
「あんまり自分たちで言いたかないがな。良くも悪くも目立つんだ俺たちは。おまえさんもその一員になったんだ、他人より変わったことすりゃ即座に話題の種にされるってことさ。ま、関係なく好きに過ごせばいいけどな」
「あうああ…」
そうかそして吟遊詩人の餌食になるのか。め、目立つのはやだな…。
ほんの少し想像したオリンドはちょっとばかり青褪める。
「リンちゃん一人でものの五分もかからず全部暴いたなんて歌われちゃうかもしれないわね」
「五分じゃ掘れない!五分じゃ掘れないから!」
「ふふふ。そう歌わせないためにも、逆に脚色してはどうでしょう。ほとんど半日かけて遺跡全体を掘り返し、見つけたのが魔法陣といくつかの魔石。ということで」
「ああ。いいんじゃないか?浄化は目玉だが、全部掘って魔石が数個かよ。ってのは絶妙にガッカリだ」
「残りはグラプトベリアで換金するなりすりゃいいもんな。賛成ー!そんじゃ飯にしよ飯!飯!」
ものすごくお腹すいたモードのアレグが一生懸命に切り上げて食事に持って行こうとするのに軽く笑い合い、あとはブーファン冒険者ギルドのマスターに丸投げもとい委ねようと決めた一行はオリンドを除いて腕輪を着けるとブーファンの街に戻った。昼食を兼ねた夕食を済ませ多少の買い物などして夜を待ち、ソワソワとしながらギルドに向かう。
とはいえ、こんな報告をするのに座るのも申し訳ない。ソファを固辞した面々は腕を後ろに組み背筋を伸ばして執務机の前に並び立ち、エウフェリオ立案の筋書き通りに報告した。
「なんだって!?…キメラ全滅!?遺跡空っぽにした!?…はああ!?しかも浄化の遺跡だった…!?」
果たして報告を受けたギルドマスター、マルティナは牙を剥き出さんばかりの迫力で半分白髪の頭を抱えて天井を仰いだ。
やっぱダメか。どれだけ怒られるんだろう。
少しだけ目を泳がせつつ覚悟を決めた時。
「よくやったよあんたたち!さすが勇者一行だね!カロンがベタ褒めするだけのことはあらあな…!」
明るいはずだが底冷えのするような笑顔で天井から視線を戻した彼女に全員が飛び上がる寸前までぎょっとした。いや、オリンドは飛び上がってエウフェリオの背に隠れた。
「遺跡の浄化能力については後日調査団を派遣するとして…。いやいや困り果てていたんだよヤトロファ遺跡の周りは!討伐してもしても凶暴な魔物や魔獣が湧いてくるもんだから年中人手不足だし怪我人も続出だし、最近は投げ出す冒険者も多くなってきてね。とうとう森を挟んだ向こうとの交易も危うくなってきてたとこだったんだよ。遺跡の能力が浄化ってことはなにかい?魔除けにもなるってことかい?そいつは大助かりだ。…いやはや何もかも助かるねえ。ありがたい!…しかしあれだね、その見返りがなんだって?半日かけて遺跡全部掘っくり返したってのに魔石数個?…ショボいねええ。そりゃ貧乏くじだったろう?…ついては、滞ってる依頼に破格の報酬…」
「どういたしまして、人助けになったようでなによりです!しかしながら我々に別途の依頼を受ける余裕はありません、キメラの売価で十分ですので!」
何だその依頼書の量は。
執務机の引き出しからマルティナの手に取られようとしていた依頼書原本の束が指をいっぱいに開いて掴めるか掴めないかほどの厚みになっていることをちらりと目にしたエウフェリオが即座に断りを入れる。
冗談では無い、こちとらバカンス気分を味わおうという意図もあって常春のモンソニア国はブーファンに来たのだ。しかも依頼も堪能して帰宅を待つばかりの気持ちに今更再燃など促せようか。
「そこをなんとか」
「いや、悪ぃけど俺らも予定があるし…」
さすがのアレグも執務机に乗せられた依頼書の枚数にゾッとして両手を振った。
というか断りを入れているのに何故引っ込めないのか。
「せめてこの二十年ものだけでも」
「酒みたいに言うな。聞いたことねえぞ二十年も醸されてる依頼なんざ。どれだけ発酵してるんだ」
