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十六.異星人が叶えた彼の願い

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 ある時、二人の異星人を乗せた円盤状の宇宙探査船が地球へとやってきた。

 この二人の異星人は、地球から750光年離れた非常に文明が進んだベータ星から地球の時間で約3年6ヶ月かけてやってきたのだった。

 彼ら――便宜上ベータ星人と呼称するが、ベータ星人にも雌雄の別があり、二人とも地球で言うところの雄である。名前もあるが地球人には発声できないのでエルとアールと呼ぶことにする。

 その外見は広い意味では地球人に似ている。頭部に胴体に両手両足。顔には目鼻耳がついている。頭髪はなく、二人とも地球でいうところの黒いニット帽のようなものをかぶっている。

 しかし、肌の色は灰色。身長は150㎝に満たず、小さな胴体に見合わぬ大きな頭部に大きな目。地球人がグレイなどと呼ぶ異星人の姿によく似ているが、ベータ星人が地球を訪れたのはこれが初めてのはずだった。

 地球人の目には、この二人の外見上の違いをすぐに把握するのは無理だろう。強いて言えばアールの方が10㎝ほど背が高いので並んでいれば何とか見分けがつく。

 彼らの目的は地球の調査であったが、地球で言うところの公的機関に所属する者ではなく、在野の研究者であった。金持ちのエルがベータ星でもそうそう手に入れられない最新鋭の宇宙船と地球人の及びもつかない研究機器を手に入れて、友人で研究者のアールとともにやってきたのである。

 もちろん地球の調査が一番の目的だが、金持ちの道楽や観光気分でやってきたと言ってもあながち間違ってはいない。

 地球へとやってきたエルとアールは遠慮なしに地球の調査を始めた。自然環境、埋蔵資源、地球人の科学文明などなどなど。彼らの興味を引くものはたくさんあった。

 彼らは地球のフィクションの中で描かれる異星人のように忍ぶつもりはなかったし、人目にその姿を晒すことに何の抵抗もなかった。

 地球では彼らの宇宙調査船――地球のそれに倣い、今後はUFOと呼称する――の目撃談が次々とネットに上げられた。UFOには常に微弱なバリアが張られており、人間の目やカメラなどの映像にはぼんやりとぼやけて見えたし、地球のあらゆるレーダーでは彼らのUFOを補足することは不可能だった。

 そのため、UFOの目撃情報や映像を信じる者と信じない者とで分かれて論争が繰り広げられた。それに便乗したマスコミも無責任に煽り、自称UFO研究家や専門分野がはっきりしない自称科学者に適当なことを言わせて一種の社会現象になっていた。

 そのうち異星人に拉致されて人体実験されただの、異星人の子を孕んだだの、牧場の牛が大量に死んでその一部が切り取られていただの、UFOが着陸した場所には不思議な紋様が残っていただの……エルとアールが聞いたら「いったい何のことか?」と言うであろう内容がネットを駆け巡っていた。

 地上のそんな喧騒など意に介さず、約10ヶ月かけてエルとアールは地球のことを調べ上げていた。

「ベータ星にとって有益な資源も見つかったし、この星の住人の遺伝子解析で数世代のうちにベータ星人を凌ぐほどの進化をする可能性はまずないことも分かったし」
 
 エルはそう言って両手を頭の後ろに組んだ。
 
「後は、この星の住民の性情を調べて帰りたいな」

 アールはそう言って、顎に手をやった。忍ぶ気も隠す気もなかったこの二人だが、地球人と直接接触することは避けていた。しかし、地球人の考えを直接知るには直接会って話をするのが一番と考えた。この10ヶ月の調査で完全な翻訳機も作っていた。

「何十億人もの人間がいるみたいだから、サンプルは1万もとれば充分だろう」

 エルの言葉を受けたアールは頷いて、

「我々は地球人からしたら、初めて遭遇する別の星の生命体だ。こちらから出向くのが礼儀というものだろう」

 と言葉を続けた。

 エルは宇宙船のコンピュータを操作した。コンピュータは一点の座標を示した。

「まずはこの座標の場所にいる人間と話をするとしよう」

 二人は宇宙船に乗って座標の場所に来た。そこは日本の大都市の郊外の住宅地の一軒だった。宇宙船でそこまで行くと、2階の窓の外に付けさせ、カーテンが閉まっているのもお構いなしに窓を開いた。

 中には一人の男の姿があった。

 パソコンの前にへばりついてゲームの画面にのめり込んでいる三十を過ぎているとみられる男。
 
 髪はぼさぼさで、でっぷり太った体型をしていて少し匂う。片付いているとは到底言い難い部屋も掃除もろくにしていないようで埃っぽくじめじめして変なにおいが漂っている。彼は世間でいうところのニートであり、エルとアールも知識として知ってはいたが、初めて見る種類の生きものに絶句した。

