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第二話 世界最高のAIも案外役に立たないらしい

その六

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 ラクシ亭で、エドワースがカッコよく事件を解決していた頃――


 廃坑のダンジョンで異変が起きていた。朝からゴブリンの姿が全く見当たらないのだ……
 こうなると、ダンジョン内にいる冒険者は二つのグループに分かれる。危険を覚悟で下層に向かうか……諦めて帰るか……

 今、中級クラスの三人組パーティーが廃坑から出てきた。彼らはもうがつがつゴブリン狩りを行う年齢でもない。今日は運が悪かったと、さっさと引き上げて来たところだ。


「さあて。帰って酒でも飲むか?」
「そうするか……けど、ラクシ亭はまだ出入り禁止なんかなあ?」
「……こういう時こそ、エルちゃんに慰めてもらいたかったのになあ……」
「ああ、まったくだ!」

 愚痴を言い合いながらトルトへの帰路に就こうと歩き出したところ……なにやら、廃坑の奥が騒がしく聞こえる。

 いったいなんだろうと聞き耳を立てる――すると、雄叫びをあげているような声が聞こえてきた。それもかなりの数だ……

「おい……これって……」
「ああ、ゴブリンのたけり声だ……」

 さっきまで全く見かけなかったゴブリンが大挙して廃坑の出口に向かっている――そういうことだ。

「おい……どうする?」
「とにかく隠れるんだ。森に入ろう!」

 彼らは森に身を隠し、ゴブリンが出てくるのを待つ。

 一分もしないうちに、ゴブリンが現れた。その数はあっという間に二桁から三桁……さらに増え続ける。
 ゴブリンは行列を成したまま、トルト方面に進軍していた。

 それを唖然と見続ける三人――

「おい……あれ……」

 小声で一人が廃坑の出口を指す。そこに現れたのは上級モンスター、ウォーゴブリンだ。それも何匹も……一匹でも町に大きな被害をもたらすほどの個体だ。

 これは大変なことになったと三人は思う……しかし、それだけではなかった……

 ウォーゴブリンよりも一回り以上大きい個体が現れた……

「ま……まさか……ゴブリンキング……?」

 ゴブリンの中でもひときわ魔石を溜め込み、そのうえ、人を食らって知能を獲得した最悪な個体。災害級のモンスターが現れたのだ……
 三人はひたすら見付からないように身をひそめる……しかし……

「オイ、人間。何ヲシテイル」

 銅鑼ドラを叩いたような低く、体に響く声が後ろから聞こえた。
 三人が振り向くと、今、廃坑から出てきたばかりのゴブリンキングがそこに立っていた……いや、違う。別の個体だ……

「コソコソスル奴ハ……嫌イダ」

 三人に詰め寄るゴブリンキング。

 彼らの断末魔は、ゴブリンの行進の音で掻き消された……


 *


 魔石横流しの容疑を晴れて払拭し、いつものようにお客が戻ってくることになったラクシ亭。エルは五時からの営業開始に間に合わせるため、準備に精を出していた。

 なにせ本当なら仕込みで一番忙しい時間に、冒険者組合がやってきたものだから、全く間に合っていない状況だ。

 ジョージとマリアに料理の仕込みを任せ、エルは店の掃除を始めようとしたとき、フィスの姿が見当たらないことに気づく。

 普段ならこういう時ほど精力的に動き回るフィスなのに……と、エルが店の外を見ると、フィスとエドワースが二人だけで路地裏に向かうのが見えた。

『……これは怪しいわね』
 ドボルグの一件で全く活躍できず、静かになっていたハーミットが突然元気になる。

「……今度は何ですか?」
 また何かつまらないことを思い付いたようだ……と半ば呆れて応対するエル。

『ナイスミドルな男性と若い娘……これはの匂いがするわね』

 急にオネエ言葉になって何を言い出すのかと思えば……よりによって、エンコーですか?

「子供に手間が掛からなくなって暇を持て余している奥様方の会話みたいに、何でも男女関係に持っていくのは如何いかがなものかと……」

『何を言うの! 男女関係こそ生物の基本。それが本能というものよ!』

 はあ……と、いつものようにやる気の無い返事をするエル。

『ほら! さっさと後を追うの!』

 ああ、まただよ……と、諦めモードのエルだった。

 二人の後を追って、路地裏に入るとすぐに二人の姿が見えた。
 その状況にエルはちょっと驚く――エドワースがフィスの前でひざまついているではないか⁉
 エルは慌てて頭を引っ込め、二人の会話を盗み聞きする……


「ちょ、ちょっとやめなさいよ! 私はタダの町娘なんだから!」
「いえ、私はいつまでもあなたの配下です」
 
 配下?

 いったい、この二人に何があったのだろう……

 フィスのため息が聞こえる。

「本当に、余計なことして……と言いたいところだけど、正直、今回は助かったわ。ありがとう」
「そのような言葉を頂き、恐悦至極に存じます」

 仰々しく応えるエドワース。これは遊ばれているな――と、またため息が漏れるフィスであった。

「……で、私を助けにわざわざこんな田舎に来たんじゃないんでしょ?」

 フィスがそう言うと、エドワースは頭を上げ爽やかな笑顔を見せる。

「あなたの顔が見たかったから……ではいけませんか?」

 ああ、この男、根っからのプレイボーイだ……エルはそう思った。

 フィスは「そういうのは良いから――で、何なの?」とさらりと流す――すると、エドワースの口調が急に変わる。
「最近、ダンジョンでの行方不明者が増えている件はご存知ですね?」

 確かにそうだ。元々、経験の浅い初級の冒険者が行方不明になる事は頻繁に起きていた――のだが、この頃になって経験者や中級クラスの冒険者が行方不明になる事件も聞かれるようになっている。

「……なるほどね。それで、やっと衛兵も重い腰を上げたわけね」
「そう言われると立つ瀬がない……それとは別に……」

 急にエドワースの声が小さくなる。ヒソヒソ話に近くなり、普通ならとても第三者には聞き取れない会話だが、異世界の――当時最新鋭の超高感度マイクにはエドワースの声がはっきりと拾えた。

「この頃になって、帝国が再び残党の情報を熱心に嗅ぎ回っているようです。どうか用心してください」

 そうエドワースが囁くと、フィスも真剣な声で「そう……わかったわ」と返す。

 その時――エドワースは人の気配を感じる。

「誰だ⁉」

 エドワースは腰にぶら下げた、どう見ても普通ではない剣を抜き、路地裏の出口――エルが身を潜めている場所に向かう。
 その速さときたら、常人を遥かに超越している。まさに、「疾風の如く」だ。
 しかし、エドワースが路地裏の出口を見渡した時、そこには誰も居なかった。

「……気のせいか?」
 エドワースは剣を鞘に戻した。
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