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第九話「運命の宿敵 前編」
第三章「戦慄‼ 地底世界の真の覇者‼」・⑤
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「アイツが・・・新種か・・・・・・‼」
全身が麻布のような色をした鱗に覆われており、真っ赤に光る目と頬まで裂けた口が、気性の荒さを示しているかのようだ。
・・・だが、何より不可解なのは、右腕が血の滴る「鎌」に、左腕が棘だらけの「鞭」のようになっている、生物として有り得ない程の非対称性だった。
<ギャオオォォオオロロロロロッッ‼>
この新種──No.017は、「咆哮」というにはあまりにも喜色を孕んだ声を発した後・・・
右手の鎌の根本に付いた指を器用に使って、斬り落としたNo.015の首を持ち上げる。
<グモォ・・・! グモオオオォォォッッ‼>
すると、仲間を殺されて怒りに駆られたのか・・・残った方のNo.015は、ふた回りも大きな相手にも関わらず、No.017へと臆さず飛びかかった──
が、しかし・・・
<ギャオオロロロロッ!>
No.017は虚を突かれた様子もなく、すかさず左腕を横薙ぎに振るう。
必然、腕と同化した鞭もまた大きくしなって・・・棘鞭が空中のNo.015の首へ巻き付き、次いで左腕が下に向かって振るわれると──動きに従って、No.015は激しく地面に叩きつけられた。
先程、突然No.015が転倒し、おまけに飛び上がった──否、放り投げられたのは、この自由自在に振るわれる鞭の仕業だったのか・・・!
<グモオオォッ⁉ グモオオオォォォッッ‼>
<ギャギャギャ・・・ッ! ギャオォォオオロロロロ‼>
そしてNo.017は・・・右手に斬り落とした首を抱え、左腕の鞭で残ったNo.015を縛り付けにしたまま──
我々に背を向けて、横穴の出口に向かって去って行った。
『・・・・・・悪趣味、ですわね・・・』
誰もが言葉を失っていた中、沈黙を破ったのは、サラの吐き捨てるような一言だった。
『動かない首無し死体の方を置いていったあたり、摂食行動の一環とは考えづらいですし・・・それに、あの表情はまるで・・・・・・殺しを楽しんでいるように・・・見えました・・・・・・』
考え込んでいた様子の柵山少尉もつられて・・・普段なら口にしなさそうな、なんら確証のない、ただの「印象」を零す。
そして、私を含む全員が・・・その言葉に、無言の肯定を以て応えざるを得なかった。
「・・・我々はヤツの獲物になるには役者不足らしい。ヤツの気が変わらないうちに、さっさと退散する事にしよう」
そう口にはしたものの・・・どこか釈然としない空気が漂っているのが判る。
──だが、無理もない。
この地底世界に突入してからわずか10分で、2体の新種と遭遇し、息つく暇もなく命の危機に晒され続けたのだ。
このまま地下深く潜り続けた先には──もっと恐ろしい者が待っているのではないか・・・
言葉にしないだけで、誰もがそう思っているかのようにすら感じられる。
・・・昨日、調査隊へ参加するよう指示を受け、調査区域内で「No.005が発見された」と聞いた時から覚悟はしていたつもりだったが・・・改めて、確信した。
この地底世界は・・・「魔境」だ───
※ ※ ※
「室長、お疲れ様です」
「おぉ副隊長さん。ありがとう」
研究課室のドアをノックされた事に気づいた矢野が振り返ると、そこにはコーヒーカップを2つ持ったマクスウェルが立っていた。
片方のカップを勧められ、矢野は笑顔で受け取る。
「・・・どうです? 例の石版は?」
そして、カップを2回ほど傾けたところで、マクスウェルは本題に入った。
口ぶりこそ冷静なように振る舞っているが、実の所、カナダでの一件から遺文に興味を抱くようになった彼は、「矢野のもとに新たな遺文のデータが送られてきた」との噂を聞いて、いても立ってもいられずここへやって来たのである。
