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第十ニ話 コピアポア山

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 というわけで目出たくお互いの好意を確認し合った二人は、アレグたちが見守る前で改めて告白を仕切り直してお付き合いを始めた。
 その翌日に「ひと狩り行こうぜ!!」と提案してくる勇者は勇者だった。世にも珍しいヒーラーとタンクの連携からなる渾身の攻撃を喰らったアレグは、撃沈した居間の絨毯との間から絞り出すように抗議の声を上げた。
「だってそろそろ行かないとタイミング逃しそうじゃん最後の依頼さあぁ…。オリンドのスキルもどんなもんになってるかめっちゃ気になるし…」
「おまえ、スキルがどれだけ飛躍してるか見たいだけだろう?」
 そんなことでエウフェリオとオリンドの付き合いたてホヤホヤを邪魔するのかとイドリックは眉を吊り上げた。
「確かにタイミングが大事だけど!今は違うでしょうアルちゃん!むしろフェリちゃんとリンちゃんの出来立てをあっためるタイミングでしょ!?」
 これだからお子様は全くもってもう!恋愛の機微ってものがわかってないんだから。とウェンシェスランもお冠だ。
「けど、マジで来ててもおかしくない時期じゃねえかよ…。ここんとこそんなに暑くなくなってきたしさあ」
 アレグはめげずに尚も言い募った。残る依頼は確かに読みと運がものを言うからだ。と言うのも、狩猟できるのは秋口のおよそ十五から二十日間ほどという限られた期間に絞られてしまうためだ。夏も終わり気候が落ち着く頃、グラプトベリアの南西に位置するコピアポア山山腹の湖畔へ、いずこからか飛来する魔鳥の群れがあるのだが、毎年思い付いたように訪れては思い出したように飛び立っていく。
 長期的に観察したならばそれが渡りという習性であることや、繁殖あるいは越冬などの目的、ならびに滞在期間も判明するだろうが、残念ながら今のところ魔鳥の生体解明に命をかけられる人物は現れていない。
「そりゃあ、アルちゃんの言うことにも一理あるけどお…」
 でもでもだって。昨夜付き合い始めたばかりの、新婚なんか目じゃ無い二人なのよ?とウェンシェスランは難色を示した。
 その話題の中心たるオリンドは、そうかあ、もう秋が来るのか。と、ややズレたところに思いを馳せながらポツリとこぼした。
「…う、ん。でも…俺も、勘が鈍りそうで怖い…」
 これまでの食うや食わずのソロ活動で、毎日の冒険は当然のこと無理だったが一週間などという期間を空けたこともない。休めば休むほど体は楽になっていったが、気持ちは焦りに駆られてもいた。
「さて、少々遠出になりますから今日は足の早い馬を頼みましょうか。それでも一泊か二泊することになると思いますが…」
 すっかりまとめ上げたバッグやサックにポーチをいくつも浮遊させて、オリンドの肩を抱き寄せながらエウフェリオは言った。
「任せて。いっち腕のいい御者も召集掛けられたわ。忘れ物は無い?」
 通信魔法の道具を放り投げ、リュックを背負い大振りのショルダーバッグを右の肩に掛けて左手にはボストンバッグを持ったウェンシェスランは足早に玄関へ向かう。
「ばっちりだ。いつもより揃えすぎたほどかもしれんな。…おい、アル。なにやってる。置いていくぞ」
 玄関前にバックパックとキャンピングバッグを置いて腰のポーチを確認しつつイドリックは廊下に声をかけた。
 その先の居間でまだ絨毯にめり込ませていた顔を上げたアレグは非常に納得のいかない感情を剥き出しで声に乗せた。
「おまっ…、おまえら、…っこの、ばーか!ばーかぁあ!!」
 悪口の語彙が少ないアレグだった。
