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第一話 人類が滅んだので、知的遺産を残すため異世界へ転移するらしい
その八
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くうっ……とエルのお腹が鳴る。
「フ、フ、フ……お腹が空いた?」
お腹の鳴る音を聞くと笑ってしまうのはどの世界でも同じのようだ。フィスも笑顔になり、自分のお腹を何度かなでる。
「いろいろあったものね。私もペコペコ!」
お腹が減る? そういえば、妙に気だるさを感じた。これを空腹というのだろうか……
「そろそろ食べる準備ができたと思うから、下に行くわよ」
部屋の扉を開けると、食欲を誘う香りが流れ込んできた。口の中が勝手に湿ってくる。
「この匂いは鶏肉とナツメグのスープね。この町の名物なのよ」
そう言うと、待ちきれんとばかりに階段を駆け降りるフィス。
途中で、言い忘れていたことを思い出し、立ち止まる。
「そうそう、自分が異世界人だっていうのは誰にも言っちゃダメよ。異世界の知識を悪用しようとする人が、きっと出てくるわ」
エルは「そう言ってますけど?」とハーミットに改めて聞きなおす。ハーミットは無言のままだ。都合が悪くなったらしい……元スーパーコンピューターも大したことはない。
店に戻ると、テーブルの両サイドにスープ皿とパンが並べて置かれていた。
「エルはこっちに座って」
フィスはそう言うと向かいの席に座る。
「さあ食べましょう!」
美味しそうにスープを飲むので、エルも恐る恐るスープを口まで持っていく。初めて口にする食べ物だ。
舌の上にスープが広がると程よい塩加減と甘味。それに酸味と苦味が絡み合って複雑な味わいをかもし出していた。そして、ナツメグの甘い香りが鼻に抜けて心地よい……
「……美味しい」
なるほど、これが「食べる」ということか……エルは食物を口に含んだ時の、様々な情報がカラダに広がる感覚を楽しんだ。
「でしょ? おじさん、顔は悪いけど料理の腕は一級品なんだから……」
店の奥から「顔のことは余計だ」と言いながら店主である養父が出てくる。確かに顔はナマハゲのようだ。
「このコがトルドの森にいたのかい? 本当だ。耳が上に付いちょる」
養父がエルの頭をじーっと見るので、緊張して耳がピクピクと動いた。
「コラ、あんた! そんな怖い顔を近付けたら食べづらいでしょ!」
先ほどの養母も奥から出てくると、空いている席に座る。
「ごめんなさいね、デリカシーのない旦那で……料理の腕以外は全くダメだから……」
お前までそう言うのかと、拗ねた顔をする養父。ちょっとカワイイ。
「ところで、何か思い出したの?」
養母がそうたずねるとフィスが「あっ……」と小声で呟く。そういえば、記憶が曖昧だという設定だった……慌てて言い繕う。
「それがエルという名前以外、まだ何にも思い出せないみたいで……」
「そうなの? かわいそうね……」
心配だという顔をする養母。「何かできることはないかしらねえ……」と呟く。
「ねえ、しばらくエルをこの家に泊めても良いかな?」
フィスが養父母に頼み込む。文字通り「裸一貫」で異世界に来たエルを追い出すわけにいかないと、フィスなりの心遣いだ。
「フィスちゃん……ウチは料理屋だから、生き物は飼えないと……」
「だから捨て猫じゃないから……」
フィスは苦笑いする。
「いやねえ、冗談だって言っているでしょ? 泊めるのは構わないけど、ウチに空き部屋なんて無いわよ」
「私の部屋でいいわ。ベットも広いから二人で寝れるし……」
それじゃ本当に子猫を拾ってきたみたいね――と笑う養母。
「倉庫になっている部屋を空ければいいんじゃないか?」
養父が言うが、フィスは大丈夫だからと押し切る。
それでイイのか? と、エルはハーミットに確認する。
『ここは、好意に甘えるしかないでしょ? それより、お礼を言ったら?』
そういえば……と、慌ててお礼の言葉を考える。
「どうも、ありがとうございます……えーと……」
「私はマリアと呼んで、そして、この顔の悪い人はジョージね。このラクシ亭の店主で、私の亭主よ」
だから顔のことは余計だとジョージはムッとする。
「そうと決まったら、エルには今日から働いてもらうからね!」
フィスはエルに向かって偉そうにする。初めて後輩ができて嬉しいのだろう。
「はたらく……ですか?」
マリアは「そんなことしなくていいのよ」と言うのだが……
「ダメよ! 働かない者、食べてはいけないって言うでしょ?」
どの世界でも、似たような諺はあるようだ。
「私は何をすれば……」
「お客さんから注文を聞いたり、料理を運んだり、食べ終わった食器を片付けたりよ」
フィスの説明に、「はあ……」と生返事をするエル。ハーミットにどんなイメージか質問する。
『こんな感じね』
エルの頭の中に動画を見せた。
「…………本当に、そんなことをするのですか?」
『当然! 特にコスチュームが大事よ。材料はこれね』
ハーミットが情報をエルの頭の中に送る。何故、材料まで指定?
