せやさかい

武者走走九郎or大橋むつお

文字の大きさ
上 下
20 / 432

020『頼子さん効果』

しおりを挟む
せやさかい

020『頼子さん効果』  

 


 天変地異の前触れかもしれへんなあ……

 そう呟くと、テイ兄ちゃんはグビグビと麦茶を飲み干しにかかった。

 喉ぼとけがグビラグビラと動いて、なんか別の生き物みたいや。

 テイ兄ちゃんはビールのジョッキに麦茶を入れて飲む。

 その方が、喉の渇きが収まるらしい。ペットボトルの口では飲んだ気がせえへんのやとか。最初はアホかいなと思たけど、昨日今日の暑さでは、むべなるかなという感じ。

 お坊さんというのは案外きつい仕事や。

 この異常気象の五月。外は三十度を超える気候やのに、真っ黒の衣着て檀家参り。

 お寺と言うのは休日が無い。というか、土日の方が忙しい傾向がある。

 檀家さんはおおむね普通の仕事してはるから、月参りや法事のお参りは土日を指定しはることが多い。

 それで、土日は、お祖父ちゃん、おっちゃん、テイ兄ちゃんの三人がフル稼働。それに突発のお葬式なんかが入ってくると、もうてんてこ舞い。

「それでも、うちはマシやねんで」

 お祖父ちゃんが寿司屋みたいな大きい湯呑で熱いお茶をチビチビやってる。

「そうなん?」

「ああ、親子三代で坊主やってられんのは幸せなこっちゃ。中には、住職が八十超えてんのに後継ぎがおらんいうとこもあるさかいなあ」

「住職が亡くなったら、どうなるのん?」

「おしまいや。坊主せんかったら、寺を出ならあかん。で、寺は近所のお寺が住職を兼務して、檀家さんには迷惑がかからんようにする」

 なるほどなあ……と思いながら、うちのお寺は絶対そうならんという余裕があるから言えるんやろなあとも思う。

 お寺と言うのは税金が掛かれへん。お布施は非課税やし、何百坪いう土地を持っててもお寺と言うだけで固定資産税も都市計画税もかかれへん。

「さくらも、得度うけとくか?」

「あたしが!?」

「資格持っといたら喰いッパグレないでえ」

 お分かりやと思うんですが、得度いうのは本山に行って坊主の資格を得ること。浄土真宗いうのは女の坊主も多いと噂には聞いた。けど、自分が坊主……まだ墨染の衣を身にまとう気にはなりません。

「諦一、まだ行ってなかったんか?」

 とっくに午後の部に出たと思たテイ兄ちゃんが、リビングのソファーにドサッと音をさせてへたってしもた。

「あ、ちょっとシンドなってきて……」

 見ると、テイ兄ちゃんの顔が、なんや赤い。手足もしびれが来てる感じや。

「諦一、昼から五件も残ってるんやろ、わしも三件あるから代わりにはいかれへんぞ」

「だいじょうぶや、お祖父ちゃん。ちょっと横になったらいくさかい」

 お祖父ちゃんも、困った顔になる。おっちゃんは名古屋の檀家さんに行ってるさかい、ほんまに交代要員はおらへん。

「せや、力の付くもん見せたる!」

 スマホを出して、頼子さんの画像を呼び出す。

「ほら、頼子さん見て元気だし!」

「おお、頼子さん!」

 お寺の落語界で頼子さんを見かけてから、テイ兄ちゃんは頼子さんのファンや。

 現金なもんというか、ある面可愛げというか、頼子さんの写真で、ほんまに元気を取り戻して檀家まわりにでかける。

「さくら、その写真、オレのスマホに送ってくれ!」

「それはあかん」

 無断で人に送るのはでけへん。

「ほんなら、しゃあない。効き目切れたら、すぐに見られるように檀家参りについてこい!」

「えーーー!?」

 というわけで、日曜の午後はテイ兄ちゃんと檀家参りに出かけたのでした。

 

 頼子さんは、月曜の夕方には修学旅行から帰ってきます。

 うう、それにしても、なんでこんなに暑いんやあ……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

PMに恋したら

秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。 「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」 そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。 「キスをしたら思い出すかもしれないよ」 こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。 人生迷子OL × PM(警察官) 「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」 本当のあなたはどんな男なのですか? ※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません 表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。 https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大江戸闇鬼譚~裏長屋に棲む鬼~

渋川宙
ライト文芸
人間に興味津々の鬼の飛鳥は、江戸の裏長屋に住んでいた。 戯作者の松永優介と凸凹コンビを結成し、江戸の町で起こるあれこれを解決! 同族の鬼からは何をやっているんだと思われているが、これが楽しくて止められない!! 鬼であることをひた隠し、人間と一緒に歩む飛鳥だが・・・

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

処理中です...