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第三章 陰陽師、逮捕される

第二十六話

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「それで……決闘のルールはなんだ?」

 ハルアキは拘置所から移動し、闘技場コロシアムに到着していた。これから決闘を行うのである。決闘を申し込んだ翌日のことだ。

 ここに来るまで、決闘に関する詳しい説明は全く受けていなかったので、当然、そんな質問が出てくる。

「剣による決闘を行う」
 そう答えたのは、憎たらしいほどのイケメン。宰相補佐のムスカだった。

 本日の決闘で見届け人を任されたと、先ほど説明された。

「剣? まあ、いいだろう……」

 どうせ、どんな形式でも、素人であるハルアキにとって大した違いはない。コエダがサポートしてくれることになっているので、それを信じるしかないのが正直なところだ。

「剣以外での攻撃は禁止。例えば、魔法による直接攻撃は認めない。勝負は降参するか、気を失うか、命を落としたら負けとする。反則が発覚した時点でも負けとなる。ルールは以上だ」

 だそうだよ……と、コエダに話し掛ける。彼女いわく、『一般的な剣による決闘のスタイル』なのだそうだ。


「それで……相手は誰なんだ?」

 剣での戦いとなれば、相手は人間なのだろう……実のところ、獣や魔物なら楽勝だったのだが、ぜいたくは言えない。

「相手は私にも知らされていない。闘技場でわかる」

 ムスカも知らない?

 まあ、どうせ剣の達人だろうから、騎士か軍人なんだろう――
 この際、相手は誰でも良いか……と考える。


「剣はこの中から選べ」
 並べられたのは、大小のさまざまな十本の剣。

「……自分の剣は使わせてくれないのかよ?」
 数日でも練習して、ゴブリンも狩った経験のある剣のほうがまだ自信があったのだが――

「キサマの剣は没収した。だから、この中から選ぶんだ」

 申し込んだ側は戦う方法について何も口出しできない。そういう制約だから仕方ない。

 並べられた件の中から、使っていた剣に長さが最も近い片手剣サーベルを手に取った――のだが、少し考えたあと、長剣ロングソードへ取り換えた。

「これでイイ」

あるじよ! 何を考えておる! 長いからって、間合いが広がるわけではないぞ! 長さの分、重くなるし、バランスも取りづらい。動きも読まれやすくなるのだぞ』

 慌てるコエダに、ハルアキは『考えがあるんだ』と伝える。

『……仕方ない。主を信じることにしよう』

 ありがとう――と礼を言う。


 長剣を腰にぶら下げると――

「他に質問はあるか?」

 ムスカの声に、「ひとつだけ良いか?」と応える。「なんだ?」とイケメンの顔をこちらに向けるので、ハルアキはテーブルの上にある水晶玉を指した。
「なぜ、あれがある?」

 水晶の中に絶世の美女ともいえる人魚が見える。

「――私は美しいモノを愛でるのが好きなのだ」
「……はあ?」

 ムスカが水晶に頬を擦り付ける。それが気持ち悪いのか、中のセパルができるだけ離れようとしているのが見えた。

「これほど美しい女性は見たことがない……こうして、彼女を肌身離さず持ち歩き、でていたいのだよ」
 セパルにも外部の声は聞こえているようで、とても嫌な顔をしている。

 ――こいつ、残念系イケメンだったのか……

 聞かなければ良かったと後悔する。


「――他に質問がなければ、外に出るぞ」
 ムスカの後を追い、そして闘技場に出た。

(眩しい――)