 専属の馬車に健脚の馬を繋いで、契約している中で最も腕の立つ御者に任せてもコピアポア山までは四時間ほどかかった。置いていかれそうになったアレグが三十分ほど全力疾走して追いかけたりだの、やたらと触れてこようとするエウフェリオにオリンドが茹で上がってまたぞろ倒れかけたりだの、ウェンシェスランとイドリックには抱腹絶倒の時間でもあった。
「っひぃ~…、着いたわぁ…っぶふぅ」
「まだ笑ってんのかよシェスカ。よくも置いて行きやがって」
「はあ…。腹が捩れるかと思った。よく追いついたなアル」
「イドてめえ!飛ばせとか指示してやがっただろ!」
「まあまあ。その分お昼ご飯は融通したじゃないですか」
「そりゃそうだけどさあ…」
「あんた十日もぶっ通しで走ったって平気じゃないのよ。後でお菓子もあげるからご機嫌なおしなさいな」
「……へ?」
 十日?と思わずオリンドは素っ頓狂な声を上げた。
「そうよお。アルちゃんは十日くらいなら飲まず食わず不眠不休で走れちゃうの。でなきゃあんな悪戯しないわよう」
「うへあ…すごい…」
「すっげえだろ!さすが俺様だろ!夕飯分けてくれたっていいんだぜ!」
「えっ、あ。うん。俺の分あげ、あげる」
「っちょ、冗談!じょおぉうだん!んなことしたら俺がフェリに殺されっから。でもありがとうなオリンド、お前だけが俺の味方だぁあ…!」
 抱き付きそうな勢いで握手をされ、そのまま上下に結構な力で振られた。目を剥くほどの膂力に改めて勇者とはこういうことかと眩しく思う。
 そんな微笑ましい二人に癒されつつ、イドリックとエウフェリオは荷物に腰をかけて地図を広げ、野営地の候補を探し始めた。なるべくなら狩りのしやすいよう魔鳥の集まる近辺に陣取りたいが、生憎と湖は今回の標的、脆弱で知られる薬毛鴨やくもうがもと呼ばれる種が安全だと選んだ場所でもある。ほど近い場所にオークの集落が存在するためだ。
 もちろんオークは彼らの敵では無いが十二分に熟睡の妨げにはなる。
「おっ。寝るとこ探し?別に掃討しちゃえばよくね?」
「出たよ生態系破壊宣言」
 お前なあ。と、イドリックは地図を覗き込んでくるアレグの軽い言に痛むこめかみを抑えた。殲滅するということがどういう意味であるか本気でわからずに言っているのだから質が悪い。
「オークの集落とは別にゴブリンやコボルドの巣もありますからね。睨み合っていてもらわないと麓の住民が困るんですよ」
 それに毎回丁寧に答えるのはエウフェリオの役目だった。
「うええ、面倒くさいなあ…」
「面倒でも我慢してください。誰もが貴方みたいに強くは無いんですから」
「へーい。…なあ、オリンド。どっか良さげな場所ねえかな?」
「これこれ。病み上がりのようなものなんですよ、無理をさせないでください」
「えっ」
 軽く探査をさせようとしたアレグを止めるエウフェリオを、オリンドは驚いた声を上げて振り返った。その顔にはもう探査を済ませてしまったという焦りがありありと浮かんでいる。
「…あ。大丈夫ですよ、不可抗力というやつです。それよりも体調に影響はないですか?」
 立ち上がり近付くと背を撫でて確認してくるエウフェリオの柔らかな声にほっと息を吐きながら、オリンドはこくこくと頷いた。
「あ…うん、だ、大丈夫…」
「悪いオリンド。俺が考え無しだった」
「んもう、アルちゃんたら。まあでもフェリちゃんの調整がだいぶ入ってるんだし、前より調子良かったんじゃない?」
 悄気るアレグの頭を撫でるウェンシェスランに聞かれたオリンドが、ぱっと顔を明るくする。この反応なら軽く見積もってもドルステニア森の二倍ほど、コピアポア山の麓から四分の一程度辺りまでくらいは見通せたかもしれないと、期待を込めた眼差しが彼に集まった。
「すごく、調子良か、良かった。薬毛鴨、ちょうど来てる」
「………え?」
 こともなげに山腹辺りを指して言っておられますが待ってください、どういうこと?
