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第十二話「黒の記憶」
第三章「星の降りる日」・⑦
しおりを挟むてっきり、恐ろしい恨み節の一つも出てくると思っていたので、少し肩透かしを食らったような気持ちになってから・・・直後に、その単語の不気味さに身震いした。
「いったい何が「ここにいた」のか・・・それを誰に伝えようとしているのか・・・全く見当がつかなかったのだけれど・・・ね。一応、伝えておくわ」
ティータは多分、僕があの怪獣の事で悩んでいたから、教えてくれたんだろう。
でも、もしかしたら・・・彼女自身も人に話す事で、頭の中を整理したかったのかも知れないな、とも思った。
独りで抱えておくには、あまりにも後味の悪い言葉だから───
・・・なんて事を考えていたら、唇を尖らせたティータに、「生意気よ」と鼻先を押されてしまう。
口には出してないんだけどな・・・トホホ・・・・・・
「・・・・・・! オイ! ハヤト! なんかハラへってきたぞ!」
と、そこで、ゴロゴロと雷鳴のような音が響いて、お決まりのフレーズが飛び出す。
「あはは・・・それじゃ、家に帰ろっか!」
──気が付けば、空はすっかり赤みを帯びていた。
日が沈むのも早くなったなぁ・・・なんて思いつつ、先にアカネさんに「無事でした」と一報を入れておく事にする。
もしかしたら、心配させちゃってるかも知れないし。
『はいは~い。それじゃあみんな目を閉じて~~』
そういえば、アカネさんと別れた直後、どうしてこの三人はあの場に居たんだ・・・?
・・・まぁ、たぶんティータの悪巧みなんだろうな・・・と、確信したところで──
「あっ・・・・・・」
クロが小さく声を漏らしたのが聴こえて・・・直後に、ドサッ!と重い音が鳴る。
何事かと思って目を開けると──彼女は怯えた表情で、再び地面に座り込んでいた。
「クロ? どうし───」
そして、慌てて駆け寄ろうとして・・・叶わず。
僕もまた、球体の中で膝を付いた。
「「ハヤトっ⁉」」
カノンとティータが、心配して声をかけてくれているのが判る。
・・・けれど、その声は、どこまでも遠く──心臓が激しく鼓動を打つ音だけが、聴覚を支配していた。
必死に繰り返している呼吸の音すらも、壁越しに聴いているかのようだ。
突然訪れたのは、先程のものよりも更に苛烈な・・・痛みを超えた、「熱」。
それが僕の裡から生じて、全身を灼き尽くそうとしている・・・そんな感覚に囚われていた。
『ハヤト・・・! しっかり・・・して・・・っ!』
薄れゆく意識を、ギリギリで引き留めてくれたのは──シルフィの声だった。
彼女の声は、こんな状態でも、頭の中でクリアに響いている。
『そっちに行っちゃ・・・ダメだ・・・! それだけは・・・絶対にダメだ・・・‼』
けれど、言っている内容は、よく判らなかった。
彼女の言う「そっち」が何処なのかも、そこに行くと何が「ダメ」なのかも・・・僕には判らないし、今は聞き返す程の余力もない。
だから僕は・・・必死に僕の事を思ってくれるシルフィの気持ちだけを信じて・・・どこかへ流されてしまいそうになる自分の意識を、かろうじて保っていた。
『────ハァ・・・! ハァ・・・! ハァ・・・ッ‼』
すると・・・突然、クロの息遣いがすぐ近くで聴こえる感覚がする。
それは、シルフィのものとも異なる・・・直接身体に届くような、奇妙な「声」。
この「声」には、覚えがある。
クロが怪獣になってしまった日──シルフィの力でクロと僕の心が繋がって、クロの心の中に行った時に聞いたのと、同じものだ。
『そうか・・・! そうだったんだ・・・‼』
ぼんやりとした頭で聴くクロの声は、恐怖に震えていた。
何とかして彼女を安心させてあげなくてはと、必死に口を開こうとするけれど・・・身体は少しも思い通りにならず──
代わりに、全身が唐突な浮遊感に包まれた。
『──思い・・・出した・・・・・・‼』
そして・・・霞がかった頭の中に、見知らぬ光景が浮かび上がる───
一面に広がる緑と、澄み渡った空──そして、その空を縦に裂く程に巨大な、白い塔。
どこからか聴こえる鳥の鳴き声と、草木を揺らしながら吹く風の音が、「僕」の耳へ届いた。
・・・いや、違う。これは、「僕」の記憶じゃない───
もしかして・・・失くしてしまっていた・・・クロの記憶なのか・・・・・・?
