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第七話 追跡したらしい

その六

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 失敗だ――

 相手が意表を突かれ動きが取れない間に、フィスの状態を確認したかった。

 いわば賭けであったのだ。

 しかし、目視でフィスの姿を確認できなかった。そして、既に相手は敵対行動を取っている。

 もし、この状態で強硬な手段に出ると、報復として、フィスに危害を加えてくるだろう。そうなったらこれまでのことが台無しになってしまう。

(さて……どうしますか……)

 エルとハーミットは考える。


 まずは御者の状態を見る。このまま馬車を動かされると策が極端に減ってしまうからだ。

 幸い、御者は御者台から離れ、エルの後ろにいる。すぐに馬車を動かせる状態ではない。これなら多少の時間は稼げそうだ。


『とにかく何か話して、奴らの意識をフィスから遠ざけて』
 ハーミットはそうエルに指示する。

「えーと……とりあえず、顔を拭くものを貸してもらえませんか?」

「………………はぁ?」

 男達は目を白黒させる。まさか拭くものを貸してもらうために馬車に乗り込んだわけでもあるまい……

「ホラよ」

 男がエルの顔目掛けて布を放り投げる。エルの顔に布が被さり、一瞬エルの視界が塞がれる。
 その時、御者の男がエルの背中に杖を押し付け、呪文を唱える。杖の先からバリバリッという音がした。

 電撃魔法だ――

 魔力をあまり使わないのに、効果が高い。痴漢撃退にも有効だ。

 御者の男はニヤっと笑う。してやったりだ。

 しかし、エルがいっこうに倒れない――男は焦りを感じる。

 男はもう一度電撃を食らわすが、エルにはやっぱり効いていない……

「あのう……杖で背中をつっ突くのは止めてもらえますか?」

 エルがを気にするので、男は慌てた。

「どうして、電撃を食らって平然としてられるんだ⁉」

 ――電撃?

 エルはそうと聞いて「あー」と呟く。
「私の体は強固なEMS対策が施されているので、電磁気の影響は受けません」

 EMSとは電子機器において外部からの電気、磁気に対する耐性のことである。
 程度の違いはあるものの、全ての電子機器がその耐性を持つように設計されている。

 エルの場合、落雷の直撃を受けても電子機器への影響はない――アンドロイドの体であったときの話である……生身の体でも同じ耐性になるとは……ご都合主義万歳!


「お、お前――何を言っているんだ⁉」
 男達は混乱する。

 普通の町娘――猫耳メイドだが――にしか見えない女が電撃を食らって平然としている。おまけにわけのわからないことを言っている――

 こっちは誘拐を実行中。気持ちが高ぶっている状況。そんなときに変な人物が現れたら、錯乱状態に陥っても仕方ない。


「このーっ!」

 別の男がエルに火炎魔法を唱える。ファイアボールと同じくらいの威力だが、ファイアボールは火の玉をぶつけるのに対し、こちらは直接対象を発火させる。近距離にしか使えないが、敵を確実に仕留めることが可能だ。

 電撃でダメなら炎で……という考えだったのだろう――が、使用した場所に問題がある。

「ば、馬鹿‼」

 リーダーのサバスが止めさせようとするが間に合わない。

 オレンジ色の炎がエルを包み込んだ――それだけなく布製の幌にも火が移ってしまう……

「うわーっ‼」
 火の周りが早い! あっという間に幌布の屋根全体へ燃え広がった。


 逃げ出そうとする男達をアルタナが引き留める。

「待って! フィシリアを置いて行ってどうするの!」

 アルタナに言われるまでもない。あんなに苦労して誘拐した王女を手放すわけにはいかない。サバスが木の箱を開けるとその中にフィスがいた。まだ意識が戻っていないようだ。手足も縛られている。

 男達はフィスを抱え上げ、急いで外に出す。


 火の勢いは増すばかりで、既に馬車全体に燃え広がる。繋がれていた二頭の馬は縄が焼け切れて狂ったように逃げ出して行った。

 男達はその様子を呆然と見守る……
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