 四人とも固まり切った笑顔のまま首を傾げた。
「あの、み、湖…の、ところ。集まり出してきてる、感じで…」
 言葉が足りなかっただろうかとオリンドは少々慌てながら付け足したが、そうじゃない。
「どういうこと?」
「なんで?」
「どうかしてる」
「体調に、影響は、ありませんか?」
「えっ?え、うん。体、すごく楽」
 軽いくらいで嬉しい。と、エウフェリオに抱き寄せられるまま腕に収まったオリンドが静かにはしゃぐのに、一同は安堵してから腰を抜かしてその場に座り込んだ。
「…待って?待って、じゃあほんとに、ほんとに軽いサーチで山腹まで見えちゃうってこと?」
 やっばいわ。何がヤバいって今日この日までそして今この時もおそらくしばらくはこの先も探査スキルの可能性を世界が潰していることがヤバい。いったい何が要因でこんなことになってるの。ウェンシェスランがぶつぶつと呟き出す。
「いや…ちょ…そりゃクラッスラでもドルステニアでもパネェとは思ってたけどマジパネくね…?」
 シェスカの言ってることはよくわかんねえけど、おっさん、オリンドがクソ半端無くすげえことはわかるぞ。だって俺もそりゃ探査スキルとか、補助じゃなく主軸として使えるやつが居たら助かるなとは思ってたけど正直そこまで期待してなかったもん。溜息のように言ってアレグは首の後ろに片手を当てた。
「しかし、思うにオリンドの置かれた環境だったからこその飛躍だろう?…一体、何をどうすればこんなことに」
 体内循環法の件を知らないイドリックは顎に指を当て、しきりに首を捻った。
「え…え、なんで?…俺、俺なんて…探査スキルなんて」
 これっぽっちも使えないって言われてきたのに。
 どうしてここまで世辞を言われているのかと、困惑して呟いたオリンドの言葉を聞き逃さず、アレグは憤慨を露わに拳を振り上げる。
「どっこの世界にこんだけのスキルを使えないなんて言う馬鹿がいるんだよ!?フェリが調整する前からとんでもなく有能だったじゃないか!」
「……ええっ!?」
「ええ!?じゃないのよリンちゃん!あんたはすごいの!…ほんっとに、どこのクソ野郎ならこれだけ根こそぎ自信を奪えるのよ、もしも会うことがあったら生かしちゃおかないんだから!」
 うわあ。バッツ。マーシー。バティスタもダルマチェロも逃げて全力以上で逃げて。と、オリンドは、地団駄を踏み抜きそうな勢いでウェンシェスラン曰く殺してやりたいほどの所業を己に課した幼馴染に向けて内心で祈った。
「なあオリンド。よかったら俺たちにも、話しちゃくれないか?」
 立ち上がったイドリックは、姿勢を正すと真摯な目を向けた。こんな目で見られたことなど一度もない。心臓を掴まれたような思いでオリンドは喉を鳴らす。
「…オリンド、もし思い出したく無いようであれば…」
 あの時、フィカス森で自殺未遂を起こした彼は極度の興奮状態にあったが、今は違う。気遣う声に、はっとしたオリンドはエウフェリオの上着の袖を握るとそっと首を振った。
「いや、大丈夫…。は、話す」
 ずっと宥めたり慰めたりするために褒めてくれているのだと思っていた。そうではなくて本当にみんなの言う通り自分の探査スキルが卓越したものであるのなら、先ほどイドリックの言った環境が影響しているというのなら、きっと話したほうが良いのだと、自分に言い聞かせる。
「…え、えっと…、でも、何から話せば…」
「落ち着いて。大丈夫ですよ、ゆっくりで」
 肩甲骨の辺りを摩ってくれるエウフェリオの温かな手に、ほうと息を吐いたオリンドは過去を振り返るべく、しばしの間目を閉じた。
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