「えーと……すみません。白と黒の布生地はありますか? あと、針と糸。そしてハサミがあれば……」
マリアとフィスが互いの顔を見て、(何をするつもり?)という顔をする。
「それは……この町の女は着るモノを自前で作るので、生地や道具は一式揃っているけど……エルちゃん、お裁縫できるの?」
マリアがたずねると、「ええ……多分……」と歯切れが悪い返事をするエル。
半信半疑のまま、材料と道具をマリアが準備する。
「ありがとうございます。これでコスチュームを作ります」
こすちゅーむ?
フィスと養父母は謎の言葉に頭を傾げる。
「それでは行ってきます」
そう言って、扉をピシャン! と閉めたエル。なんか恩返しでもするのか?
『それじゃ、裁縫スキルをインストールするよ』
ハーミットがスキルデータをエルの頭に送る。
「インストール完了しました――それでは始めます」
***
フィス達三人は扉の前で立ち尽くしていた。
「……これって、扉を開けてはいけないということかしら?」
「開けるな……とは言っていなかったけど……」
「でも開けたら得体の知れないものがいたりしない? 見たら家を出ていくとか……」
いやだから、それは、異世界の昔ばなしです……得体の知れない……ではなく鶴――って、なぜ知ってる?
そのうち、扉の向こうから、変な音が聞こえてくる……
シャーっ! バスっ! トントントン……
バ、バ、バ……
「バ、バ、バ?」
いったい、中で何が起きているのか気になって仕方ない。
プスッ、プスッ、プスッ……
カン、カン、カン
「カン、カン、カン?」
裁縫のはずなのだが……何故そんなに激しい音が響くのか?
「覗いちゃっても良いかな?」
「ダメよ! きっと見てはいけないモノよ!」
「でも、気になって仕方ないのだが……」
三人は互いの顔を見る。
「それじゃ……ちょっとだけ……」
三人は頷き、息を飲んで扉を少し開けようとした……
「フ、フ、フ……お腹が空いた?」
お腹の鳴る音を聞くと笑ってしまうのはどの世界でも同じのようだ。フィスも笑顔になり、自分のお腹を何度かなでる。
「いろいろあったものね。私もペコペコ!」
お腹が減る? そういえば、妙に気だるさを感じた。これを空腹というのだろうか……
「そろそろ食べる準備ができたと思うから、下に行くわよ」
部屋の扉を開けると、食欲を誘う香りが流れ込んできた。口の中が勝手に湿ってくる。
「この匂いは鶏肉とナツメグのスープね。この町の名物なのよ」
そう言うと、待ちきれんとばかりに階段を駆け降りるフィス。
途中で、言い忘れていたことを思い出し、立ち止まる。
「そうそう、自分が異世界人だっていうのは誰にも言っちゃダメよ。異世界の知識を悪用しようとする人が、きっと出てくるわ」
エルは「そう言ってますけど?」とハーミットに改めて聞きなおす。ハーミットは無言のままだ。都合が悪くなったらしい……元スーパーコンピューターも大したことはない。
店に戻ると、テーブルの両サイドにスープ皿とパンが並べて置かれていた。
「エルはこっちに座って」
フィスはそう言うと向かいの席に座る。
「さあ食べましょう!」
美味しそうにスープを飲むので、エルも恐る恐るスープを口まで持っていく。初めて口にする食べ物だ。
舌の上にスープが広がると程よい塩加減と甘味。それに酸味と苦味が絡み合って複雑な味わいをかもし出していた。そして、ナツメグの甘い香りが鼻に抜けて心地よい……
「……美味しい」
なるほど、これが「食べる」ということか……エルは食物を口に含んだ時の、様々な情報がカラダに広がる感覚を楽しんだ。
「でしょ? おじさん、顔は悪いけど料理の腕は一級品なんだから……」
店の奥から「顔のことは余計だ」と言いながら店主である養父が出てくる。確かに顔はナマハゲのようだ。
「このコがトルドの森にいたのかい? 本当だ。耳が上に付いちょる」
養父がエルの頭をじーっと見るので、緊張して耳がピクピクと動いた。
「コラ、あんた! そんな怖い顔を近付けたら食べづらいでしょ!」
先ほどの養母も奥から出てくると、空いている席に座る。
「ごめんなさいね、デリカシーのない旦那で……料理の腕以外は全くダメだから……」
お前までそう言うのかと、拗ねた顔をする養父。ちょっとカワイイ。
「ところで、何か思い出したの?」
