恋するジャガーノート

まふゆとら

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第十一話「キノコ奇想曲」

 第二章「ハヤトの長い午後」・④

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「てぃっ・・・ティータちゃん⁉」

 すぐ横にいたクロは、事態が飲み込めずにあわあわと視線をさまよわせている。

「だ、大丈夫っ⁉」

 いつも冷静なティータがあんなに取り乱す様子はさすがに初めてで・・・

 僕は慌ててカノンの甘い拘束を脱し、声の限り叫びながら泣いている少女の元へ駆け寄る。

 すると、僕の姿を視界に捉えたティータは───

「ええぇぇぇぇんっ‼ おにいちゃぁあ~~んっ‼」

 何故か僕を兄と認識し、遮二無二走って抱きついてきた。

「なっ、ちょっ・・・えぇぇっ⁉」

 ──この豹変ぶりの理由は、一つしか思いつかない。

 息を呑んだ直後、予想通り・・・彼女の絹のような髪の毛の間から、ポコポコと小さなキノコが生えてくる。

 思わず、下唇をぐっと噛み締めた。

「うえぇぇぇぇええええええええっっ‼」

 ・・・何とか思考を纏めようとするも、まずはティータに泣き止んでもらう事が先決だと思い直して、覚悟を決める。

 ・・・・・・後で正気に戻ってから怒られないよう祈りながら。

「よっ・・・よ~しよ~~し! も、もう怖くないからね~~?」

 その場でしゃがんで華奢な体をぎゅっと抱きしめ、頭を優しく撫でる。

 ・・・さっき彼女が、キノコが生えると欲望のままに・・・とか何とか言ってた事を、必死に頭の中から追い出しながら。

「えぅっ・・・! うぅぅ・・・・・・」

 肝が完全に冷え切った所で、ようやく泣き止んでくれる。

 そのまま頭を撫でつつ、ふぅと一つ息を吐いた。

「急に弟になったり兄になったり・・・何がなんだか・・・・・・」

 カノンがおかしくなってしまったのはキノコを食べたせいだと思っていたけど・・・

 ティータまで豹変した事を鑑みると、もしかして・・・さっきの胞子のせいで・・・?

 ただでさえ時間がないのに、どうしたらいいんだ・・・と途方に暮れかけて──

 ふと、もうひとり・・・胞子を浴びてしまっていた人物がいる事を思い出す。

「そうだ! クロは──」

「へくちっ!」

 声をかけようとしたのとほぼ同時・・・彼女が「くしゃみ」をするのが、聴こえた。

 そして・・・クロは、ゆらりとこちらへ向き直る。

「・・・・・・ハヤトさんって・・・ティータちゃんの事は、なでなでするんですね・・・」

「・・・へっ?」

 カノンやティータのようにいきなり抱きつかれる事はなかったので、一瞬クロは普段と変わってないんじゃ? と思ったけど、全くもってそんな事はなく───

 明らかに、纏っている空気が変質していた。

 ・・・文字通り、ただならぬ感じに。

「私には・・・してくれないのに・・・どうして・・・なんでしょう・・・・・・?」

「えっ? あっ、あの・・・く、クロさん・・・?」

 顔にかかったロングヘアの隙間から覗く瞳には、いつもとは違う種類の炎が燃えていた。

 正体不明のが宿った視線に射すくめられ、僕は身動きが出来なくなってしまう。

「ひとりぼっちにしないって・・・約束してくれたのに・・・あれは・・・嘘だったんですか・・・? ハヤトさんは・・・私より・・・・・・他のお二人の方が・・・大切、なんですね・・・・・・」