精々がとこ五年も掲示板で干されていれば誰かが仕方なく奉仕精神を発揮して受けるものだが。それが何故にそんな長期に渡り手を付けられていないのか。
「いや、これがねえ…」
「待ってください、聞きません。内容は聞きませんから!」
「スフマカンゴーレムが出るって鉱山なんだけど」
「スフマカン…!?ゴーレム!?」
スフマカンと言えば銀地に淡い玉虫色の肌をした、圧縮、衝撃、ねじれ、剪断など、あらゆる強度が他の金属を圧倒する、まさに最高峰の金属だ。また、その強度の割に質量は軽く、魔力耐性にも優れている。反面、加工難易度の高さから扱える鍛冶屋はごく限られているものの全ての金属加工業に携わる者の憧れの的であり、スフマカンを素材にした鎧は最上級と言われ冒険者の憧れでもある。
残念ながら鎧作成まで漕ぎ着けられた鍛治師は居ないのが現状だが。
そんな鉱石の名を冠するゴーレムが出るなどと聞いたアレグの目が強く輝き、一行はこれはダメだと眉間を強く指で押さえた。
エウフェリオの背中でこっそりとオリンドも目を輝かせているのに気付いたのは、満足げな顔で頷くマルティナだけだった。
「っていうわけだから、もう一泊させてほしいの!」
「うんうん。改装が始まるまでは好きに…というか、久しぶりなんだ、できるだけ長く居てくれると嬉しいよ」
「やーん。父さん大好きぃ!」
「はっはっは。父さんもシェスカのこと大好きだよ」
とても微笑ましい親子の会話で連泊することも決まり、ゴーレム討伐の準備を整えありがたく宿泊させてもらった翌朝、ブーファンの誇る辻馬車に送られ早くからアレグたちは廃坑の前に立った。この上は即行で終わらせて早目に帰る気満々だ。
「っひゃああ…、て、天眼馬、想像どころじゃなく大きかった…」
贈られた鞄に使われている皮革の元があの馬なのか。と、オリンドは馬車を引いていたモンソニア国の固有種である天眼馬を思い返して背筋を感動に震わせる。
人の背丈の二倍ほどはある黒馬は見事な筋肉を纏い、厚みのある皮膚の下に這わされた血管の太さに否応無く逞しさを感じさせられた。なによりも目を引く背中の六枚羽が美しく力強い。そしてまさか車体ごと宙に浮こうとは思いも寄らなかった。おかげで動き始めてすぐに叫ぶことになったが。
「ちょっとかなり揺れるのが難点だけどね。あれ以上に速い馬車は無いんじゃないかしら。うふふ。他の国ではお目にかかれないわよ」
当然その分お値段も並の辻馬車の比では無い。
「そ、そ、そうだよね…空飛ぶんだから」
普通に走っても速そうなのに道なんか関係ないんだし。
そうかモンソニアでしか見られないのか。かっこいい馬だったなあ。と、オリンドは鞄を抱きしめる。
「ふふ。良い記念になったようで何よりです」
「うん!…帰りもあれに乗るのかあ」
「おいおい、着いたばかりでもう帰りのことか?」
イドリックが笑ってからかってくるのにオリンドも笑い返した。
「え、へへ。…あっ、でもスフマカンゴーレムも楽しみ!」
「おっ!?マジで!?…オーリンが魔物を狩るの楽しみって言うの初めてじゃん!?」
珍しいな。とアレグが目を丸くする。
「うん…。で、できたら採掘してみたい…」
「採掘う!?…ゴーレムを!?」
これにはアレグのみならず全員が驚いた。しかし見ればオリンドはいつのまに手にしていたのか鶴嘴をしっかりと握り頬を興奮に染めている。
「そ、そう。採掘…!」
「採掘…。鶴嘴で?…ガツーンと?」
なにそれどういうこと。アレグが聞くとオリンドは上気した顔を何度も頷かせた。
「うん…!採掘で…!し、し、仕留めてみたい…っ!」
「ええーっ!?…なんだそれ、見たい!すげえ見たい!…えっ、俺手伝えることある!?」
出会ったら一発で仕留めてやる。と息巻いていたアレグだったが鶴嘴で倒すというオリンドの言葉に俄然興味が湧いた。
「え、えっと。俺も、かじり聞いたことしか無いんだけど、岩と同じで目を読んで核のど真ん中を打ち抜くんだって、話だから…その…。あっ。…えっ?…それ、俺じゃ無理なんじゃ…?」
