34 / 39
第6章 新たなる出発
第31話 社長の過去 その1
しおりを挟む
◆Side アイリス◆
夕飼いを食べ終え、馬房の奥の方でうつらうつらしていると、誰かが近付く音が聞こえた。
一瞬、シメイかと思ったが、彼はさっき帰る前の挨拶しに来たばかりだし、何より足音が違った。
それに、聞き慣れたスタッフ達の足音とも違う。
警戒した私は、馬房の奥から動かず音に集中した。
少しして、足音は私の馬房の前で止まった。
そこにいたのは、見たことがある人だった。
シメイは、この乗馬クラブの社長と言っていたはずだ。
お世話になっているので、挨拶した方が良いとは思うが、さすがにそんなことをすると私が普通の馬ではないとバレてしまう。
それにしても、なぜ社長はここに来たのだろう。
私が知る限り、社長が厩舎に入って来たのは、私が来たばかりの時以来2回目だ。
「休んでいたところ、済まなかった。」
「……。」
彼がそう私に話し掛けてきたので、驚いた。
シメイやリンさんから聞いていた限り、彼は馬に話し掛けるタイプではなさそうだったのだ。
反射的に声を出しそうになったが、何とか抑えた。
「私は昔から馬が好きで、周囲の反対を押し切って乗馬クラブに就職した。シメイと同じように……。」
「……。」
彼はなぜか私に向かって話し始めたが、私は彼の言葉を理解していない振りを続けた。
「私はクラブ所有馬の一頭を気に入っていて、その馬で何回か競技会に出させてももらった。……しかし、その馬は突然売られてしまった。」
「……!」
私は、その言葉に驚き、思わず彼の目を見てしまった。
「君は、矢張り人間の言葉を理解しているんだな。」
「……。」
「噂によると、話もできるとか……まあ、良い。そのまま、聞いてくれ。私は、その後乗馬クラブを辞め、馬とは関係ない仕事に就いた。お金のためだ。自分にお金があれば、あの馬と離れずに済んだのでは……。その思いが、私にお金へ執着させたのだ。そして、ある程度お金を貯めて、私はこの乗馬クラブを立ち上げた。」
「……。」
私が話をすることができるというのが、噂になっているとは……。
彼は、少し間を置いて、再度話し始めた。
「ところが、馬が好きで乗馬クラブを作ったのに、忙しくて馬との関わりは減っていった。しかも、経営が厳しいあまり、いつしか馬への気持ちよりどうやって稼ぐかの方を重視するようになっていた……。」
彼はそこで話を区切り、私の方を見た。
私がちゃんと聞いているのか気になったのだろうか。
もしかすると、一方的に話してるのが辛くなったのかも知れない。
私は仕方なく、言葉を発した。
「聞いていますので、続けてください。」
私の言葉を聞いて、彼は一瞬驚いたような顔をしたが、その後すぐに笑顔になった。
「ありがとう。えーと、どこまで話したかな……。そうそう。そんな所に君が現れた。」
「え?」
いきなり、私のことに触れられたので、少し戸惑った。
◆Side 紫明◆
アイリスについて具体的な話は、明日仕事の後に話をすることになった。
社長がそう言ったからだが、なぜ一日延ばしたのかわからなかった。
僕がアイリスを買い取りたいと知っていたのだから、既に金額や条件等考えていても良さそうなものなのに……。
お陰で、翌日は不安な気持ちを抱えて仕事をすることになってしまった。
結論から言うと、社長が提示した金額は、予想よりかなり安かった。
頭金としてこの前手に入れた10万円を払い、残りは10年間毎月の給与から天引き。
それに、入厩料は免除の上、会員さんも乗せるという条件付きだが預託料(こちらも給与天引き)も結構安くしてもらえた。
僕としては、それでも手取りがかなり減るので苦しいが、通常から考えると相当優遇してもらったと言える。
話が決まって社長と別れた後、僕はすぐにアイリスの所に向かった。
◆Side 林道◆
先日、紫明から、アイリスを自分の馬にするというのを聞いた。
具体的な金額は聞いていないが、紫明の様子からして、そんなに高くなかったと推測できた。
損得勘定優先の社長が、そんな金額でアイリスを紫明に売るとは思わなかった。
正直、何か裏が有るのではないかと疑ってしまう。
「ところで、社長。アイリスを紫明に売ったらしいですね。」
私は、別件で社長と話をする機会があったのでを、この気になっていたことを尋ねることにした。
「その通りだが、それがどうかしたか?」
「以前、社長と前お話しした時は、もっと高く売れると仰ってしたので、意外だと思いまして……。」
「『あの馬は今後も良くなっていくし、会員も乗せることができるようになる。』と言ったのは君だろう?紫明に売れば、預託料に加え、会員に乗せて騎乗料も取れる。長い目で見て、その方が得だと思ったからだ。」
「……そうですね。ありがとうございます。」
恐らく、社長の言葉は嘘だ。
損得で言えば、第三者に高額で売るか、会員に売って預託させる方が良いはずだ。
「礼を言われるような事ことはしていないが……。」
社長は無感情を装いそう言ったが、私は彼が一瞬だが恥ずかしそうな表情をしたのを見逃さなかった。
そして、私は彼の意外な一面を知って、嬉しく思ったのだった。
