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果たしてどこへ行くのだろう
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「……最悪だ最悪だ最悪だ……」
始発の在来線に乗り、新幹線に乗り換えてからも、静彦はなお青い顔でブツブツ言っていた。
「うるせぇなぁ、最終的に無事だったんだから良かっただろ」
「それまでの過程が問題なんだ!!」
舗装された道路しか走ったことのない耀に、夜の山道はやはり荷が重かった。そのため、ところどころでスリリングな一幕が繰り広げられたのだった。
「死ぬかと……死ぬかと思った……」
そうこうしているうちに、静彦は寝てしまった。心労が重なった上での危険なドライブだ。疲れたのだろう。目の下に隈が浮いている。その寝顔をしばらく眺めてから、耀は窓の外に目線を戻した。田舎の風景が過ぎ去り、高層ビルが増えていく。そうして耀はスマートフォンを取り出して、メッセージを一件送信した。すぐに返信がある。
やがて新幹線は東京駅に到着した。すでに人通りは多く、光吉村の古めかしく沈殿した空気に晒された身体に、今はその喧騒と人々の活気が心地いい。
ヒロカは改札口のすぐ前で待っていた。ばっちりと化粧を決め、襟ぐりの深いドット柄のミニワンピースでシックに決めている。耀と静彦に気づくと、飛び上がらんばかりにして、ブンブンと腕を振る。ポニーテールが揺れた。
「あっかるぅー! シズくぅん! ここだよぉ!」
「うるせぇ、見れば分かるっての。……てかおまえ、もう大丈夫なのかよ」
「うん、なんにも覚えてないけど──二人が助けてくれたのは分かってる。ありがとう」
耀も静彦も、黙って首を横に振った。そもそも巻き込んだのはこちらの方だった。
「じゃ、行こっか。タクシー待たせてるよ」
「行こっかって……どこへ?」
静彦の問に答えたのは耀だった。
「ヒロカの家だよ」
高層マンションの最上階をぶち抜くヒロカの家に入り、静彦は目を丸くした。思わず、というように声を上げる。
「こ……これは、機工戦隊《きこうせんたい》メカレンジャーの限定五十体フィギュア……!?」
「おっ、シズくん、やっぱり特撮好きだったんだ! 部活でも熱心にグッズ見てたし、皆の話も分かってるみたいだったから、薄々そうじゃないかと思ってたんだよぉ。……じゃあこっち、こっち見て!」
「ヒグマ戦隊キバレンジャーのプレミアム変身ウォッチ!! す、すごい!!」
ヒロカの家の壁を覆うコレクションケースの中身は、耀には意味のわからないおもちゃに過ぎないが、静彦にとっては宝の山に見えるらしい。耀そっちのけで、あのシリーズはどうだった、このシリーズは最高だったと特撮談義が始まる。
静彦は心から羨ましそうにため息をついた。
「いいなぁ。さすがにグッズに手を出すと家の者に知られてしまうから、ずっと我慢していたんだ」
「ふぅん、なんかしらないけど、シズくんも大変なんだねぇ。うちはほら、ママの事務所の子らがよく出演してるから、ママも理解あるし、コネでグッズ手に入ったりするんだ」
「え、ママの事務所って……」
「高瀬《たかせ》芸能事務所。知らない?」
知らないわけがない。静彦のパソコンに入っていたスクリーンショットは、まさに高瀬芸能事務所の募集要項だった。耀は静彦を指差す。
「こいつ、特撮俳優志望なんだよ」
「えーっ!? 似合う似合う、絶対似合う! オーディション受けなよ、ママ絶対喜ぶよぉ! 私もイメージ湧いてきた!」
ヒロカがぴょんぴょん飛び跳ねる。静彦は首をかしげた。
「イメージ?」
ヒロカは照れて少し俯き、頬を掻いた。
「えへへ……私はね、脚本家志望なんだぁ。いつか、私の脚本で、子どもたちを楽しませたいっていうか……無理かもだけど……」
