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02 出来損ないの王女様
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レクティタは産まれからして王家に忌み嫌われていた存在であった。
まず、レクティタの母ネイオニーは、とある男爵家の長女で、優秀な王国魔法の使い手でもあった。
現国王ジェロイは、既に四人の子供を設けているものの、男子は一人しかいない。そこで彼は、物は試しと本来なら決して気にも留めない下級貴族――ただし、魔法使いとしては優秀な娘に、子供を産ませてみせようと考え、ネイオニーに白羽の矢が立った。
一回の娘が国王に逆らえるはずがなく、家族を人質にされ、ネイオニーはジェロイの子を妊娠した。
そして、産まれたのがレクティタである。
望んでいた男児ではなく、もう既に間に合っている女児。加えて、レクティタは魔力を持っていない欠陥品である。
ジェロイは怒りよりもネイオニーに呆れ果て、「魔法使いとしては有能かもしれんが、女としては無能だな」と、言い捨て、二人への興味を失った。
国王の非人道的な行いに慌て、尻拭いをしたのは現王妃サンドレアである。
いくら国王とはいえど、若い貴族の娘に無理やり手を出し、挙句母子共々捨てたとなれば外聞が悪い。サンドレアは王族の血を外に漏らさぬ意味も込めて、ネイオニーとレクティタを王妃の離れに保護し、世間から秘匿したのだ。
王妃は使用人には二人を手厚い世話を、己の子供達には他の兄妹と隔たりなく仲良くするよう命じた。
だが、彼女の慈悲に反し、ネイオニーとレクティタには人々の悪意が降りかかった。
「まったく、どうして私達が男爵家如きの世話をしなくてはならないのかしら」
「飲み水が欲しい? 今は忙しいのであとにしてもらってもよろしいですか? あなたよりもサンドレア様の昼寝の準備のほうが大事なので」
「レオナルド王太子殿下に現状を直訴したなんて。サンドレア様がお心を痛めてもあなたを匿っていらっしゃるというのに、良いご身分ね。身の程を弁えたらどうなの」
王妃付きの使用人は、己の生家より家格の低いネイオニーの世話に不満があった。また、王妃は国王の不倫を悲しんでおり、非のない自分自身を責めていることを知っていたため、自ずと、ネイオニーに対する当たりは厳しかった。
寝食すらままならない生活に加え、王女達と親睦会という名のいじめもあった。
「呆れたわ! お父様だけではなく、お兄様まで誑かそうとするなんて! 汚らわしい!!」
「お母様もどうして、このような下賤な女を匿っていらっしゃるのかしら。貧民街にでも放り込んでしまえばいいのに」
「魔力を持っていない子供と、血が繋がっているなんて考えたくないわ。ああ、いやだいやだ。処刑されないだけ、感謝してほしいぐらいよ」
ジェロイが男尊女卑なのも相俟って、実の父から冷遇されている王女達は、ここぞとばかりに不満をネイオニーとレクティタにぶつけた。ここでも立場の弱いネイオニーは、黙って我慢するしかできなかった。
このような悲惨な待遇でネイオニーがレクティタを育てることができたのは、唯一の味方であるレオナルド王太子の支援と、彼女自身の強い精神力のおかげである。
だが、過酷な環境下で過ごすに衰弱は避けられなく、半年前、ネイオニーはレクティタを残し病死した。死体は極秘に運び出され、母の墓がどこにあるのか、そもそも存在すらしているのか、レクティタには知らない。
ただ、形見として黒い水晶のペンダントだけ渡され、レクティタは一人で敵だらけの宮廷を生きていかなければならなかった。
レクティタは基本与えられた部屋に閉じ込められていた。だが、大人しく部屋で待っているだけでは、食事どころか飲み水すら与えられない。出されたとしてもカビの生えたパンや酸っぱいスープを出されるだけ。なのでレクティタは、夜中こっそり抜け出し、厨房から食料をくすねる必要があった。風呂や洗濯なども、井戸から水を何とかくみ上げ、自分で体を拭いたり、下着を洗ったりしていた。死ぬ前に約束した母の教えを、彼女は律儀に守っていたのだ。