夕飼いを食べ終え、馬房の奥の方でうつらうつらしていると、誰かが近付く音が聞こえた。
一瞬、シメイかと思ったが、彼はさっき帰る前の挨拶しに来たばかりだし、何より足音が違った。
それに、聞き慣れたスタッフ達の足音とも違う。
警戒した私は、馬房の奥から動かず音に集中した。
少しして、足音は私の馬房の前で止まった。
そこにいたのは、見たことがある人だった。
シメイは、この乗馬クラブの社長と言っていたはずだ。
お世話になっているので、挨拶した方が良いとは思うが、さすがにそんなことをすると私が普通の馬ではないとバレてしまう。
それにしても、なぜ社長はここに来たのだろう。
私が知る限り、社長が厩舎に入って来たのは、私が来たばかりの時以来2回目だ。
「休んでいたところ、済まなかった。」
「……。」
彼がそう私に話し掛けてきたので、驚いた。
シメイやリンさんから聞いていた限り、彼は馬に話し掛けるタイプではなさそうだったのだ。
反射的に声を出しそうになったが、何とか抑えた。
「私は昔から馬が好きで、周囲の反対を押し切って乗馬クラブに就職した。シメイと同じように……。」
「……。」
彼はなぜか私に向かって話し始めたが、私は彼の言葉を理解していない振りを続けた。
「私はクラブ所有馬の一頭を気に入っていて、その馬で何回か競技会に出させてももらった。……しかし、その馬は突然売られてしまった。」
「……!」
私は、その言葉に驚き、思わず彼の目を見てしまった。
「君は、矢張り人間の言葉を理解しているんだな。」
「……。」
「噂によると、話もできるとか……まあ、良い。そのまま、聞いてくれ。私は、その後乗馬クラブを辞め、馬とは関係ない仕事に就いた。お金のためだ。自分にお金があれば、あの馬と離れずに済んだのでは……。その思いが、私にお金へ執着させたのだ。そして、ある程度お金を貯めて、私はこの乗馬クラブを立ち上げた。」
「……。」
私が話をすることができるというのが、噂になっているとは……。
彼は、少し間を置いて、再度話し始めた。
「ところが、馬が好きで乗馬クラブを作ったのに、忙しくて馬との関わりは減っていった。しかも、経営が厳しいあまり、いつしか馬への気持ちよりどうやって稼ぐかの方を重視するようになっていた……。」
彼はそこで話を区切り、私の方を見た。
私がちゃんと聞いているのか気になったのだろうか。
もしかすると、一方的に話してるのが辛くなったのかも知れない。
私は仕方なく、言葉を発した。
「聞いていますので、続けてください。」
私の言葉を聞いて、彼は一瞬驚いたような顔をしたが、その後すぐに笑顔になった。
「ありがとう。えーと、どこまで話したかな……。そうそう。そんな所に君が現れた。」
「え?」
いきなり、私のことに触れられたので、少し戸惑った。
◆Side 紫明◆
アイリスについて具体的な話は、明日仕事の後に話をすることになった。
社長がそう言ったからだが、なぜ一日延ばしたのかわからなかった。
僕がアイリスを買い取りたいと知っていたのだから、既に金額や条件等考えていても良さそうなものなのに……。
お陰で、翌日は不安な気持ちを抱えて仕事をすることになってしまった。
結論から言うと、社長が提示した金額は、予想よりかなり安かった。
頭金としてこの前手に入れた10万円を払い、残りは10年間毎月の給与から天引き。
それに、入厩料は免除の上、会員さんも乗せるという条件付きだが預託料(こちらも給与天引き)も結構安くしてもらえた。
僕としては、それでも手取りがかなり減るので苦しいが、通常から考えると相当優遇してもらったと言える。
話が決まって社長と別れた後、僕はすぐにアイリスの所に向かった。
◆Side 林道◆
先日、紫明から、アイリスを自分の馬にするというのを聞いた。
具体的な金額は聞いていないが、紫明の様子からして、そんなに高くなかったと推測できた。
損得勘定優先の社長が、そんな金額でアイリスを紫明に売るとは思わなかった。
正直、何か裏が有るのではないかと疑ってしまう。
「ところで、社長。アイリスを紫明に売ったらしいですね。」
私は、別件で社長と話をする機会があったのでを、この気になっていたことを尋ねることにした。
「その通りだが、それがどうかしたか?」
「以前、社長と前お話しした時は、もっと高く売れると仰ってしたので、意外だと思いまして……。」
「『あの馬は今後も良くなっていくし、会員も乗せることができるようになる。』と言ったのは君だろう?紫明に売れば、預託料に加え、会員に乗せて騎乗料も取れる。長い目で見て、その方が得だと思ったからだ。」
「……そうですね。ありがとうございます。」
恐らく、社長の言葉は嘘だ。
損得で言えば、第三者に高額で売るか、会員に売って預託させる方が良いはずだ。
「礼を言われるような事ことはしていないが……。」
社長は無感情を装いそう言ったが、私は彼が一瞬だが恥ずかしそうな表情をしたのを見逃さなかった。
そして、私は彼の意外な一面を知って、嬉しく思ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる