恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第二章「ハヤトの長い午後」・③

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「はわっ⁉」「ぬあぁッ⁉」「きゃっ!」

 予想だにしていなかったであろう現象に、三人はまともに煙を浴びてしまう。

「みんな大丈夫⁉ 何ともない⁉」

 咄嗟の事で、駆け寄るのが遅れてしまった・・・!

 声をかけると、銘々咳き込みながらも、平気だと返事をしてくれる。

「けほっ! そっ、そのキノコ・・・間違いないわ! 昨日のあの子よ!」

 そして、何とか立て直したティータが、床に落ちたキノコを指差して声を張った。

「こんなにちっちゃいのに・・・ですか・・・?」

 急に咳き込んだせいか、クロはまなじりに薄く涙を浮かべながら聞き返す。

「・・・えぇ。このサイズでも間違いなく知能があるわ。さすがにあの島の子たちとは繋がっていないでしょうから、全く新しい個体だとは思うけれど。・・・きっと昨日クロが触れられた時に、胞子が体についてしまっていたのね」

「! そう、だったんだ・・・」

 嫌な予感ばかり的中してしまう事に内心歯噛みしながら、カノンにエチケット袋を渡した。

「ぺっ! ぺっ! ちきしょー・・・! あんだァ今のは・・・‼」

 カノンは袋に向かって、唾と一緒に悪態を吐く。

 口に入れたキノコは飲み込んでしまったみたいだけど、大丈夫だろうか・・・

「・・・とにかく、このままにはしておけないよね?」

 カノンの事を心配しつつ──とりあえず二次災害を防ぐべく、袋をもう1枚手に取ってキノコを拾って包み、食卓の上に置いた。

「そうね。ここで巨大化されたら一大事だもの」

 慈愛の心を持つティータも、場所が場所だけに已むを得ないという考えのようだ。

「・・・あぅ・・・・・・」

 一方で、クロは少し沈んだ表情を見せる。

 彼女の戦う動機を鑑みれば、「悪い事をしていない」怪獣を一方的に排除するのは抵抗があるんだろう。

 ・・・ゴミ箱にポイじゃなく、きちんと元いた島に帰してあげなきゃね。

 でも今は時間がないし、どうしたものか・・・と思っていると、ティータが眉根を寄せて難しい表情をしているのに気付いた。

「ただ・・・さすがにこの小ささで昨日見た子たちと同じだとのは、ちょっと違和感があるのよね。・・・まさか、既にどこかで数を増やして──」

 もしかして、まだ一波乱あるんじゃ・・・なんて嫌な想像をした、その瞬間・・・・・・

「───へあぁぁっくっしょぉぉいッッ‼」

 思わず背筋がビクッ!となってしまうくらいの声量で、カノンがくしゃみをした。

「あ、あはは・・・カノン、大丈夫?」

 シリアスな空気が一瞬で吹き飛び、困った笑いが出てしまう。

「・・・口を抑えるくらいして頂戴。さすがに品がなさすぎるわよ?」

 次いで、ティータが苦言を呈すると・・・カノンは無言のまま、すっくと立ち上がる。

「・・・・・・」

 いつもなら、ティータの物言いに反抗して文句の一つでも言いそうな場面だったけど・・・

 立ち上がったカノンは彼女には目もくれず、ゆっくりと僕の方へ近づいてくる。

「ど、どうしたのカノ・・・うわぁっ⁉」

 普段とは違う威圧感を感じて、思わず後ずさろうとすると・・・素早くカノンの手が伸びてきて、有無を言わさず引き寄せられてしまう。

 そして──何とも信じがたい事に───彼女は、僕の体をぎゅっと抱きしめると・・・そのまま頭を胸の間に収めようとしてきたのである!