そうして、ひと月に一度面会する王太子の助けもあって、何とか日々を過ごしてきた頃。
ジェロイがレクティタに会いに来た。
「出来損ないよ。お前に、仕事を与える」
それが、実の父から初めて聞いた言葉だ。
ちょうどその日は、レクティタの五歳の誕生日であった。
*****
「ふざけている。上は誰も止めなかったというのですか。愚王の馬鹿げた命令を」
ヴィースは形の良い眉を歪め、現状に唸った。
砦の広間にて、低いテーブルを挟んで、新しい隊長レクティタがソファに座っている。ヴィースが彼女から簡単な事情聴取をした後だった。
ヴィース以外の四人は各々適当な場所で控えていた。おろおろと不安げに周囲を見渡す子供に、壁際にいたフトゥが腕を組む。
「だから愚王なんじゃ。愚か者の周りには愚か者しか集まらん。それよりも、この子をどうするかじゃ。流石に送り返すわけにもいかんしのう」
「いひひ、あのケアリックとかいう男もさっさと帰っちゃいましたしね……隠し子だったとは。道理で、頑なに情報を渡さないわけだ……ひひ」
レクティタを引き渡すや否や、さっさと馬車に乗って帰った近衛兵を思い出して、アルカナは笑い、ヴィースは息を吐いた。
「それこそ相手の思うツボです。難癖付けられて私達のクビが飛びますよ」
「しかし」と言って、ヴィースは鋭い目でレクティタを見定める。
「私は子供でも容赦しません。隊長に就任するなら、それなりの覚悟をもってもらわなければ」
『子供相手に大人げないぞ、ヴィース』
「そうですよ! ヴィースさん! 可哀想じゃないですか!」
部屋の隅にいたリタースがヴィースを宥め、未だ鍋壺に入っているリーベルが、がたがたと身体を揺らす。
「本当、酷い! こんな小さい子に危ない役目を押し付けるなんて! 何かあったらどうするつもりなのでしょうか!!」
その何かがあってほしいから、レクティタを第七特殊部隊の隊長にしたのだろう。
現王ジェロイは王国魔法主義であるため、ヴィース達一同を快く思っていない。だが、手柄を上げた隊に褒美を与えないのは面子に関わる。
だからこそ、一応王族であるレクティタを隊長に就任させ、体裁を保った。邪魔であった隠し子を押し付けれた上に、任務中に死んでくれれば、第七特殊部隊に責任を被せて部隊を解体できる。ついでに出来損ないの王女も始末できる。国王にとっては、得しかない提案であった。
ヴィースはすぐさまジェロイの意図を理解したが、口には出さない。おそらく、リーベル以外の面々も勘づいている。本人の前、しかもまだ幼い子供の前で、その事を口にするのは憚れたのだ。
『なに、先のことはまたあとで考えればいい』
重い空気を断ち切ったのは、リタースだった。懐から棒付きの飴を取り出し、怯えるレクティタに差し出す。
『長旅で疲れただろう。食べるか?』
レクティタは警戒して飴を取らない。リタースはそんな子供を安心させるように、
『すごく、甘くて、美味しいぞ』
と、にこりと笑った。が、元々物騒な顔がより怖くなっただけであった。毒々しい髪色と耳にいくつも付いているピアスも相まって、とても不気味である。
レクティタは無言の悲鳴を上げ、猫のように飛び逃げた。ソファの背に隠れた彼女を見て、リタースが目を丸くする。
『え……な、なぜ逃げる……?』
「いひひひひひ、顔が怖かったんじゃないですか~? ひひひひひっ」
『………』
ガーンとショックを受けるリタースを横目に、今度はアルカナがレクティタに近づく。
「ひひ……ごめんね、怖がらせちゃって。僕はあのお兄ちゃんとは違うからね……ふひひ」
そうしてアルカナは猫背の背を更に丸め、レクティタに笑いかけた。
だが当然、この男も笑顔が不気味である。レクティタは顔の半分が髪に覆われているアルカナを見て、
「ひっ!! お化け!!」
