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87『本選・1』

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はるか ワケあり転校生の7カ月

87『本選・1』




『第六十一回浪速高等学校演劇研究大会』

 看板がまぶしかった。

 おとつい、リハに来たときは看板もなく、雑然とした中でマイクも使えなくて、劇場スタッフの人や、実行委員の先生や生徒が右往左往。
 本選に出るんだという実感は、当日の今、看板を見てようやく湧いてきた。

 出番は、初日の昼一番。

 二つ驚いたことがあった。

 朝一番に道具の確認に一ホリの裏側にまわった(会場のLホールは、テレビの実況ができるように奥行きが二十五メートルもある。そこで真ん中のホリゾントを降ろして、後ろ半分を出場校の道具置き場にしている。ちょっとした体育館のフロアー並)
 わたしたちが、ささやかに畳一畳分に道具を収めたときは、まだ半分くらいの学校が搬入を終わっていなかったが、スペースはまだ三分の二くらい余裕で残っていた。
 さすがLホールと思ったのだが……。
 そのときは、溢れんばかりの道具で、担当のスタッフが苦労していた。
 R高校などは、四トントラック二杯分の道具を持ち込んでいた。
 お陰で、わたしたちの道具は奥の奥に追い込まれ、確認するのも一苦労。

 で……ウソ、衣装が無かった!?

「衣装はこっち!」

 道具の山のむこうにタロくん先輩の声。
 実行委員を兼ねている先輩はR高校の搬入を見て、「こら、あかんわ」と思った。
 それで、すぐに必要になる衣装と小道具は、駅前のコインロッカーに入れておいてくれたのだ。
 さすが大手私鉄合格の舞監である。

 もう一つの驚きは、パンフだった。

 予選からの出場校百二校のプロフィールが書いてある。
 三分の一ほど読んで「あれ?」っと思った。

 創作脚本ばかり。

 数えてみた。

 なんと出場校百二校中、創作劇が八十七校。
 なんと八十五パーセントが創作劇。
 後日確認すると、卒業生やコーチの作品が十校あり、実際の創作劇の率は九十五パーセント!
 この本選に出てきた学校で既成の脚本はわたしたちの真田山学院高校だけ。
 大橋先生は、コーチではあるがれっきとした劇作家である。『すみれ』は八年も前に書かれた本であり、上演実績は十ステージを超えていた。
 タマちゃん先輩が予選の前に言っていた。

「浪高連のコンクールは、創作劇やないと通らへん」

 ジンクスなんだろうけど(わたしたち予選では一等賞だったもん)この数字は異常だ。

 本番の一時間前までは、他の芝居を観ていいということになった。
 出番は午後の一番なんで、午前中の芝居は全部観られる。

 わたしは、午前の三本とも観た。

 ナンダコリャだった。

 例のR高校、幕開き三十秒はすごかった。なんと言っても、四トントラック二杯分の大道具。ミテクレは、東京の大手劇団並み。
 しかし、役者がしゃべり始めると、アウト。台詞を歌っている(自分の演技に酔いしれている)ガナリ過ぎ。不必要に大きな動き。人の台詞を聞いていない。
 だいいち、本がドラマになっていない。ほとんど独白の繰り返しで劇的展開がない。
 わたしは、大阪に来て八十本ほど戯曲を読んだ。劇的な構造ぐらいは分かる。

 昼休みは、道具の立て込み(と言っても、平台二個だけ)をあっという間に終えて、お握り一個だけ食べて、静かにその時を待った。

 乙女先生は、台詞だけでも通そうと言った。

「静かに、役の中に入っていけ、鏡でも見てなあ」

 大橋先生の言葉でそうなった。

 わたしは、眉を少し描き足し、念入りにお下げにし、静かにカオルになっていった……。
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