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【1章】晶乃と彩智
4.彩智が意外に有名人だった
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水谷晶乃が、雀ヶ丘高校に入学してから早くも10日以上が経っていた。今日は、4月18日の水曜日である。その間に、彩智が雀ヶ丘高校の教師の中では結構な有名人だということを知ることになった。
「彩智のお父さんって、この学校の先生だったんだ」
と尋ねてみると、
「うん……。でも私が中学3年になる直前に事故で死んだの」
という答えが返ってきた。
「あ……ごめんね。余計なことを聞いて」
一瞬見せた彩智の暗い顔に、興味本位で話題にしてはならないことだと感じ、晶乃がそのことを口にしたのはその一度きりだった。
しかし、一部の無遠慮な教師は、彩智の父親――桑島修務がいかに優秀な物理教師だったか、生徒たちの指導にいかに熱心に取り組んでいたか、生徒たち――特に、顧問を務めていた写真研究部の部員たちには特に慕われていたこと、などなど、そのたびに見せる彩智の暗い目などお構いなしに語っていくのだった。
そして授業が全て終わり、終了のチャイムが鳴ってから5分後……。鞄の中に教科書を詰め込んでいた晶乃の耳に、1年2組のクラスメイト達の喧騒が聴こえていた。しかし、それがぴたりと止まる。教室の二つある出入り口の前側の戸が無遠慮に開け放たれたからだった。晶乃が顔を上げるのと、「桑島さんっ!」という声とともに上級生の女生徒が5人、教室になだれ込んで来るのは同時だった。
「今日こそは、陸上部に来てもらうわよ」
「あなたの才能を生かせるのは陸上部だけよ」
「その脚力に、風受けしない上背に、スマートな体形は才能なのよ」
こんなふうに上級生が実績のまあまあある――もの凄い実績がある人は入学前に声がかかっているので――新入生に、直接声をかけて勧誘するのは毎年の風物詩らしい。晶乃が話を聞いた先輩曰く、「部員の一本釣り」らしい。
先輩後輩の上下関係意識の緩い雀ヶ丘高校の校風故か、これまでにあまり大きなトラブルがなかったために、教職員も黙認状態で、「雀ヶ丘高校、新1年生の春の嵐」とも言われているとも聞いた。上級生から見れば春の嵐で済むようなことかもしれないが、実際にそれをやられた側からしたらたまったものではない。
取り囲まれた彩智がおろおろしているのを見た晶乃は、鞄をつかんで立ち上がると、彩智の所に近づいて行った。
「彩智。行こう」
「あ……うん」
ちゃんと逃げる口実にしなさいという晶乃の助け船に気付いたらしく鞄を抱えて立ち上がった彩智は、「すみません。友達と約束があるので」と陸上部員たちに頭を下げる。
手に持っていた鞄を肩にかけなおして彩智を促した晶乃の前に小柄なショートカットの陸上部員が立ちふさがった。
じっと晶乃の顔を挑むような目つきで見てきたので、一瞬たじろぐ。いくら晶乃にも、学校内で上級生相手に大立ち回りを演じる度胸はない。
「あなた……結構、いい体格しているよね。どう、陸上部で砲丸投げとか槍投げとかやってみない?」
それは冗談やバカにしているのではなく、かなり大真面目な表情だった。
「遠慮しておきます」
晶乃は言いながら彩智の腕をとって、もう一回促す。「諦めないからねー」という不穏な声を背中に受けながら、2人は教室から早足で逃げ出した。
廊下を歩きながら、彩智が先に口を開く。
「助かったよー」
「さっさと入る部を決めておかないと、いつまでも勧誘が続くのかなぁ」
「晶乃の所にも、バスケ部の勧誘が来ていたよね」
「うちの学校のバスケ部は弱小だけど人数がそれなりに多いから、すぐ諦めてくれたんだけどね。彩智は帰宅部って言っていたような気がするけれど、陸上をやってたの?」
「中学3年の時、無理やり駅伝大会の学校代表のメンバーにさせられたの」
「凄いじゃない。せっかくだからやってみる気はないの?」
「たかだか駆けっこの速い遅いで優劣を付けられたくないの。晶乃も、せっかく誘われたんだから考えてみればよかったのに」
「私は筋骨隆々の怪力女にはなりたくないの」
「女子の砲丸の選手って可愛い人が多いよ。それに、晶乃みたいに大きいと、筋肉の付く量だって多くなるし」
「彩智はかなりストレートにチビって言われていたよね」
「……上背がないことは、これでも気にしているんだよ。体が小さいってことはストライドが短いってことだし、スタミナの量だって少なくなるし、いいことは何一つないと思うんだけれどなぁ」
「体がでかいのだって、いいことはないと思うよ。怪我のリスクだって増えるし、服が体に合わないし」
ため息混じりに言った晶乃。大きくても小さくても悩みというのはあるものだ。晶乃がわざとらしいオーバーリアクションで愚痴を口にしたのが面白かったのか、彩智がくすりと笑った。
「胸のぺったんこ具合は、お互い似たようなものなのにね」
「ほっといて……」
そんな2人を陸上部とは別の上級生が待ち構えていた。
