恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第三章「たったひとつのどうにも冴えないやりかた」・⑥

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 「憧れのヒーローが突然目の前に⁉」作戦の最終目標・・・

 それは、極限までクロを恥ずかしがらせて発熱を促し、彼女に生えているキノコを自発的に焼かせる事だった。

 何度考えても馬鹿げてる上に、「スーツを着ている時は極力喋らない」という自分の矜持を曲げなければならない本当に最悪な方法だったけど・・・実行した甲斐はあったようだ。

 ・・・っと、いけないいけない。これで終わりじゃないんだった・・・!

「シルフィ! 球体をお願い!」

『はいは~~い』

 まずは胞子からクロを守るため、球体を展開してもらう。

 そして、状況を説明すべくクロに向き直る・・・が、さすがに走ったり戦ったりが連続して息切れして来ていたので、恥を忍んでお願いをしてみる。

「・・・えーっと・・・ごめん。一回マスク脱いでも大丈夫かな? 夢、壊れない?」

 先程あんな事をしておいて今更だとは思ったけど、一応の筋は通したかった。

 するとクロは、意外な反応を見せる。

「は、はいっ! あの・・・何ていうか・・・顔だけ見えてる状態って・・・嫌じゃない、です! むしろ、こう・・・胸の真ん中が、ポカポカします・・・!」

 ・・・知らぬ間に、クロの特撮オタクレベルは急上昇していたらしい。

 今ばかりはその事に感謝して、マスクと面下を外させてもらう。

「ふぅ・・・ありがとう。・・・それでね、実は───」

 次いで、一つ息を吐いてから、事のあらましを掻い摘んで説明する。

 ・・・どうやら、話の途中途中で確認してみた感じからするに・・・クロはキノコの影響下にあった間の事を全く覚えていないらしい。

 自分の罪が罰せられる前に消えてしまって、余計に胃痛が加速したけど・・・懺悔したところで誰も幸せにならないし、先程の作戦の事については墓まで持っていく事にしよう。

「なるほど・・・そんな事になってたんですね・・・・・・」

 僕の説明を最後まで聞いたクロは、眉尻を下げて、目を伏せた。

「・・・・・・もしかしたら・・・キノコさんは・・・・・・」

 彼女は自分の考えを整理するように、か細い声で何事か呟き始める。

 ・・・が、非常に申し訳ない事に、僕はその思索を妨害しなければならなかった。

「クロ! ごめん! 実は、お願いしたい事があるんだ」

「? は、はいっ・・・!」

 声をかけると、クロは嫌な顔ひとつせず、僕の話を聞き逃すまいとしてくれる。

 本当に良い子だなぁ、と感じ入るのと同時に・・・

 これから彼女にしてもらう事を考えて・・・僕は、かなりブルーな気持ちになっていた。


 ──クロに作戦の内容を説明した後、僕たちは球体に入ったまま、一度事務棟の外に出る。

 周囲からは不可視となった状態で、辺りを見回すと・・・すぐに、目的のもの───

 即ち、何もないところで悶絶している、キノコ怪人の姿を見つけた。

 アカネさんが奮戦してくれているのだろう。感覚を共有しているせいで、直接戦っていない個体にまでダメージが伝わってしまっているのだ。

 ──そして、この生態こそが・・・事態を打開する鍵となる・・・・・・はず!

「よし・・・それじゃあクロ、申し訳ないんだけど・・・」

「あっ、えっと・・・は、はいっ!」

 ・・・多分・・・いや、間違いなく、クロはこの作戦には乗り気ではないだろう。

 それでも、今・・・この状況を何とか出来るのは、彼女を置いて他には居ないのだ。

「シルフィさん! お願いしますっ!」

『はいは~~い。いくよ~~』

 本当にごめんね・・・今度たくさんなでなでしてあげるからね・・・と、内心で何度も彼女に謝りながら・・・・・・

<───ウオオオオオオオオオォォォッッ‼>

 僕は・・・「亜獣態」へと変わっていくクロの姿を、見つめていた。

<ッ⁉ ピッ・・・ピムウウゥゥッ⁉>

 そして、怪人の一つ目が、球体の外に出たクロの姿を捉えた、その瞬間───

<<<ピィィィイイムウウゥゥゥウウ───ッッ⁉>>>

 同時多発的に、園内のあちこちから、甲高い悲鳴が聴こえて来る。

 ・・・そう。彼らは、恐怖しているんだ・・・・・・

<ウオオオオオオオオオオォォォォォォッッ‼>

 昨日、自分たちの前に現れた、自らを一瞬のうちに焼き尽くしかねない「灼熱の怪獣」が、再びその姿を見せた事に───!