そんなの動きが止まってなければ不可能だ。というかマッドゴーレムのような下位種ならともかくスフマカンであるなら間違いなく最上位種であろう。思い当たったオリンドはスフマカンの名に沸騰していた脳の熱が冷め一気に悄気た。
「いやいやいや!せっかくおまえさんがやる気になったんだ。俺たちが何でも手伝う。やる前から諦めるな!」
「そうよ、リッちゃんの言うとおりだわ!あたしたちがサポートする!リンちゃんは心配しないでガツーンとかませばいいのよ!」
「サポート…昨日みたいな?」
「ええ。昨日みたいに私が防壁に身体強化と速度増加の魔法で補助します。鶴嘴も強化しますから。追突や薙ぎ払いの防御はリックに任せて。シェスカに動体視力などの細かな強化もかけてもらいましょう。戦闘時にはアルに引き付けてもらって、その間に貴方はゴーレムの目を読んでください。なに、一度で仕留めようなんて思わなくていいんですよ。何度でも挑戦しましょう」
「そうそう!俺たちに任せとけ!」
温かく力強い言葉の数々に一度は落とした肩を跳ね上げてオリンドは顔を真っ赤にした。なんて優しさ。なんて頼り甲斐。いつだって歩調を合わせてくれて時には立ち止まって考え手を差し伸べてくれる。
嬉しくて嬉しくて夢中になって頷いた。溢れそうな涙を手の甲で拭い、もう一度鶴嘴をしっかりと握りしめる。
「や、やってみる…!」
林檎のような顔で言うオリンドに満面の笑顔で頷き返し、一行は颯爽と廃坑の奥へ躍り進んだ。
坑道の中はあちらこちらに採掘道具が打ち捨てられ、中には金鉱を積んだまま放置されたトロッコも朽ちており、当時の鉱員がどれだけ命からがら逃げ出したのかが伺えた。今更だが本当に自分に成し得るのか。中の様子を見るだに自信を失くして丸まっていく背を、エウフェリオが優しく撫でる。
「大丈夫。やってみるだけやってみればいいんです。どうしてもダメだったらアルに譲ればいいんですから」
「…あ。そ、そうか…。そういえばアレグ…が狩りたくて決まった依頼だった…」
思い出したようにオリンドが呟く。
「ぶっは!そうそう!言い出しっぺは俺だから!」
「えっ、ま、万が一いけちゃったら、俺が狩っていいの?」
「そりゃあもちろん!たくさん経験積んでくれよ!」
「うあ。…ありがとう…!」
経験。そうか経験か。この先、いろんなところに付いていく時に、俺が動けるようになってたほうが良いってことだ。
そうと腑に落ちれば肝が据わるのも早かった。自然と索敵していた目標に向けて歩く足も早まり臍の下に力強さが宿って背筋も伸びる。
「がんばる…!」
限界まで強化してもらった鶴嘴を構え、ひときわ広い採掘跡に躍り出た。
掘削の痕が残る広場の一部に巨大な岩の塊がある。
「い…居た」
「えっ、まじ?あれ?」
言われて聖剣を構えたアレグだが目の前にあるのはどこからどう見てもただの岩だ。一瞬拍子抜けしかけたが、しかしオリンドがあれだと言うならそうに違いない。気を引き締め直し油断なく眺めていると、小屋ほどもあるその岩がゆっくりと身を起こした。長らく動いていなかったであろう身に降り積もった土砂が動きにつれて崩れ落ち、徐に人型が現れ出す。その関節部には僅かに淡い玉虫色が見て取れた。間違いなくスフマカンゴーレムだ。
「あわ、あわわわわ」
覚悟は決めたものの、あまりの大きさにオリンドの腰が抜けかけた。その頭をイドリックが大きな手で軽く宥めるように叩く。
「よしよし、落ち着けオーリン。まずアルが引き付ける。そうしたら可能な限り俺も動きを止めに入るからな。じっくりと狙えよ?」
「えうっ、…うんっ!わかった!」
ごぎりと音がしそうなほど緊張した面持ちで頷く姿に苦笑して、エウフェリオも彼の肩を撫でた。
「私も重力魔法で抑えますから、ゆっくりでいいですよ。さあ、息を深く吸って…そう、そおっと吐いて…いいですよ。もう一度。繰り返しながら聞いてくださいね。目標の全体は捉えていますか?」
「…うん」
「そう。ゆっくり吐いて。…では、動きは捉えられていますか?」
「はふ…。うん。大丈夫」
