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第十一話「キノコ奇想曲」
第三章「たったひとつのどうにも冴えないやりかた」・⑤
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<ピムムゥッ‼>
<ピイムゥッ‼>
<ピムウウッ‼>
と、そこで、飛び蹴りによるダメージから持ち直したキノコ怪人たちが声を上げる。
「来るぞ! ハヤ・・・ライズマン!」
「は、はいっ!」
敵意に呼応して、アカネの闘争本能が刺激され、自然とファイティングポーズを取った。
声をかけられたハヤトもまた、小声で返事をしつつ、彼女の背について構える。
<<<ピムウゥッッ‼>>>
すると同時に、怪人たちは声を揃えて叫び──その体を一度解いた。
「・・・! まさか・・・!」
そして、ハヤトの予想通り・・・彼らは三人一組となって、再び合体する。
最終的に残ったキノコ怪人は──四体。
頭数が減った上に、身体のサイズは変わらないが・・・代わりに体重が元の三倍になっているのだとハヤトは理解する。
先程腕を肥大化させたのと、目的は一緒だ。
「・・・なんなんだこいつらは・・・?」
あくまで仮装した不審者集団だと認識していたアカネは、少なからず困惑する。
当然、彼らがジャガーノートかも知れないという考えも、脳裏に浮かんだが・・・・・・
「気を付けて下さい! 今のあいつらは重さもパワーも上がってるはずです!」
「・・・! 了解だ!」
しかし、今の彼女にとっては──敵が何者であるかなど、どうでもいい事だった。
<ピムムウウウッ‼>
アカネは、襲いかかってくる怪人へ向けて鋭い蹴りを放つ。
・・・しかし、たじろぎこそするものの、やはり先程のように吹っ飛ぶような事はない。
そして、アカネが体勢を戻す前に、横合いから別の怪人が彼女に襲いかかって来る──
「ッ!」
が、隣にいたハヤトが即座に反応した。巨体を正拳突きで押し返し・・・咄嗟に身を引く。
すると、たった今発生した空間に、すぐさまアカネが滑り込み、蹴りで追撃を加えて怪人を弾き飛ばす。
──そして、合図もなしに、二人は再び互いに背中合わせになって構える。
まるで、長年の戦友であるかのように・・・彼らの呼吸は完全に合致していた。
かたや軍人、かたやスーツアクターである二人が、何故即興でこんな大立ち回りを演じる事が出来ているのか──
その原因を究明する暇はなく、双方ともが、「きっと相手が合わせてくれているんだろう」と考えながら、今の自分に出来る精一杯の事をしていた。
「ハアッ‼ ・・・ふふっ」
しかし、そんな極限状態にあってふと・・・アカネの口から笑みが漏れる。
「こうしていると・・・フッ‼ ・・・思い出すよ・・・!」
「・・・ッ! え、えっと・・・何をですか・・・?」
彼女は戦闘を継続しながら、掛け声を交えつつ、ハヤトへ声をかける。
「前にも言った通り、幼い頃は体が弱くてな・・・ハアッ‼ ・・・あまり外では遊べない私を気遣って、君はいつも屋敷の中で遊んでくれていたんだ」
「・・・!」
アカネが語るハヤトとの思い出を──今のハヤトは覚えていない。
キノコ怪人たちとの攻防を繰り広げながら、彼の心がチクリと痛む。
「だが正直・・・私は内心歯痒くてな。出来る事なら、君と一緒にめいっぱい身体を動かして遊んでみたいと・・・フンッ‼ ・・・いつも、思っていたよ・・・」
「そう・・・だったんですね・・・」
ハヤトは、歯切れの悪い返事しか出来なかったが・・・それでもアカネはお面の下で、満足そうに微笑みを浮かべていた。
「だから、異様な状況ではあるし、君は病弱だった頃の私を覚えていないだろうが──今、こうして君の隣で、君の助けになれて・・・私はとても嬉しいんだ」
そう──今のアカネにとっては、敵の正体よりも、ハヤトと背中を預け合えている状況とその事実の方が、よっぽど重要な事だったのである。
「・・・! アカネさん・・・」
そして、そんな彼女の心は、ハヤトにもしっかりと伝わっていた。
「・・・・・・おっと、すまない。今の君は、ハヤトではなくライズマンだったな」