矢野もまたその質問を想定しており、淀みなく用意していた答えを返した。
「まだ何とも、かな。所々が物理的に欠けてるから、今のままだと完全な解読は難しいね」
「・・・そう、ですか・・・」
自覚はなしに目に見えて落胆するマクスウェルの姿に、矢野は小さく笑う。
そして、「しょんぼりさせたまま帰すのも悪いな」と考え、彼は話を続ける事にした。
「でも、ここにあるのはまだ石版のスキャン画像だけなんだ。例の組織が石版について研究を進めてたデータは頑丈なプロテクトがかかってたみたいで、まだ中身が見れてないんだよ」
「・・・! そ、そうですか・・・‼」
一転して明るい顔をするマクスウェルを見て、矢野は再び小さく笑った。
「本局の考古課もそのデータ待ちの状態だったんだけど、昔の知り合いに言って先にスキャン画像だけ回してもらったんだ。ついでに聞いた所によると、プロテクトがかかってるデータについては、上層部の判断で外部の協力会社とやらに解除作業を依頼したみたいだね」
「ふむ・・・松戸少尉なら片手間に解いてしまいそうですが」
「僕もそう思うけど・・・どうやらあの子、入局の経緯が経緯だけに本局のお偉いさんに警戒されてるらしいからねぇ。本来は僻地扱いの極東支局にいるのもそのへんが理由かも」
マクスウェルも、同様の噂は聞いた事があった。
松戸は、学生時代にアメリカの重要機関──おおかた五角形の所だろうとマクスウェルは予想していたが──にハッキングを仕掛けてJAGDの存在を知り、それがきっかけでスカウトされたという異色の経歴の持ち主だ。
持て余す才能を安易に排斥するより、味方に引き込んだ方が有益だ・・・という考えだったのだろうが、同時にその才能ゆえに彼女を怖がる者も多いのだろう、と彼は考えていた。
・・・正確に言えば、後ろめたい所がある人間ほど、彼女の存在を疎ましく思うのだろう、と。
「痛い腹だから探られたくない、という事でしょうね・・・」
「あぁ。そういう事だろうね」
・・・とは言え、松戸自身も上層部に警戒されているのは承知の上で、暇さえあれば本局のシステムを覗き見して恒常的に仕返ししているので、どっちもどっちと言った感じだが・・・と、マクスウェルは内心で溜息を吐いた。
「・・・ふぅむ。しかし例の組織による解読がどこまで進んでいたのかは判らないけど・・・古文が出来れば読めたオリカガミの時と違って、今回は完全に未知の文字だらけで、見えてる部分だけでも時間かかりそうだ。ある意味「遺文らしい」とも言えるが」
空になったコーヒーカップをデスクの上に置き、石版のスキャンデータを見つめながら、矢野が呟く。
マクスウェルもつられて端末の画面を覗き込むが、ジャガーノートたちの絵が描かれているという事以外はさっぱりだった。
「私がカナダで見たのは洞窟の中の壁画だけでしたし・・・遺文にも色々あるんですね」
「あぁ。ジャガーノートが跋扈する世界になった今、人類史最大の謎と言ってもいいかもね」
口角を上げてそう言いつつも・・・一転、顔を曇らせる。
「・・・ただ、「遺文と疑われるもの」については、昔の人が暇つぶしに想像で描いたものなのか、まだ見ぬジャガーノートの事を伝えるものなのか──それが指し示すジャガーノートが実際に現れてみないと判らないってのが、何ともむず痒い所だけどね」
「それは確かに・・・と言うか、全体を見れば遺文ではないものの方が多いんでしょうね」
マクスウェルの言葉に首肯しつつ、矢野は頭の後ろを掻いた。
「そもそも今までは考古課なんて、「真偽不明の怪文書に割く予算も人もない」って色々削減されて大変だったんだよ? 僕もそれで早々に研究課に飛ばされたクチだし」
「それを言ったら、そもそもこのJAGD自体、まさにその「必要性」を何度となく問われ続けて来た組織ですからね・・・」
