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第十三話 思い出
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とりあえずせっかくサーチをかけてもらったことだし、野営地に向かいながら話をしよう。というイドリックの提案のもと、おのおの荷物を担ぎ上げた一行は、地図にオリンドが付けた丸印のうちのひとつ、麓から一時間ほどのなだらかな地点を目指して歩き出した。
「え、エウフェリオ、俺も、荷物持つ…」
「だめよリンちゃん。付き合いたてなんだからフェリちゃんに良いカッコさせてあげなくちゃ」
「ちょっとシェスカ」
言い方。エウフェリオに軽く睨まれたウェンシェスランはぺろりと舌を出した。
「そ、そん、そんなの…俺だってしたい…」
「オリンド…!」
ずしゃあ。腰が砕けて山道の真ん中にエウフェリオが崩れ落ちる。その尻を笑顔でアレグが蹴り上げ、襟首をイドリックが無言で掴み上げて立ち上がらせた。
出した舌を噛んでしまって完全に出遅れたウェンシェスランは、エウフェリオの荷物の中からウェストポーチを引き摺り出す。
「じゃあ、はい。これ着けて。今は病み上がりなんだからこれ以上持っちゃだめよ?中身はフェリちゃんのお財布とか軽い回復薬だから、大事に守ってあげてね」
任せたわよ!と片目を瞑るウェンシェスランに、オリンドは大変満足そうな顔で頷いた。待ってくださいこの人は本当に三十八歳なのだろうか。これが純粋のなせる技。恐ろしい。
脳裏に飛来する初めてのお使いを任された七歳くらいの子供の映像を、アレグたちは手の平で払う。
「…ともかく…先を急ぎましょうか」
このままでは埒の明く前に身が持たない。ふらりと力無く歩き出すエウフェリオを見て取って、近くの藪から硬さといい長さといい杖にちょうど良過ぎる枝を拾ってきて、もうひとつ笑いを誘うオリンドだった。
「そういえば、貴方の故郷がどこなのかも聞いていませんでしたね」
せっかく拾ってきてくれたのだからとありがたく杖を突きつつ、エウフェリオはオリンドに水を向けた。
「んあ、…えっと、セダム村…ブルビネ国の、辺境のからん、カランコエ地方にある、小さい村」
「ブルビネ国ってえと…あんた国ふたつも越えてきたのか」
間にプレイオスピロス国とパキフィツム国があったろ。指折り数えながらイドリックが聞くと、オリンドは頷き、できればどちらかに居着くつもりだったと答えた。どちらも柔和な国民性だ。であるのに弾き出されたのかと思えば胸も痛む。
「故郷では幼馴染とパーティを組んでいたのですよね?」
一度は聞いた話だが、今日はもう少し詳しく聞きたい。辛い内容を掘り下げるのも忍びないと思いつつ問えば、予想よりもけろりとした顔でオリンドは視線を空にくるりと向ける。
「うん。近所の、バッツ…バティスタと、ダルマチェロってやつが、冒険者をやるってい、言うから、俺も頼みこんで…」
それは二十年ほど前のことだった。
ブルビネは、ベルギア領グラプトベリアのあるここレウクテン国から、パキフィツム国とプレイオスピロス国を挟んで南西に位置する、一年を通して温暖な気候の国である。情熱的な国民性で辺境伯の治めるカランコエも例外ではなく、華やかな反面、内向的な人間には少々暮らし辛くもあった。
辺境のこれまた田舎にセダム村はあり、村意識の絡んだその熱意は、幼い頃から人見知りのオリンドを家に籠らせるに十分な圧力を持っていた。そんな村で早くに母を亡くし、十四歳の頃には父も亡くした彼はますます孤立を深めており、十六歳の成人を迎えた頃には、友人と呼べるのは二人、家が隣で同い年のバティスタ、それからバティスタとよくつるんでいた二歳年下のダルマチェロくらいしか居なかった。
父母の遺した物は小さな家と一家がようやく食べていける程度の畑、それから二人が結婚の約束をした日に贈りあった、いずこかの迷宮で手に入れたという指輪くらいのもので、それも両親という後ろ盾を無くしたオリンドは、いつの間に付け入られたのか気付けば家も畑も身に覚えのない借金の形だとかで村長のものになっていた。
