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(89)SIDE:奏太
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僕の髪の感触を味わっていた斗輝が、静かな口調で話し始める。
「前にも少し話したように、俺の周りにいたオメガたちは、俺に澤泉の権力と財力を使わせようとしていたんだ。中には、あれこれと世話を焼こうとするオメガもいたが、彼らだって、結局は澤泉を利用することしか考えていない。だけど、奏太は俺自身を見てくれている。それが嬉しくて……」
穏やかな声で囁かれ、僕はさらに照れくさくなる。
「そんなの、分からないじゃないですか。お金や権力に興味がない振りをして、斗輝に優しくしているだけかもしれませんよ?」
恥ずかしさを誤魔化すために、そんな捻くれたことを言ってみた。
もちろん、そんなつもりは一切ない。
僕が必要としているのは澤泉斗輝という人であって、澤泉家が持っているものには興味がないのだ。
世の中には、たくさんのお金を手にすること、たくさんの人に注目されることを喜びとする人もいるだろう。
しかしながら、そんな人たちと僕はまったく正反対である。
むしろ、財産や権力があっても、どうしたらいいのか困ってしまう。
そんな僕の本心を、彼はあっさりと見抜いてしまう。
僕以上に僕を理解しているところがある彼に、あまのじゃくな発言は通用しなかったようだ。
「これまで散々高価な物に対して腰が引けていた奏太が、俺をダシにして澤泉の力を使おうなんて、そんなことを考えるはずもないだろう」
クスクスと笑いながら、斗輝は僕のつむじにキスを落とす。
簡単に見破られたことが悔しくて、僕はムキになって言い返した。
「だから、それが演技かもしれないじゃないですか」
すると、彼の腕にいっそう力がこもり、痛いくらいに抱き締められる。
「奏太、可愛すぎる……」
しみじみと呟いた彼は、チュッチュッと、つむじへのキスを繰り返した。
「な、なに、言ってるんですか!」
照れくささが倍増し、僕は拳で彼の胸を叩く。
しかし肘が曲がっている状態ではまともに力が入ることはないため、ダメージは与えられないだろう。
やがて斗輝はつむじへのキスをやめ、深く長く息を吐いた。
その吐息は満足そうなもので、彼がなにに満足しているのかは、僕にはさっぱり分からない。
「斗輝?」
小さく名前を呼んだら、彼が僕の髪に頬を押し当てる。
「本当に演技だとしたら、それをわざわざ俺に言わないだろ」
「……あ」
自分の間抜けさに、思わず声を挙げてしまう。
最初から彼を騙すつもりがなかったので、簡単にボロが出てしまった。
――うわぁ。僕はなんて馬鹿なんだろう……
さっきとは違う恥ずかしさがこみ上げてきて、僕は耳までカァッと熱くなる。
そんな僕の耳に、斗輝がやんわりと唇を押し当てた。
「番というのは、科学や医療が発展した現代でも解明されていないメカニズムだ。だが、心根が重なり合う者同士が、番になるのではないかと俺は思う。身分や能力ではなく、そばにいるだけ心が満たされる者というのが、番の条件ではないだろうか。両親や他の番を見てそう思っていたんだが、奏太と出逢って、俺の考えがあながち間違っていないと分ったよ」
彼の声が、穏やかに耳へと流れ込む。
改めて『安藤奏太』という人間が認められて、感動でジンワリと涙が滲む。
小さくスンと鼻を鳴らしたら、彼の腕が緩んだ。
「奏太?」
心配そうに顔を覗き込んでいる斗輝に、僕は泣きたいのを我慢しながら笑った。
「斗輝が嬉しいことを言ってくれたから、つい泣きそうになっただけです」
それを聞いて、彼がホッと安堵の息を漏らす。
「なら、よかった。強く抱き締め過ぎたかと思ったよ」
そう言いながら、彼は静かに腕を解く。
「行こうか」
斗輝は優しい笑顔と共に左手を差し出してきたので、僕は右手でギュッと握った。
エントランスを抜け、マンションの外に出る。
迷いなく歩き始めた斗輝の様子を、僕は少しだけ不思議に思った。
――あれ? 車に乗らないのかな?