「確かに!」とひとしきり笑ってから・・・矢野の眼差しに、今までとは違う光が宿る。
「・・・だけど・・・遺文のうちのいくつかは・・・」
「? いくつかは・・・なんです?」
様子が変わったのに気付いて、マクスウェルも思わず前のめりになったが・・・
矢野は少し考えてから、頭を振った。
「・・・あぁ、いや。これはまだ僕の推論・・・いや、妄想の域を出ないから、もう少し考えが纏まってからにするよ。中途半端な事言って恥はかきたくないし、ね?」
「ふふっ、判りました」
マクスウェルは薄く笑って、それ以上追求しなかった。
遺文への興味が尽きた訳ではなく、自分には判らない「研究者の領分」とでもいうものがあるのだろう、と察しての反応である。
すると、人付き合いの距離感を心得ている彼の態度に気を良くしてか・・・
矢野はまだ誰にも話すつもりのなかった「石版についての考察」を、少しだけ口にする事に決めた。
「・・・まぁ、少なくともこの石版に関して言えば・・・描かれているのはNo.009で間違いないだろうね。見た目がそっくりなのは勿論、そもそも例の組織はNo.009を掘り出すためだけに巨大な地下施設まで造っちゃってた訳だし、疑う余地はないと思う」
「えぇ。専門家ではない私も、そこは確信を持てます」
「それと・・・この石版に描かれた文様のいくつかは、「ウルク文字」に似ているんだ。またの名を「原シュメール文字」・・・楔形文字の原型になったと云われているものだね」
「楔形文字・・・メソポタミア文明で使われていたアレですか」
頭の片隅にあった記憶を引っ張り出したマクスウェルに、矢野は笑顔を向けた。
「そうそう。・・・・・・そして、断片的に読み解けた部分からして、おそらくNo.009と対峙しているのは──彼にとって「戦う運命にある相手」のようだ」
指差す先は、石版の左上部。
No.009に対する者がいるはずのそこは丸ごと欠けてしまっており、その容姿を想像する事すら出来ない。
「戦う運命・・・ですか。・・・ライバルのようなものでしょうか?」
「・・・・・・そういうフレッシュな間柄かどうかは・・・わからないけどね・・・」
マクスウェルは再度、石版に描かれたNo.009へ目を向ける。
これを彫った者の意図なのか・・・あるいは単に経年劣化による亀裂のせいなのか・・・・・・
石版に描かれたレイガノンは、全身から雷を放ち、凄まじい怒りの表情で「相手」を睨んでいるようにも見える。
──戦う運命にある、「相手」を。
二人は、何となく無言になり・・・室内には、マクスウェルが冷めたコーヒーの残りを啜る音だけが響いた。
全身が麻布のような色をした鱗に覆われており、真っ赤に光る目と頬まで裂けた口が、気性の荒さを示しているかのようだ。
・・・だが、何より不可解なのは、右腕が血の滴る「鎌」に、左腕が棘だらけの「鞭」のようになっている、生物として有り得ない程の非対称性だった。
<ギャオオォォオオロロロロロッッ‼>
この新種──No.017は、「咆哮」というにはあまりにも喜色を孕んだ声を発した後・・・
右手の鎌の根本に付いた指を器用に使って、斬り落としたNo.015の首を持ち上げる。
<グモォ・・・! グモオオオォォォッッ‼>
すると、仲間を殺されて怒りに駆られたのか・・・残った方のNo.015は、ふた回りも大きな相手にも関わらず、No.017へと臆さず飛びかかった──
が、しかし・・・
<ギャオオロロロロッ!>
No.017は虚を突かれた様子もなく、すかさず左腕を横薙ぎに振るう。
必然、腕と同化した鞭もまた大きくしなって・・・棘鞭が空中のNo.015の首へ巻き付き、次いで左腕が下に向かって振るわれると──動きに従って、No.015は激しく地面に叩きつけられた。
先程、突然No.015が転倒し、おまけに飛び上がった──否、放り投げられたのは、この自由自在に振るわれる鞭の仕業だったのか・・・!