特技もなく物覚えも悪く、出来ることといえば簡単な自炊だけ。これで田舎の村にありつける仕事など無い。いよいよ困窮し他にあてもないオリンドは、バティスタとダルマチェロに頭を下げて冒険者の仲間に入れてもらった。
ところが、だ。カランコエ冒険者ギルドでの登録の際に事件が起きてしまう。
話は当時に遡る。
魔法使い志望の冒険者用に設られた部屋で魔力量測定を行った時のことだった。
「…魔力量は最低ランクギリギリといったところですね。貴方、戦闘技術も無いんでしょう?それにそんな貧相な体で、本当に冒険者やるんですかぁ?」
測定器の数値を読み取るや否や、検査官の女性は呆れた溜息を隠しもせずに言い放った。
「え…、えっ、そ、そんなはずは…」
オリンドは両手の指を絡めて狼狽えた。教わった指遊びができたとき、酔いの冷めた父は確かに、これが出来たなら魔法使いとして十二分にやっていけると褒めてくれたのだ。だからこそ勇気を振り絞ってバティスタたちに頼み込んだのに。
「はずもなにも。測定器が示してるんですからぁ。…っふは。夢なんか見てないで畑でも耕してたらどうですぅ?」
情熱的なブルビネは武力主義の側面も持っている。魔法使い志望の時点で余程の有能者でも無い限り、一段低く見られてしまうというのに、魔力量も最低では無能判定の下されるのも無理からぬ話だ。あってはならないことだが。
「…っ、で、でも…」
「すみませんけどこっちも暇じゃ無いんで。適正スキル判定に移ってもらえます?…どうせ補助魔法か探査スキルくらいしか使えないでしょうけど」
乱雑に器具を仕舞った彼女は次に細かな魔法陣の描かれた大きな布を机の上に広げた。途端にカビの臭いと埃が舞い上がる。
「ぁ…っ、は、はい…す、すみません…」
「ここからここまで、このくらいの位置でひと通り魔法陣の上に手を滑らせてください。直接触ったりしないでくださいよ?適正があれば光りますんで」
このくらいの位置。と示された、布からグラスひとつ分の高さを言われた通りに撫でた。
大小様々描かれた魔法陣のうち、中程度の割と質素な模様の魔法陣がひとつだけ強く光る。
「…っはははは!探査スキル!探査スキルだけですって!ほらやっぱり!あっははは!……帰ったほうがいいんじゃないの?」
光った魔法陣を見た瞬間、弾けるように笑った検査官は真顔に戻って手帳程度の冊子を突き出す。オリンドが受け取りあぐねていると、机の端に叩き置いて、さっさと魔法陣の布を丸め片付けると出て行ってしまった。
今日の魔法使い志望は一人だけだと聞いている。机の肌を掻くように冊子を手にしたオリンドは、その場でしばらく震える呼吸を整えてから測定室を後にした。
「お前さあ、魔力量はあるはずだ、つったよな?」
冒険者ギルドの外ではバティスタが眉を吊り上げて待ち構えていた。非力で無謀な冒険者志望の話はすでにあの検査官が物笑いの種に吹聴して回っていたのだが、何故すでに知られているのかを考える余裕もなくオリンドはその場に跪く。
「…ご…ごめんなさい…あの、に、荷物持ちでも、なんでも、やるから…」
「…はっ。お前こそ荷物になるんじゃねえの?」
「バッツ…でも、オーリンひとりにしたら本当に死んじまうよう」
幼馴染とはいえ元よりオリンドの性格をあまり良く思っておらず、魔力測定値が決定打となって怒りを爆発させたバティスタの腕を引いて止めてくれたのはダルマチェロだった。
「お前なあマーシー!冒険者舐めてんのか!?こいつは嘘ついてまで俺たちに養ってもらおうとしたんだぞ?こんなやつ抱えてたらこっちが死んじまわあ!」
「そんな…、だって魔力量なんて、測定するまでわかんないじゃないか。オーリンの希望がでかかっただけだよ…。…い、一年!一年だけ様子見てさあ、それでダメだったらにしようよう。今すぐ見捨てるのはちょっと…」
「………、ちっ。…マーシーに感謝するんだなオーリン」
「あ…あ、ありがとう…ありがとう、マーシー…バッツ…」
頑張るから。声を振り絞って誓った通り、オリンドはその日から二人のために身を粉にして働いた。自炊の宿では毎回炊事を担当した。不器用なりに考えて出来うる限りの雑務もこなし、冒険の際の荷物持ちも地図読みも引き受けた。本人にその自覚は無かったが、辺境では依頼が少ないことが幸いして毎回全力で探査スキルを活用することができた。冒険に出るたび、依頼外の物資を探し出しては全て二人に提供した。