静彦が、がしっとヒロカの両手を掴む。まっすぐにヒロカと目と目を合わせた。
「そんなことはない。短い付き合いだけど、ヒロカさんの特撮への愛、俺にも伝わっている。武道も芸事も日々の鍛錬により向上するものだろう。それさえ忘れなければ、少なくとも後退することはない」
その瞳と声音の真摯さはヒロカにも伝わったのだろう。安易な励ましではないと理解し、ヒロカは目を潤ませる。
「シズくん……、だいぶ時代錯誤なかんじだけど、励ましてくれてるんだね。ありがとう……! じゃあ、約束だよ! いつか私の脚本で、シズくんが演じてくれるの!」
ヒロカの笑顔に、静彦は言葉を詰まらせた。首を傾げるヒロカに、蚊帳の外だった耀が声をかけた。
「ヒロカ。悪ぃけど、しばらく俺らをここに置いてほしい」
真剣な顔でそう言った耀に、ヒロカはあっさりと
「うん、いーよぉ」
と答えたが、顔色を変えたのが静彦だ。
「お、おい、耀! 若い婦女子のお宅に、男二人がお邪魔するわけには……」
「別にいいよ。ママは事務所の近くにマンション持ってて、ここは私の一人暮らしだしさ」
「なおさら問題ではないか! ヒロカさんも、もう少し危機感というものを持ってだな」
言い募ろうとした静彦に、ヒロカが腕を組んで胸を張り、目を眇める。
「あのねぇ」
たっぷりとマスカラを塗った睫毛が、瞬きをする。
「言っておくけど、私は、誰にでもこんなことをOKしたりしないの。短い付き合いだけど、シズくんのこと信用できる人だと思ってるし、それより何より、耀のことを信じてる。そりゃ、世の中悪い人がたっぷりいるんだってこととか、男の子が時々豹変するんだってことも知ってる。でもね。自分の信じるものを信じられなくて、どうやって生きていけばいいんだっての」
静彦が思わずたじたじとなってしまうくらいの、迫力のある声音だった。
「ありがとう、ヒロカ。世話になる」
耀が頭を下げると、ヒロカはまじまじと耀を見て、へにゃっと笑った。
「耀。変わったねぇ。前はなんかピリピリしてたけど、ちょっと落ち着いたみたい」
耀は目を丸くした。
「……そうか?」
「そうだよぉ」
言われてみれば確かに、誰彼構わず喧嘩をふっかけたいような衝動は、しばらく覚えていない。静彦という、他の誰より戦いたい相手と出会ったからだ。そして、戦うべき目的を、雫が与えてくれたからだ。
だが、今はそれも──。
耀はヒロカから目を逸らす。高層ビルの窓の外、東京の街が広がっている。それはあまりに広くて、どこに行けば良いのか分からなかった。
耀が夕食を作り、三人で食卓を囲んだ後、耀と静彦は用意された客室で、布団を並べて横になっていた。
「なぁ、耀。ヒロカさんは強い人だな。他の誰が言うことよりも、自分の信じるものを追う勇気を持っている」
静彦がしみじみとそう言う。
「おまえも好きなんだろ?」
「え? あ、いや、そういう意味じゃ、いや、ヒロカさんに魅力がないとかそういう意味ではなく」
「特撮が」
「あ──特撮が、か。そうだな。好きだ。特撮研究部の活動も楽しかった。誰がなんと言おうと、俺は特撮が好きなのをやめられないって、今日改めて思った。」
「随分遅くまで、話が弾んでいたもんな」
耀の言葉に、静彦は笑う。
「話していたのは、おまえのこともだよ、耀」
「俺?」
「おまえ、ヒロカさんをいじめから助けたんだって?」
ヒロカは中学までは、耀と同じ公立にいた。金持ちのお嬢様育ちで特撮好きを隠さないヒロカは、周囲から妬み混じりの嘲笑を受け、女子生徒の間で浮いていた。それだけならともかく、面白がって便乗した男子生徒達からの暴力沙汰を受け、その男子生徒らをボコボコにしたのが耀だ。やりすぎて校長室に母が呼ばれた。停学にならなかったのは、ひとえにヒロカの懸命の弁護のおかげだったと思う。助けたと言うならお互い様だ。だいたい、耀にとってはいつもの喧嘩の一つだった。
