上 下
270 / 432

270『どてらで早起き』

しおりを挟む
せやさかい

270『どてらで早起き』さくら     




 目が覚めて手探りでスマホを探す。

 あっちゃー……電池切れ。


 時間は確認でけへんかったけど、たぶんいつもの時間。

 隣のベッドでは、留美ちゃんがまだ寝てる様子。かわいい寝息が聞こえてる。

 夕べは「おやすみ」言うて寝る時も、まだ勉強やってたから起きられへんねんなあ。

 もうちょっと寝かしといてあげよ。


 どてらを羽織って廊下に出る。

 あ、どてらはお祖母ちゃんの形見。

 年末の掃除で、このどてらが出てきた。

「わあ、もう捨てようか……」

 おばちゃんが捨てようとしたところを「もろていい?」と、自分の部屋着にしたもの。

 それまでのフリースやら半纏と違って、足首までの丈なんでヌクヌク。

 綿入れやさかい、まるで布団を身にまとってる感じ。

 このどてらが無かったら、きっと二度寝してたと思う。

 向かいの詩(ことは)ちゃんの部屋も、まだ暗いまま。

 リビングに下りかけて、回れ右して本堂へ。

 
 あ…………?


 外陣の時計を見ると、午前三時半!?

 これは、だれも起きてないはずや。

 やっぱり、緊張してるんかなあ……今日は三学期の始業式。

 三年生やさかい、中学最後の始業式。

 三年間通った安泰中学は、ほんまは入る中学やなかった。

 お父さんが失踪宣告が成立して、お母さんの実家である如来寺に越してきて、安泰中学に入ることになった。

 今でも、初めて袖を通した制服の感触を憶えてる。その制服もお尻とか袖とかが光るようになって、袖口も、ちょびっと擦り切れてきた。

 留美ちゃんは、そないなってないから、きっと、うちがガサツなせい。

 物にも人にも思い入れが強いので、しばらくはそのまま残してるんやろなあ、うちは。

 小学校の標準服も残ってるし。どうも、うちは未練たらしい女なんかもしれへん。


 そんなことを思いながらも、ストーブに火を点けて電気カーペットのスイッチを入れてる。

 おろうそくはテイ兄ちゃんの仕事やから、須弥壇のスイッチだけいれる。

 阿弥陀さんの姿が際立ってくるので、きちんと正座して手を合わせる。

 
 ナマンダブ ナマンダブ ナマンダブ…………


 三回お念仏唱えておしまい。

 坊主の孫やけど、お経は知らんからナマンダブだけ。

 静かな様子を『シーーーン』と表現するけど、まさに、そのシーーーン。

 あ、シーンとシーーーン。なんや、洒落を言うたみたい。


 静かやと考えてしまう。


 この本堂で、お父さんの葬式をやったんや。

 失踪してるから、ほんまに死んだんかどうか分からへんねんけど、ケジメのため。

 その、ごくごく内輪の葬式に「お焼香をさせて欲しい」と、知らんおっちゃんがきちんと喪服着て現れて、その直後にお母さんも失踪してしもた。

 お祖父ちゃんはじめ、家のもんは、ほとんどお母さんの話もせえへん。

 うちも、せえへん。

 その不自然さを除いて、うちの家族は、うちみたいなオヘンコにはもったいないぐらいの家族。

 あかん、涙が出てくる。

 ナマンダブナマンダブ……

 もっかいお念仏唱えて、後ろに人の気配。


 振り返ると、いつぞやの『マンガ 日本の歴史』のオッチャン。

 ほら、134回の『ごりょうさん奇譚』で自転車貸したげたオッチャン。

「久々に顔が見たくてね」

「え、あ、その……」

「あ、まだ名乗っていなかったね」

「えと……はい」

「オホサザキって云う古いおじさんです」

「オホサザキ……え、それて、仁徳天皇さん!?」

「あ、ああ、さすがは中学三年生。わたしの諱(いみな)も知ってるんだ」

「はい、世界遺産に登録された時に、いろいろ聞きましたから」

「そうか、なんか照れるけど、その仁徳天皇です。ああ、畏まらなくていいから」

「は、はい」

「世界遺産登録から、みんなの関心が高くなって、ちょっと忙しくて訪れるのが遅れてしまった。ごめんね」