それでも。
戦闘も出来ないくせに魔力量を偽ってまで寄生しようとした、という思い込みを拗らせ続けたバティスタは日を追うごとにオリンドを憎々しく思うようになり、やがてダルマチェロもそれに引き摺られ出した。約束の一年が過ぎる頃、追い出されることは無かったが、何を探し当てようと何をしようと貶され、度々は使えなさを理由に、特に依頼の任務に失敗した時など暴力を振るわれるようになった。それがとうとう日常と化した四年目、宿の裏手の竈で満身創痍の体をおして夕食の準備をしていたときに、それは訪れた。
「なあオリンド。ギーって覚えてるか?」
珍しく楽しそうな様子でバティスタがやってきた。宿裏の勝手口を開け放ち、ドア枠に寄り掛かる彼から問われたオリンドは、水を張った鍋を手に記憶を振り返り、ややあってガイオのことだと気付いた。セダム村の村長の孫だ。あまり話したことは無いが遠目にも居丈高な雰囲気を感じて苦手だった覚えがある。
今は確か、と考えてオリンドの思考がギクリと止まった。
そうだ今は、俺の、住んでた家を別宅にしているはず。
「…あ、…え、えっと。あの、ガ、ガイオ…。村長の、とこの…?」
「そうだガイオだ。あいつ今年が成人でな?」
「…え、あ。そ、そう、なのか…」
「ああ。で、盾使いの才があったそうだ。前から探してたろ盾使い。ちょうど良いから仲間に入ってもらうことにしたよ。…そういうわけだから探し物スキルしか使えねえようなヤツはもういらん。出て行け」
オリンドが鍋を落とすのと、まとめられた荷物が足元に放り出されたのはほとんど同時だった。
「ま、…待っ…て…!」
声をかける暇も無い。けたたましく閉じられた木扉を前に、なす術もなく崩れ落ちた。
それからどのくらいの時間そこに座り込んでいたものか。いい加減体の芯まで冷えてきた頃、麻袋ひとつの荷物を抱えたオリンドはその日のうちにカランコエを後にした。
カランコエ冒険者ギルドでタグのパーティ名を削り落とし、その足で安い乗合馬車に飛び乗って、とにかく隣の領土へ移った。街を渡り領を渡り初級の依頼を漁って、他の冒険者からもギルド員からも冷たい目で睨まれ、何度も役立たずの誹りを受けて、嗤われ嗤われ蔑まれて、ランクもひとつしか上げられず、それでも他の生き方がわからずに、冒険者の職に縋り付いた。気付けば十六年の歳月が流れ、二つの国を放浪していた。
一度だけ、レウクテンに渡る少し前に、確かパキフィツムの山間にある小さなダンジョンだったと思う。そこで出会ったソロのベテラン冒険者に、独自で作り上げた地図を褒められたことがあった。手持ちの金が少ないのだがどうしてもと頼まれて、嬉しさも手伝い、オリンド自身そろそろ別の街へ移らなければならない段階で旅費の捻出が叶わず困ってもいたために、大銀貨二枚という安宿に四・五日ほど泊まれる値段で売ったことがある。
結局色々な準備が間に合わず野宿で繋いだ結果出立まで十日ほどかかり、旅立つ前日に寄った冒険者ギルドでその地図が大金貨ニ枚、およそ十倍の値で売り出されていて驚いた。たまさか居合わせてしまったそのベテラン冒険者は非常に気まずそうな顔をしていたが、オリンドにとっては嬉しくて、自分の持つ何かがどんな形でも認められたようでほんとうに嬉しくて、カウンターでの用事を済ませた後だったから片手を上げる挨拶だけして出てきたが、あの時自分がどんな顔をしていたのか覚えがない。少しは笑えていて、彼が気にしていなければいいのだけど。
その次の街でのことだった。臨時でパーティを組まないかと持ちかけられた二人組に、有金も持ち物も装備も全て奪われ、命も落としかけそうになりながら、探査スキルを駆使して辛々逃げ出したのは。
「っし、あたしのブラックリストからカランコエ冒険者ギルドと幼馴染の名前は一生消えねえからな。…待ってリンちゃん、地図売ったやつと身ぐるみ剥いだ奴ら誰。っていうか地図描けるの!?」
前半は随分と野太い声だったような気がするが、ウェンシェスランの間近で見ても髭の剃り跡ひとつない綺麗な顔にがぶり寄られたオリンドは『待ってリンちゃん』以前の台詞が記憶から消えた。