「かっ、カノンっ⁉」

 突如として顔面に訪れた柔らかな感触と、鼻腔をくすぐる甘い香りが思考を乱す。

 体の前面に伝わる「熱」が、「女性と密着している」と言う事実を、いやが上でも僕に伝えてくる。

 くらくらとしながら、咄嗟に顔をあげると───

「──ったくハヤトぉ! 姉ちゃんから離れちゃダメだっていつも言ってんだろぉ?」

「「「・・・・・・・・・は、はい?」」」

 とろんとした瞳と目が合った途端・・・カノンは、訳の分からない事を言い出した。

 クロとティータと意図せずハモりながら、真顔で聞き返してしまう。

 「カノンが絶対言わなそうなこと」というネタを突然本人がし始めたのかと思うくらい、違和感が凄まじい。

 中身だけが突然別人になってしまったかのようだ。

「え、えぇっとぉ・・・ね、姉ちゃん・・・って・・・・・・?」

「ハァ? アタシ以外に誰がいんだよ」

 一応誰かと間違えたんじゃないかと思って聞き返してみたけど・・・バッチリ目を合わせたままで、呆れた顔を向けられる。

 先日僕を「家族」にしてくれるとは言ってたものの、こんな扱いをされたのはもちろん初めての事だった。

 そして、カノン以外の三人で唖然としていると・・・更なる驚きが訪れる。

<ム~!>

 細くて高い鳴き声が、どこからか聞こえたのと同時──

 カノンの頭から、ポン!と白い煙を伴って、色とりどりの小さなキノコたちが生えて来たのだ。

「えぇぇっ⁉ ど、どういう事ぉっ⁉」

 クロからもキノコが生えてしまっていたけど・・・今度は数も5、6本あるし、おまけに腕じゃなく、頭頂部からだ。

 まさか・・・さっきキノコを食べたせいで・・・⁉

「! カノンの思考が、いつもと全く違う「波」に変わってる・・・?」

 混乱していた所で、カノンの事を視たらしいティータが声を上げる。

「おそらく、極度にリラックスしている・・・所謂いわゆるトランス状態になっているんだわ・・・!」

「と、とら・・・? そ、それって・・・・・・」

「断定は出来ないけれど・・・要するにカノンは今、思考能力が低下していて──欲望のままに行動してしまっているのよ!」

 ・・・正直、推論を聞いた事で、余計に訳が判らなくなってしまった。

「か、カノンが普段ガマンしてる事がコレなわけな──わぷっ⁉」

「きゃんきゃんうるせぇーぞハヤトぉ~! 赤ん坊じゃねぇーんだから・・・ほら、姉ちゃんがムネ貸してやっから、とっとと寝ろよ」

「むごごっ⁉」

 果たしてカノンは、本当に僕を弟だと思っているらしく・・・自分の胸に僕の頭を押し付け、こちらの体を抱えたまま、ソファへと寝転がる。

 きっとカノンが怪獣になる前──共に暮らしていた弟や妹たちには、こうしてあげていたんだろうなぁ、と少し心が暖かくはなったものの・・・

 生憎あいにく、僕はツノもウロコもない人間だ。

「よーしよーし・・・ったく・・・図体だけはいっちょ前だなァ~」

 つまり、何が言いたいかというと──

 カノンのスキンシップは、自分と相手が四足歩行だという前提で行われているので・・・「よしよし」がではなく、頭でおこなわれるのだ。

「もごごごごごごっ‼」

 さっきから、柔らかい頬やらで感触を知ってしまった唇やらが顔面のいたる所に当たりまくり・・・正直、色んな意味で僕の脳はオーバーヒート寸前だった。

「はわわわっ‼ どどどどうしましょうティータちゃんっ⁉」

 朦朧とした意識の中、狼狽したクロの声がぼんやりと聴こえてくる。

「そ、そうね・・・とりあえずあの頭のキノコが原因なのは間違いなさそうだし・・・さっきカノンがやったみたいに一度引っこ抜いてみ──くしゅんっ!」

 二足歩行動物として生まれた事をやや後悔しつついると、ティータの可愛らしいくしゃみが僕の鼓膜を撫でるように震わせ──次いで───

「うっ・・・・・・・・・」

「「・・・う?」」

「うええええええええぇぇぇぇぇええええんっっ‼」

 普段の彼女からは想像出来ない程の声量で、ティータは赤ん坊のように泣き出した。
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