が、途端に気恥ずかしくなって、アカネはそう言って冗談めかす。
キノコの影響下にあっても、彼女の本質は変わらなかった。
<・・・ピムムム・・・ッ!>
<ピムウゥ・・・!>
───と、そこで、戦いの中に「凪」とでも言うべき間が生じる。
キノコ怪人たちは痛覚を共有しているために、二人の猛攻を受けて攻めあぐね・・・さりとて、四対二の状況はハヤトとアカネにとっては不利に違いなく、両者とも決定打を欠いていた。
互いに出方を伺わざるを得ない、緊迫した空気の中──
肩に力が入りっ放しになっているハヤトを見かねて、アカネが声をかける。
「しかし・・・その格好の君と一緒で、おまけによくわからんキノコ人間と戦っていると、まるで私まで物語の登場人物になったようで、少し不思議な気分だな」
彼女の一言で、ハヤトは自分の置かれている状況を改めて認識し・・・その滑稽さに思わず笑ってしまう。
強張っていた身体から、ふっと力が抜けていく感覚を覚えた。
「あはは・・・確かにこんな経験はなかなか・・・・・・ッ‼」
そして、返事をしようとして──唐突に、彼の脳裏に閃光が走る。
・・・・・・それは、あまりにしょうもなく、思いついたハヤト自身も頭を抱えたくなるような馬鹿げたものではあったが──
この混沌とした状況を何とか出来る可能性を秘めた、一発逆転のアイデアだった。
「・・・どうやら、妙案を思いついたようだな?」
すると、そんな様子を察した・・・と言うより、まるで、彼の閃きが無意識に伝わったかのように、アカネはハヤトが何か秘策を考え出したのだと確信した。
「えっと・・・何と言うか、どんな作戦かは言えないんですが───」
「いいさ。それより、そういう事なら・・・この場は私に任せてもらおう」
「・・・! で、でも・・・っ!」
アカネの提案は渡りに船ではあったが・・・ただでさえ四対二という不利な状況にも関わらず、この上自分が抜ければ、彼女は文字通りの四面楚歌となってしまう──
そんなハヤトの不安を、アカネは見透かしていた。
背中合わせのまま・・・安心させようと、彼女はハヤトの手をぎゅっと握る。
「案ずるな。私は強い。・・・それに、君が覚えていなくとも、私は君に返しきれない程の借りがあるんだ。少しくらい返済しておかないと、私の立つ瀬がない」
「アカネさん・・・」
普段なら絶対に出来ない大胆な行為ではあったが、今は欲望のリミッターが外れている。
故にアカネは・・・伝えたい言葉も、そのまま口にする事が出来た。
「それに、たとえ借りがなかろうと・・・君が困っているなら、私は助けたいんだ。私にとってハヤトは・・・ただ一人の──「ともだち」だからな」
包み隠さない純粋な思いに心打たれ・・・ハヤトは、決意する。
「ありがとう、ございます・・・! やっぱりアカネさんは、かっこいいです・・・!」
「‼」
いつか聞いた言葉が、再びハヤトの口から伝えられ・・・アカネは一時、ぴたりと静止した。
「・・・? ど、どうかしたんですか?」
今のアカネの顔は、お面に隠れて誰からも見えなかったが──
「い、いや。何でもない。・・・私が道を開く。君は、君にしか出来ない事を成すんだ」
「はっ、はい!」
子供の頃、同じ相手から同じ言葉をかけてもらった時と・・・同じ表情をしていた。
「──行くぞ! ・・・ハアァッ‼」
アカネは充足感に包まれながら──瞬間、正面のキノコ怪人に三日月蹴りを放つ。
ドスッ!と音を立てて刺さった足底が、重量を増した巨躯を、力尽くで後退させた。
「・・・ッ!」
さらにハヤトが飛び膝蹴りで追撃をかけ、怪人を突き飛ばし・・・包囲網に出来た「穴」から、転がり出るように素早く脱出──
後ろ髪を引かれる思いを堪えて、全速力で駆けた。
「ライズマンは・・・あー・・・緊急の任務に向かった! ここからは、私が相手だッ‼」
残ったアカネは、ライズマンの背を目で追っていた子どもたちに向けて、「逃げた訳ではない」と思ってもらえるよう、必死に考えた口上を述べる。
咄嗟の気遣いは、先日のローカルヒーローフェスティバルのステージを見ていたお陰だった。