「あれは……まぁ、やりすぎたな」
当時はそうは思わなかったが、今はそう思う。ヒロカの言う通り、自分は変わったのかもしれなかった。
「人一倍世話焼きでおせっかいなくせに、人百倍喧嘩が好きだから問題を起こす。おまえはそういうやつだよなと、ヒロカさんと話をしていた」
「……」
それは、耀には随分過分な言葉に思えた。戦闘狂の問題児と、ずっと言われ続けてきた。自分もそれで良かった。周囲からの理解など、必要としていなかったのに。
なのに今、こんなにも胸が熱くなるのは、どうしてだろう。
「ありがとう、耀。俺を連れ出してくれて。でも俺は、ここにはいられないよ」
「──なんで」
あの村にいたって、重い処分とやらが下されるのを待つだけだろう。『水神』の刀も宝珠ももうない。役目から開放されたって良いじゃないか。
「あの子を、雫を助けなきゃいけない。あの子は本当は俺の妹ではないのかもしれないけれど。でも、ずっと妹だと思っていた子を,今更他人とは思えないよ」
「……本人は、村にいるより幸せかもしれないぞ」
雫を心配する素振りも見せず、道具のように語った長老会の連中の態度を思い出した。
「だとしても、本人の意志を確認したい」
「あいつは、本当の兄貴を取り戻すためにお前を利用したんだろう。恨む気持ちはないのか」
「耀は? 恨んでいるのか?」
「……」
耀は天井を睨んだ。恨む気持ちは、どこからも湧いてこない。それが困りものだった。耀には、静彦の気持ちが分かってしまう。
「──片っ端から、鬼の気配を探るしかないか」
その言葉に、静彦が耀を見た。
「耀。手伝ってくれる気か?」
「しょうがねぇだろ。乗りかかった船だ」
静彦はしばらく黙って、そして口を開いた。
「俺はお前を止めなければいけないんだ。村に戻して、一刻も早く『蛮神』の力をお前から引き剥がして──でも、なんでだろうな。今、ものすごく心強い」
耀がそれになにか答える前に、二人は跳ね起きた。
鬼の気配だ。近い。それも、ひどく強力だ。急いで寝間着から着替えて上着を羽織る。ドタドタと足音を立てて玄関に向かう二人に、ヒロカも寝ぼけ眼で起き出してきた。
「なぁにぃ? どぉしたの?」
「悪ぃ、急ぎの用事ができた!」
「ヒロカさんは、絶対に家から出ないでくれ! ……それから」
静彦がヒロカに微笑んだ。
「約束する。用事を終えて戻ってきたら、俺も夢を追う。いつか必ず、ヒロカさんの脚本で演じるよ」
そうして、二人はドアを開けた。宝石箱の中身を散りばめたような輝く夜景が視界に広がり、二人は夜の街へと駆け出していった。
「こっちか?」
「方角は合っていると思う!」
全速力で二人駆ける。たどり着いたのは人気のない小さな公園だった。二人を見て、ベンチから立ち上がった人影がある。
赤いライダースーツに身を包んだ豊満な身体、ぽってりと艶めかしい紅い唇。見間違えようもない。有楽だ。
耀と静彦が何か言う前に、有楽は両手を上げた。
「今日は、戦いに来たんじゃないのよ。楽しい見世物に、二人を誘いに来たの」
「見世物……?」
「そ。お姫様が荒神《あらがみ》に変わる瞬間、見たくない?」
荒神、と言う言葉が何を意味するかは分からなかった。が、耀の中にある『蛮神』の記憶が、おどろおどろしいヘドロの化け物のような姿を脳裏に映す。耀はゾッと背筋を粟立てた。思わず怒鳴る。
「雫に何をした!」
「あら、怖い、怖い。──私達が何かしたわけじゃない。政府に来たお姫様は、そりゃあ協力的だった。それで、政府でも、それなら光吉村にお姫様の本体を取りに行って、正式に政府にお迎えしようって話になったんだけど」
そこまで言って有楽はため息を吐く。顔色を変えたのは静彦だ。
「光吉村に……!? 長老会が、姫様の本体を渡すわけがない。村の皆に何をしたんだ!」
