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第五話「悪魔の手」
第二章「赤き魔弾‼ ヴァニラス絶体絶命‼」・⑦
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「皆さんこちらです‼ 私についてきて下さいっ‼」
立ち上がり、端末で再度現在位置を把握。
方角を確認しつつ、火勢が弱いところを見つけ、先頭を走る。
英語が通じないが、意図は通じたようだ。皆、私に付いてきてくれる。
「くっ・・・! 思ったより火の手が強い・・・!」
やはり延焼が進んでいたようだ。住居へ向かっていた時よりも明らかに煙は多く、視界も赤い。
姿勢を低くして布で鼻と口を塞ぐように指示しているが、歩き方からして足腰の弱い方も多く・・・進む速度は上がらない。
だがそれでも──諦めるわけにはいかない。
皆の生命を預からせてもらった以上、私が折れるわけにはいかない。
「ここを抜ければ・・・!」
予定通り、開けた場所に出るが───
そこは既に、火の海と化していた。
「くっ・・・!」
思わず、歯噛みする。
最短ルートを通ってきたが、間に合わなかったか・・・!
他の道を探すしかないが・・・振り返ると、既にぐったりとしてしまっている方も何人かいる。
今から引き返しても、体力が持つかどうか・・・。
「・・・だが、それでも・・・ッ!」
「あそこで死んでおけばよかった」などと思わせるような事はしたくない・・・ッ!
たった今、私自身が彼らにそう願ったように、最後の一瞬まで・・・足掻くんだ・・・ッ‼
「・・・⁉ あっ・・・あれは・・・・・・」
端末を穴が空くほど睨み、脱出ルートを模索している途中──すぐ後ろにいた老人が、声を漏らした。
それに続いて、背後から次々に戸惑うような声が聴こえる。
つられて顔を上げると──オレンジ色に支配されていた視界の中央に──仄かな光が見えた。
揺らめく炎ですらも、その光を遮る事はできない。
まるで私の・・・いや、私たちの視界に直接届いているかのように──その銀の光は──徐々に大きくなって───
「・・・・・・奇跡じゃ・・・・・・」
私達の目の前に現れたのは──右の前肢だけが銀色に光っている、エルクだった。
炎の只中にあっても、その体には煤一つ付いてない。
銀の陽炎を纏う前肢が歩みを進める度、森を焦がす火はその輝きを恐れるかのように左右へと散り、道を空ける。
「・・・・・・」
言葉を失ったまま・・・エルク・・・いや、「銀の肢のエルク」と目が合った。
暗く深い、星の海のような瞳に魅入られて、時間が止まる。
そして──理屈に出来ない感覚で──「ありがとう」と、そう言われた気がした。
「君は・・・まさか・・・」
言いかけて、「銀の肢のエルク」は悠然と振り返る。通ってきた道に、炎はない。
その意図を察して、私もまた背後へ振り返った。
「皆さんが諦めなかったおかげです・・・‼ ・・・奇跡は、起きた‼ 行きましょうッ‼」
最早・・・私の言葉を訳してもらう必要などなかった。
皆と頷き合い、「銀の肢のエルク」に続いて、割れた炎の海を渡る。
熱さは感じない。ただ、浮遊感だけがあった。
まるで映画のワンシーンのようで、普段の私なら高揚しただろうが・・・今はただ、歩く。
・・・生きていると、実感しながら。
やがて──奇跡は終わり、同時に、炎の海を渡り切った。
安堵した声が聞こえ、私自身も胸を撫で下ろしたい気持ちに駆られる・・・が、しかし。
「・・・ここからが、私の本当の戦いだ・・・!」
コルヴァズ火山の方角へ、向き直る。
遠くてつぶさには確認できないが、火山を四つ足で下ろうとする、巨大な赤いトカゲのようなシルエットが見えた。
・・・間違いない。「ヴォルキッド」だ・・・!
