異世界から来た馬

ひろうま

文字の大きさ
上 下
15 / 34
第2章 心境の変化

第12話 騎乗

しおりを挟む
◆Side アイリス◆
シメイを乗せて気になったのは、彼の扶助が遠慮がちだということだ。
彼はバランスも良いし、拳も柔らかい。
だが、扶助が明確でないために、迷うことがある。
私だからそうなのか、他の馬でもそうなのかわからないが、これは改善してもらう必要があるだろう。
でも、そういう技術的な点とは別に感じた事があった。
それは、シメイを乗せることができた喜び。
私は彼と出会うまで、技術的に優れた人を乗せることが自分を高めてくれると信じていた。
もちろん、それも間違いではないとは思う。
しかし、彼と出会い、彼を乗せたいと思い始めた。
そして実際に乗せた今、ハッキリわかったのだ。
好きな人と一体になることこそ、本当に目指すべき高みであると……。

~~~~~~~~~~
翌日は運動は休みだったが、シメイが宿直の日ということで、夜会いに来てくれた。
「アイリス、昨日はありがとう。僕なんかを乗せて、辛くなかった?」
相変わらず、自信がないことを感じさせる聞き方だ。
気を付けないと、余計に自信をなくさせてしまうが、言うべきことは言わないといけないと思う。
「あのね、シメイ。率直な感想を言わせてもらうわ。」
「う、うん……。」
「あなたの扶助は曖昧なときがあるわ。あれだと私たちは迷ってしまうの。」
「……。」
あ、このままではまずい。
「あなたは、馬に強い扶助を使うのが悪いことだと思っているのね?」
「そ、そうだね。馬に強要してるみたいで……。正直、馬に乗るの自体悪いことかも知れないと思ってる。」
「え……。」
この人、何で馬に乗ってるんだろう?
「でも、馬との一体感が病みつきになってしまって……。」
私の疑問に答えるように、シメイはそう言った。
「そう。馬にもよるかも知れないけど、少なくとも私はあなたと同じよ。」
「え?」
「人との一体感は心地よいわ。」
「そうなんだ。」
「ええ。それで、そのー……。シメイはこれまで乗せた人の中で最も一体になれた気がしたわ。」
言ってて恥ずかしいくなったけど、これは伝えないといけない。
「……!」
「だから、これからずっと私のパートナーでいて欲しいの。」

◆Side 紫明◆
アイリスの乗り心地は最高だった。
これまで乗馬をやって来て、『天国は馬の背にあり』という言葉を体感する事も僅かながらあった。
しかし、アイリスに乗った感覚は、それらとは一線を画すものだった。
反撞の柔らかさもさることながら、脚への反応や移行のスムーズさとか色々凄過ぎて、やっぱり僕が乗って良い馬ではないではない気がした。
アイリスは、僕を乗せたことを後悔していないだろうか?
アイリスの感想を聞きたいのだが、普段は聞けない。
明日は宿直なので、その時に聞こうと決めた。

~~~~~~~~~~
宿直の日、早めに乗馬クラブに行った僕は、真っ先にアイリスの馬房に向かった。
「アイリス、昨日はありがとう。僕なんかを乗せて、辛くなかった?」
答えを聞くのは怖いが、そう聞かない訳にはいかなかった。
アイリスは、ちょっと間を置いて口を開いた。
「あのね、紫明。率直な感想を言わせてもらうわ。」
「う、うん……。」
彼女の言葉に、僕の鼓動が早くなるのを感じた。
「あなたの扶助は曖昧な時があるわ。あれだと私たちは迷ってしまうの。」
「……。」
彼女はオブラートに包んだ言い方をしているが、要は僕の扶助が適切でないということだろう。
「あなたは、馬に強い扶助を使うのが悪いことだと思っているのね?」
彼女が、畳み掛ける様に聞いて来た。
「そ、そうだね。馬に強要してるみたいで……。正直、馬に乗るの自体悪いことかも知れないと思ってる。」
「え……。」
彼女が不思議そうな声を出した。
『それならなぜ馬に乗るのをやめないのか』と思われているのだろう。
「でも、馬との一体感が病みつきになってしまって……。」
「そう。馬にもよるかも知れないけど、少なくとも私はあなたと同じよ。」
「え?」
「人との一体感は心地よいわ。」
「そうなんだ。」
意外だった。
てっきり、人だけが勝手に思っている事だと思っていたからだ。
「ええ。それで、そのー……。シメイはこれまで乗せた人の中で最も一体になれた気がしたわ。」
「……!」
アイリスが恥ずかしそうに言った言葉に、僕は衝撃を受けた。
アイリスが僕を受け入れてくれた!
「だから、これからずっと私のパートナーでいて欲しいの。」
え!?これって、プロポーズ?
いやいや、違うから!
そもそも、結婚できるのかな?って、今はそんなこと考えている場合じゃない!
僕が混乱しているのを見て、アイリスが首を傾げた。
可愛いいいいっ!
待て待て、落ち着こう……。
「アイリスが望むなら喜んで。」
「そう。良かった。」
「あのー、僕がアイリスのパートナーに相応しい乗り手になれるように、指導してくれるかな?」
「もちろんよ。」
その後、アイリスが色々とアドバイスをしてくれた。
馬から的確なアドバイスを受けることができるなんて、なんて幸せな事だろう。

「あ、そうだ!ちょっと待っててね。」
「え?うん。」
今日アイリスの馬着が届いたんだった。話しに夢中になって、忘れるところだった。
僕は慌ててクラブハウスに馬着を取りに行き、直ぐにアイリスの所に戻った。
「これ、アイリスの馬着だよ。着せて良い?」
「ええ。お願い。」
馬着は彼女によく似合って……とは言い難いが、馬着を着た彼女も可愛かった。
僕はそれに満足して、夜の見回りを始めた。

~~~~~~~~~~
「競技会ですか?」
数日後、林藤先輩から『アイリスで春先に開催される競技会に出ないか?』と提案されたのだ。
「ええ。良い感じになって来たってし、お披露目の場があった方が、よりやる気も出るんじゃないかと思って。」
僕たち乗馬クラブのスタッフは、自分のために競技会に出ることは少ない。
出るとしたら、大抵会員さんの下乗りや馬の馴致などが目的だ。
しかし、今回は純粋に僕の成長を考えてのことだと思う。
林藤先輩は、僕に色々と気遣ってくれて、凄く助かっている。
「ありがとうございます。先輩は出ないんですか?」
「私は会員さんを見るので手一杯だから、出られそうにないの。」
「そんなんですか。えーと……。ちょっと、考えさせてもらって良いですか?」
本当は、アイリスに相談するんだけど……。
「良いわよ。ただ、なるべく早くしてね。練習計画に影響あるから。」
「わかりました。2、3日中には決めます。」
「わかったわ。」
しおりを挟む

処理中です...