「やぁねぇ、人聞きの悪い。二、三発威嚇射撃しただけよ。呪術での防護もいくらか用意されてたけど、私の敵じゃなかったわね。長年栄華を誇った光吉村も、頼みの綱のお姫様がいなきゃ、脆いものね」
静彦が唇を噛む。
「ところが、お姫様の従順な態度は演技だったみたい。同行していた政府の要人を人質にとって、あなた達二人を連れてこいと要求してるの。関係各所はもう大混乱でねぇ、笑えるったらありゃしない」
「……それでおまえは、雫の要求に従って俺たちを迎えに来たのか?」
「いえ? 面白そうだったから」
静彦の問に、有楽はあっさりと答える。
「どうやら光吉村には、『姫神』を捕らえておくため、幾つかの呪的な契約を結んでたみたいね。村内で人を傷つけないのもその一つ。それを破ったお姫様は、激しい苦痛に苦しみ、荒神へ変わりつつあるってわけ。──それで私は、それを何もできずに見守るあなた達の顔を見て愉しみたいのよ」
激昂した静彦が、有楽に掴みかかろうとする。それを制止したのは耀だった。
「分かった。光吉村に行く。──でも、それはお前が期待するようなことのためじゃない」
耀の眼光は鋭く有楽を睨んでいた。
「雫を助けるためだ」
有楽は愉しそうに微笑う。彼女が指を鳴らすと、公園には黒塗りの車が横付けされた。促されて、耀と静彦はそれに乗り込む。有楽は乗らなかった。彼女には他の移動手段があるのだろう。
黒服の運転手は何一つ言葉を発せず、車を発進させた。耀と静彦も互いに何も喋らず、車内には沈黙が降りた。
耀は窓の外を見る。だんだんまばらになっていく街の光。
静彦は自分の生きる道を決めた。──耀は果たしてどこへ行くのだろう。
始発の在来線に乗り、新幹線に乗り換えてからも、静彦はなお青い顔でブツブツ言っていた。
「うるせぇなぁ、最終的に無事だったんだから良かっただろ」
「それまでの過程が問題なんだ!!」
舗装された道路しか走ったことのない耀に、夜の山道はやはり荷が重かった。そのため、ところどころでスリリングな一幕が繰り広げられたのだった。
「死ぬかと……死ぬかと思った……」
そうこうしているうちに、静彦は寝てしまった。心労が重なった上での危険なドライブだ。疲れたのだろう。目の下に隈が浮いている。その寝顔をしばらく眺めてから、耀は窓の外に目線を戻した。田舎の風景が過ぎ去り、高層ビルが増えていく。そうして耀はスマートフォンを取り出して、メッセージを一件送信した。すぐに返信がある。
やがて新幹線は東京駅に到着した。すでに人通りは多く、光吉村の古めかしく沈殿した空気に晒された身体に、今はその喧騒と人々の活気が心地いい。
ヒロカは改札口のすぐ前で待っていた。ばっちりと化粧を決め、襟ぐりの深いドット柄のミニワンピースでシックに決めている。耀と静彦に気づくと、飛び上がらんばかりにして、ブンブンと腕を振る。ポニーテールが揺れた。
「あっかるぅー! シズくぅん! ここだよぉ!」
「うるせぇ、見れば分かるっての。……てかおまえ、もう大丈夫なのかよ」
「うん、なんにも覚えてないけど──二人が助けてくれたのは分かってる。ありがとう」
耀も静彦も、黙って首を横に振った。そもそも巻き込んだのはこちらの方だった。
「じゃ、行こっか。タクシー待たせてるよ」
「行こっかって……どこへ?」
静彦の問に答えたのは耀だった。
「ヒロカの家だよ」
高層マンションの最上階をぶち抜くヒロカの家に入り、静彦は目を丸くした。思わず、というように声を上げる。
「こ……これは、機工戦隊《きこうせんたい》メカレンジャーの限定五十体フィギュア……!?」
「おっ、シズくん、やっぱり特撮好きだったんだ! 部活でも熱心にグッズ見てたし、皆の話も分かってるみたいだったから、薄々そうじゃないかと思ってたんだよぉ。……じゃあこっち、こっち見て!」
「ヒグマ戦隊キバレンジャーのプレミアム変身ウォッチ!! す、すごい!!」