<グモオオォッ⁉ グモオオオォォォッッ‼>
<ギャギャギャ・・・ッ! ギャオォォオオロロロロ‼>
そしてNo.017は・・・右手に斬り落とした首を抱え、左腕の鞭で残ったNo.015を縛り付けにしたまま──
我々に背を向けて、横穴の出口に向かって去って行った。
『・・・・・・悪趣味、ですわね・・・』
誰もが言葉を失っていた中、沈黙を破ったのは、サラの吐き捨てるような一言だった。
『動かない首無し死体の方を置いていったあたり、摂食行動の一環とは考えづらいですし・・・それに、あの表情はまるで・・・・・・殺しを楽しんでいるように・・・見えました・・・・・・』
考え込んでいた様子の柵山少尉もつられて・・・普段なら口にしなさそうな、なんら確証のない、ただの「印象」を零す。
そして、私を含む全員が・・・その言葉に、無言の肯定を以て応えざるを得なかった。
「・・・我々はヤツの獲物になるには役者不足らしい。ヤツの気が変わらないうちに、さっさと退散する事にしよう」
そう口にはしたものの・・・どこか釈然としない空気が漂っているのが判る。
──だが、無理もない。
この地底世界に突入してからわずか10分で、2体の新種と遭遇し、息つく暇もなく命の危機に晒され続けたのだ。
このまま地下深く潜り続けた先には──もっと恐ろしい者が待っているのではないか・・・
言葉にしないだけで、誰もがそう思っているかのようにすら感じられる。
・・・昨日、調査隊へ参加するよう指示を受け、調査区域内で「No.005が発見された」と聞いた時から覚悟はしていたつもりだったが・・・改めて、確信した。
この地底世界は・・・「魔境」だ───
※ ※ ※
「室長、お疲れ様です」
「おぉ副隊長さん。ありがとう」
研究課室のドアをノックされた事に気づいた矢野が振り返ると、そこにはコーヒーカップを2つ持ったマクスウェルが立っていた。
片方のカップを勧められ、矢野は笑顔で受け取る。
「・・・どうです? 例の石版は?」
そして、カップを2回ほど傾けたところで、マクスウェルは本題に入った。
口ぶりこそ冷静なように振る舞っているが、実の所、カナダでの一件から遺文に興味を抱くようになった彼は、「矢野のもとに新たな遺文のデータが送られてきた」との噂を聞いて、いても立ってもいられずここへやって来たのである。
矢野もまたその質問を想定しており、淀みなく用意していた答えを返した。
「まだ何とも、かな。所々が物理的に欠けてるから、今のままだと完全な解読は難しいね」
「・・・そう、ですか・・・」
自覚はなしに目に見えて落胆するマクスウェルの姿に、矢野は小さく笑う。
そして、「しょんぼりさせたまま帰すのも悪いな」と考え、彼は話を続ける事にした。
「でも、ここにあるのはまだ石版のスキャン画像だけなんだ。例の組織が石版について研究を進めてたデータは頑丈なプロテクトがかかってたみたいで、まだ中身が見れてないんだよ」
「・・・! そ、そうですか・・・‼」
一転して明るい顔をするマクスウェルを見て、矢野は再び小さく笑った。
「本局の考古課もそのデータ待ちの状態だったんだけど、昔の知り合いに言って先にスキャン画像だけ回してもらったんだ。ついでに聞いた所によると、プロテクトがかかってるデータについては、上層部の判断で外部の協力会社とやらに解除作業を依頼したみたいだね」
「ふむ・・・松戸少尉なら片手間に解いてしまいそうですが」
「僕もそう思うけど・・・どうやらあの子、入局の経緯が経緯だけに本局のお偉いさんに警戒されてるらしいからねぇ。本来は僻地扱いの極東支局にいるのもそのへんが理由かも」
マクスウェルも、同様の噂は聞いた事があった。
松戸は、学生時代にアメリカの重要機関──おおかた五角形の所だろうとマクスウェルは予想していたが──にハッキングを仕掛けてJAGDの存在を知り、それがきっかけでスカウトされたという異色の経歴の持ち主だ。
持て余す才能を安易に排斥するより、味方に引き込んだ方が有益だ・・・という考えだったのだろうが、同時にその才能ゆえに彼女を怖がる者も多いのだろう、と彼は考えていた。
・・・正確に言えば、後ろめたい所がある人間ほど、彼女の存在を疎ましく思うのだろう、と。
「痛い腹だから探られたくない、という事でしょうね・・・」
「あぁ。そういう事だろうね」