「いい調子です」
エウフェリオがオリンドを落ち着けている間にアレグが飛び出し、軽やかにスフマカンゴーレムの体躯を駆け上がる。まるで遊戯のようだ。しかし何かに躓いたかのごとく一瞬よろめく。
「っ!?うおお!?マジかこいつ近付くだけで何か小せえダメージ入る!おまえら気ぃ付けろよ!?」
「はああ!?ってこたあ極小範囲の常時発動型魔法か何かか!?おい、フェリ!俺らはいいからオーリンにしっかり防壁張ってやれ!」
続いて後を追っていたイドリックはそれだけ指示すると巨大な手足の動きを最小限の盾捌きでもって封じにかかる。持続して入るというダメージは小さいとはいえ痛みはあるだろうに、これまた児戯でも行っているように楽しげだ。
そんな二人に抜け目なく回復魔法をかけたウェンシェスランが一旦振り返る。
「じゃ、リンちゃん。動体視力強化かけるわよ。…どう?ばっちり?」
「…うん。見えた。ありがとう、行っ…」
「待って待って。焦らないで。フェリちゃんの防壁がまだでしょ?あたしも精神安定を追加するから」
逸る気持ちに浮かされかけたオリンドを引き留め、ウェンシェスランは心を癒す魔法も注いでくれた。瞬く間に焦る気持ちが落ち着き、心地良い高揚感が体を包んだ。
「ふは。…あ、ありがとう。すごい、さっきより良く見える」
「落ち着きましたね。はい、では物理と魔法の防壁を…これで仕上がりです。行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる!」
スキルを集中させてじっくりと見詰めれば、針の穴程度の目が暴れるスフマカンゴーレムの胸元にくっきりと浮かび上がる。感動にオリンドは駆け出した。防壁が軽い何かを弾く音が断続的に聞こえる中、アレグに鍛えられた手足が思うように動き、イドリックに習った体が考えるとおりに身をこなす。ウェンシェスランの魔法で高まった視力と心は激しい景色の流動をものともせず目標を捉え、エウフェリオに強化してもらった肉体が鶴の嘴を針穴に吸い込ませた。
「…っっづ!」
予想よりも重く硬い反動が両腕の骨を軋ませる。
「止まんなオーリン!打ち抜け!!」
「ふぐっ!…うんぁあ!!」
アレグの声に背を押され考えるより先に歯を食いしばり全身の筋肉を惜しみ無く使って振り抜いた。腕を押し返していた圧力が一点を超えたところであっという間に消え失せ、勢いのまま空に体が投げ出される。
抜けた。と思った途端に重く低い鐘に似た音が坑道を震わせた。ゴーレムの断末魔だ。
「…えっ…、うそ…?」
嘘だろ一発で?いやいやそんなまさかアレグじゃあるまいし俺が?いっぱい強化してもらったとはいえ…。
「いよっしゃー!!やりやがったなオーリン!…うわ!?あっぶね、落ちるぞ!!」
紫がかった牡丹色の核が砕け降り注ぐ中、スフマカンゴーレムの巨躯を突き抜けて落下しかけたオリンドの体をアレグが受け止め、壁を経由して地面に滑り降りた。
「ひ…ひぇええ…」
抱えられたまま腰を抜かしたオリンドに駆け寄ったイドリックが、ぐしぐしと頭を撫で付ける。
「よくやったぞオーリン!えらい!よくぞあそこで堪えて振り抜いた!」
「すっごおい!やったわねリンちゃん!まさかの一撃よお!」
小走りに寄ってきたウェンシェスランがそのまま飛び付いてきてアレグごと地面に転がった。
「あ痛ーっ!なにすんだよシェスカ!」
「だって嬉しいんだもんー!」
「わかるけど!重いんだよ、どけえ!」
「おやおや、それは禁句ですよアル」
同じく駆け寄って賛辞をかけようとしたエウフェリオだったが即座にオリンドを起こして抱えるとアレグから飛び退った。イドリックは一拍前に距離を取っている。
「あっ!うそ!冗談!冗談だってシェスカ!ていうかオーリンの見せ場でそんな…」
「問答無用!!」
坑道に真っ黒な回復魔法使いの声と聖杖の一撃音が鳴り響いた。
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