「我ながら悪くないアドリブじゃないか?」などと内心で自賛しつつ、再び構える。
「・・・・・・さて。貴様らが何者かは知らんが・・・」
そして、心に浮かんだ言葉を──誰にも聴こえないくらいの声量で、呟く。
「今の私は・・・無敵だぞ」
── 一方のハヤトは、件の作戦を実行すべく、脇目も振らずに事務棟へと向かっていた。
すると・・・唐突に、シルフィが声をかける。
『───ねぇ、ハヤト。・・・何か、思い出したりした?』
「? 思い出すって・・・何を・・・?」
かけられた言葉の意味が判らずに、ハヤトは首を傾げた。
『・・・ううん。何もないならいいんだけどさ~』
いつも通りの、気の抜けた口調ながら──シルフィの表情からは、いつもの柔らかさが消え失せていた。
黄金の瞳も、どこか遠くへと向けられている。
マスクを被ったハヤトからは・・・今の彼女の姿は、見えなかった。
※ ※ ※
「───クロっ!」
事務棟を入ってすぐの廊下に、自分の声が反響する。
「!」
同時に、廊下の先に立つ人影の肩が、ぴくりと動いた。
シルフィから居場所を聞いていたとは言え、探す間もなく会えたのは幸運だった。
クロは、聴き慣れない笑い方をしながら、こちらに振り向く。
「この声・・・! うふふふふ・・・ハヤトさぁん♡ ようやく私になでなでを───」
・・・周囲に人気はない。条件は揃った。これで、実行出来る。
「・・・・・・えっ? あ、あれっ? ら、ライズマン・・・さん・・・?」
超恥ずかしい上に、我ながら結構サイテーなんじゃないかと思う──この作戦を。
「んんっ・・・!」
唖然としているクロを前にして、一つ咳払いをする。
そして、意識して声を低くしながら・・・彼女に語りかけた。
「───いつも頑張っているね、クロ。君の活躍はハヤトから聞いているよ」
「・・・えっ? えへぇ・・・っ⁉」
作戦通り・・・先程まで凄みを纏っていたクロの顔は、一瞬にして赤みを帯びる。
「でっ、でも・・・ハヤトさんはライズマンさんで・・・でも・・・今・・・ライズマンさんが・・・・・・私に・・・? あれっ? あれぇ・・・?」
そして、彼女の中の認識が混乱した状態になり・・・その体温が急激に上昇しているのが、離れた位置からでも判った。頭から煙出てるし。
・・・そう。これこそが、アカネさんの何気ない発言から着想した───
名付けて・・・「憧れのヒーローが突然目の前に⁉」作戦・・・・・・ッ‼
「え、えっとぉ・・・わ、私も・・・いつも・・・応援、してまひっ・・・あひぃ・・・・・・」
・・・凄くワルい事をしている自覚はあるから、さっきから胃痛が凄いし、本来のライズマンとは声が違うと気付かれればアウトなんだけど・・・どうやら、首尾は上々らしかった。
なにせ・・・この作戦の肝は、「ひたすらクロを恥ずかしがらせる」事にあるからだ。
「自分の記憶がないのに、みんなを守るために戦う・・・誰にでも出来る事じゃない。君は立派だよ、クロ。ライジングフィストも、使いこなしているみたいだね」
「あ、あわわわわわわわわっっ‼」
話しかけながら近づいていくと、クロの顔面はトマトのように真っ赤に染まっていく。
こちらの胃痛も限界だけど・・・! もうひと押しだ・・・っ‼
覚悟を決めて──強引にクロの手を取って握手をし、トドメの一撃を放つ。
「───いつか、君と共に戦える日を、楽しみにしているよ」
・・・そして、今すぐ膝から崩れ落ち、クロに土下座して謝りたい気持ちを堪えながら・・・何とか立ち姿を維持していると───
「ひゃっ・・・・・・ひゃわあぁ~~~~~~~~~~っっっ‼」
遂に、クロの発熱は限界に達し・・・頭から大量の煙が昇るのと同時に、艶めく髪の隙間から生えていた数本のキノコは──瞬時に、全てが消し炭と化した。
そして、必死に祈っていると・・・目を回していたクロが、ハッと意識を取り戻す。
「あ、あわ・・・あわ、わ・・・・・・・・・あ、あれっ?」
何度か瞬きをしてから、ようやく目が合って──思わず、息を呑み───
「ど、どうしてライズマンさんがっ⁉ ・・・あれ・・・? ど、どうして私こんな所に・・・? さっきまで・・・ハヤトさんのお家でおるすばんを・・・あれ・・・?」
