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第七話 追跡したらしい

その五

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 あっという間に九キロ先の物体に追い付き、先回りする。

 どうやら乗り合い馬車のようだ。恐らく、隣町に行くのであろう。


 エルが突然、進行方向に現れたので、御者が慌てて馬車を止めた。

「タヌキの獣人⁉」
 御者の男性がそう叫ぶ。

「いえ、猫ですが……」
 エルはさらっと言い返す。

「どうしたんですか、その顔は⁉ 火事でも⁉」

 それを聞いて、「あっ……」とエルは呟く。そういえば、顔を洗うのを忘れた。

 どうやら、顔に付いた煤でたぬきに見えたようだ。誘拐のことを説明するジェシカも無性に笑いを堪えているように見えたのだが……それをやっと理解した。


「火事はどこですか⁉」

 完全に火事だと思い込んでいる御者の男性。

 エルは「いえ、違うのですが……」と応えると、御者は怪訝な顔になる。

「……それなら、どんな用ですか?」

 そう言われて、エルは何も考えず馬車を止めてしまったことに気付く。


「えーと……なんて言いましょう?」
 エルはハーミットにたずねるが、ハーミットは『いいから早く赤外線カメラで中を探る!』と急き立てる。

 エルが赤外線で馬車の中を覗くと人影が八人写し出された。そのうち、子供が三人、男性が二人、女性が三人だ。

「あっ! タヌキだ!」
 子供が外に出てきてエルを指差し叫ぶ。

「いえ、猫ですが……」
 今度も訂正するエル。意外と気にしているようだ。

 ハーミットが女性の中からフィスに近いシルエットを見付ける。

『一番後ろの左側』

 エルは素早く動き後部に向かう。

 そこには確かにフィスの背格好と良く似た民族衣装の女性が乗っていた――が、明らかな違いは年齢だった。

「あれ、可愛いタヌキのお嬢さんだねえ」

 フィスの六倍は生きているであろう……

「いえ、猫ですが……」


 残念ながら、この馬車ではない。
 御者に「すみません。間違いました」と言って、その場をさっさと離れる。

『次は三キロ戻る!』
 ハーミットからそう指示され急ぐ。

 それはすぐに見つかる。今度は荷馬車だ。御者台に商人らしき男性が乗っている。

 エルが「すみません」と声を掛けると、御者の男が驚いた顔をする。

「メイド? タ……タヌキ⁉」

「あー。もう、タヌキでいいです」

 史上初! たぬきメイドここに参上!
 *個人調べです。


「いったい何ですか? いきなりに飛び出してきて――こっちは急いでいるんだけど……」

 少しイライラしている感じで男は言う。

『赤外線で馬車の中を見て』

 ハーミットに言われるまでもなく、エルは赤外線カメラを起動した。


 馬車の中には七つの生体反応があった。

 そのうち一つがフィスの体型的特長と合致する。馬車の真ん中辺りで横たわっていた。

「すみません。知り合いが乗っているようなので、中を見せてもらってもいいですか?」
 エルがそう言うと……

「知り合い? 何を言っているんだ? これは見ての通り荷馬車だよ。人は乗ってねえから」

 明らかに嘘を付いている。どうやらビンゴだ。

 あとはどうやってフィスを奪い返すかだが、その前に、フィスが今どんな状況に置かれているのか? それを正確に知る必要がある。


「わかったら、さっさと退いてくれ」

 御者がそう言って馬を動かそうとする。まずはそれを止めさせないといけない。動いてしまうと手段が極端に減ってしまう。

「……やっぱり、この馬車に乗っているようです。すみません、ちょっと会わせてください」

 エルは強引に馬車へ跳び乗る。意表を突く行動が、相手の判断を鈍らせる。その間にフィスの状態を確認。可能であれば救出だ……

「こ、こら! 勝手に乗ってくるな!」
 エルは無視する。いちいち反応する必要はない。

 馬車の出入口に掛けてあるカーテンを捲り、中に入ると六人の姿が見えた。

 男五人に女一人。

 男性は白いシャツが足首丈まである、カンドゥーラと呼ばれる南国の民族衣装を身に纏っている。自由都市連合の商人が好んで着る服だ。

 女性は黒の布で顔まで覆っていた。


 変装のつもりだろうか……となると、なぜ異国の商人に変装したのか? 答えは簡単だ。彼らは国境を超えるつもりなのだ。


「誰だお前は!」
 男の一人が叫ぶ。

 もちろん律儀に答える必要はない。

 エルはフィスの姿を探すが目視では見当たらない――のだが、赤外線カメラならすぐにわかる。真ん中に置いてある大きな木箱の中から生体反応を確認。エルは迷わずにそれに触れようとした――しかし、男達がその箱を囲んで近付けない。


「獣人のお姉ちゃん。どういうつもりだ? 勝手に他人の馬車に乗ってくるなんて、痛い目に合っても文句は言えないよなあ」

 馬車の中にいた男がエルを脅した。
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