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第三章 陰陽師、逮捕される

第二十八話

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「グファーっ!」

 崩れ落ちるレンガ作りの壁。ハルアキは苦痛で悲鳴をあげるのだが、何とか持ちこたえる。

(痛てぇ……護符で守られていなかったらペシャンコだよ……)
 ぼろぼろになった壁を見てゾッとする。

「姫様! これは、どういうことだ⁉」

 決闘の見届け人であるムスカが駆け寄り、フィリシアの状態を見る。

「こ、これは――回復係! 急げ!」

 ハルアキに抱きかかえられていたフィリシア。気を失っている。

 すぐに回復係が駆け付け、回復魔法を掛けるのだが、フィリシアは目を覚まさない。

「ダ、ダメです! 回復魔法が効きません!」
「キサマぁ! 姫様に何をした⁉」
 ムスカがハルアキのシャツをつかむので、さすがに怒る。

「状況を見ろよ! 壁にぶつかりそうだったのを守ったのはオレだぞ!」

 一目瞭然だ。フィリシアと壁の間にハルアキがいたのだ。もし、フィリシアが単独で壁にぶつかっていたら命はなかっただろう。

「じゃあ、これはいったい……?」
「知らないよ。こいつが飛び込んだあと、急に苦しみ出したんだ」
「急に? 見えていたのか?」

「そんなことより、何とかしろよ!」
 今は、フィリシアを助けることが先決だ!

 観客席からエリーネが降りてくると、すぐに回復魔法を唱え始める。
「――こ、これは⁉」
 エリーネが恐怖に似た驚きの顔をするので、ムスカが「エリーネ、どうしました?」と声を掛けた。

「これは、魔法毒です……」

「――⁉」

 魔法毒という言葉を聞いて、その場にいた全員が凍り付く。驚愕きょうがくの表情のまま、動きが止まった。

「魔法毒……?」

「……悪魔しか生み出せない強力な魔法じゃ。一度、体内に入り込んだら、死ぬまで毒を放出し続ける」
 そう言ったのはコエダである。いつの間にか、擬人化して現れていたのだ。

「子供⁉ いったいどこから⁉」
「そんなことより、回復魔法を続けるのじゃ! さもなければ、数分でこの娘は死ぬぞ!」
「――⁉」


 回復魔法を続けるといっても魔導士の魔力にだって限りがある。いずれ尽きれば、フィリシアは死を迎える――その事実を押し付けられ、全員が絶望に近い表情を見せた。


「やはりオマエが!」

 再びムスカがハルアキに言い寄るので、「なんでだよ!」と声を張り上げる。

「悪魔が関わっているんだ! オマエが手引きした以外、誰がいる!」

 さすがに一方的な言われ方なので、ハルアキも腹を立てるのだが――

「言い争いをしている場合ではない! この娘をどうやって助けるのかを考えるのじゃ!」
 コエダの叱る声でわれに返る。

 そうだ、考えるんだ――

(一度、体内に入ったら毒を出し続ける……)
 ハルアキは、それに似たようなモノがあったはずだと考える――

(それって、『呪い』と同じじゃないのか?)

 呪いも相手の体内に入り込み、死ぬまで体をむしばむ。
 もし、魔法毒が呪いと同じ原理なら……

「――やってみる価値はありそうだな……」
 そうつぶやくハルアキ。

あるじよ、何か思い付いたのか?」
「――『呪い返し』を行う」
「のろいかえし……とな?」

 ハルアキは羊皮紙とペンを頼み、受け取るとすぐに書き始める。
 複雑な模様で、誰も理解できない。
 
「それはいったい何じゃ?」

 コエダの質問に「これは刀印護符とういんごふと言うんだ」と応える。

「呪った相手へ、という術がある」
 この護符はそのための媒体だと説明した。

「ずいぶんとえげつない術じゃな?」
 そう言われて「そうだね……」と苦笑いする。

「魔法毒も呪いと同じ原理なら、これが有効なはずなんだ」


 ハルアキは護符をフィリシアの胸元に乗せると、九字くじを唱える。

りんびょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」

 次々と指で印を形作り、最後に人差し指と中指を立てた手刀で切るしぐさをすると、護符が真っ二つに分断された!

「――ううっ!」
 急にフィリシアが苦しみ始める。

「姫様⁉ お前! 姫様に何をした⁉」
 狼狽うろたえるムスカに「黙っていろ!」ハルアキが怒鳴る。

 今度は何度も咳を繰り返すフィリシア。そして、何かを吐き出した。

「ふう――もう大丈夫だ」
 安堵あんどの表情を見せるハルアキ。フィリシアの顔色がみるみる良くなる。

「本当に……大丈夫なのか?」
 ムスカがエリーネを見ると、彼女はフィリシアの胸に手を当てる。

「――悪い魔力は感じられません。どんどん生気が戻っています!」
 それを聞いた全員が、「おおっ!」と歓声をあげて喜ぶ。


 すると、フィリシアが吐き出したモノが、ムクっ! と動き出すではないか!
 まるで真っ黒なみたいで気持ち悪い。

「なんだこれは⁉」
 そう言ってムスカが踏みつけようとするので、ハルアキは「止めろ!」と言う。

「それは術を仕掛けた者に戻って行く。犯人を見つけるんだ」


 黒い物体はぴょんぴょんと跳ねながら、観客席に向かうと、ある男にまとわりついた!