と、泣きながら叫んだ。ピシリと石像のように固まったアルカナになどわき目もふらず、レクティタは素早い動作で近くにいたリーベルの鍋壺の中に隠れようとする。
「きゃあっ!? 私のお鍋の中に入らないでください!!」
混乱しているのだろうか、レクティタは無理やり鍋壺の口によじ登ってきた。リーベルは慌てて彼女を抱っこし、外に追い出す。が、その際、重心が片側に寄ったのだろう。鍋はそのままぐらりと傾き、「えっ」と呆けるリーベルの顔を床に打ち付けた。べたん、と鈍い音が部屋に響く。
「いたぁい!! いたいですぅ!!」
鼻を抑え、リーベルはごろごろと床をのたうち回った。
もちろん、鍋壺と一緒に。凄まじい速度で、そばに立っているフトゥに向かって転がっていく。
「は? ――※×△¥●&?#$!?」
ゴォン、と小気味のいい音を立てて鍋壺が脛にぶつかり、フトゥは患部を抑えて声にならぬ悲鳴を上げた。彼もまた、痛みで床にのたうち回る。
「~~~っ!! リ、リーベル! 気をつけろ! 爺の骨は折れたら治らんのじゃぞ!?」
「うぇ~ん! 乙女の顔が傷ついたことの方を心配してくださいよぉ! お鼻いたい~」
「ふひ、お化け……お化けかぁ……」
『顔が怖い……そうか。……そうか……』
「なんですかこのありさまは」
痛みに呻く隊員二名と、心に傷を負った隊員二名。広間に広がる大惨事から目を逸らすよう、ヴィースは後ろを振り返った。
「………」
レクティタは部屋の隅でうずくまっていた。皮と骨しかない腕で身を隠し、くすんだ髪の毛で顔を覆っている。隙間からこちらを窺う青い瞳には、警戒と、怯えが滲んでいた。
本当に、舐められたものだと、ヴィースは腹が立っていた。
平民出身の彼は、とにかく出世することに命をかけていた。強くなりたい、権力を手に入れたい、という一心で、彼は努力し続けてきたのだ。ようやく、千載一遇のチャンスが回ってきたというのに、こんな子供に横取りされるなんて。
そうだ。子供だ。本来ならまだ、親に守られ、甘やかされ、愛されなくてはならない、子供なのだ。
「――っ、~~ああ、もう」
子供だからと容赦はしない。甘やかさない。だけど、と。
ヴィースは苦虫を嚙み潰したような顔をしたあと、かぶりを振って、ソファから立ち上がった。
そして、レクティタに近づくと、警戒する彼女の前に膝を付いた。
「……お腹は空いていますか?」
レクティタと目線を合わせ、できるだけ優しく問いかける。彼女はきょとんと驚いた顔をしたあと、少し考えてから、小さく頷いた。
「嫌いだったり、食べれないものはありますか?」
「……カビのあるパンと、すっぱいスープが、きらい」
「そんなもの絶対に出さないので安心なさい。そうですね、消化に良い……ミルク粥と、デザートにはすりおろしたリンゴで、いかがでしょうか」
レクティタの健康状態を推測して、胃に負担をかけない食事を提案する。少女が聞きなれない料理に首を傾げると、ヴィースは丁寧に説明した。
「ミルク粥は、麦を牛乳で煮立たせ、塩で味付けしたものです。蜂蜜をかけて、甘くしても美味しいですよ」
「はちみつ」
レクティタがピクリと反応する。目を輝かせた彼女に、「蜂蜜が好きなのですか?」と尋ねれば、こくりと頷いた。
「では、デザートのリンゴにも蜂蜜をかけて食べますか?」
「……っ!」
こくこくとレクティタは何度も首を振った。ヴィースは自然と笑みを零し、「では、その前にお風呂に入りましょうか」と言って、立ち上がる。
「皆さん、遊ぶのはそこまでです。私が湯を沸かして風呂の準備をするので、リーベルはレクティタ殿下の入浴を手伝ってください。リタースは殿下の料理を、アルカナとフトゥは彼女の荷解きをお願いします。さあ、急いで」
隊員達に向かって手を叩き、指示を与えていく。
ヴィースは怒っていた。何が褒美だ馬鹿野郎、とあのいけ好かない近衛騎士が残っていたら確実に殴っていたほどに。
だが、怒りを発散する前に、彼にはやるべきことがある。ヴィースは真剣な顔をして、隊員達に告げた。