「えっ、あっ、ご、ごごごめんなさい、なま名前、名前き聞いてなかっ、なくてっ、顔しかわからな…。あ、っと、地図。えっと、い、一応?」
「おっさん今日こっから向こう謙遜無しな。大金貨ニ枚で売れるような地図に一応とかダンジョン測量を生業にしてんのにいいとこ金貨一枚出るかどうかの冒険者に謝れ」
おっさんのは金貨四枚分じゃないかよ、おらおら。軽い口調で茶化すアレグに、オリンドもだんだん打ち解けてきたのかへらりと笑う。
「ごっ、ごめん。…っでもほんとに、お、俺の歩幅で考えて描いてるから縮尺とか滅茶苦茶だし、高低差とか、こま、細かいとこ描けないし…」
「ほん?…なんでそれで大金貨二枚付いちゃうんだ?」
アレグに問われたがわからず首を振ると、しばし考えていたエウフェリオが、ああ、と推測を口にした。
「もしや、探査スキルで得た情報も書き込んでいたのでは?」
「あ、うん。隠し通路とか、銅鉱脈くらいは、か、描いてた…」
「おおう。そりゃ値も張るってもんだ。今頃は博打かけた奴らが地図の真偽も確かめてそうだな。オリンドを探してちょっとした騒ぎくらいにはなってるんじゃないか?」
話している内に唐突に拓けた場所へ出た。今日の野営地だ。荷物を下ろしながらニヤリとして言うイドリックに、そんなことあるわけないと返しかけたオリンドだったが少し口籠る。
「そ、…そこまでの探査はし、して…ない。…ない、と、思う…思うんだ、けど…。んん、なんか、俺の探査スキルはつか、使えないっていう自信が、無くなってきた…」
「あっはっはっは!そりゃ良い傾向だ!」
「その調子よリンちゃん。なんたってあんた、もっと調子こいていいのよ!」
「やーっと、わかっ…使えない自信て何だよ!使えすぎるスキルだってさっきも言っただろー!?」
「そんな自信は早々に無くしてください。貴方はできる子です!」
「できる子…!」
ぶふぅ。とうとうオリンドは吹き出した。声を出して笑うのはいつぶりだろうか。
笑いすぎて、ほんの少しだけ涙が溢れた。
「え、エウフェリオ、俺も、荷物持つ…」
「だめよリンちゃん。付き合いたてなんだからフェリちゃんに良いカッコさせてあげなくちゃ」
「ちょっとシェスカ」
言い方。エウフェリオに軽く睨まれたウェンシェスランはぺろりと舌を出した。
「そ、そん、そんなの…俺だってしたい…」
「オリンド…!」
ずしゃあ。腰が砕けて山道の真ん中にエウフェリオが崩れ落ちる。その尻を笑顔でアレグが蹴り上げ、襟首をイドリックが無言で掴み上げて立ち上がらせた。
出した舌を噛んでしまって完全に出遅れたウェンシェスランは、エウフェリオの荷物の中からウェストポーチを引き摺り出す。
「じゃあ、はい。これ着けて。今は病み上がりなんだからこれ以上持っちゃだめよ?中身はフェリちゃんのお財布とか軽い回復薬だから、大事に守ってあげてね」
任せたわよ!と片目を瞑るウェンシェスランに、オリンドは大変満足そうな顔で頷いた。待ってくださいこの人は本当に三十八歳なのだろうか。これが純粋のなせる技。恐ろしい。
脳裏に飛来する初めてのお使いを任された七歳くらいの子供の映像を、アレグたちは手の平で払う。
「…ともかく…先を急ぎましょうか」
このままでは埒の明く前に身が持たない。ふらりと力無く歩き出すエウフェリオを見て取って、近くの藪から硬さといい長さといい杖にちょうど良過ぎる枝を拾ってきて、もうひとつ笑いを誘うオリンドだった。
「そういえば、貴方の故郷がどこなのかも聞いていませんでしたね」
せっかく拾ってきてくれたのだからとありがたく杖を突きつつ、エウフェリオはオリンドに水を向けた。
「んあ、…えっと、セダム村…ブルビネ国の、辺境のからん、カランコエ地方にある、小さい村」
「ブルビネ国ってえと…あんた国ふたつも越えてきたのか」
間にプレイオスピロス国とパキフィツム国があったろ。指折り数えながらイドリックが聞くと、オリンドは頷き、できればどちらかに居着くつもりだったと答えた。どちらも柔和な国民性だ。であるのに弾き出されたのかと思えば胸も痛む。
「故郷では幼馴染とパーティを組んでいたのですよね?」