「──やった‼ 作戦成功だ・・・っ‼」
正気を取り戻してくれた彼女の様子に、思わず快哉を叫んだ。
<ピイムゥッ‼>
<ピムウウッ‼>
と、そこで、飛び蹴りによるダメージから持ち直したキノコ怪人たちが声を上げる。
「来るぞ! ハヤ・・・ライズマン!」
「は、はいっ!」
敵意に呼応して、アカネの闘争本能が刺激され、自然とファイティングポーズを取った。
声をかけられたハヤトもまた、小声で返事をしつつ、彼女の背について構える。
<<<ピムウゥッッ‼>>>
すると同時に、怪人たちは声を揃えて叫び──その体を一度解いた。
「・・・! まさか・・・!」
そして、ハヤトの予想通り・・・彼らは三人一組となって、再び合体する。
最終的に残ったキノコ怪人は──四体。
頭数が減った上に、身体のサイズは変わらないが・・・代わりに体重が元の三倍になっているのだとハヤトは理解する。
先程腕を肥大化させたのと、目的は一緒だ。
「・・・なんなんだこいつらは・・・?」
あくまで仮装した不審者集団だと認識していたアカネは、少なからず困惑する。
当然、彼らがジャガーノートかも知れないという考えも、脳裏に浮かんだが・・・・・・
「気を付けて下さい! 今のあいつらは重さもパワーも上がってるはずです!」
「・・・! 了解だ!」
しかし、今の彼女にとっては──敵が何者であるかなど、どうでもいい事だった。
<ピムムウウウッ‼>
アカネは、襲いかかってくる怪人へ向けて鋭い蹴りを放つ。
・・・しかし、たじろぎこそするものの、やはり先程のように吹っ飛ぶような事はない。
そして、アカネが体勢を戻す前に、横合いから別の怪人が彼女に襲いかかって来る──
「ッ!」
が、隣にいたハヤトが即座に反応した。巨体を正拳突きで押し返し・・・咄嗟に身を引く。
すると、たった今発生した空間に、すぐさまアカネが滑り込み、蹴りで追撃を加えて怪人を弾き飛ばす。
──そして、合図もなしに、二人は再び互いに背中合わせになって構える。
まるで、長年の戦友であるかのように・・・彼らの呼吸は完全に合致していた。
かたや軍人、かたやスーツアクターである二人が、何故即興でこんな大立ち回りを演じる事が出来ているのか──
その原因を究明する暇はなく、双方ともが、「きっと相手が合わせてくれているんだろう」と考えながら、今の自分に出来る精一杯の事をしていた。
「ハアッ‼ ・・・ふふっ」
しかし、そんな極限状態にあってふと・・・アカネの口から笑みが漏れる。
「こうしていると・・・フッ‼ ・・・思い出すよ・・・!」
「・・・ッ! え、えっと・・・何をですか・・・?」
彼女は戦闘を継続しながら、掛け声を交えつつ、ハヤトへ声をかける。
「前にも言った通り、幼い頃は体が弱くてな・・・ハアッ‼ ・・・あまり外では遊べない私を気遣って、君はいつも屋敷の中で遊んでくれていたんだ」
「・・・!」
アカネが語るハヤトとの思い出を──今のハヤトは覚えていない。
キノコ怪人たちとの攻防を繰り広げながら、彼の心がチクリと痛む。
「だが正直・・・私は内心歯痒くてな。出来る事なら、君と一緒にめいっぱい身体を動かして遊んでみたいと・・・フンッ‼ ・・・いつも、思っていたよ・・・」
「そう・・・だったんですね・・・」
ハヤトは、歯切れの悪い返事しか出来なかったが・・・それでもアカネはお面の下で、満足そうに微笑みを浮かべていた。
「だから、異様な状況ではあるし、君は病弱だった頃の私を覚えていないだろうが──今、こうして君の隣で、君の助けになれて・・・私はとても嬉しいんだ」
そう──今のアカネにとっては、敵の正体よりも、ハヤトと背中を預け合えている状況とその事実の方が、よっぽど重要な事だったのである。
「・・・! アカネさん・・・」
そして、そんな彼女の心は、ハヤトにもしっかりと伝わっていた。
「・・・・・・おっと、すまない。今の君は、ハヤトではなくライズマンだったな」
が、途端に気恥ずかしくなって、アカネはそう言って冗談めかす。
キノコの影響下にあっても、彼女の本質は変わらなかった。
<・・・ピムムム・・・ッ!>
<ピムウゥ・・・!>