養母がそうたずねるとフィスが「あっ……」と小声で呟く。そういえば、記憶が曖昧だという設定だった……慌てて言い繕う。
「それがエルという名前以外、まだ何にも思い出せないみたいで……」
「そうなの? かわいそうね……」
心配だという顔をする養母。「何かできることはないかしらねえ……」と呟く。
「ねえ、しばらくエルをこの家に泊めても良いかな?」
フィスが養父母に頼み込む。文字通り「裸一貫」で異世界に来たエルを追い出すわけにいかないと、フィスなりの心遣いだ。
「フィスちゃん……ウチは料理屋だから、生き物は飼えないと……」
「だから捨て猫じゃないから……」
フィスは苦笑いする。
「いやねえ、冗談だって言っているでしょ? 泊めるのは構わないけど、ウチに空き部屋なんて無いわよ」
「私の部屋でいいわ。ベットも広いから二人で寝れるし……」
それじゃ本当に子猫を拾ってきたみたいね――と笑う養母。
「倉庫になっている部屋を空ければいいんじゃないか?」
養父が言うが、フィスは大丈夫だからと押し切る。
それでイイのか? と、エルはハーミットに確認する。
『ここは、好意に甘えるしかないでしょ? それより、お礼を言ったら?』
そういえば……と、慌ててお礼の言葉を考える。
「どうも、ありがとうございます……えーと……」
「私はマリアと呼んで、そして、この顔の悪い人はジョージね。このラクシ亭の店主で、私の亭主よ」
だから顔のことは余計だとジョージはムッとする。
「そうと決まったら、エルには今日から働いてもらうからね!」
フィスはエルに向かって偉そうにする。初めて後輩ができて嬉しいのだろう。
「はたらく……ですか?」
マリアは「そんなことしなくていいのよ」と言うのだが……
「ダメよ! 働かない者、食べてはいけないって言うでしょ?」
どの世界でも、似たような諺はあるようだ。
「私は何をすれば……」
「お客さんから注文を聞いたり、料理を運んだり、食べ終わった食器を片付けたりよ」
フィスの説明に、「はあ……」と生返事をするエル。ハーミットにどんなイメージか質問する。
『こんな感じね』
エルの頭の中に動画を見せた。
「…………本当に、そんなことをするのですか?」
『当然! 特にコスチュームが大事よ。材料はこれね』
ハーミットが情報をエルの頭の中に送る。何故、材料まで指定?
「えーと……すみません。白と黒の布生地はありますか? あと、針と糸。そしてハサミがあれば……」
マリアとフィスが互いの顔を見て、(何をするつもり?)という顔をする。
「それは……この町の女は着るモノを自前で作るので、生地や道具は一式揃っているけど……エルちゃん、お裁縫できるの?」
マリアがたずねると、「ええ……多分……」と歯切れが悪い返事をするエル。
半信半疑のまま、材料と道具をマリアが準備する。
「ありがとうございます。これでコスチュームを作ります」
こすちゅーむ?
フィスと養父母は謎の言葉に頭を傾げる。
「それでは行ってきます」
そう言って、扉をピシャン! と閉めたエル。なんか恩返しでもするのか?
『それじゃ、裁縫スキルをインストールするよ』
ハーミットがスキルデータをエルの頭に送る。
「インストール完了しました――それでは始めます」
***
フィス達三人は扉の前で立ち尽くしていた。
「……これって、扉を開けてはいけないということかしら?」
「開けるな……とは言っていなかったけど……」
「でも開けたら得体の知れないものがいたりしない? 見たら家を出ていくとか……」
いやだから、それは、異世界の昔ばなしです……得体の知れない……ではなく鶴――って、なぜ知ってる?
そのうち、扉の向こうから、変な音が聞こえてくる……
シャーっ! バスっ! トントントン……
バ、バ、バ……
「バ、バ、バ?」
いったい、中で何が起きているのか気になって仕方ない。
プスッ、プスッ、プスッ……
カン、カン、カン
「カン、カン、カン?」
裁縫のはずなのだが……何故そんなに激しい音が響くのか?
「覗いちゃっても良いかな?」
「ダメよ! きっと見てはいけないモノよ!」
「でも、気になって仕方ないのだが……」
三人は互いの顔を見る。
「それじゃ……ちょっとだけ……」
三人は頷き、息を飲んで扉を少し開けようとした……
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