<ム~~ッ‼>
<ムム~~‼>
<ムゥ~~ッ‼>

 そして、恐怖のあまり・・・怪人たちはその体の縫合を解いて、あっという間にキノコずきんに分裂してしまう。

 一つ目から涙を流し、数体ずつで寄り集まって震えていた。

「・・・・・・」

 僕は、作戦の成功を確信しながら──

 同時に、「亜獣態でも同一の存在だと認識してもらえて良かった」・・・と、ほっと胸を撫で下ろす。

 怪獣ヴァニラスの状態じゃないと気付いてもらえなかったら、真剣に詰んでたからなぁ・・・・・・

<・・・あぅ・・・・・・>

 と、そろそろ穴が開きそうな胃の辺りをさすっていると・・・クロが悲しそうな声を零す。

 ・・・彼女にしかお願いできない事だったとは言え、損な役割を押し付けてしまった。

「・・・本当にごめんね、クロ。今ティータを連れてきて、あのキノコたちと話してもらうから、その時に悪いのは全部僕だって──」

<あっ、あの・・・ハヤトさんっ!>

 そして、謝罪しつつ、この後の作戦を伝えようとして・・・クロに遮られてしまう。

 思わずきょとんとしていると、彼女は、驚くべき言葉を口にした。

<私が・・・お話してきます・・・っ!>

「えぇっ⁉」

 「どうやって⁉」とか「また胞子に感染しちゃうかも‼」とか、咄嗟にかけるべき言葉があったはずなのに、疲れ切った頭では反応が間に合わず・・・

 擬人態に戻ったクロは、ひと塊になっているキノコずきんたちの元へ歩み寄っていく。

「・・・えっと・・・あの・・・・・・キノコさんっ!」

<ムーッ!>
<ムムーッ‼>
<ム~・・・>

 早速声をかけるも、彼女の正体を知っているキノコずきんたちは、悲鳴を上げながら震えるばかりだ。

 ・・・しかし、クロは挫けず、さらに一歩前へと出る。

「その・・・怖がらせてしまってごめんなさい・・・」

 そして、目線を合わせるようにしゃがんで、ゆっくりと語りかけた。

「あなたたちは・・・私のお願いを叶えてくれようとしただけ・・・なんですよね・・・?」

「えっ・・・?」

 その発言の意味が判らず、球体の中で首を傾げてしまう。

 目をパチクリとさせていると、クロが話を続けた。

「昨日から、腕のところがピリピリするなぁって思ってたんですけど・・・あれは、キノコさんだったんですよね? ・・・私の事を「知りたい」って・・・言ってくれてたんですよね?」

<<<・・・!>>>

 すると・・・キノコずきんたちの震えが、一斉に止まった。

「・・・だから、私がハヤトさんに、「今度また海に行きたいです」って言えなかったから・・・恥ずかしがらずに本音を言えるように・・・しようとしてくれたんですよね・・・?」

<・・・ム~>
<ムム~・・・>
<ムゥ~~>

 次いで、まばらに声が上がり、キノコずきんたちはクロの方に一つ目を向ける。

「・・・・・・ど、どういう事?」

 途中からは入っていけない雰囲気に、僕は小声で隣のシルフィに尋ねた。

『う~ん。クロの発言からするに・・・ティータの予想通り、胞子は昨日クロが触られた時についたもので・・・ついでに、胞子の状態でも意思があった・・・って事なのかも』

「・・・! そうか・・・!」

 そこまで聞いて、ようやく僕もピンと来る。

 島から付いてきた胞子は、本人も知らないうちにクロの考えを読み取る事が出来て・・・・・・

 その上で、彼女が「本音を伝えたい」と願ったから、キノコたちはそれを叶えようとして、今日の騒ぎを起こしてしまった・・・・・・って事か・・・!