・・・とは言え、松戸自身も上層部に警戒されているのは承知の上で、暇さえあれば本局のシステムを覗き見して恒常的に仕返ししているので、どっちもどっちと言った感じだが・・・と、マクスウェルは内心で溜息を吐いた。
「・・・ふぅむ。しかし例の組織による解読がどこまで進んでいたのかは判らないけど・・・古文が出来れば読めたオリカガミの時と違って、今回は完全に未知の文字だらけで、見えてる部分だけでも時間かかりそうだ。ある意味「遺文らしい」とも言えるが」
空になったコーヒーカップをデスクの上に置き、石版のスキャンデータを見つめながら、矢野が呟く。
マクスウェルもつられて端末の画面を覗き込むが、ジャガーノートたちの絵が描かれているという事以外はさっぱりだった。
「私がカナダで見たのは洞窟の中の壁画だけでしたし・・・遺文にも色々あるんですね」
「あぁ。ジャガーノートが跋扈する世界になった今、人類史最大の謎と言ってもいいかもね」
口角を上げてそう言いつつも・・・一転、顔を曇らせる。
「・・・ただ、「遺文と疑われるもの」については、昔の人が暇つぶしに想像で描いたものなのか、まだ見ぬジャガーノートの事を伝えるものなのか──それが指し示すジャガーノートが実際に現れてみないと判らないってのが、何ともむず痒い所だけどね」
「それは確かに・・・と言うか、全体を見れば遺文ではないものの方が多いんでしょうね」
マクスウェルの言葉に首肯しつつ、矢野は頭の後ろを掻いた。
「そもそも今までは考古課なんて、「真偽不明の怪文書に割く予算も人もない」って色々削減されて大変だったんだよ? 僕もそれで早々に研究課に飛ばされたクチだし」
「それを言ったら、そもそもこのJAGD自体、まさにその「必要性」を何度となく問われ続けて来た組織ですからね・・・」
「確かに!」とひとしきり笑ってから・・・矢野の眼差しに、今までとは違う光が宿る。
「・・・だけど・・・遺文のうちのいくつかは・・・」
「? いくつかは・・・なんです?」
様子が変わったのに気付いて、マクスウェルも思わず前のめりになったが・・・
矢野は少し考えてから、頭を振った。
「・・・あぁ、いや。これはまだ僕の推論・・・いや、妄想の域を出ないから、もう少し考えが纏まってからにするよ。中途半端な事言って恥はかきたくないし、ね?」
「ふふっ、判りました」
マクスウェルは薄く笑って、それ以上追求しなかった。
遺文への興味が尽きた訳ではなく、自分には判らない「研究者の領分」とでもいうものがあるのだろう、と察しての反応である。
すると、人付き合いの距離感を心得ている彼の態度に気を良くしてか・・・
矢野はまだ誰にも話すつもりのなかった「石版についての考察」を、少しだけ口にする事に決めた。
「・・・まぁ、少なくともこの石版に関して言えば・・・描かれているのはNo.009で間違いないだろうね。見た目がそっくりなのは勿論、そもそも例の組織はNo.009を掘り出すためだけに巨大な地下施設まで造っちゃってた訳だし、疑う余地はないと思う」
「えぇ。専門家ではない私も、そこは確信を持てます」
「それと・・・この石版に描かれた文様のいくつかは、「ウルク文字」に似ているんだ。またの名を「原シュメール文字」・・・楔形文字の原型になったと云われているものだね」
「楔形文字・・・メソポタミア文明で使われていたアレですか」
頭の片隅にあった記憶を引っ張り出したマクスウェルに、矢野は笑顔を向けた。
「そうそう。・・・・・・そして、断片的に読み解けた部分からして、おそらくNo.009と対峙しているのは──彼にとって「戦う運命にある相手」のようだ」
指差す先は、石版の左上部。
No.009に対する者がいるはずのそこは丸ごと欠けてしまっており、その容姿を想像する事すら出来ない。
「戦う運命・・・ですか。・・・ライバルのようなものでしょうか?」
「・・・・・・そういうフレッシュな間柄かどうかは・・・わからないけどね・・・」
マクスウェルは再度、石版に描かれたNo.009へ目を向ける。
これを彫った者の意図なのか・・・あるいは単に経年劣化による亀裂のせいなのか・・・・・・
石版に描かれたレイガノンは、全身から雷を放ち、凄まじい怒りの表情で「相手」を睨んでいるようにも見える。
──戦う運命にある、「相手」を。
二人は、何となく無言になり・・・室内には、マクスウェルが冷めたコーヒーの残りを啜る音だけが響いた。
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