一刻も早く辿り着くべく、端末を確認しようとした所で──エンジン音が、耳に届いた。
「なっ・・・まさか・・・⁉」
誰かに盗まれたか⁉と背筋が冷えた次の瞬間──木々の間を縫って、<ヘルハウンド>が私の前に現れ、急停止した。
シートには・・・誰も乗っていない。
「まっ・・・まさか・・・自律運転機能・・・⁉」
思わず狼狽してしまう。挙動もあまりに自然で淀みない。
「成程・・・隊長が皆に見せたがらないわけだ・・・」
更にそこで、ガシャン!と音を立てて、シートがひとりでに跳ね上がる。
恐る恐る中を覗き込んでみると、そこには珍しい形をした銃が二丁セットされていた。
「これは・・・来月から導入予定の「ニードル・シューター」⁉ <ヘルハウンド>には先行で装備されていたのか・・・!」
グリップを持って、引き抜く。
前重心の長方形をした未来感のあるデザインに、思わず胸が高鳴った。先日マニュアルで確認した仕様通りだ・・・!
安全装置を確認しつつ、ズボンの後ろ部分に二丁とも差し込む。
何とも弱々しいホールドだが、今は仕方あるまい。シートを下ろして、<ヘルハウンド>に跨った。
「・・・・・・」
振り返ると、「銀の肢のエルク」は、まるで最初からそこに居なかったかのように、消えてしまっていた。
・・・何となく予感はしていたが、礼を言えなかった事が悔やまれる。
「アルバート!」
ハンドルを握った所で、老人が煤だらけの顔で駆け寄ってくる。
「・・・わしらの伝説が誤って伝わっている以上、役に立つかは判らんが・・・「悪魔の手」は、それ自体が「小さな火山」であると、伝説にはあった! 気をつけるんじゃぞ・・・!」
「! ・・・わざわざ、ありがとうございます!」
危険な相手なのは間違いないが、きっとこの情報が突破口になるはずだ。
「礼を言うのはわしらの方じゃ! お主のおかげで・・・わしらは、また生きてみようと思う気持ちを取り戻す事が出来た・・・! だから・・・お主も死ぬでないぞ・・・!」
光に満ちた眼差しと言葉を受け取って、疲れた体に力が漲ってくるのを感じた。
「はいっ! ・・・それでは・・・また!」
サイドスタンドを蹴って、発進する。
火山の麓には、ゴートとマイド少尉もいるはずだ。
「無事でいるんだぞ・・・ッ!」
森を抜け、車道へ躍り出る。アクセルを全開にして──
一路、コルヴァズ火山へと向かった。
※ ※ ※
『現在──カナダのバンクーバー島にあるコルヴァズ火山が噴火し、その内部から・・・巨大な生物が出現したとの事です』
テレビに映っているのは、黒々とした煙を噴き上げる火山と、その斜面に佇む、真っ赤な生物の映像だった。
画面右上には、「LIVE」の文字がある。
『JAGDカナダ支局は、この生物を「ジャガーノート」と認定し、目下総力を上げて殲滅するとの事です。・・・既に現地では、発進した戦闘機が二機・・・この生物によって撃墜されたとの報告が・・・入っています。・・・これは、フィクションではありません・・・繰り返します・・・! この映像は・・・フィクションではありません・・・!』
捲し立てるような英語の声が聞こえ、その上から日本のテレビ局のアナウンサーが声を被せる。
必死に冷静でいようとしているのがわかるが・・・時折、声が震えているのがわかった。
『・・・とんでもない事になってるみたいだね』
既に死傷者も出ている・・・今こうして中継しているヘリだって、いつ落とされたっておかしくない。
・・・赤い怪獣は、四つ足で這うように火山を降り、既に所々火が付いている森へと進行している。
ついに・・・ついに怪獣の暴れ回る映像が、公共の電波に流れてしまった・・・。
日常が侵食されてしまった感覚に陥り、頭が真っ白になったところで──
「ハヤトさん・・・!」
ジャージの袖をクロが掴んだ。
「行かせて下さい・・・このまま・・・放っておけないです・・・!」
橙色の瞳と、目が合う。そこに宿る強い意志に──応えようとして──
「───待てよ、一本角」
そんな彼女を、止めようとする声が耳に届いた。
声のした方に振り向くと・・・居間の入り口に、カノンが立っていた。
立ち上がり、端末で再度現在位置を把握。
方角を確認しつつ、火勢が弱いところを見つけ、先頭を走る。
英語が通じないが、意図は通じたようだ。皆、私に付いてきてくれる。
「くっ・・・! 思ったより火の手が強い・・・!」
やはり延焼が進んでいたようだ。住居へ向かっていた時よりも明らかに煙は多く、視界も赤い。
姿勢を低くして布で鼻と口を塞ぐように指示しているが、歩き方からして足腰の弱い方も多く・・・進む速度は上がらない。
だがそれでも──諦めるわけにはいかない。
皆の生命を預からせてもらった以上、私が折れるわけにはいかない。
「ここを抜ければ・・・!」
予定通り、開けた場所に出るが───
そこは既に、火の海と化していた。
「くっ・・・!」
思わず、歯噛みする。
最短ルートを通ってきたが、間に合わなかったか・・・!