「あ、いえ、そんなことないです」

 思わず、ワタワタと手を振ってしまう。

「そういう、ワタワタするところは実にいい」

「あ、そうですか(n*´ω`*n)」

「うん、さくらはね、とりたてて才能は無い」

「え、そうなんですか!?」

「うん」

 のっけから身もふたもない。

「アハハ」

「あ、地味に傷つけたかな?」

「あ、いえ……」

「でも、さくらは自転車を貸してくれた」

「あ、あれは……」

「あれね、誰にでもできることじゃないんだよ」

「そうなんですか?」

「さくらの心根は『民の竈』に通じるものがあるよ」

「え、あ、いや、とんでもない」

「ハハハ、またワタワタと……実にいい子だ」

「そんなに言われたら、居場所がありません(^_^;)」

「自分の良いところを指摘されて困ってしまうのは、日本人の美徳なんだよ」

「は、はあ」

「さくらが堺に引っ越して来てくれて嬉しかった」

「そうなんですか!?」

「ああ、嬉しくってね。ほら、初めて来た時、二年前の三月の末だったよね。タクシーを降りて如来寺に着くまで、雨上がりの道、ほとんど西へ真っ直ぐの道だっただろ?」

「はい、振り返るとごりょうさんが見えて、あたし、四五回振り返ってました」

「うんうん、通じたと思ったよ。わたしも、さくらのこと見てたからね」

「そうやったんですか!」

「あ、いま、ひょっとしたらご利益あるとか思っただろ?」

「いや、そんなことは!」

 嘘です、ほんまは反射的に『なんかええことしてくれはる』と思てしまいました!

「正直でよろしい。わたしはね、基本的には見ているだけなんだよ。ちょっと薄情に聞こえるかもしれないなあ……うん、寄り添うって感じだな」

「はい」

「でも、寄り添ってあげたり、寄り添ってもらったりしてると、オーラが活性化してね、幸せになれる」

「そうなんですか?」

「うん、そんなさくらには、きっと運の方からやってくると思うよ」

「はい」

「それから、お父さん、お母さんも人の役にたっておられる。誇りに思っていい。それを伝えたくてね。では……」

 あ、もうちょっと……思うと腰が浮いてくる。

「聞き洩らしたことがあるのかい?」

「えと、もう一つ、なにかアドバイスとかがありましたら」

「ふむ……そうだね……その、お祖母さんのどてらのようになれるといいね」

「どてら?」

「うん、そのどてらがなければ、こうやって会えなかった。そうだろ、さくらは二度寝して本堂には来なかった……だろ?」

「は、はい」

「それじゃまた、いずれかの機会にね……」

 そう言ってニッコリ笑うと、わたしの意識といっしょに消えていくごりょうさんでした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】おっさん軍人、もふもふ子狐になり少年を育てる。元部下は曲者揃いで今日も大変です

鏑木 うりこ
BL
冤罪で処刑された「慈悲将軍」イアンは小さな白い子狐の中で目を覚ましてしまった。子狐の飼い主は両親に先立たれた少年ラセル。 「ラセルを立派な大人に育てるきゅん!」 自分の言葉の語尾にきゅんとかついちゃう痛みに身悶えしながら中身おっさんの子狐による少年育成が始まった。 「お金、ないきゅん……」 いきなり頓挫する所だったが、将軍時代の激しく濃い部下達が現れたのだ。  濃すぎる部下達、冤罪の謎、ラセルの正体。いくつもの不思議を放置して、子狐イアンと少年ラセルは成長していく。 「木の棒は神が創りたもうた最高の遊び道具だきゅん!」 「ホントだねぇ、イアン。ほーら、とって来て〜」 「きゅーん! 」 今日ももふもふ、元気です。  R18ではありません、もう一度言います、R18ではありません。R15も念の為だけについています。  ただ、可愛い狐と少年がパタパタしているだけでです。  完結致しました。 中弛み、スランプなどを挟みつつ_:(´ཀ`」 ∠):大変申し訳ないですがエンディングまで辿り着かせていただきました。 ありがとうございます!

