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88『本選・2』
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はるか ワケあり転校生の7カ月
88『本選・2』
本ベルが鳴って、お決まりのアナウンス。
客電がおちて、山中先輩のギターでうららかな春の空気が満ちてきた。
そして、タロくん先輩のキューで幕が上がった……。
肌で感じた。
観客の人たちと呼吸がいっしょになり、劇場全体が『すみれ』の世界になっていく。
スミレの宝塚風の歌は、いっそうの磨きがかかって、大拍手。進一に進路のことを言われたときは、本気でむくれているみたいだった。
アラブの戦争が始まり、上空をアメリカ軍の飛行機が飛んでいく。
ついこないだの、マサカドさんとの体験が蘇り、恐怖が湧いてくる。そして、カオルとしてしみじみと語る十七年間の人生、宝塚への夢。
その夢を無惨に打ち砕かれた、あの夜の空襲……そして互いの生き方への理解と共感が自然にやってきた。
友情と共感の象徴として、でも、互いにそうとは気づかずに、無邪気に紙ヒコーキを折って、新川の土手に……。
「いくよ。いち、に、さん!」
紙ヒコーキを飛ばす。
「すごい、あんなに遠くまで……!」
荒川での視界没と重なる感動。そして透けていく身体……。
「おわかれだけど、さよならじゃないよ」
新大阪の思い出が予選のときよりも強く蘇ってくる。
「わたし、川の中で消えていく……そうしたら海に流れて、いつか雨か風になってもどってこられるかもしれないから……」
「カオルちゃーん……!」
スミレの渾身の叫び……。
そして、ここで初めて種明かし。
消え去る直前に、カオルはゴ-ストジャンボ宝くじの一等賞に当選!
賞品は、新たな人間としての生まれ変わり!
「これで、また、宝塚を受けることができるじゃない!」
そして、もうひとつどんでん返しがあって。人間賛歌のフィナーレ!
満場の手拍子、予選とちがって裏拍。予選以上に観客のみなさんが共感して、手拍子は満場の拍手にかわった!
楽屋にもどって、びっくりした。
たくさんの人たちが、楽屋、そしてその前の廊下に溢れていた。
真由さんに、仲鉄工のおじさんまで……そして、お父さんと秀美さん。タキさんにトコさん。竹内先生に亜美と綾まで……由香と吉川先輩は、ちゃっかりと、楽屋の奥でお弁当を広げている。
そうだ、わたしってば、メールを一斉送信にしたんだ!
こうやって、午後の二本は見損ねてしまった。
時間を決めて、その夜は有志の者が(けっきょくほとんど全員になっちゃったけど)志忠屋に集まって、気の早い祝賀会になった。
わたしも仲間も、これはいけると手応えを感じていた。栄恵ちゃんなど「近畿大会は、土曜にしてくださいね。わたし日曜は検定やから」と頬を染める。
で、これを皮切りに、お父さんとかまで、それぞれに都合を言い立てた。
出演するのは、わたしたちなんだけどね……タマちゃん先輩と目配せをした。
二日目の芝居は全部観た。
正直、ドラマになっているものは一つもない。
想像妊娠や、引きこもり、新型インフルエンザの流行の悲喜劇、親子の断絶。アイデアというかモチーフは様々だが、人物描写が類型的。
ドラマとは、人の対立と葛藤があり、互いに関係しあって、最後には人間に変化があるもの。この五ヶ月で、わたしが学んだドラマの基本である。
みんな、そこを踏み外している。ただ刹那的なギャグや、スラプスティック(ドタバタのギャグ)、劇的な台詞が、なにも絡むこともなく、散りばめられているだけ。
最後の芝居の半ばごろ、頭が痛くなってきた。なんとか見終わって、ロビーに出た。
「はるか、大丈夫?」
乙女先生が心配げに顔をのぞき込む。
「ちょっと芝居あたりしたみたいです。大丈夫、すぐによくなりますから」
ロビーのソファーに座り込んだ。
昨日、今日の二日間で観た芝居や『すみれ』が、頭の中でグルグル回っている。
「はるか、芝居も終わったこっちゃし、いっしょに先帰ろか」
「講評とか聞きたいんです……」
「わたしが、代わりに聞いといたるから。な、そないし」
「さ、いくぞ」
早手回しに、栄恵ちゃんが、わたしのバッグを持ってきた。