一度は聞いた話だが、今日はもう少し詳しく聞きたい。辛い内容を掘り下げるのも忍びないと思いつつ問えば、予想よりもけろりとした顔でオリンドは視線を空にくるりと向ける。
「うん。近所の、バッツ…バティスタと、ダルマチェロってやつが、冒険者をやるってい、言うから、俺も頼みこんで…」
それは二十年ほど前のことだった。
ブルビネは、ベルギア領グラプトベリアのあるここレウクテン国から、パキフィツム国とプレイオスピロス国を挟んで南西に位置する、一年を通して温暖な気候の国である。情熱的な国民性で辺境伯の治めるカランコエも例外ではなく、華やかな反面、内向的な人間には少々暮らし辛くもあった。
辺境のこれまた田舎にセダム村はあり、村意識の絡んだその熱意は、幼い頃から人見知りのオリンドを家に籠らせるに十分な圧力を持っていた。そんな村で早くに母を亡くし、十四歳の頃には父も亡くした彼はますます孤立を深めており、十六歳の成人を迎えた頃には、友人と呼べるのは二人、家が隣で同い年のバティスタ、それからバティスタとよくつるんでいた二歳年下のダルマチェロくらいしか居なかった。
父母の遺した物は小さな家と一家がようやく食べていける程度の畑、それから二人が結婚の約束をした日に贈りあった、いずこかの迷宮で手に入れたという指輪くらいのもので、それも両親という後ろ盾を無くしたオリンドは、いつの間に付け入られたのか気付けば家も畑も身に覚えのない借金の形だとかで村長のものになっていた。
特技もなく物覚えも悪く、出来ることといえば簡単な自炊だけ。これで田舎の村にありつける仕事など無い。いよいよ困窮し他にあてもないオリンドは、バティスタとダルマチェロに頭を下げて冒険者の仲間に入れてもらった。
ところが、だ。カランコエ冒険者ギルドでの登録の際に事件が起きてしまう。
話は当時に遡る。
魔法使い志望の冒険者用に設られた部屋で魔力量測定を行った時のことだった。
「…魔力量は最低ランクギリギリといったところですね。貴方、戦闘技術も無いんでしょう?それにそんな貧相な体で、本当に冒険者やるんですかぁ?」
測定器の数値を読み取るや否や、検査官の女性は呆れた溜息を隠しもせずに言い放った。
「え…、えっ、そ、そんなはずは…」
オリンドは両手の指を絡めて狼狽えた。教わった指遊びができたとき、酔いの冷めた父は確かに、これが出来たなら魔法使いとして十二分にやっていけると褒めてくれたのだ。だからこそ勇気を振り絞ってバティスタたちに頼み込んだのに。
「はずもなにも。測定器が示してるんですからぁ。…っふは。夢なんか見てないで畑でも耕してたらどうですぅ?」
情熱的なブルビネは武力主義の側面も持っている。魔法使い志望の時点で余程の有能者でも無い限り、一段低く見られてしまうというのに、魔力量も最低では無能判定の下されるのも無理からぬ話だ。あってはならないことだが。
「…っ、で、でも…」
「すみませんけどこっちも暇じゃ無いんで。適正スキル判定に移ってもらえます?…どうせ補助魔法か探査スキルくらいしか使えないでしょうけど」
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「ぁ…っ、は、はい…す、すみません…」
「ここからここまで、このくらいの位置でひと通り魔法陣の上に手を滑らせてください。直接触ったりしないでくださいよ?適正があれば光りますんで」
このくらいの位置。と示された、布からグラスひとつ分の高さを言われた通りに撫でた。
大小様々描かれた魔法陣のうち、中程度の割と質素な模様の魔法陣がひとつだけ強く光る。
「…っはははは!探査スキル!探査スキルだけですって!ほらやっぱり!あっははは!……帰ったほうがいいんじゃないの?」
光った魔法陣を見た瞬間、弾けるように笑った検査官は真顔に戻って手帳程度の冊子を突き出す。オリンドが受け取りあぐねていると、机の端に叩き置いて、さっさと魔法陣の布を丸め片付けると出て行ってしまった。
今日の魔法使い志望は一人だけだと聞いている。机の肌を掻くように冊子を手にしたオリンドは、その場でしばらく震える呼吸を整えてから測定室を後にした。
「お前さあ、魔力量はあるはずだ、つったよな?」