───と、そこで、戦いの中に「凪」とでも言うべき間が生じる。
キノコ怪人たちは痛覚を共有しているために、二人の猛攻を受けて攻めあぐね・・・さりとて、四対二の状況はハヤトとアカネにとっては不利に違いなく、両者とも決定打を欠いていた。
互いに出方を伺わざるを得ない、緊迫した空気の中──
肩に力が入りっ放しになっているハヤトを見かねて、アカネが声をかける。
「しかし・・・その格好の君と一緒で、おまけによくわからんキノコ人間と戦っていると、まるで私まで物語の登場人物になったようで、少し不思議な気分だな」
彼女の一言で、ハヤトは自分の置かれている状況を改めて認識し・・・その滑稽さに思わず笑ってしまう。
強張っていた身体から、ふっと力が抜けていく感覚を覚えた。
「あはは・・・確かにこんな経験はなかなか・・・・・・ッ‼」
そして、返事をしようとして──唐突に、彼の脳裏に閃光が走る。
・・・・・・それは、あまりにしょうもなく、思いついたハヤト自身も頭を抱えたくなるような馬鹿げたものではあったが──
この混沌とした状況を何とか出来る可能性を秘めた、一発逆転のアイデアだった。
「・・・どうやら、妙案を思いついたようだな?」
すると、そんな様子を察した・・・と言うより、まるで、彼の閃きが無意識に伝わったかのように、アカネはハヤトが何か秘策を考え出したのだと確信した。
「えっと・・・何と言うか、どんな作戦かは言えないんですが───」
「いいさ。それより、そういう事なら・・・この場は私に任せてもらおう」
「・・・! で、でも・・・っ!」
アカネの提案は渡りに船ではあったが・・・ただでさえ四対二という不利な状況にも関わらず、この上自分が抜ければ、彼女は文字通りの四面楚歌となってしまう──
そんなハヤトの不安を、アカネは見透かしていた。
背中合わせのまま・・・安心させようと、彼女はハヤトの手をぎゅっと握る。
「案ずるな。私は強い。・・・それに、君が覚えていなくとも、私は君に返しきれない程の借りがあるんだ。少しくらい返済しておかないと、私の立つ瀬がない」
「アカネさん・・・」
普段なら絶対に出来ない大胆な行為ではあったが、今は欲望のリミッターが外れている。
故にアカネは・・・伝えたい言葉も、そのまま口にする事が出来た。
「それに、たとえ借りがなかろうと・・・君が困っているなら、私は助けたいんだ。私にとってハヤトは・・・ただ一人の──「ともだち」だからな」
包み隠さない純粋な思いに心打たれ・・・ハヤトは、決意する。
「ありがとう、ございます・・・! やっぱりアカネさんは、かっこいいです・・・!」
「‼」
いつか聞いた言葉が、再びハヤトの口から伝えられ・・・アカネは一時、ぴたりと静止した。
「・・・? ど、どうかしたんですか?」
今のアカネの顔は、お面に隠れて誰からも見えなかったが──
「い、いや。何でもない。・・・私が道を開く。君は、君にしか出来ない事を成すんだ」
「はっ、はい!」
子供の頃、同じ相手から同じ言葉をかけてもらった時と・・・同じ表情をしていた。
「──行くぞ! ・・・ハアァッ‼」
アカネは充足感に包まれながら──瞬間、正面のキノコ怪人に三日月蹴りを放つ。
ドスッ!と音を立てて刺さった足底が、重量を増した巨躯を、力尽くで後退させた。
「・・・ッ!」
さらにハヤトが飛び膝蹴りで追撃をかけ、怪人を突き飛ばし・・・包囲網に出来た「穴」から、転がり出るように素早く脱出──
後ろ髪を引かれる思いを堪えて、全速力で駆けた。
「ライズマンは・・・あー・・・緊急の任務に向かった! ここからは、私が相手だッ‼」
残ったアカネは、ライズマンの背を目で追っていた子どもたちに向けて、「逃げた訳ではない」と思ってもらえるよう、必死に考えた口上を述べる。
咄嗟の気遣いは、先日のローカルヒーローフェスティバルのステージを見ていたお陰だった。
「我ながら悪くないアドリブじゃないか?」などと内心で自賛しつつ、再び構える。
「・・・・・・さて。貴様らが何者かは知らんが・・・」
そして、心に浮かんだ言葉を──誰にも聴こえないくらいの声量で、呟く。
「今の私は・・・無敵だぞ」