別に、僕が車に乗って、楽に移動したいということではない。
斗輝は澤泉家の御曹司で、移動にお抱えの運転手付きの車を使うイメージがあった。
彼が大学への送迎に車を使うこともあるという話を聞いたこともある。
また、世界的に有名な財閥の人だから、安全面を考えて、徒歩の移動を避けるものではないだろうか。
「さてと、はじめはなにから買おうか?」
そんなことを考えていたら、彼の言葉に答えられなかった。
無言の僕に、歩調を緩めた彼が尋ねてくる。
「奏太、どうした?」
「えっ? そ、その……、駅に向かっていますか?」
「ああ、そうだが」
どうして僕がそんなことを訊いてきたのか、彼には分からないらしい。
軽く首を傾げた彼に、僕は慌てて言い返す。
「あ、あの、僕の勝手なイメージなんですけど……。お金持ちの人って、運転手付きの車を使うのかなって。ただ、それだけです。ごめんなさい、下らないことを言って」
僕が苦笑いを浮かべると、彼は足を止めた。
「車なら、すぐに手配できるぞ」
そう言って、斗輝はデニムのバックポケットからスマートフォンを取り出す。
僕は繋いでいないほうの手で、彼のスマートフォンをグッと押さえ込んだ。
「ち、違うんです。僕は車に乗りたいんじゃなくて……。ええと、斗輝の身の安全のために、車を使うのかと思ったんです。電車だと、色々な人がいるから」
その説明に、斗輝がクスッと笑った。
「俺のことを心配してくれたのか」
僕はコクンと頷き返す。
「そうですよ。だって、斗輝は有名な人ですし。それに、すごくかっこいいから、人に囲まれちゃうでしょうし」
お金をたくさん持っているというだけで不特定多数の人から狙われるというのは、ドラマや小説の中だけかもしれないが、ありえないことではないだろう。
澤泉家を脅そうとする人が近寄ってこないとも限らないのだ。
そして僕はまだ大学での彼の様子をごく一部しか知らないけれど、噂では常にたくさんの人が――主にオメガ――彼を囲んでいるとのこと。
その彼が街中を無防備に歩いているとなったら、そこらじゅうのオメガが集まってきてしまうのではないかと心配になる。
「僕が考え過ぎなのかもしれませんが、気になってしまって……」
すると、彼はスマートフォンをバックポケットに戻し、その手で僕の頭を優しく撫でた。
「はじめに説明しておかなかった俺が悪かった。奏太は気付いていないようだが、俺たちが安全に外出できるように、少し離れたところに護衛が数人いるんだ」
「えっ!?」
それを聞いて、僕はキョロキョロと辺りを見回した。
――でも、それらしい人はどこにもいないよ。
そんな僕の様子に、彼が軽く噴き出す。
「護衛対象にストレスを与えないように気配を消すのも、護衛官の重要な能力だ。奏太には、そう簡単に見つけられないと思うぞ」
クスクスと笑いながら頭を撫でられ、僕は見回すのをやめた。
「前にも少し話したように、俺の周りにいたオメガたちは、俺に澤泉の権力と財力を使わせようとしていたんだ。中には、あれこれと世話を焼こうとするオメガもいたが、彼らだって、結局は澤泉を利用することしか考えていない。だけど、奏太は俺自身を見てくれている。それが嬉しくて……」
穏やかな声で囁かれ、僕はさらに照れくさくなる。
「そんなの、分からないじゃないですか。お金や権力に興味がない振りをして、斗輝に優しくしているだけかもしれませんよ?」
恥ずかしさを誤魔化すために、そんな捻くれたことを言ってみた。
もちろん、そんなつもりは一切ない。
僕が必要としているのは澤泉斗輝という人であって、澤泉家が持っているものには興味がないのだ。
世の中には、たくさんのお金を手にすること、たくさんの人に注目されることを喜びとする人もいるだろう。
しかしながら、そんな人たちと僕はまったく正反対である。
むしろ、財産や権力があっても、どうしたらいいのか困ってしまう。
そんな僕の本心を、彼はあっさりと見抜いてしまう。
僕以上に僕を理解しているところがある彼に、あまのじゃくな発言は通用しなかったようだ。
「これまで散々高価な物に対して腰が引けていた奏太が、俺をダシにして澤泉の力を使おうなんて、そんなことを考えるはずもないだろう」
クスクスと笑いながら、斗輝は僕のつむじにキスを落とす。
簡単に見破られたことが悔しくて、僕はムキになって言い返した。
「だから、それが演技かもしれないじゃないですか」
すると、彼の腕にいっそう力がこもり、痛いくらいに抱き締められる。
「奏太、可愛すぎる……」
しみじみと呟いた彼は、チュッチュッと、つむじへのキスを繰り返した。
「な、なに、言ってるんですか!」
照れくささが倍増し、僕は拳で彼の胸を叩く。
しかし肘が曲がっている状態ではまともに力が入ることはないため、ダメージは与えられないだろう。