 もっとも、驚いたのはニートの男の方だっただろう。なにせ、何の前触れもなく、いかにもな異星人が入ってきたのだから。

「な……何なんだ! お前たちはっ!」

 人差し指を突き付けて震える声で言う男に、アールが「驚く気持ちは分かるが我々は怪しいものではない」と言った。

「窓から入ってくるだけで十分怪しいだろうがっ!」

「?」

 男のツッコミに、何のことか分からないという感じのキョトンとした顔をエルはした。

「忘れたのか? この星では住居に入るためのルートが決まっているのだよ」

 アールの言葉にエルは「そうだった。この星の文明はその域まで到達していないのだな」と頷く。

「お前たち……そうか! 僕を連れ出そうというんだな! 親に依頼されたのか?」

 翻訳機を介さずにエルとアールが直接話している内容は言語が違うので男は理解できない。

「我々は少し話をしに来ただけだ。この星の住人の考えを知るためにな」

 アールが男に対して話すことはちゃんと翻訳機を通しているので意味が通じる。

「もちろん、礼はする。我々はこの星よりもはるかに優れた文明を持っている。君の望みを叶えることができるかもしれない」

「僕は……何を話せばいいんだ」

「何でも」

 エルは男の問いに答えた。

「と言っても、好きに話せと言われても困るだろう。……私たちが質問をするから君の思っていることを素直に話してもらいたい」

 アールは言葉を繋いだ。

 最初は好きな食べ物の話。最近見た創作物の話。気軽なところから始まって家族の話だったり、子供の頃の夢の話だったり。

 一度話始めると、男はせきを切ったように話し始めた。大学を卒業した後最初の職場の人間関係で失敗してから引きこもり、10年以上この部屋の中から出られないこと。親に申し訳なく思い、その親が死んだ後の不安と戦いながら日々を生きていること。何とかしたいと思いながらその勇気が出ずに動けずにいること。

 久々に他人と話す男の話は支離滅裂で、要領を得ないものだった。

 しかし、二人の異星人の小型の高性能のコンピューターは男の単語の羅列のような話を解析し、分析して纏めていた。

 とりとめのない話が何時間続いただろう。

 夜が来ると、階下に誰かが入ってくる気配があった。

「そろそろ終わりとしようか。最後に君の望みを教えてくれ」

 それに気づいたエルが言った。

「望み……」

 男はしばらく考えてから、「普通になりたい」と言った。

「普通に誰とでも話せて、普通に社会と繋がりたい」

「残念だけれどそれは無理だ」
 
 男の願いに答えたのはアールの方だった。

「我々の研究では、地球人の“普通”を定義することはできなかった」

「だったら……この世界の全ての人間にいなくなってほしい」

「それも無理だ。この星の全ての人間を“殺す”ことは可能だが」

 それに対して応えたのもアールの方。

「だったらそれをやってくれ」

 男は懇願するように言った。

「僕が生きづらい世界なら、いっそなくなってしまってしまえばいい!」

「分かった。最初に礼をすると言ったし、それが望みなら」

 エルは、あっさりとまるで差し出された手を握り返すようにあっさりと言った。

 二人の乗ってきた宇宙船には地球の住人全てを殺すくらいわけないくらいの武器や毒薬も載せている。エルとアールは、男にその夜0時に実行することを約束して、その家を出て行った。

 二人の乗った宇宙船は、地球人全てが窒息死する特殊爆弾を、約束通り深夜0時に地球に向けて打ち込んだ。

 そのまま、この青い星の住民がどうなったのか確かめることもなく、宇宙船は地球を離れていった。

「最初に出会ったのが彼でなかったら……と、思わないでもない」
 
 宝石のように美しい青い星が、見る見るうちに小さくなり、やがて完全に見えなくなった頃、アールがつぶやくように言った。

「自分と同じ種の滅びを願う……あれが、一個体の特性であったのか、一つの種に共通する思考であったのか、少し興味がある。今となってはわからんことだが」

「そうかな。地球人の行いを見ただろう。小さな星に国など作り、それぞれがそれぞれに手前勝手な正義を振りかざして戦争を繰り広げていた。それだけではない。大気や水や土壌を汚染し、地球に害を与えることばかりしているのを不思議に思っただろう。地球人は、我々が手を出さなくても、数世代のうちに滅んでいただろう。地球人という種自体が、自殺願望を持っていたとすれば、むしろ納得できる」

「だが、他の知的生命体と同じ願望を持っていた、とも言えるな」

「同じ?」

「他の人間が死に絶えても、自分だけは生き延びたいという願望さ」

 アールの言葉に、エルは大きな瞳をさらに大きく開けた。

「お前、あの地球人だけには効果がないように爆弾の調合をしたのか? 俺は、あの地球人は自分も含めてすべての地球人と言ったのだと思ったが」
 
 二人は顔を見合わせた。

「そうだとすると申し訳ないことをしたが、彼の願いの99%以上は叶えたんだ。自分一人の命くらいはどうにでも始末をつけるだろう」

 そう言ったアールはそれっきり地球のことは関心から外れて、次の目的地に決めた赤い星に興味は移っていた。
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