── 一方のハヤトは、件の作戦を実行すべく、脇目も振らずに事務棟へと向かっていた。
すると・・・唐突に、シルフィが声をかける。
『───ねぇ、ハヤト。・・・何か、思い出したりした?』
「? 思い出すって・・・何を・・・?」
かけられた言葉の意味が判らずに、ハヤトは首を傾げた。
『・・・ううん。何もないならいいんだけどさ~』
いつも通りの、気の抜けた口調ながら──シルフィの表情からは、いつもの柔らかさが消え失せていた。
黄金の瞳も、どこか遠くへと向けられている。
マスクを被ったハヤトからは・・・今の彼女の姿は、見えなかった。
※ ※ ※
「───クロっ!」
事務棟を入ってすぐの廊下に、自分の声が反響する。
「!」
同時に、廊下の先に立つ人影の肩が、ぴくりと動いた。
シルフィから居場所を聞いていたとは言え、探す間もなく会えたのは幸運だった。
クロは、聴き慣れない笑い方をしながら、こちらに振り向く。
「この声・・・! うふふふふ・・・ハヤトさぁん♡ ようやく私になでなでを───」
・・・周囲に人気はない。条件は揃った。これで、実行出来る。
「・・・・・・えっ? あ、あれっ? ら、ライズマン・・・さん・・・?」
超恥ずかしい上に、我ながら結構サイテーなんじゃないかと思う──この作戦を。
「んんっ・・・!」
唖然としているクロを前にして、一つ咳払いをする。
そして、意識して声を低くしながら・・・彼女に語りかけた。
「───いつも頑張っているね、クロ。君の活躍はハヤトから聞いているよ」
「・・・えっ? えへぇ・・・っ⁉」
作戦通り・・・先程まで凄みを纏っていたクロの顔は、一瞬にして赤みを帯びる。
「でっ、でも・・・ハヤトさんはライズマンさんで・・・でも・・・今・・・ライズマンさんが・・・・・・私に・・・? あれっ? あれぇ・・・?」
そして、彼女の中の認識が混乱した状態になり・・・その体温が急激に上昇しているのが、離れた位置からでも判った。頭から煙出てるし。
・・・そう。これこそが、アカネさんの何気ない発言から着想した───
名付けて・・・「憧れのヒーローが突然目の前に⁉」作戦・・・・・・ッ‼
「え、えっとぉ・・・わ、私も・・・いつも・・・応援、してまひっ・・・あひぃ・・・・・・」
・・・凄くワルい事をしている自覚はあるから、さっきから胃痛が凄いし、本来のライズマンとは声が違うと気付かれればアウトなんだけど・・・どうやら、首尾は上々らしかった。
なにせ・・・この作戦の肝は、「ひたすらクロを恥ずかしがらせる」事にあるからだ。
「自分の記憶がないのに、みんなを守るために戦う・・・誰にでも出来る事じゃない。君は立派だよ、クロ。ライジングフィストも、使いこなしているみたいだね」
「あ、あわわわわわわわわっっ‼」
話しかけながら近づいていくと、クロの顔面はトマトのように真っ赤に染まっていく。
こちらの胃痛も限界だけど・・・! もうひと押しだ・・・っ‼
覚悟を決めて──強引にクロの手を取って握手をし、トドメの一撃を放つ。
「───いつか、君と共に戦える日を、楽しみにしているよ」
・・・そして、今すぐ膝から崩れ落ち、クロに土下座して謝りたい気持ちを堪えながら・・・何とか立ち姿を維持していると───
「ひゃっ・・・・・・ひゃわあぁ~~~~~~~~~~っっっ‼」
遂に、クロの発熱は限界に達し・・・頭から大量の煙が昇るのと同時に、艶めく髪の隙間から生えていた数本のキノコは──瞬時に、全てが消し炭と化した。
そして、必死に祈っていると・・・目を回していたクロが、ハッと意識を取り戻す。
「あ、あわ・・・あわ、わ・・・・・・・・・あ、あれっ?」
何度か瞬きをしてから、ようやく目が合って──思わず、息を呑み───
「ど、どうしてライズマンさんがっ⁉ ・・・あれ・・・? ど、どうして私こんな所に・・・? さっきまで・・・ハヤトさんのお家でおるすばんを・・・あれ・・・?」
「──やった‼ 作戦成功だ・・・っ‼」
正気を取り戻してくれた彼女の様子に、思わず快哉を叫んだ。
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