「腹を空かした子供を放っておく、薄情者などここにはいないでしょう? なにはともあれ、まずは食事です。では各自、仕事に取り掛かってください」
まず、レクティタの母ネイオニーは、とある男爵家の長女で、優秀な王国魔法の使い手でもあった。
現国王ジェロイは、既に四人の子供を設けているものの、男子は一人しかいない。そこで彼は、物は試しと本来なら決して気にも留めない下級貴族――ただし、魔法使いとしては優秀な娘に、子供を産ませてみせようと考え、ネイオニーに白羽の矢が立った。
一回の娘が国王に逆らえるはずがなく、家族を人質にされ、ネイオニーはジェロイの子を妊娠した。
そして、産まれたのがレクティタである。
望んでいた男児ではなく、もう既に間に合っている女児。加えて、レクティタは魔力を持っていない欠陥品である。
ジェロイは怒りよりもネイオニーに呆れ果て、「魔法使いとしては有能かもしれんが、女としては無能だな」と、言い捨て、二人への興味を失った。
国王の非人道的な行いに慌て、尻拭いをしたのは現王妃サンドレアである。
いくら国王とはいえど、若い貴族の娘に無理やり手を出し、挙句母子共々捨てたとなれば外聞が悪い。サンドレアは王族の血を外に漏らさぬ意味も込めて、ネイオニーとレクティタを王妃の離れに保護し、世間から秘匿したのだ。
王妃は使用人には二人を手厚い世話を、己の子供達には他の兄妹と隔たりなく仲良くするよう命じた。
だが、彼女の慈悲に反し、ネイオニーとレクティタには人々の悪意が降りかかった。
「まったく、どうして私達が男爵家如きの世話をしなくてはならないのかしら」
「飲み水が欲しい? 今は忙しいのであとにしてもらってもよろしいですか? あなたよりもサンドレア様の昼寝の準備のほうが大事なので」
「レオナルド王太子殿下に現状を直訴したなんて。サンドレア様がお心を痛めてもあなたを匿っていらっしゃるというのに、良いご身分ね。身の程を弁えたらどうなの」
王妃付きの使用人は、己の生家より家格の低いネイオニーの世話に不満があった。また、王妃は国王の不倫を悲しんでおり、非のない自分自身を責めていることを知っていたため、自ずと、ネイオニーに対する当たりは厳しかった。
寝食すらままならない生活に加え、王女達と親睦会という名のいじめもあった。
「呆れたわ! お父様だけではなく、お兄様まで誑かそうとするなんて! 汚らわしい!!」
「お母様もどうして、このような下賤な女を匿っていらっしゃるのかしら。貧民街にでも放り込んでしまえばいいのに」
「魔力を持っていない子供と、血が繋がっているなんて考えたくないわ。ああ、いやだいやだ。処刑されないだけ、感謝してほしいぐらいよ」
ジェロイが男尊女卑なのも相俟って、実の父から冷遇されている王女達は、ここぞとばかりに不満をネイオニーとレクティタにぶつけた。ここでも立場の弱いネイオニーは、黙って我慢するしかできなかった。
このような悲惨な待遇でネイオニーがレクティタを育てることができたのは、唯一の味方であるレオナルド王太子の支援と、彼女自身の強い精神力のおかげである。
だが、過酷な環境下で過ごすに衰弱は避けられなく、半年前、ネイオニーはレクティタを残し病死した。死体は極秘に運び出され、母の墓がどこにあるのか、そもそも存在すらしているのか、レクティタには知らない。
ただ、形見として黒い水晶のペンダントだけ渡され、レクティタは一人で敵だらけの宮廷を生きていかなければならなかった。
レクティタは基本与えられた部屋に閉じ込められていた。だが、大人しく部屋で待っているだけでは、食事どころか飲み水すら与えられない。出されたとしてもカビの生えたパンや酸っぱいスープを出されるだけ。なのでレクティタは、夜中こっそり抜け出し、厨房から食料をくすねる必要があった。風呂や洗濯なども、井戸から水を何とかくみ上げ、自分で体を拭いたり、下着を洗ったりしていた。死ぬ前に約束した母の教えを、彼女は律儀に守っていたのだ。
そうして、ひと月に一度面会する王太子の助けもあって、何とか日々を過ごしてきた頃。
