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020『頼子さん効果』

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せやさかい

020『頼子さん効果』  

 


 天変地異の前触れかもしれへんなあ……

 そう呟くと、テイ兄ちゃんはグビグビと麦茶を飲み干しにかかった。

 喉ぼとけがグビラグビラと動いて、なんか別の生き物みたいや。

 テイ兄ちゃんはビールのジョッキに麦茶を入れて飲む。

 その方が、喉の渇きが収まるらしい。ペットボトルの口では飲んだ気がせえへんのやとか。最初はアホかいなと思たけど、昨日今日の暑さでは、むべなるかなという感じ。

 お坊さんというのは案外きつい仕事や。

 この異常気象の五月。外は三十度を超える気候やのに、真っ黒の衣着て檀家参り。

 お寺と言うのは休日が無い。というか、土日の方が忙しい傾向がある。

 檀家さんはおおむね普通の仕事してはるから、月参りや法事のお参りは土日を指定しはることが多い。

 それで、土日は、お祖父ちゃん、おっちゃん、テイ兄ちゃんの三人がフル稼働。それに突発のお葬式なんかが入ってくると、もうてんてこ舞い。

「それでも、うちはマシやねんで」

 お祖父ちゃんが寿司屋みたいな大きい湯呑で熱いお茶をチビチビやってる。

「そうなん?」

「ああ、親子三代で坊主やってられんのは幸せなこっちゃ。中には、住職が八十超えてんのに後継ぎがおらんいうとこもあるさかいなあ」

「住職が亡くなったら、どうなるのん?」

「おしまいや。坊主せんかったら、寺を出ならあかん。で、寺は近所のお寺が住職を兼務して、檀家さんには迷惑がかからんようにする」

 なるほどなあ……と思いながら、うちのお寺は絶対そうならんという余裕があるから言えるんやろなあとも思う。

 お寺と言うのは税金が掛かれへん。お布施は非課税やし、何百坪いう土地を持っててもお寺と言うだけで固定資産税も都市計画税もかかれへん。

「さくらも、得度うけとくか?」

「あたしが!?」

「資格持っといたら喰いッパグレないでえ」

 お分かりやと思うんですが、得度いうのは本山に行って坊主の資格を得ること。浄土真宗いうのは女の坊主も多いと噂には聞いた。けど、自分が坊主……まだ墨染の衣を身にまとう気にはなりません。

「諦一、まだ行ってなかったんか?」

 とっくに午後の部に出たと思たテイ兄ちゃんが、リビングのソファーにドサッと音をさせてへたってしもた。

「あ、ちょっとシンドなってきて……」

 見ると、テイ兄ちゃんの顔が、なんや赤い。手足もしびれが来てる感じや。

「諦一、昼から五件も残ってるんやろ、わしも三件あるから代わりにはいかれへんぞ」

「だいじょうぶや、お祖父ちゃん。ちょっと横になったらいくさかい」

 お祖父ちゃんも、困った顔になる。おっちゃんは名古屋の檀家さんに行ってるさかい、ほんまに交代要員はおらへん。

「せや、力の付くもん見せたる!」

 スマホを出して、頼子さんの画像を呼び出す。

「ほら、頼子さん見て元気だし!」

「おお、頼子さん!」

 お寺の落語界で頼子さんを見かけてから、テイ兄ちゃんは頼子さんのファンや。

 現金なもんというか、ある面可愛げというか、頼子さんの写真で、ほんまに元気を取り戻して檀家まわりにでかける。

「さくら、その写真、オレのスマホに送ってくれ!」

「それはあかん」

 無断で人に送るのはでけへん。

「ほんなら、しゃあない。効き目切れたら、すぐに見られるように檀家参りについてこい!」

「えーーー!?」

 というわけで、日曜の午後はテイ兄ちゃんと檀家参りに出かけたのでした。

 

 頼子さんは、月曜の夕方には修学旅行から帰ってきます。

 うう、それにしても、なんでこんなに暑いんやあ……。
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