他の道を探すしかないが・・・振り返ると、既にぐったりとしてしまっている方も何人かいる。
今から引き返しても、体力が持つかどうか・・・。
「・・・だが、それでも・・・ッ!」
「あそこで死んでおけばよかった」などと思わせるような事はしたくない・・・ッ!
たった今、私自身が彼らにそう願ったように、最後の一瞬まで・・・足掻くんだ・・・ッ‼
「・・・⁉ あっ・・・あれは・・・・・・」
端末を穴が空くほど睨み、脱出ルートを模索している途中──すぐ後ろにいた老人が、声を漏らした。
それに続いて、背後から次々に戸惑うような声が聴こえる。
つられて顔を上げると──オレンジ色に支配されていた視界の中央に──仄かな光が見えた。
揺らめく炎ですらも、その光を遮る事はできない。
まるで私の・・・いや、私たちの視界に直接届いているかのように──その銀の光は──徐々に大きくなって───
「・・・・・・奇跡じゃ・・・・・・」
私達の目の前に現れたのは──右の前肢だけが銀色に光っている、エルクだった。
炎の只中にあっても、その体には煤一つ付いてない。
銀の陽炎を纏う前肢が歩みを進める度、森を焦がす火はその輝きを恐れるかのように左右へと散り、道を空ける。
「・・・・・・」
言葉を失ったまま・・・エルク・・・いや、「銀の肢のエルク」と目が合った。
暗く深い、星の海のような瞳に魅入られて、時間が止まる。
そして──理屈に出来ない感覚で──「ありがとう」と、そう言われた気がした。
「君は・・・まさか・・・」
言いかけて、「銀の肢のエルク」は悠然と振り返る。通ってきた道に、炎はない。
その意図を察して、私もまた背後へ振り返った。
「皆さんが諦めなかったおかげです・・・‼ ・・・奇跡は、起きた‼ 行きましょうッ‼」
最早・・・私の言葉を訳してもらう必要などなかった。
皆と頷き合い、「銀の肢のエルク」に続いて、割れた炎の海を渡る。
熱さは感じない。ただ、浮遊感だけがあった。
まるで映画のワンシーンのようで、普段の私なら高揚しただろうが・・・今はただ、歩く。
・・・生きていると、実感しながら。
やがて──奇跡は終わり、同時に、炎の海を渡り切った。
安堵した声が聞こえ、私自身も胸を撫で下ろしたい気持ちに駆られる・・・が、しかし。
「・・・ここからが、私の本当の戦いだ・・・!」
コルヴァズ火山の方角へ、向き直る。
遠くてつぶさには確認できないが、火山を四つ足で下ろうとする、巨大な赤いトカゲのようなシルエットが見えた。
・・・間違いない。「ヴォルキッド」だ・・・!