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それでも。
戦闘も出来ないくせに魔力量を偽ってまで寄生しようとした、という思い込みを拗らせ続けたバティスタは日を追うごとにオリンドを憎々しく思うようになり、やがてダルマチェロもそれに引き摺られ出した。約束の一年が過ぎる頃、追い出されることは無かったが、何を探し当てようと何をしようと貶され、度々は使えなさを理由に、特に依頼の任務に失敗した時など暴力を振るわれるようになった。それがとうとう日常と化した四年目、宿の裏手の竈で満身創痍の体をおして夕食の準備をしていたときに、それは訪れた。
「なあオリンド。ギーって覚えてるか?」
珍しく楽しそうな様子でバティスタがやってきた。宿裏の勝手口を開け放ち、ドア枠に寄り掛かる彼から問われたオリンドは、水を張った鍋を手に記憶を振り返り、ややあってガイオのことだと気付いた。セダム村の村長の孫だ。あまり話したことは無いが遠目にも居丈高な雰囲気を感じて苦手だった覚えがある。
今は確か、と考えてオリンドの思考がギクリと止まった。
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オリンドが鍋を落とすのと、まとめられた荷物が足元に放り出されたのはほとんど同時だった。
「ま、…待っ…て…!」
声をかける暇も無い。けたたましく閉じられた木扉を前に、なす術もなく崩れ落ちた。
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「えっ、あっ、ご、ごごごめんなさい、なま名前、名前き聞いてなかっ、なくてっ、顔しかわからな…。あ、っと、地図。えっと、い、一応?」
「おっさん今日こっから向こう謙遜無しな。大金貨ニ枚で売れるような地図に一応とかダンジョン測量を生業にしてんのにいいとこ金貨一枚出るかどうかの冒険者に謝れ」
おっさんのは金貨四枚分じゃないかよ、おらおら。軽い口調で茶化すアレグに、オリンドもだんだん打ち解けてきたのかへらりと笑う。
「ごっ、ごめん。…っでもほんとに、お、俺の歩幅で考えて描いてるから縮尺とか滅茶苦茶だし、高低差とか、こま、細かいとこ描けないし…」
「ほん?…なんでそれで大金貨二枚付いちゃうんだ?」
アレグに問われたがわからず首を振ると、しばし考えていたエウフェリオが、ああ、と推測を口にした。
「もしや、探査スキルで得た情報も書き込んでいたのでは?」
「あ、うん。隠し通路とか、銅鉱脈くらいは、か、描いてた…」
「おおう。そりゃ値も張るってもんだ。今頃は博打かけた奴らが地図の真偽も確かめてそうだな。オリンドを探してちょっとした騒ぎくらいにはなってるんじゃないか?」
話している内に唐突に拓けた場所へ出た。今日の野営地だ。荷物を下ろしながらニヤリとして言うイドリックに、そんなことあるわけないと返しかけたオリンドだったが少し口籠る。
「そ、…そこまでの探査はし、して…ない。…ない、と、思う…思うんだ、けど…。んん、なんか、俺の探査スキルはつか、使えないっていう自信が、無くなってきた…」
「あっはっはっは!そりゃ良い傾向だ!」
「その調子よリンちゃん。なんたってあんた、もっと調子こいていいのよ!」
「やーっと、わかっ…使えない自信て何だよ!使えすぎるスキルだってさっきも言っただろー!?」
「そんな自信は早々に無くしてください。貴方はできる子です!」
「できる子…!」
ぶふぅ。とうとうオリンドは吹き出した。声を出して笑うのはいつぶりだろうか。
笑いすぎて、ほんの少しだけ涙が溢れた。
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※竜公爵とありますが、顔が竜とかそういう感じては無いです。人型です。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!
ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
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