 ・・・と、それに気付くのと同時に──じゃあどうして願っただけで欲望のまま行動しちゃうようになる胞子をバラ撒けるんだ、とか、クロの発言とかタイミングからするに僕が帰宅した時の玄関での一幕が全ての原因なんじゃ?とか、疑問と自責が一気に押し寄せてきて・・・

「ちょ、ちょっと・・・吐きそう・・・・・・」

『ごしゅ~しょ~さま~~』

 僕の頭と胃は、キャパオーバーを起こしつつあった。

 そして、カタカタと震える膝を何とか支えていると・・・クロが、再び口を開く。

「でも・・・やっぱり、こういう事は勝手にやっちゃダメなんです」

 語り口は、優しく──でも、その声には、確固たる意志が宿っていた。

「本音を好き勝手に言えたり・・・何かをしたい時にガマンしないのって、幸せですけど・・・きっと、それで幸せになれるのは・・・自分だけなんです」

 言いながら、クロは辺りを見回す。

 そこには、胞子の影響で、欲望のままに振る舞う人たちが居た。

「・・・だから、今は・・・みんな笑顔でも──みんな、ひとりぼっちです」

「!」

 彼女ならではの表現に、思わずハッとする。

 そしてクロは、なおもキノコずきんたちへ語りかける。

「ひとりぼっちって・・・誰かのせいで傷つく事もないですけど・・・誰かのお陰で変わる事も出来ないんだって・・・最近、判ったんです」

 ・・・ふと、ティータとカノンの姿が浮かんだ。

 それぞれの孤独を抱えていた二人の事を・・・クロは、ずっと見ていたんだ。

「私は・・・ハヤトさんと出会ったお陰で、変われました。たくさん勇気をもらえました。自分が誰かも判らないですけど・・・今、こうして笑顔でいられます」

 そう言って、微笑んで──クロは、右手を差し出す。


「・・・・・・キノコさん。私と・・・「ともだち」になってくれませんか?」


<<<・・・・・・>>>

「キノコさんが、私の事を「知りたい」って思ってくれたように・・・私もキノコさんの事、いっぱい知りたいです! いっぱいお話したいですっ! ・・・だから・・・・・・」

<・・・ムー>
<ムゥ・・・>
<ム~・・・>

 クロの言葉を受けて・・・キノコずきんたちは、口々に唸るような声を上げ始めた。

 頭の上の一つ目を突き合わせて、皆で相談しているようにも見える。

 ・・・あの子たちに言葉はないけれど・・・間違いなく、クロの話は通じている。

 それに、きっと──伝わっているのは、言葉だけじゃないはずだ。

<──ム~~!>

「あっ・・・!」

 と、そこで・・・一体のキノコずきんが、群れから飛び出してくる。

 そして、後ろで慌てふためいている他の個体たちを尻目に、クロへと近付いていって──被っている頭巾の裾の部分から・・・細長い「鞭」を伸ばし始めた。

 先程僕が散々苦しめられたそれはしかし、攻撃のためのものではなく──

 差し出されたクロの右手に、応えるためのものだったのだ。

 キノコずきんのかわいらしい見た目と、剥き出しの筋繊維のような鞭のグロテスクさが、どうにもアンマッチだなぁとは感じつつも・・・

 遂に、鞭の先端と、人差し指とが触れて・・・クロは、顔を綻ばせる。

「えへへ・・・! 今日からともだち・・・ですねっ!」

 すると、クロの笑顔につられるようにして──

<ムゥ~ッ!>
<ム~~!>
<ムムゥ~!>

 彼女と握手をした個体も、後ろにいた子たちも・・・やはり、デフォルメされた少女の顔のような部分は無反応のままながら──

 皆が、喜んでいるのだと判る声を上げる。

 それは、間違いなく・・・クロとキノコずきんたちとの間に、友情が芽生えた証だった。

『やれやれ~。雨降って地固まるってやつかな~~・・・って、どうしたの?』

 そして、そんな光景を前にして───

「いや・・・グスッ! なんか・・・ズビッ! クロが・・・初めて自分でともだちを作れたんだなって思ったら・・・感慨・・・深くて・・・・・・エグ・・・ッ‼」

 僕は・・・洪水のように溢れてくる涙を、必死に堪えていた。

『はぁ~~・・・お父さんも大変だねぇ~~』

 ・・・こうして、ひょんな事から始まった騒動は、予想外のハッピーエンドを迎え・・・・・・

 疲労と感動でいっぱいいっぱいの頭の中には、シルフィの呆れた声が響くのだった───
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