ヒロカの家の壁を覆うコレクションケースの中身は、耀には意味のわからないおもちゃに過ぎないが、静彦にとっては宝の山に見えるらしい。耀そっちのけで、あのシリーズはどうだった、このシリーズは最高だったと特撮談義が始まる。
静彦は心から羨ましそうにため息をついた。
「いいなぁ。さすがにグッズに手を出すと家の者に知られてしまうから、ずっと我慢していたんだ」
「ふぅん、なんかしらないけど、シズくんも大変なんだねぇ。うちはほら、ママの事務所の子らがよく出演してるから、ママも理解あるし、コネでグッズ手に入ったりするんだ」
「え、ママの事務所って……」
「高瀬《たかせ》芸能事務所。知らない?」
知らないわけがない。静彦のパソコンに入っていたスクリーンショットは、まさに高瀬芸能事務所の募集要項だった。耀は静彦を指差す。
「こいつ、特撮俳優志望なんだよ」
「えーっ!? 似合う似合う、絶対似合う! オーディション受けなよ、ママ絶対喜ぶよぉ! 私もイメージ湧いてきた!」
ヒロカがぴょんぴょん飛び跳ねる。静彦は首をかしげた。
「イメージ?」
ヒロカは照れて少し俯き、頬を掻いた。
「えへへ……私はね、脚本家志望なんだぁ。いつか、私の脚本で、子どもたちを楽しませたいっていうか……無理かもだけど……」
静彦が、がしっとヒロカの両手を掴む。まっすぐにヒロカと目と目を合わせた。
「そんなことはない。短い付き合いだけど、ヒロカさんの特撮への愛、俺にも伝わっている。武道も芸事も日々の鍛錬により向上するものだろう。それさえ忘れなければ、少なくとも後退することはない」
その瞳と声音の真摯さはヒロカにも伝わったのだろう。安易な励ましではないと理解し、ヒロカは目を潤ませる。
「シズくん……、だいぶ時代錯誤なかんじだけど、励ましてくれてるんだね。ありがとう……! じゃあ、約束だよ! いつか私の脚本で、シズくんが演じてくれるの!」
ヒロカの笑顔に、静彦は言葉を詰まらせた。首を傾げるヒロカに、蚊帳の外だった耀が声をかけた。
「ヒロカ。悪ぃけど、しばらく俺らをここに置いてほしい」
真剣な顔でそう言った耀に、ヒロカはあっさりと
「うん、いーよぉ」
と答えたが、顔色を変えたのが静彦だ。
「お、おい、耀! 若い婦女子のお宅に、男二人がお邪魔するわけには……」
「別にいいよ。ママは事務所の近くにマンション持ってて、ここは私の一人暮らしだしさ」
「なおさら問題ではないか! ヒロカさんも、もう少し危機感というものを持ってだな」
言い募ろうとした静彦に、ヒロカが腕を組んで胸を張り、目を眇める。
「あのねぇ」
たっぷりとマスカラを塗った睫毛が、瞬きをする。
「言っておくけど、私は、誰にでもこんなことをOKしたりしないの。短い付き合いだけど、シズくんのこと信用できる人だと思ってるし、それより何より、耀のことを信じてる。そりゃ、世の中悪い人がたっぷりいるんだってこととか、男の子が時々豹変するんだってことも知ってる。でもね。自分の信じるものを信じられなくて、どうやって生きていけばいいんだっての」
静彦が思わずたじたじとなってしまうくらいの、迫力のある声音だった。
「ありがとう、ヒロカ。世話になる」
耀が頭を下げると、ヒロカはまじまじと耀を見て、へにゃっと笑った。
「耀。変わったねぇ。前はなんかピリピリしてたけど、ちょっと落ち着いたみたい」
耀は目を丸くした。
「……そうか?」
「そうだよぉ」
言われてみれば確かに、誰彼構わず喧嘩をふっかけたいような衝動は、しばらく覚えていない。静彦という、他の誰より戦いたい相手と出会ったからだ。そして、戦うべき目的を、雫が与えてくれたからだ。
だが、今はそれも──。
耀はヒロカから目を逸らす。高層ビルの窓の外、東京の街が広がっている。それはあまりに広くて、どこに行けば良いのか分からなかった。
耀が夕食を作り、三人で食卓を囲んだ後、耀と静彦は用意された客室で、布団を並べて横になっていた。
「なぁ、耀。ヒロカさんは強い人だな。他の誰が言うことよりも、自分の信じるものを追う勇気を持っている」
静彦がしみじみとそう言う。
「おまえも好きなんだろ?」
「え? あ、いや、そういう意味じゃ、いや、ヒロカさんに魅力がないとかそういう意味ではなく」
「特撮が」
「あ──特撮が、か。そうだな。好きだ。特撮研究部の活動も楽しかった。誰がなんと言おうと、俺は特撮が好きなのをやめられないって、今日改めて思った。」
「随分遅くまで、話が弾んでいたもんな」
耀の言葉に、静彦は笑う。
「話していたのは、おまえのこともだよ、耀」
「俺?」
「おまえ、ヒロカさんをいじめから助けたんだって?」
ヒロカは中学までは、耀と同じ公立にいた。金持ちのお嬢様育ちで特撮好きを隠さないヒロカは、周囲から妬み混じりの嘲笑を受け、女子生徒の間で浮いていた。それだけならともかく、面白がって便乗した男子生徒達からの暴力沙汰を受け、その男子生徒らをボコボコにしたのが耀だ。やりすぎて校長室に母が呼ばれた。停学にならなかったのは、ひとえにヒロカの懸命の弁護のおかげだったと思う。助けたと言うならお互い様だ。だいたい、耀にとってはいつもの喧嘩の一つだった。
「あれは……まぁ、やりすぎたな」
当時はそうは思わなかったが、今はそう思う。ヒロカの言う通り、自分は変わったのかもしれなかった。
「人一倍世話焼きでおせっかいなくせに、人百倍喧嘩が好きだから問題を起こす。おまえはそういうやつだよなと、ヒロカさんと話をしていた」
「……」
それは、耀には随分過分な言葉に思えた。戦闘狂の問題児と、ずっと言われ続けてきた。自分もそれで良かった。周囲からの理解など、必要としていなかったのに。
なのに今、こんなにも胸が熱くなるのは、どうしてだろう。
「ありがとう、耀。俺を連れ出してくれて。でも俺は、ここにはいられないよ」
「──なんで」
あの村にいたって、重い処分とやらが下されるのを待つだけだろう。『水神』の刀も宝珠ももうない。役目から開放されたって良いじゃないか。
「あの子を、雫を助けなきゃいけない。あの子は本当は俺の妹ではないのかもしれないけれど。でも、ずっと妹だと思っていた子を,今更他人とは思えないよ」
「……本人は、村にいるより幸せかもしれないぞ」
雫を心配する素振りも見せず、道具のように語った長老会の連中の態度を思い出した。
「だとしても、本人の意志を確認したい」
「あいつは、本当の兄貴を取り戻すためにお前を利用したんだろう。恨む気持ちはないのか」
「耀は? 恨んでいるのか?」
「……」
耀は天井を睨んだ。恨む気持ちは、どこからも湧いてこない。それが困りものだった。耀には、静彦の気持ちが分かってしまう。
「──片っ端から、鬼の気配を探るしかないか」
その言葉に、静彦が耀を見た。
「耀。手伝ってくれる気か?」
「しょうがねぇだろ。乗りかかった船だ」
静彦はしばらく黙って、そして口を開いた。
「俺はお前を止めなければいけないんだ。村に戻して、一刻も早く『蛮神』の力をお前から引き剥がして──でも、なんでだろうな。今、ものすごく心強い」
耀がそれになにか答える前に、二人は跳ね起きた。
鬼の気配だ。近い。それも、ひどく強力だ。急いで寝間着から着替えて上着を羽織る。ドタドタと足音を立てて玄関に向かう二人に、ヒロカも寝ぼけ眼で起き出してきた。
「なぁにぃ? どぉしたの?」
「悪ぃ、急ぎの用事ができた!」
「ヒロカさんは、絶対に家から出ないでくれ! ……それから」
静彦がヒロカに微笑んだ。
「約束する。用事を終えて戻ってきたら、俺も夢を追う。いつか必ず、ヒロカさんの脚本で演じるよ」
そうして、二人はドアを開けた。宝石箱の中身を散りばめたような輝く夜景が視界に広がり、二人は夜の街へと駆け出していった。