 数日ぶりの外だ。太陽の光はこんなに強烈だったのか――と、ハルアキは感じる。

 やっと目が慣れると、闘技場はあふれんばかりの人で埋まっていた。大歓声が鳴り響く。

 相手はまだいない。
 数分して、反対側の出口に人影が見えた。
 明るい場所に現れ、相手を認識する。

「おい……マジかよ……」

 思わずつぶやいてしまうハルアキ。超満員の観客からもどよめきが聞こえる。
 ハルアキは隣のムスカを見た。目を見開き、あり得ないという表情で立ち尽くしている。

「ひ、姫様……」
 ムスカは驚きのあまり、それ以上言葉が続かない。

 そう、現れたのはフィリシアだったのだ。
 純白の軍服をまとったその姿は、まさに騎士の風格を漂わせる。

 三人が中央に集まる。

「姫様、こ、これはどういうことですか?」
 慌てるムスカに、「あら、私じゃ変?」と素っ気なく応える。

「いや、明らかに変だろ?」
 ハルアキもさすがに面食らう。決闘の相手がこの国の王女様だとは思いもしなかった。

「これは、剣による決闘。そして、この国で最強の剣使いが私――だから、私が相手。なんか文句ある?」
 胸を張るフィリシアに、ハルアキは笑いが込み上がる。

「それ、自分で言うか?」
「だって真実だから仕方ないでしょ?」

 フィリシアは騎士団員との模擬戦でも負けなしであった。本人が言うとおり、この国最強の剣士はフィリシアなのである。

 これは参った――と、苦笑いのハルアキ。

「オッケイ! それじゃ始めますか?」
「その前に――ムスカ、ハルアキの望みを聞いて」

 申し出側が勝った場合、裁判の判決を無効にするだけでなく、相手へひとつ要求ができるという決闘のルール。それを戦いの前に宣言するらしい。

「ハルアキ、オマエの望みを聞く」
「そうだったな。なら、この国の兵一万を貸していただこう!」
「――⁉」

 ハルアキの宣言に闘技場が騒然となる。

「その、一万の兵で魔王城へ攻め込む!」

「バ、バカな! 今は王都に戦力を集中するとき! 一万の兵など貸せん!」
 観客席から叫んだのは、白髪の魔導士、ラウルだった。

「おい、オレが勝ったら何でも要求を聞く、そういうルールだって言っていたよな?」
 イタズラっぽく質問するハルアキに、「その通りよ」とフィリシアは応える。

「問題ないわ。私が勝てばイイだけなんだから」


 二人は闘技場の中央で十メートルほどの距離を置いた。

「二人とも準備をしなさい」
 ムスカの声にそれぞれ剣を構える。

 フィリシアは身を屈め右足を相手側に一歩踏み込む。右手に持った剣を前に突き出し、左手を引いた。典型的な片手剣の構えだ。フェンシングの構えをイメージしたらイイだろう……

 対するハルアキは――

 長剣を両手に持つ。この世界では片手剣が主流だが、両手剣使いもいる。

 ただし、構え方が全く違った。

 脇を絞りながら手を上げ、剣を相手に向けるか、胸の位置に構え剣を立てるのが一般的な構えだ――が、ハルアキは両手を突き出し、剣先を相手に向けた。

 その構えに場内がざわつく。

「ちょっと! バカにしてるの⁉」
 フィリシアはイラっとした顔をした。

「これは、オレの住んでいた世界の剣術だ」
 そう――ハルアキは剣道の構えをしたのだ。

 だからといって、剣道を本格的に習っていたわけではない。
 学校の授業で、少し習った程度だ。

 それでも、片手剣よりしっくりきた。

『なるほど、変な構えだが、すきはない』

 がこの世界の主流である。剣術である剣道の構えでは、相手を突くのは難しい。

 そのため、この世界の人間には滑稽な構えに見えたのだろうが、ハルアキは最初から突きにこだわっていなかった。

 日本刀のような切れ味はないので、斬ることによる殺傷力は期待できないが、決闘なら殺す必要はない。《《たたく》》ことで、相手にケガを負わせ、戦意を喪失させれば良いのだ。

(だけど……相手が女の子だと、ケガさせるのも気が引けるなあ……)
 そんな余裕さえ見せるのだが――

「あ、そう――それじゃ遠慮しないわよ」

 ムスカが「始め!」の合図を出すと、フィリシアは一気に間合いを狭める――

(えっ?)

 一瞬で二メートルほどまで近寄ると、いきなり突いてきた!
「うわっ!」

 慌てて避ける。想像以上の速さだ。

『なるほど……彼女は王女だったな』
 コエダが何かに納得したような感じだが……

「王女だと何なんだよ⁉」

「彼女は勇者の末裔まつえいなのじゃよ」

「……えっ?」
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