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16◆ユッキーとあの子に
しおりを挟むユッキーと初めて会ったのは、幼稚園のときだ。すみっこでアイツがうずくまっているのを見て、なにか面白いもんを見てるんじゃないかって、俺は思ったわけだ。
「なんか、黒いのがいる」
ユッキーは震えながら言ったけど、はじめはわからなかった。見えなかったけれど付き合った。
「そっか。怖いな」
ユッキーはそのころから周りの子よりも小さくて泣き虫だった。
「じゃあ、ここにいないで逃げようよ」
そう言ってユッキーの手を引いた。
「まだいる?」
「ううん、もういない!」
涙でぐちゃぐちゃの顔をパッと輝かせて、それ以来ユッキーは俺を頼るようになった。
ユッキーがヒシっとしがみついてくると、俺はユッキーがなにを怖がっているのかしらないまま、手をひいた。
そうして毎日幼稚園でユッキーと過ごすうちに、次第に俺にもユッキーのいう「なんか黒いもの」が見えるようになった。それはユッキーと一緒にいるときしか見えなくて、ほかのやつには見えないらしい。
「そりゃ、あやかしだね」
祖母はあっさり言った。
「騒ぎ立てないほうがいい。いずれ見えなくなる。下手に関わっちゃなんないよ。その子にも、その黒いのにも」
そう言われてもね。ユッキーはもう、すっかり俺を頼りにしていたし、彼に頼られて俺は誇らしかった。それにあやかし自体も面白い。動物っぽいものから無機物っぽいものまでいる。ときには言葉らしきものまで聞こえてくる。
犬や猫はしゃべんないのに、こいつらはしゃべるんだ。こんな面白いものを観察しない手はない。
「たあくん、こわい」
と、ユッキーが泣きつくまでは観察タイムだ。彼らは逃げれば追ってこない。危険だと思ったことはなかった。
中学くらいから、ユッキーの周りはますます面白いことになってきた。あやかしたちがユッキーに求婚をはじめたのだ。
「たあ君、どうしよう。俺、あやかしなんかと結婚したくないよ」
「逃げればいいんじゃない?」
「たあ君がいないと逃げきれないよ」
そんなふうに泣くもんだから、俺はまんざらでもなかった。
「たあ君がずっと一緒にいてくれればいいのに。たあ君、ずっとそばにいてよ」
「いいけど、じゃあ勉強しろよ。俺、おまえに合わせてレベル下げる気ないよ」
眼鏡を押し上げると、ユッキーは真剣な顔で頷いた。
「うん。がんばる。教えて」
「いいよ」
そんなふうに、俺にべったりだったユッキーが、ある日を境に、周囲に合わせて俺をトマソンと呼ぶようになった。きっかけは、まあ、いまでもハッキリと覚えている。
いつものようにユッキーの手を引いてあやかしから逃げているところを、クラスメイトに見られたことだ。付き合ってるのかとか、ヘンタイなのかとか、からかわれた。
それを言った相手が、いつもユッキーのことを見ていると知っていたから、怒るのもバカらしくて適当にかわした。でも、ユッキーはショックを受けたみたいだった。
「俺のせいで、たあ――、トマソンに迷惑かけるといけないから」
トマソンというあだ名を嫌っていたわけではない。だけど、このときばかりはイラついた。ずっと一緒にいてくれなんて、泣きついてきたくせに。俺よりも、そいつらに合わせるのかって。
あまりに腹が立って、泣きながらあやかしから逃げるユッキーをわざと無視したことがあった。すぐに後悔してユッキーを探し回った。
ようやく見つけたとき、ユッキーは地面に倒れ込んでいた。黒くてドロドロしたものに、のしかかられ、気を失っていた。
「その人に触るな、止めろ!」
ハッと気がつくと、ドロドロから必死にユッキーを守ろうとしてる子供がいた。あちこち怪我をしていて、それでもあきらめる気はみじんもなさそうだった。ぼうっとその様子を見る俺に気付いて、子供は叫んだ。
「はやく、その子を連れて逃げて!」
俺は「あ」とつぶやいて、慌ててユッキーのそばにしゃがみこんだ。俺が手で追い払うと、あやかしは俺を嫌うみたいに後ずさりした。
「ユッキー、大丈夫か」
すこし揺さぶると、ユッキーは目を開けた。
「たあ君? 来てくれたんだ」
頬を緩めて、涙をこぼした。
「逃げるぞ!」
ユッキーに肩を貸し、その場から離れる途中振り返ると、子供はホッとしたように笑っていた。
存在に一度気づけば、彼がしょっちゅうあやかしたちと戦っていることがわかった。ボロボロになっても、ユッキーを守ろうとしている。
高校に入って、彼の勝率はだんだん上がっていった。それでもたまに負ける。ユッキーのもとにあやかしがやってくると、俺はユッキーを連れて逃げた。
奇妙なことに、ユッキーはまるきり彼に気付いていないみたいだった。ユッキーのことを本当の意味で守っているのは、アイツなのに。
ユッキーはなにも知らないまま、俺だけを頼りにしている。逃げ切って安心したときとか、トマソンって呼ぶのを忘れて「たあ君」と昔みたいに俺を呼ぶ。可愛いって、思ってしまう。
だけど俺には、頼られて喜ぶ資格なんてない。ユッキーに頼られたいばかりに、俺は、解決を望んでいない。ユッキーは、本気で怖がっているのに。いつまでも、俺を頼ればいいって思っている。
「ありがとう、たあ君。たあ君がいなかったら、今頃俺、食べられちゃってたよ」
違う、俺じゃない。ユッキーを守ってるのはあの子のほうだ。ボロボロになっても諦めず、ずっとずっと、ユッキーを陰から守ってる。
だから、アイツがユッキーの前に姿を現したとき、俺はホッとした。
ユッキー、たぶんそいつ、イイ奴だよ。がんばり屋で優しくて、忍耐強くて。だから、おまえら二人に言ってやる。
「幸せになれよ」
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