異世界から来た馬

ひろうま

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第6章 新たなる出発

第31話 社長の過去 その1

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◆Side アイリス◆
夕飼いを食べ終え、馬房の奥の方でうつらうつらしていると、誰かが近付く音が聞こえた。
一瞬、シメイかと思ったが、彼はさっき帰る前の挨拶しに来たばかりだし、何より足音が違った。
それに、聞き慣れたスタッフ達の足音とも違う。
警戒した私は、馬房の奥から動かず音に集中した。

少しして、足音は私の馬房の前で止まった。
そこにいたのは、見たことがある人だった。
シメイは、この乗馬クラブの社長と言っていたはずだ。
お世話になっているので、挨拶した方が良いとは思うが、さすがにそんなことをすると私が普通の馬ではないとバレてしまう。
それにしても、なぜ社長はここに来たのだろう。
私が知る限り、社長が厩舎に入って来たのは、私が来たばかりの時以来2回目だ。
「休んでいたところ、済まなかった。」
「……。」
彼がそう私に話し掛けてきたので、驚いた。
シメイやリンさんから聞いていた限り、彼は馬に話し掛けるタイプではなさそうだったのだ。
反射的に声を出しそうになったが、何とか抑えた。
「私は昔から馬が好きで、周囲の反対を押し切って乗馬クラブに就職した。シメイと同じように……。」
「……。」
彼はなぜか私に向かって話し始めたが、私は彼の言葉を理解していない振りを続けた。
「私はクラブ所有馬の一頭を気に入っていて、その馬で何回か競技会に出させてももらった。……しかし、その馬は突然売られてしまった。」
「……!」
私は、その言葉に驚き、思わず彼の目を見てしまった。
「君は、矢張り人間の言葉を理解しているんだな。」
「……。」
「噂によると、話もできるとか……まあ、良い。そのまま、聞いてくれ。私は、その後乗馬クラブを辞め、馬とは関係ない仕事に就いた。お金のためだ。自分にお金があれば、あの馬と離れずに済んだのでは……。その思いが、私にお金へ執着させたのだ。そして、ある程度お金を貯めて、私はこの乗馬クラブを立ち上げた。」
「……。」
私が話をすることができるというのが、噂になっているとは……。

彼は、少し間を置いて、再度話し始めた。
「ところが、馬が好きで乗馬クラブを作ったのに、忙しくて馬との関わりは減っていった。しかも、経営が厳しいあまり、いつしか馬への気持ちよりどうやって稼ぐかの方を重視するようになっていた……。」
彼はそこで話を区切り、私の方を見た。
私がちゃんと聞いているのか気になったのだろうか。
もしかすると、一方的に話してるのが辛くなったのかも知れない。
私は仕方なく、言葉を発した。
「聞いていますので、続けてください。」
私の言葉を聞いて、彼は一瞬驚いたような顔をしたが、その後すぐに笑顔になった。
「ありがとう。えーと、どこまで話したかな……。そうそう。そんな所に君が現れた。」
「え?」
いきなり、私のことに触れられたので、少し戸惑った。

◆Side 紫明◆
アイリスについて具体的な話は、明日仕事の後に話をすることになった。
社長がそう言ったからだが、なぜ一日延ばしたのかわからなかった。
僕がアイリスを買い取りたいと知っていたのだから、既に金額や条件等考えていても良さそうなものなのに……。
お陰で、翌日は不安な気持ちを抱えて仕事をすることになってしまった。

結論から言うと、社長が提示した金額は、予想よりかなり安かった。
頭金としてこの前手に入れた10万円を払い、残りは10年間毎月の給与から天引き。
それに、入厩料は免除の上、会員さんも乗せるという条件付きだが預託料(こちらも給与天引き)も結構安くしてもらえた。
僕としては、それでも手取りがかなり減るので苦しいが、通常から考えると相当優遇してもらったと言える。
話が決まって社長と別れた後、僕はすぐにアイリスの所に向かった。

◆Side 林道◆
先日、紫明から、アイリスを自分の馬にするというのを聞いた。
具体的な金額は聞いていないが、紫明の様子からして、そんなに高くなかったと推測できた。
損得勘定優先の社長が、そんな金額でアイリスを紫明に売るとは思わなかった。
正直、何か裏が有るのではないかと疑ってしまう。

「ところで、社長。アイリスを紫明に売ったらしいですね。」
私は、別件で社長と話をする機会があったのでを、この気になっていたことを尋ねることにした。
「その通りだが、それがどうかしたか?」
「以前、社長と前お話しした時は、もっと高く売れると仰ってしたので、意外だと思いまして……。」
「『あの馬は今後も良くなっていくし、会員も乗せることができるようになる。』と言ったのは君だろう?紫明に売れば、預託料に加え、会員に乗せて騎乗料も取れる。長い目で見て、その方が得だと思ったからだ。」
「……そうですね。ありがとうございます。」
恐らく、社長の言葉は嘘だ。
損得で言えば、第三者に高額で売るか、会員に売って預託させる方が良いはずだ。
「礼を言われるような事ことはしていないが……。」
社長は無感情を装いそう言ったが、私は彼が一瞬だが恥ずかしそうな表情をしたのを見逃さなかった。
そして、私は彼の意外な一面を知って、嬉しく思ったのだった。
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