ジェロイがレクティタに会いに来た。
「出来損ないよ。お前に、仕事を与える」
それが、実の父から初めて聞いた言葉だ。
ちょうどその日は、レクティタの五歳の誕生日であった。
*****
「ふざけている。上は誰も止めなかったというのですか。愚王の馬鹿げた命令を」
ヴィースは形の良い眉を歪め、現状に唸った。
砦の広間にて、低いテーブルを挟んで、新しい隊長レクティタがソファに座っている。ヴィースが彼女から簡単な事情聴取をした後だった。
ヴィース以外の四人は各々適当な場所で控えていた。おろおろと不安げに周囲を見渡す子供に、壁際にいたフトゥが腕を組む。
「だから愚王なんじゃ。愚か者の周りには愚か者しか集まらん。それよりも、この子をどうするかじゃ。流石に送り返すわけにもいかんしのう」
「いひひ、あのケアリックとかいう男もさっさと帰っちゃいましたしね……隠し子だったとは。道理で、頑なに情報を渡さないわけだ……ひひ」
レクティタを引き渡すや否や、さっさと馬車に乗って帰った近衛兵を思い出して、アルカナは笑い、ヴィースは息を吐いた。
「それこそ相手の思うツボです。難癖付けられて私達のクビが飛びますよ」
「しかし」と言って、ヴィースは鋭い目でレクティタを見定める。
「私は子供でも容赦しません。隊長に就任するなら、それなりの覚悟をもってもらわなければ」
『子供相手に大人げないぞ、ヴィース』
「そうですよ! ヴィースさん! 可哀想じゃないですか!」
部屋の隅にいたリタースがヴィースを宥め、未だ鍋壺に入っているリーベルが、がたがたと身体を揺らす。
「本当、酷い! こんな小さい子に危ない役目を押し付けるなんて! 何かあったらどうするつもりなのでしょうか!!」
その何かがあってほしいから、レクティタを第七特殊部隊の隊長にしたのだろう。
現王ジェロイは王国魔法主義であるため、ヴィース達一同を快く思っていない。だが、手柄を上げた隊に褒美を与えないのは面子に関わる。
だからこそ、一応王族であるレクティタを隊長に就任させ、体裁を保った。邪魔であった隠し子を押し付けれた上に、任務中に死んでくれれば、第七特殊部隊に責任を被せて部隊を解体できる。ついでに出来損ないの王女も始末できる。国王にとっては、得しかない提案であった。
ヴィースはすぐさまジェロイの意図を理解したが、口には出さない。おそらく、リーベル以外の面々も勘づいている。本人の前、しかもまだ幼い子供の前で、その事を口にするのは憚れたのだ。
『なに、先のことはまたあとで考えればいい』
重い空気を断ち切ったのは、リタースだった。懐から棒付きの飴を取り出し、怯えるレクティタに差し出す。
『長旅で疲れただろう。食べるか?』
レクティタは警戒して飴を取らない。リタースはそんな子供を安心させるように、
『すごく、甘くて、美味しいぞ』
と、にこりと笑った。が、元々物騒な顔がより怖くなっただけであった。毒々しい髪色と耳にいくつも付いているピアスも相まって、とても不気味である。
レクティタは無言の悲鳴を上げ、猫のように飛び逃げた。ソファの背に隠れた彼女を見て、リタースが目を丸くする。
『え……な、なぜ逃げる……?』
「いひひひひひ、顔が怖かったんじゃないですか~? ひひひひひっ」
『………』
ガーンとショックを受けるリタースを横目に、今度はアルカナがレクティタに近づく。
「ひひ……ごめんね、怖がらせちゃって。僕はあのお兄ちゃんとは違うからね……ふひひ」
そうしてアルカナは猫背の背を更に丸め、レクティタに笑いかけた。
だが当然、この男も笑顔が不気味である。レクティタは顔の半分が髪に覆われているアルカナを見て、
「ひっ!! お化け!!」
と、泣きながら叫んだ。ピシリと石像のように固まったアルカナになどわき目もふらず、レクティタは素早い動作で近くにいたリーベルの鍋壺の中に隠れようとする。
「きゃあっ!? 私のお鍋の中に入らないでください!!」