やがて斗輝はつむじへのキスをやめ、深く長く息を吐いた。
その吐息は満足そうなもので、彼がなにに満足しているのかは、僕にはさっぱり分からない。
「斗輝?」
小さく名前を呼んだら、彼が僕の髪に頬を押し当てる。
「本当に演技だとしたら、それをわざわざ俺に言わないだろ」
「……あ」
自分の間抜けさに、思わず声を挙げてしまう。
最初から彼を騙すつもりがなかったので、簡単にボロが出てしまった。
――うわぁ。僕はなんて馬鹿なんだろう……
さっきとは違う恥ずかしさがこみ上げてきて、僕は耳までカァッと熱くなる。
そんな僕の耳に、斗輝がやんわりと唇を押し当てた。
「番というのは、科学や医療が発展した現代でも解明されていないメカニズムだ。だが、心根が重なり合う者同士が、番になるのではないかと俺は思う。身分や能力ではなく、そばにいるだけ心が満たされる者というのが、番の条件ではないだろうか。両親や他の番を見てそう思っていたんだが、奏太と出逢って、俺の考えがあながち間違っていないと分ったよ」
彼の声が、穏やかに耳へと流れ込む。
改めて『安藤奏太』という人間が認められて、感動でジンワリと涙が滲む。
小さくスンと鼻を鳴らしたら、彼の腕が緩んだ。
「奏太?」
心配そうに顔を覗き込んでいる斗輝に、僕は泣きたいのを我慢しながら笑った。
「斗輝が嬉しいことを言ってくれたから、つい泣きそうになっただけです」
それを聞いて、彼がホッと安堵の息を漏らす。
「なら、よかった。強く抱き締め過ぎたかと思ったよ」
そう言いながら、彼は静かに腕を解く。
「行こうか」
斗輝は優しい笑顔と共に左手を差し出してきたので、僕は右手でギュッと握った。
エントランスを抜け、マンションの外に出る。
迷いなく歩き始めた斗輝の様子を、僕は少しだけ不思議に思った。
――あれ? 車に乗らないのかな?
別に、僕が車に乗って、楽に移動したいということではない。
斗輝は澤泉家の御曹司で、移動にお抱えの運転手付きの車を使うイメージがあった。
彼が大学への送迎に車を使うこともあるという話を聞いたこともある。
また、世界的に有名な財閥の人だから、安全面を考えて、徒歩の移動を避けるものではないだろうか。
「さてと、はじめはなにから買おうか?」
そんなことを考えていたら、彼の言葉に答えられなかった。
無言の僕に、歩調を緩めた彼が尋ねてくる。
「奏太、どうした?」
「えっ? そ、その……、駅に向かっていますか?」
「ああ、そうだが」
どうして僕がそんなことを訊いてきたのか、彼には分からないらしい。
軽く首を傾げた彼に、僕は慌てて言い返す。
「あ、あの、僕の勝手なイメージなんですけど……。お金持ちの人って、運転手付きの車を使うのかなって。ただ、それだけです。ごめんなさい、下らないことを言って」
僕が苦笑いを浮かべると、彼は足を止めた。
「車なら、すぐに手配できるぞ」
そう言って、斗輝はデニムのバックポケットからスマートフォンを取り出す。
僕は繋いでいないほうの手で、彼のスマートフォンをグッと押さえ込んだ。
「ち、違うんです。僕は車に乗りたいんじゃなくて……。ええと、斗輝の身の安全のために、車を使うのかと思ったんです。電車だと、色々な人がいるから」
その説明に、斗輝がクスッと笑った。
「俺のことを心配してくれたのか」
僕はコクンと頷き返す。
「そうですよ。だって、斗輝は有名な人ですし。それに、すごくかっこいいから、人に囲まれちゃうでしょうし」
お金をたくさん持っているというだけで不特定多数の人から狙われるというのは、ドラマや小説の中だけかもしれないが、ありえないことではないだろう。
澤泉家を脅そうとする人が近寄ってこないとも限らないのだ。
そして僕はまだ大学での彼の様子をごく一部しか知らないけれど、噂では常にたくさんの人が――主にオメガ――彼を囲んでいるとのこと。
その彼が街中を無防備に歩いているとなったら、そこらじゅうのオメガが集まってきてしまうのではないかと心配になる。
「僕が考え過ぎなのかもしれませんが、気になってしまって……」
すると、彼はスマートフォンをバックポケットに戻し、その手で僕の頭を優しく撫でた。
「はじめに説明しておかなかった俺が悪かった。奏太は気付いていないようだが、俺たちが安全に外出できるように、少し離れたところに護衛が数人いるんだ」
「えっ!?」
それを聞いて、僕はキョロキョロと辺りを見回した。
――でも、それらしい人はどこにもいないよ。
そんな僕の様子に、彼が軽く噴き出す。
「護衛対象にストレスを与えないように気配を消すのも、護衛官の重要な能力だ。奏太には、そう簡単に見つけられないと思うぞ」
クスクスと笑いながら頭を撫でられ、僕は見回すのをやめた。
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