疑問に答える者はなく・・・代わりに、誰かの声が聴こえた。
『──もう・・・またこんな所にいたの? リティムっ!』
呼ばれて、「僕」は──いや、クロはそちらを振り返る。
ちらりと見えた自分の前足は、鉄の鎧ではなく・・・ネイビーの体毛に包まれていた。
『また逃げ出して来たのね・・・あなたって本当に弱虫なんだから』
視線の先に佇む声の主は、金髪の女性だった。
年の頃は十四五歳ほどに見える。
『私たちは・・・あの「塔」を守る使命を持った、誇り高き一族の末裔なのよ?』
・・・ただし、一目見ただけで・・・彼女は、少なくとも人間ではない事が判った。
両の耳は左右に細長く広がり、額からはあずき色の小さな角が生えていたからだ。
まるで、物語に出てくるエルフと鬼を足して2で割ったような、不思議な特徴を持っていた。
とは言え、一目で女性だと判る程に身体の造りは人間に近く・・・
こちらを呼ぶ声の印象も、活発そうな少女の見た目にぴたりと符合する。
・・・・・・彼女の言う「リティム」とは、きっと・・・クロの本当の───
と、そこで突然、景色が目まぐるしく変わる。
視界に映ったのは、先程までの一面の緑が炎に焼かれ・・・そこら中に建物の瓦礫と思しき巨大な残骸が転がっている、恐ろしい光景だった。
恐怖に竦むクロの視線の先では・・・金髪の少女が見た事のない意匠の鎧に身を包み、緑色に発光するラインの入った剣を携え、真っ赤に燃える空を睨んでいた。
『私は・・・私は戦うわ! だってそれが・・・私の使命なんですものっ‼』
すると──空の向こうから、黒く巨大な何かがやって来る。
きっとあれが・・・彼女の「敵」なのだろう。
少女が裂帛の気合と共に剣を振るうと・・・その先端から緑色の光が生じて、黒い影へと向かって真っ直ぐに飛んでいく。
・・・しかし、その光の攻撃を、影は意に介さない。
『きゃああああああぁぁぁぁぁぁっっ‼』
彼女の勇気は、少しも届く事なく・・・影が降り立った際の衝撃で巻き上がった土砂が、波しぶきとなって襲いかかり──華奢な身体は、軽々と宙を舞った。
そして、恐怖のあまりそこから一歩も動けずに居たクロの目の前に・・・グシャ!と音を立てて・・・少女だったものが落ちてくる。
『リ・・・ティム・・・あなた・・・だけでも────』
彼女が最後に伸ばした手から溢れた血は・・・ネイビーの毛並みを、赤黒く染めた。
困惑と、焦燥と、絶望と──負の感情に全ての意識を塗り潰されながら・・・
クロは、すぐ近くに聳え立つ、巨大な影へと・・・恐る恐る、視線を向ける。
そこにあったのは───かつて、クロの心の世界で見た・・・あの巨大な「眼」だった。
『私は・・・私は・・・・・・あぁぁ・・・あああああああああああああああああっっ‼』
───そこで再び、今のクロの「声」が聴こえる。
蘇った自らの記憶に、深い絶望を見出してしまったが故の・・・慟哭と共に。
「くっ・・・ク、ロ・・・・・・!」
かろうじて残った意識を、精一杯かき集めて・・・重い瞼を何とか開く。
瞼の裏に映っていた、燃え盛る緑と瓦礫の山の代わりに視界に入ったのは・・・
力なく座り込んでしまっていたクロが、よろよろと立ち上がる姿だった。
そして──彼女は空の一点を見つめ、ぽつりと呟く。
『・・・・・・・・・来る・・・・・・』
朦朧としたままの意識で・・・僕は、ぼんやりと・・・思う。
・・・きっと、クロの言う通り・・・・・・何かが来るんだ。
とてつもなく恐ろしい何かが、来てしまったんだ。
それの探し求めるモノが───「ここにいた」から────
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