混乱しているのだろうか、レクティタは無理やり鍋壺の口によじ登ってきた。リーベルは慌てて彼女を抱っこし、外に追い出す。が、その際、重心が片側に寄ったのだろう。鍋はそのままぐらりと傾き、「えっ」と呆けるリーベルの顔を床に打ち付けた。べたん、と鈍い音が部屋に響く。
「いたぁい!! いたいですぅ!!」
鼻を抑え、リーベルはごろごろと床をのたうち回った。
もちろん、鍋壺と一緒に。凄まじい速度で、そばに立っているフトゥに向かって転がっていく。
「は? ――※×△¥●&?#$!?」
ゴォン、と小気味のいい音を立てて鍋壺が脛にぶつかり、フトゥは患部を抑えて声にならぬ悲鳴を上げた。彼もまた、痛みで床にのたうち回る。
「~~~っ!! リ、リーベル! 気をつけろ! 爺の骨は折れたら治らんのじゃぞ!?」
「うぇ~ん! 乙女の顔が傷ついたことの方を心配してくださいよぉ! お鼻いたい~」
「ふひ、お化け……お化けかぁ……」
『顔が怖い……そうか。……そうか……』
「なんですかこのありさまは」
痛みに呻く隊員二名と、心に傷を負った隊員二名。広間に広がる大惨事から目を逸らすよう、ヴィースは後ろを振り返った。
「………」
レクティタは部屋の隅でうずくまっていた。皮と骨しかない腕で身を隠し、くすんだ髪の毛で顔を覆っている。隙間からこちらを窺う青い瞳には、警戒と、怯えが滲んでいた。
本当に、舐められたものだと、ヴィースは腹が立っていた。
平民出身の彼は、とにかく出世することに命をかけていた。強くなりたい、権力を手に入れたい、という一心で、彼は努力し続けてきたのだ。ようやく、千載一遇のチャンスが回ってきたというのに、こんな子供に横取りされるなんて。
そうだ。子供だ。本来ならまだ、親に守られ、甘やかされ、愛されなくてはならない、子供なのだ。
「――っ、~~ああ、もう」
子供だからと容赦はしない。甘やかさない。だけど、と。
ヴィースは苦虫を嚙み潰したような顔をしたあと、かぶりを振って、ソファから立ち上がった。
そして、レクティタに近づくと、警戒する彼女の前に膝を付いた。
「……お腹は空いていますか?」
レクティタと目線を合わせ、できるだけ優しく問いかける。彼女はきょとんと驚いた顔をしたあと、少し考えてから、小さく頷いた。
「嫌いだったり、食べれないものはありますか?」
「……カビのあるパンと、すっぱいスープが、きらい」
「そんなもの絶対に出さないので安心なさい。そうですね、消化に良い……ミルク粥と、デザートにはすりおろしたリンゴで、いかがでしょうか」
レクティタの健康状態を推測して、胃に負担をかけない食事を提案する。少女が聞きなれない料理に首を傾げると、ヴィースは丁寧に説明した。
「ミルク粥は、麦を牛乳で煮立たせ、塩で味付けしたものです。蜂蜜をかけて、甘くしても美味しいですよ」
「はちみつ」
レクティタがピクリと反応する。目を輝かせた彼女に、「蜂蜜が好きなのですか?」と尋ねれば、こくりと頷いた。
「では、デザートのリンゴにも蜂蜜をかけて食べますか?」
「……っ!」
こくこくとレクティタは何度も首を振った。ヴィースは自然と笑みを零し、「では、その前にお風呂に入りましょうか」と言って、立ち上がる。
「皆さん、遊ぶのはそこまでです。私が湯を沸かして風呂の準備をするので、リーベルはレクティタ殿下の入浴を手伝ってください。リタースは殿下の料理を、アルカナとフトゥは彼女の荷解きをお願いします。さあ、急いで」
隊員達に向かって手を叩き、指示を与えていく。
ヴィースは怒っていた。何が褒美だ馬鹿野郎、とあのいけ好かない近衛騎士が残っていたら確実に殴っていたほどに。
だが、怒りを発散する前に、彼にはやるべきことがある。ヴィースは真剣な顔をして、隊員達に告げた。
「腹を空かした子供を放っておく、薄情者などここにはいないでしょう? なにはともあれ、まずは食事です。では各自、仕事に取り掛かってください」
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