「こっちか?」
「方角は合っていると思う!」
全速力で二人駆ける。たどり着いたのは人気のない小さな公園だった。二人を見て、ベンチから立ち上がった人影がある。
赤いライダースーツに身を包んだ豊満な身体、ぽってりと艶めかしい紅い唇。見間違えようもない。有楽だ。
耀と静彦が何か言う前に、有楽は両手を上げた。
「今日は、戦いに来たんじゃないのよ。楽しい見世物に、二人を誘いに来たの」
「見世物……?」
「そ。お姫様が荒神《あらがみ》に変わる瞬間、見たくない?」
荒神、と言う言葉が何を意味するかは分からなかった。が、耀の中にある『蛮神』の記憶が、おどろおどろしいヘドロの化け物のような姿を脳裏に映す。耀はゾッと背筋を粟立てた。思わず怒鳴る。
「雫に何をした!」
「あら、怖い、怖い。──私達が何かしたわけじゃない。政府に来たお姫様は、そりゃあ協力的だった。それで、政府でも、それなら光吉村にお姫様の本体を取りに行って、正式に政府にお迎えしようって話になったんだけど」
そこまで言って有楽はため息を吐く。顔色を変えたのは静彦だ。
「光吉村に……!? 長老会が、姫様の本体を渡すわけがない。村の皆に何をしたんだ!」
「やぁねぇ、人聞きの悪い。二、三発威嚇射撃しただけよ。呪術での防護もいくらか用意されてたけど、私の敵じゃなかったわね。長年栄華を誇った光吉村も、頼みの綱のお姫様がいなきゃ、脆いものね」
静彦が唇を噛む。
「ところが、お姫様の従順な態度は演技だったみたい。同行していた政府の要人を人質にとって、あなた達二人を連れてこいと要求してるの。関係各所はもう大混乱でねぇ、笑えるったらありゃしない」
「……それでおまえは、雫の要求に従って俺たちを迎えに来たのか?」
「いえ? 面白そうだったから」
静彦の問に、有楽はあっさりと答える。
「どうやら光吉村には、『姫神』を捕らえておくため、幾つかの呪的な契約を結んでたみたいね。村内で人を傷つけないのもその一つ。それを破ったお姫様は、激しい苦痛に苦しみ、荒神へ変わりつつあるってわけ。──それで私は、それを何もできずに見守るあなた達の顔を見て愉しみたいのよ」
激昂した静彦が、有楽に掴みかかろうとする。それを制止したのは耀だった。
「分かった。光吉村に行く。──でも、それはお前が期待するようなことのためじゃない」
耀の眼光は鋭く有楽を睨んでいた。
「雫を助けるためだ」
有楽は愉しそうに微笑う。彼女が指を鳴らすと、公園には黒塗りの車が横付けされた。促されて、耀と静彦はそれに乗り込む。有楽は乗らなかった。彼女には他の移動手段があるのだろう。
黒服の運転手は何一つ言葉を発せず、車を発進させた。耀と静彦も互いに何も喋らず、車内には沈黙が降りた。
耀は窓の外を見る。だんだんまばらになっていく街の光。
静彦は自分の生きる道を決めた。──耀は果たしてどこへ行くのだろう。
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こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編として出来るだけ端折って早々に完結予定でしたが、予想外に多くの方に読んでいただき、書いてるうちにエピソードも増えてしまった為長編に変更致しましたm(_ _)m
ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいです💦
*主人公視点完結致しました。
*他者視点準備中です。
*思いがけず沢山の感想をいただき、返信が滞っております。随時させていただく予定ですが、返信のしようがないコメント/ご指摘等にはお礼のみとさせていただきます。
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。
