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086『女バレの部室』

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巡(めぐり)・型落ち魔法少女の通学日記

086『女バレの部室』   




 月に一度バイトのギャラをもらいに行く。



 いつもは学校の帰りに寄っていくんだけど、春休みだし、この三日間は入試業務で生徒の立ち入りは制限されてるんで、わざわざ行く。
 それでもいちおう制服。正門の前まで行って入れるんなら中庭とかで日向ぼっこしてもいいかなあと思ってる。

 直美さんは雑誌の仕事で居なくて、マスターにいただく。マスターとはあまり会話にならないのでお礼言って、受け取りにハンコ捺いて学校に向かう。

 よしよし。

 正門に入る前から部活の生徒が見えたんで安心して入る。

 校舎の入り口には『教職員以外立ち入り禁止』の張り紙がしてある。

 こういう張り紙は令和ではパソコンで打ち出した機械の文字だけど、昭和では手書きだよ。禁止の止の字なんか、最後の横棒にグッと力が入っていて、いかにも「入ってくんな!」の感じがしてる。

 見上げた図書室に先生たちの後頭部がいくつか見える。たぶん、あそこで選抜会議とかやってるんだ。ごくろうさま。


 おお、グッチ!


 元気な声に振り返ると佳奈子がジャージ姿でバケツをぶら下げてる。

「あ、佳奈子も来てたんだ!」

「部室の掃除、ちょうど終わったところだから、寄っといでよ」

「あ、うん、いくいく!」


 部室等に行くのは初めてだ。


 二階建てのアパートみたいになってて、女バレの部室は外階段を上がって一番グラウンド寄りの部屋。

「かなっち、あたしたち帰るけど、鍵頼める?」

「うん、まかしといて」

 見覚えのある女子が二人、挨拶して外階段を下りていく。

「三人だけで掃除してたの?」

「うん、一年は三人しかいないからねえ。まあ、こんどバレーの強い子がチラホラ入ってるっていうから、ちょっと期待」

 なるほど、そういう意味合いもあって掃除がんばったんだ。

 部室は八畳を横から押したような縦長で、真ん中にゼミテーブルが縦に二つ、左右の壁には二段ロッカーが並んでて、ドアのガラスと奥の窓から光が入って、ちょっと薄暗い。むろん蛍光灯は点いてるんだけど、外が明るすぎるせいかもしれない。

「広くはないけどきれいだね」

「うん、掃除したとこだし、日ごろから気を付けてるからね。一階はすごいけどね」

「一階?」

「うん、男子のクラブは一階にまとめられてる」

「ああ、なるほど(^_^;)」

 ラグビー、サッカー、野球、陸上、テニス……なるほど、汗臭の泥だらけに違いない。

「適当に座ってて、インスタントだけどコーヒー淹れるから」

「あ、ありがとう……お、ずいぶんストックがあるんだ」

「卒業した三年生が置いていってくれたの」

 ロッカー二つが共用になってるようで、紙コップ、コーヒー、お茶やらがけっこうな量入ってる。

「お煎餅とクラッカーどっちがいい?」

「あ、クラッカーがいいかなあ」

「よし」

 ロッカーの上の段ボールを下ろすと一箱まるまるクラッカー。

「ほい、あたり前田のクラッカー」

「おお、リアル前田のクラッカー!」

「グッチって、時どき『リアルなになに!』って感動してるよね」

「え、あ……」

 そうか、この時代には『リアルなになに!』って言い回しはしないんだ(;'∀')。

「なんか、いい意味でゆるいっていうか穏やかっていうか、いいセンスだよね」

「あ、そうかなあ(^_^;)」

 まあ、仲間内なら多少の令和ネタやら令和言葉はいいだろう。こんなことで、そうそう歴史が変わるものでもないだろうし。

「ねえ、ちょっと早いけど、グッチは進路とか考えてる?」

「進路ぉ……」

 そうだよ、二年の二学期には進路希望調査が始まるんだ。最低でも就職か進学かぐらいは決めなくちゃならない。っていうか、わたしの場合、昭和に留まるか令和に戻るかっていう、ぜったい人には言えない進路選択もしなくちゃならない。

「選択によっちゃあ部活も考えなきゃいけないからねぇ」

「え、ひょっとして理系とか?」

「ううん、文系だけど。うち、公立でないと厳しいから」

「ああ、そういうのって共通テスト受けなきゃなんだよね」

「え、共通テスト?」

「え、あ、ちがくて……センター試験?」

「え? ようわからんけど、まあ二期校狙いだからねぇ」

 二期校……? イミフなんだけど、質問したら墓穴掘りそうだし、話題を変える。

「えと、春休みって、宿題無いし、けっこう時間あるし。また、みんなで出かけられるといいかもね」

「あ、うん……万博行ったのはよかったね。みんなでいっしょの企画にしなかったら行けてなかっただろうね……映画にも行ったし、花火大会も、MITAKAも刺激的だったしぃ……」

「ね、ね、けっこうアグレッシブにやってきたでしょ!」

「そうだねぇ、うんうん、考え込むのはちょっと早いよね。よし、天気もいいし、楽しむことかんがえようか!」

「そうだそうだ! エモいのもいいけど、青春を楽しまなくっちゃ!」

「そうだそうだ!……で、エモいってなに?」

「え、ああ……」

 ちょっと言葉には気を付けようと思って、いよいよ春本番!



☆彡 主な登場人物

時司 巡(ときつかさ めぐり)   高校一年生
時司 応(こたえ)         巡の祖母 定年退職後の再任用も終わった魔法少女
滝川                志忠屋のマスター
ペコさん              志忠屋のバイト
猫又たち              アイ(MS銀行) マイ(つくも屋) ミー(寿書房)
宮田 博子(ロコ)         1年5組 クラスメート
辻本 たみ子            1年5組 副委員長
高峰 秀夫             1年5組 委員長
吉本 佳奈子            1年5組 保健委員 バレー部
横田 真知子            1年5組 リベラル系女子
加藤 高明(10円男)       留年してる同級生
藤田 勲              1年5組の担任
先生たち              花園先生:4組担任 グラマー:妹尾 現国:杉野 若杉:生指部長 体育:伊藤 水泳:宇賀  音楽:峰岸  教頭先生  倉田(生徒会顧問)
須之内直美             証明写真を撮ってもらった写真館のおねえさん。
時司 徒 (いたる)         お祖母ちゃんの妹        
その他の生徒たち          滝沢(4組) 栗原(4組) 牧内千秋(演劇部 7組) 上杉(生徒会長)
灯台守の夫婦            平賀勲 平賀恵  二人とも直美の友人  
  
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