 聴こえるか聴こえないかのギリギリの声量で、クロが呪詛のように何事かを呟くと・・・

 それに合わせるように、彼女の頭からもどんどんキノコが生えてくる。

 これは・・・まずい・・・! 僕の本能が、全力で警鐘を鳴らすのが聴こえた気がした。

「えっ・・・えーっと・・・そ、そういえば最近ご無沙汰だったねっ! あぁ~っ! 何だかクロの頭を撫でたくなってきちゃったな~~! 今すっごい撫でたいなぁ~~っ‼」

 スーツを着ていない自分の大根役者ぶりに、我ながら嫌になりつつ・・・上ずった声でそう叫ぶと──

 目にも止まらぬ動きで、クロにガシッ!と手首を捕まれてしまう。

「はぁ・・・♡ ハヤトさんの手・・・あたたかいです・・・♡」

 そして、白魚のような指が、僕の手を撫でる。

「うぅぅぅっ! ・・・・・・あれ?」

 ・・・しかし、覚悟していた高熱は、いつまで経っても僕の手には訪れなかった。

 普段なら、なでなでをしてもらえると判った段階で既にかなりの熱を発しているのに。

「私・・・うふふふふ・・・たまりません・・・っ!」

 むしろ、今の彼女の手はゾッとするくらいに冷え切っていて・・・否、全ての熱がその両眼に宿って燃えているかのような・・・というか・・・瞳のハイライトが・・・・・・

「え、えっとね・・・? その・・・クロ・・・ちょ、ちょぉっと目が怖いかなぁって・・・・・・」

「うふふふふ・・・うふふふふふふふふ・・・‼」

 焼かれるのを覚悟していたのに・・・実際に訪れたのは背筋も凍る寒気だった。

 クロは僕の右手を自らの頬に導き、きめ細やかな白い肌にすりすりと掌をこすらせる。

 ・・・ただ、その最中も、うっとりとした瞳だけはこちらをずっと真っ直ぐに見ていて・・・

 僕は、引きつった笑みを浮かべる以外の行動が出来ずにいた。

「オイ一本角ォ‼ ウチの弟をいじめてンじゃあねぇぞアァンッ⁉」

「ふええぇぇええっ‼ おにいちゃんとっちゃやぁだぁああぁぁああっ‼」

 すると、カノンとティータまでこちらにやって来る。

 そして当然のように全員が全員、僕を自分の方に引っ張ろうとするので──

「いだだだだだだだだだだだだッッ‼」

 はたから見れば、かわいい女の子たちに取り合われてるように見えるのかも知れないけど・・・

 彼女たちの正体は全員が怪獣であり、このサイズでも鉄の拘束具を易々やすやすと引きちぎれる程のパワーを持っているのである。

 ギリギリの所で理性を保ってくれているのか、五体は無事ながら・・・いま僕の体に訪れているのは、「まいっちゃうな~」という表現では到底足りないレベルの激痛だった。

「しっ、シルフィ~~~~ッッ‼」

『ん~? なに~?』

 ガキ大将にいじめられた子どものように涙を浮かべ、大体の事を解決してくる妖精さんの名を呼ぶ。

 ・・・こんな状況下でも、いつも通りな彼女の様子にやや面食らいながら。

「おっ、お願いだから・・・! 一回脱出っ! 脱出させてぇっ‼」

『もぉ~~しょ~がないなぁ~~』

 気だるげな返事が頭の中に響いた、直後──僕は一瞬でキッチンの方へ移動していた。

「・・・た、助かったよ・・・ありがとう・・・・・・」

 いつものように目を閉じる必要がなかったのが少し不思議だったけど・・・彼女に何をしたのか聞いてもはぐらかされるのは目に見えてるので、とりあえず感謝だけ伝えておく。

 キッチンからそろりと頭を出して、外の様子をうかがうと・・・三人とも、僕の姿を見失っているらしく、あたりをキョロキョロと見回している。

『クロの鼻ならすぐ見つかるかな~って思ってたけど、今は鈍感になってるみたいだね?』

「・・・そう思ってたならもう少し遠くに飛ばしてよ・・・・・・」

 小声でツッコミつつ、皆を元に戻す方法はないものかと唸る。

 しかし今は時間がないのもあって、余計にうまく考えが纏まらない。

 先程ティータが言っていた通り、頭のキノコを引っこ抜いてみようか・・・なんて思った、その時───

<・・・ムムゥッ!>

 驚くべき事に・・・全ての元凶とも言うべき、クロの腕から生えてきたキノコが・・・食卓の上で、

「ええええぇぇぇぇっっ⁉」

 よく見れば、柄の部分から「えのき」のような細くて白いキノコが4つ生え、両腕と両脚を形成していた。まるで何かのマスコットキャラクターのようだ。

 そして、唖然としているうちに・・・キノコは自分が入れられていた袋を取り去って、器用に食卓から床へと降り立つと、すたこらさっさとばかりに開いた窓から庭に出ようとする。

「ちょっ! 待っ・・・・・・あっ」

 そして、慌てて追いかけようとキッチンから出たところで・・・

 すぐ近くに、つい十数秒前まで僕の体を取り合っていた三人がいる事を思い出した。

「オイ! ハヤト!」
「おにいちゃあぁん!」
「ハヤトさぁん・・・っ!」

「しまったああああああああっ‼」
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