周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。
見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。
脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。
「マリーローズ?」
そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。
目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。
だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。
日本で私は社畜だった。
暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。
あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。
「ふざけんな___!!!」
と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。
無色の男と、半端モノ
越子
キャラ文芸
鬼は「悪」だと思い込んで育った青年と、鬼と人の間に産まれた半端モノの物語。
ここは、鬼と人がいる世界。
鬼は人に害を与え、喰うことがある。鬼の中には特殊な能力を持つ鬼もいた。
人の世には鬼退治を専門とする「退治屋」という組織があり、彼らは鬼特有の匂いを感じ取ることができた。
卯ノ国の退治屋にハクという青年がいた。彼は眉目秀麗で天賦の才に恵まれていたが、他人に無関心、且つ、無表情で無口のため、仲間たちは「無色の男」と残念がった。ハクは全ての鬼は「悪」であると言い、力の弱い鬼や、害のない子鬼も容赦なく退治した。
ある日、任務中だったハクたち退治屋に、大勢の鬼たちが襲いかかってくるその時、不思議な笛の音色と男の命令によって鬼たちは姿を消し、彼らは助けられた。
ハクが笛の音色を辿ると、姿形はどこにもなく、僅かに鬼の匂いだけが残っていた。それ以来、ハクはその匂いを忘れることができない。
数ヶ月が経ち、ハクは町で一人の女と出会う。彼女は、あの日と同じ鬼の匂いをしていた。
※ BLを思わせる描写があります(多分)。少しでも苦手な方は避けてください。
※ 一部に残酷、残虐な描写があります。
蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)
mao
ファンタジー
※最新まで更新が追いついたので今後はやや更新頻度が落ちます(12/15~)
竜神を味方につけた「勇者」が魔族を撃退した魔大戦から四千年余り。
当時の戦いの爪痕や記憶も薄れ、穏やかに暮らしてきた人間たちは次第に「平和」の尊さを忘れていった。
平和だったはずの世界では、これまで共存してきた魔物が狂暴化を始め、人々の暮らしは次第に脅かされていく。
四千年という永い時を経て、人間たちの世界は再び魔に侵食され始めていた。
今や伝説となった「勇者」に純粋な憧れを抱く青年ジュードは、ひょんなことから不思議な少女カミラと出逢う。
彼女の力になりたいと願うジュードは徐々に、そして静かに世界の命運を懸けた戦いへと巻き込まれていく。
発現していく能力、導く声、立ちはだかる多くの壁。
魔物と心を交わし、魔法を受け付けないという奇妙な体質を持つ彼は、自らに課せられた宿命を知らない。
かつて世界を救った勇者に憧れるジュードは、その再臨となるか、それとも……。
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