「大丈夫ですよ。いい結果、家で待っててください」
その笑顔に押されるようにして、わたしは、大橋先生と家路についた……。
88『本選・2』
本ベルが鳴って、お決まりのアナウンス。
客電がおちて、山中先輩のギターでうららかな春の空気が満ちてきた。
そして、タロくん先輩のキューで幕が上がった……。
肌で感じた。
観客の人たちと呼吸がいっしょになり、劇場全体が『すみれ』の世界になっていく。
スミレの宝塚風の歌は、いっそうの磨きがかかって、大拍手。進一に進路のことを言われたときは、本気でむくれているみたいだった。
アラブの戦争が始まり、上空をアメリカ軍の飛行機が飛んでいく。
ついこないだの、マサカドさんとの体験が蘇り、恐怖が湧いてくる。そして、カオルとしてしみじみと語る十七年間の人生、宝塚への夢。
その夢を無惨に打ち砕かれた、あの夜の空襲……そして互いの生き方への理解と共感が自然にやってきた。
友情と共感の象徴として、でも、互いにそうとは気づかずに、無邪気に紙ヒコーキを折って、新川の土手に……。
「いくよ。いち、に、さん!」
紙ヒコーキを飛ばす。
「すごい、あんなに遠くまで……!」
荒川での視界没と重なる感動。そして透けていく身体……。
「おわかれだけど、さよならじゃないよ」
新大阪の思い出が予選のときよりも強く蘇ってくる。
「わたし、川の中で消えていく……そうしたら海に流れて、いつか雨か風になってもどってこられるかもしれないから……」
「カオルちゃーん……!」
スミレの渾身の叫び……。
そして、ここで初めて種明かし。
消え去る直前に、カオルはゴ-ストジャンボ宝くじの一等賞に当選!
賞品は、新たな人間としての生まれ変わり!
「これで、また、宝塚を受けることができるじゃない!」
そして、もうひとつどんでん返しがあって。人間賛歌のフィナーレ!
満場の手拍子、予選とちがって裏拍。予選以上に観客のみなさんが共感して、手拍子は満場の拍手にかわった!
楽屋にもどって、びっくりした。
たくさんの人たちが、楽屋、そしてその前の廊下に溢れていた。
真由さんに、仲鉄工のおじさんまで……そして、お父さんと秀美さん。タキさんにトコさん。竹内先生に亜美と綾まで……由香と吉川先輩は、ちゃっかりと、楽屋の奥でお弁当を広げている。
そうだ、わたしってば、メールを一斉送信にしたんだ!
こうやって、午後の二本は見損ねてしまった。
時間を決めて、その夜は有志の者が(けっきょくほとんど全員になっちゃったけど)志忠屋に集まって、気の早い祝賀会になった。
わたしも仲間も、これはいけると手応えを感じていた。栄恵ちゃんなど「近畿大会は、土曜にしてくださいね。わたし日曜は検定やから」と頬を染める。
で、これを皮切りに、お父さんとかまで、それぞれに都合を言い立てた。
出演するのは、わたしたちなんだけどね……タマちゃん先輩と目配せをした。
二日目の芝居は全部観た。
正直、ドラマになっているものは一つもない。
想像妊娠や、引きこもり、新型インフルエンザの流行の悲喜劇、親子の断絶。アイデアというかモチーフは様々だが、人物描写が類型的。
ドラマとは、人の対立と葛藤があり、互いに関係しあって、最後には人間に変化があるもの。この五ヶ月で、わたしが学んだドラマの基本である。
みんな、そこを踏み外している。ただ刹那的なギャグや、スラプスティック(ドタバタのギャグ)、劇的な台詞が、なにも絡むこともなく、散りばめられているだけ。
最後の芝居の半ばごろ、頭が痛くなってきた。なんとか見終わって、ロビーに出た。
「はるか、大丈夫?」
乙女先生が心配げに顔をのぞき込む。
「ちょっと芝居あたりしたみたいです。大丈夫、すぐによくなりますから」
ロビーのソファーに座り込んだ。
昨日、今日の二日間で観た芝居や『すみれ』が、頭の中でグルグル回っている。
「はるか、芝居も終わったこっちゃし、いっしょに先帰ろか」
「講評とか聞きたいんです……」
「わたしが、代わりに聞いといたるから。な、そないし」
「さ、いくぞ」
早手回しに、栄恵ちゃんが、わたしのバッグを持ってきた。
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