「桑島彩智さん。ぜひあなたの才能を駅伝部で――」
晶乃と彩智は顔を見合わせ、互いに頷きあう。
「逃げよう!」
「正面突破!」
「……」
「……」
互いに真逆のことを言ってもう一回顔を見合わせる。そうこうしている間にも、駅伝部員たちがじりじりと近づいてくる。
「彩智のお父さんって、この学校の先生だったんだ」
と尋ねてみると、
「うん……。でも私が中学3年になる直前に事故で死んだの」
という答えが返ってきた。
「あ……ごめんね。余計なことを聞いて」
一瞬見せた彩智の暗い顔に、興味本位で話題にしてはならないことだと感じ、晶乃がそのことを口にしたのはその一度きりだった。
しかし、一部の無遠慮な教師は、彩智の父親――桑島修務がいかに優秀な物理教師だったか、生徒たちの指導にいかに熱心に取り組んでいたか、生徒たち――特に、顧問を務めていた写真研究部の部員たちには特に慕われていたこと、などなど、そのたびに見せる彩智の暗い目などお構いなしに語っていくのだった。
そして授業が全て終わり、終了のチャイムが鳴ってから5分後……。鞄の中に教科書を詰め込んでいた晶乃の耳に、1年2組のクラスメイト達の喧騒が聴こえていた。しかし、それがぴたりと止まる。教室の二つある出入り口の前側の戸が無遠慮に開け放たれたからだった。晶乃が顔を上げるのと、「桑島さんっ!」という声とともに上級生の女生徒が5人、教室になだれ込んで来るのは同時だった。
「今日こそは、陸上部に来てもらうわよ」
「あなたの才能を生かせるのは陸上部だけよ」
「その脚力に、風受けしない上背に、スマートな体形は才能なのよ」
こんなふうに上級生が実績のまあまあある――もの凄い実績がある人は入学前に声がかかっているので――新入生に、直接声をかけて勧誘するのは毎年の風物詩らしい。晶乃が話を聞いた先輩曰く、「部員の一本釣り」らしい。
先輩後輩の上下関係意識の緩い雀ヶ丘高校の校風故か、これまでにあまり大きなトラブルがなかったために、教職員も黙認状態で、「雀ヶ丘高校、新1年生の春の嵐」とも言われているとも聞いた。上級生から見れば春の嵐で済むようなことかもしれないが、実際にそれをやられた側からしたらたまったものではない。
取り囲まれた彩智がおろおろしているのを見た晶乃は、鞄をつかんで立ち上がると、彩智の所に近づいて行った。
「彩智。行こう」
「あ……うん」
ちゃんと逃げる口実にしなさいという晶乃の助け船に気付いたらしく鞄を抱えて立ち上がった彩智は、「すみません。友達と約束があるので」と陸上部員たちに頭を下げる。
手に持っていた鞄を肩にかけなおして彩智を促した晶乃の前に小柄なショートカットの陸上部員が立ちふさがった。
じっと晶乃の顔を挑むような目つきで見てきたので、一瞬たじろぐ。いくら晶乃にも、学校内で上級生相手に大立ち回りを演じる度胸はない。
「あなた……結構、いい体格しているよね。どう、陸上部で砲丸投げとか槍投げとかやってみない?」
それは冗談やバカにしているのではなく、かなり大真面目な表情だった。
「遠慮しておきます」
晶乃は言いながら彩智の腕をとって、もう一回促す。「諦めないからねー」という不穏な声を背中に受けながら、2人は教室から早足で逃げ出した。
廊下を歩きながら、彩智が先に口を開く。
「助かったよー」
「さっさと入る部を決めておかないと、いつまでも勧誘が続くのかなぁ」
「晶乃の所にも、バスケ部の勧誘が来ていたよね」
「うちの学校のバスケ部は弱小だけど人数がそれなりに多いから、すぐ諦めてくれたんだけどね。彩智は帰宅部って言っていたような気がするけれど、陸上をやってたの?」
「中学3年の時、無理やり駅伝大会の学校代表のメンバーにさせられたの」
「凄いじゃない。せっかくだからやってみる気はないの?」
「たかだか駆けっこの速い遅いで優劣を付けられたくないの。晶乃も、せっかく誘われたんだから考えてみればよかったのに」
「私は筋骨隆々の怪力女にはなりたくないの」
「女子の砲丸の選手って可愛い人が多いよ。それに、晶乃みたいに大きいと、筋肉の付く量だって多くなるし」
「彩智はかなりストレートにチビって言われていたよね」
「……上背がないことは、これでも気にしているんだよ。体が小さいってことはストライドが短いってことだし、スタミナの量だって少なくなるし、いいことは何一つないと思うんだけれどなぁ」
「体がでかいのだって、いいことはないと思うよ。怪我のリスクだって増えるし、服が体に合わないし」
ため息混じりに言った晶乃。大きくても小さくても悩みというのはあるものだ。晶乃がわざとらしいオーバーリアクションで愚痴を口にしたのが面白かったのか、彩智がくすりと笑った。
「胸のぺったんこ具合は、お互い似たようなものなのにね」
「ほっといて……」
そんな2人を陸上部とは別の上級生が待ち構えていた。
「桑島彩智さん。ぜひあなたの才能を駅伝部で――」
晶乃と彩智は顔を見合わせ、互いに頷きあう。
「逃げよう!」
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