「うわっ! なんだ!」
 そう言って追い払おうとするが、何度やっても、は彼から離れない。

「コイツです! フィリシアに魔法毒をもった犯人は!」

「――⁉」
 純白の軍服を着た男、それは――

「どういうことかな? ジャン・ブルームバーグ騎士団長」

 近くにいた白髪、長身の魔導士、この国の宰相でもあるラウルがたずねる。

「な、何を言っているんですか? こんなヤツの言うことを信じるのですか⁉」

「本当のことを言った方がイイよ。そいつが体内に入ったら、どうなるかわかるよね?」

 ハルアキが問い詰めると、「わかった! 私だ! 私がやった!」とジャンは簡単に認めた。

 それを聞いたハルアキは、ため息ひとつをつき、「悪霊退散……」と手刀を切る。

 すると、黒い物体はたちまち消え去った。


「ふう……」
 騎士団長のジャンが助かったとばかりに、座り込む――が、自分を見る周りの目に気付き、慌てて言い逃れを始めた。

「ち、違う! コイツが脅迫するから、そう言ったんだ! 私は何もやっていない! だいいち、どうやって私が魔法毒を姫様に飲ませたんだ?」

「私、フィリシア様の控室に騎士団長が入って行くのを見ました」
 そう証言したのはエリーネだ。

「そうか……それでは、控室にあるコップに、誰が触ったのか私が魔法で見ることにしよう……」

 そうラウルが言うので、(そんな便利な魔法があるんだ――)とハルアキは感心する。


 ジャンは虚ろな目をして、観念したかのように……

「王女が邪魔だったんだ……」
 そう小声で言う。

「王女が邪魔?」

「私は騎士団長なんだ! なのに、騎士団候補生の王女のほうが強いなんて、屈辱でしかない!」
 いきなりそう叫ぶ。

「誰も私のことなんて、フィリシア王女が成人するまでのお飾りとしか思ってないんだ!」
「そんなことで、王女を殺そうとするなんて……」

 エリーネはジャンに対して、憎しみとあわれみの二つの感情が生まれた。


「ジャンよ。教えなさい。どうやって、魔法毒を入手した? いつから、魔族と関わっておる?」
 ラウルの質問に、ジャンは笑う。

「魔族と? ああ、もう五年も前だ」

「五年⁉」
 その証言に全員が驚く。

「ちょっと待て、五年前と言ったら……」
 ムスカが言いかけたこととは――


 五年前、次期騎士団長候補はジャンではなく、ジャンより若い騎士だった。
 ジャンより実績も実力もあったのだが、突然倒れ帰らぬ人となった。
 その後の団長候補もジャンではなかったのだが、同じように原因不明の病で倒れた。


 そして二年前――

 当時の騎士団長までが突然亡くなり、ジャンに団長の席が回ってきたのである。

 立て続けの騎士団の不運に、当時はいろいろと騒がれていたのは確かだが……

「まさかジャン、それも貴様の仕業だったのか?」

 ラウルの質問に、ジャンは「ああそうだ」と応える。

「私はこの国のために、騎士として尽くしてきた。なのに、私より若く才能がある者ばかり評価され続けた。愛する人もそいつと結婚した。私には何も残っていない。だから、せめて騎士団長になって、私を見下したヤツらを見返したかったんだ!」

 若い才能をねたんだ逆恨みである。

「そんな身勝手な……」

「そんな時に悪魔が現れて、『オマエの望みをかなえよう』、そう言ったんだ。そうしたら悪魔と契約するだろう?」

「……オマエは、そんなことのために人の心を捨てしまったんだな」
 ラウルの言葉に、ジャンはむき出しの感情を見せる。

「そんなこと……だと⁉ ふざけるな‼ 国のために苦労して働いて、なのに評価されない人間の気持ちがオマエたちにわかってたまるか!」

 ラウルは首を振った。
「誰も貴様を評価してこなかったわけじゃない。もし、そう思っておるなら、それは自分が他人を評価せず、自分のことしか見ようしなかったからなのだよ」

 ジャンは愕然がくぜんとした表情で塞ぎ込む。

 ラウルは深いため息をつき、「連れて行きなさい」と言った。
 その時――

「うわああああっ!」
「――⁉」

 ジャンの体が突然黒い炎に包まれる!

「なっ! 何が起きた!」
「早く火を消せ!」

「ムリじゃ。この炎は水では消せない――悪魔の魔法だ」


 悪魔という言葉を聞き、全員の動きが止まる。そして、ジャンの体は跡形もなく消えてしまった。
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