一刻も早く辿り着くべく、端末を確認しようとした所で──エンジン音が、耳に届いた。
「なっ・・・まさか・・・⁉」
誰かに盗まれたか⁉と背筋が冷えた次の瞬間──木々の間を縫って、<ヘルハウンド>が私の前に現れ、急停止した。
シートには・・・誰も乗っていない。
「まっ・・・まさか・・・自律運転機能・・・⁉」
思わず狼狽してしまう。挙動もあまりに自然で淀みない。
「成程・・・隊長が皆に見せたがらないわけだ・・・」
更にそこで、ガシャン!と音を立てて、シートがひとりでに跳ね上がる。
恐る恐る中を覗き込んでみると、そこには珍しい形をした銃が二丁セットされていた。
「これは・・・来月から導入予定の「ニードル・シューター」⁉ <ヘルハウンド>には先行で装備されていたのか・・・!」
グリップを持って、引き抜く。
前重心の長方形をした未来感のあるデザインに、思わず胸が高鳴った。先日マニュアルで確認した仕様通りだ・・・!
安全装置を確認しつつ、ズボンの後ろ部分に二丁とも差し込む。
何とも弱々しいホールドだが、今は仕方あるまい。シートを下ろして、<ヘルハウンド>に跨った。
「・・・・・・」
振り返ると、「銀の肢のエルク」は、まるで最初からそこに居なかったかのように、消えてしまっていた。
・・・何となく予感はしていたが、礼を言えなかった事が悔やまれる。
「アルバート!」
ハンドルを握った所で、老人が煤だらけの顔で駆け寄ってくる。
「・・・わしらの伝説が誤って伝わっている以上、役に立つかは判らんが・・・「悪魔の手」は、それ自体が「小さな火山」であると、伝説にはあった! 気をつけるんじゃぞ・・・!」
「! ・・・わざわざ、ありがとうございます!」
危険な相手なのは間違いないが、きっとこの情報が突破口になるはずだ。
「礼を言うのはわしらの方じゃ! お主のおかげで・・・わしらは、また生きてみようと思う気持ちを取り戻す事が出来た・・・! だから・・・お主も死ぬでないぞ・・・!」
光に満ちた眼差しと言葉を受け取って、疲れた体に力が漲ってくるのを感じた。
「はいっ! ・・・それでは・・・また!」
サイドスタンドを蹴って、発進する。
火山の麓には、ゴートとマイド少尉もいるはずだ。
「無事でいるんだぞ・・・ッ!」
森を抜け、車道へ躍り出る。アクセルを全開にして──
一路、コルヴァズ火山へと向かった。
※ ※ ※
『現在──カナダのバンクーバー島にあるコルヴァズ火山が噴火し、その内部から・・・巨大な生物が出現したとの事です』
テレビに映っているのは、黒々とした煙を噴き上げる火山と、その斜面に佇む、真っ赤な生物の映像だった。
画面右上には、「LIVE」の文字がある。
『JAGDカナダ支局は、この生物を「ジャガーノート」と認定し、目下総力を上げて殲滅するとの事です。・・・既に現地では、発進した戦闘機が二機・・・この生物によって撃墜されたとの報告が・・・入っています。・・・これは、フィクションではありません・・・繰り返します・・・! この映像は・・・フィクションではありません・・・!』
捲し立てるような英語の声が聞こえ、その上から日本のテレビ局のアナウンサーが声を被せる。
必死に冷静でいようとしているのがわかるが・・・時折、声が震えているのがわかった。
『・・・とんでもない事になってるみたいだね』
既に死傷者も出ている・・・今こうして中継しているヘリだって、いつ落とされたっておかしくない。
・・・赤い怪獣は、四つ足で這うように火山を降り、既に所々火が付いている森へと進行している。
ついに・・・ついに怪獣の暴れ回る映像が、公共の電波に流れてしまった・・・。
日常が侵食されてしまった感覚に陥り、頭が真っ白になったところで──
「ハヤトさん・・・!」
ジャージの袖をクロが掴んだ。
「行かせて下さい・・・このまま・・・放っておけないです・・・!」
橙色の瞳と、目が合う。そこに宿る強い意志に──応えようとして──
「───待てよ、一本角」
そんな彼女を、止めようとする声が耳に届いた。
声のした方に振り向くと・・・居間の入り口に、カノンが立っていた。
応援ありがとうございます!
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