歌のふる里

月夜野 すみれ
ライト文芸
風の中に歌が聴こえる。 いつも聴こえる美しい旋律の歌。 どこにいても聴こえるのに、どこを捜しても歌っている人間を見つけることが出来ない。 しかし、あるとき、霧生柊矢(きりゅうとうや)は歌っている少女霞乃小夜(かすみのさよ)と出会った。 柊矢は、内気そうな少女に話しかけることも出来ず、ただ歌を聴いているだけの日々が続いていた。 ある日、二人の前に白く半透明な巨木の森が出現した。 二人が見ている前で森はまた消えていった。 その夜、柊矢の所有しているアパートの近所で火事が起きたという知らせに現場へ行ってみると小夜がいた。 燃えていたのは小夜の家だった。 たった一人の肉親である祖父を亡くした小夜を、成り行きで柊矢が引き取った。 その後、柊矢と小夜はやはり、普通の人には聴こえない歌を歌う青年と知り合った。 その青年、椿矢(しゅんや)から普通の人に聴こえない歌が聴こえるのはムーシコスという人種だと教えられる。 そして、柊矢の前に、昔、白い森へ入っていって消えた元恋人霍田沙陽(つるたさよ)が現れた。沙陽もまたムーシコスだった。 柊矢は沙陽に、ムーシコスは大昔、あの白い森から来たから帰るのに協力してほしいと言われる。 しかし、沙陽は小夜の家の火事に関わっていた。 柊矢と小夜、柊矢の弟楸矢(しゅうや)は森への帰還を目指す帰還派との争いに巻き込まれる。 「歌のふる里」の最終話の次話から続編の「魂の還る惑星」が始まります。 小説家になろうとカクヨム、note、ノベマにも同じものを投稿しています。

マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪
ライト文芸
 彼女は高校時代の失敗を機に十年も引きこもり続けた。  親にも見捨てられ、唯一の味方は、実の兄だけだった。  ある日、彼女は決意する。  兄を安心させるため、自分はもう大丈夫だよと伝えるため、Vtuberとして百万人のファンを集める。  強くなった後で新しい挑戦をすることが「強くてニューゲーム」なら、これは真逆の物語。これから始まるのは、逃げて逃げて逃げ続けた彼女の全く新しい挑戦──  マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム。

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

男女差別を禁止したら国が滅びました。

ノ木瀬 優
ライト文芸
『性別による差別を禁止する』  新たに施行された法律により、人々の生活は大きく変化していき、最終的には…………。 ※本作は、フィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

繊細な早坂さんは楽しむことを知らない

水城ひさぎ
ライト文芸
早坂奈江(27歳)は、不動産事務の仕事に就きながら、これといった楽しみもなく毎日を淡々と過ごしていた。いつものように仕事を終えた奈江は、駅のホームから落ちそうになり、青年に命を助けられる。 翌日、伯母にランプの修理を頼まれた奈江は、『吉沢らんぷ』へ行くことになる。吉沢らんぷは、奈江の初恋の人の実家だ。しかし、らんぷやを訪ねた奈江の前に現れたのは、駅で出会った青年だった。 青年は猪川秋也。初恋の人である吉沢遥希の友人だ。遥希は亡くなったと、彼は言う。ショックを受ける奈江は、遥希と過ごした夏の日にあったある出来事を、秋也とともに調べることになり……。

死ぬ前に、ひと休みしませんか?

せいだ ゆう
ライト文芸
高校三年生の樺山 栞(かばやま しおり)は、雑居ビルの屋上から、飛び降りようとしていた。 私が生きていても、迷惑をかけるだけ……。 十八年間の人生に見切りをつけ、飛び降りようとした瞬間、後ろから男の声が。 「死ぬ前に、ひと休みしませんか?」 セラピストを名乗る男から死ぬことを止められ、何故か施術を受けることに。 その日から、栞の人生は変わっていく。 男には、重大な秘密があることを知らずにーー。

真実の愛に目覚めたら男になりました!

かじはら くまこ
ライト文芸
結婚式の日に美月は新郎に男と逃げられた。 飲まなきゃやってらんないわ! と行きつけの店で飲むところに声をかけてきたのはオカマの男だったが、、 最後はもちろんハッピーエンドです! 時々、中学生以下(含む)は読ませたくない内容ありです。

処理中です...