恋するジャガーノート

まふゆとら

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第三話「進化する生命」

 第三章「明日への一歩」・⑧

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◆エピローグ


「・・・・・・えっと・・・ハヤトさん・・・ご心配をおかけして・・・すみません・・・」

 秩父での戦いから二日後・・・僕の前には、いつも通りに正座したクロがいた。

「・・・・・・」

 怪獣の姿──シルフィは他と揃えて「怪獣態」と呼ぶようにしたみたいだけど──

 その時に受けたダメージは、「擬人態」に縮小されても残る事を、僕は初めて知った。

 光になって戻ってきたクロが、人間の姿でお腹から血を流してるのを見た時・・・

 僕は彼女に、改めて何て事をさせてしまったんだろうという悔恨の念に駆られた。

 そこから自宅にテレポートして、急いでお風呂場で冷水シャワーをかけて体温を下げて・・・巻いた包帯が焼けないように氷枕を当て続けて・・・

 容態が安定したのは、深夜になってからだった。

 ケガの治りは早く・・・シルフィの力なのか、傷口どころか、服まで再生してしまった。

 それでも、クロが傷ついたのは事実で──

 目の前にいる彼女は、巨大な怪獣に変身できるけど・・・僕らと変わりない、一つの命なんだと、改めて気付かされた。

「・・・・・・うぐっ・・・」

「・・・? は、ハヤトさん・・・?」

 だから・・・一日中寝込んでいたクロが、こうして今──目覚めてくれたのが嬉しくて──

 ついつい、目の奥から溢れ出るものを、止められなかったんだ。

「うっ・・・ぐっ・・・ご、ごめん・・・僕っ・・・ぐすっ・・・」

「ハ、ハヤトさ・・・な、なみだ・・・が・・・」

 堪えても、堪えても、抑えられなかった。

 悔しい時以外で涙が出たのは、何だか久しぶりだった気さえする。

「その・・・あのっ・・・なっ、なかな・・・ながない・・・で・・・ぐだざいぃ・・・っ‼」

 僕が泣き止まないから、クロまで泣き出してしまった。

『ちょっとぉ~! 二人とも~? 分娩室じゃないんだからさ~~』 

 シルフィの不満げな声が聴こえたけど・・・しばらくの間、二人で泣き続けてしまった。

 何だか・・・「生きてる」って実感が・・・したから・・・。


「・・・改めて、その・・・ご心配を・・・おかけしました・・・」

「ずずっ・・・ううん・・・こちらこそ、無理させて、ごめん」

 ようやく泣き止んだ後、鼻をかみながら、クロと話す。

 ・・・改めて思ったけど、クロにはまだまだ教える事がたくさんある。

 人間社会で生きてく上の常識もそうだけど・・・何よりもまずは・・・自分を大事にして欲しい・・・って事を。

 ・・・まぁ、僕が言えた事じゃないんだけどさ。

「うーんとさ・・・クロ、して欲しい事とか・・・欲しい物とか・・・何かある?」

「?」

 我ながら本当に不器用だけど、まずは少しずつ・・・

 「君に無事で返ってきてほしい」って思いを、言葉でなく、実感として持ってもらいたいと、そう思った。

「ええっと・・・クロが頑張ったから、ご褒美・・・っていうか・・・」

「ご褒美・・・! 知って、ます・・・! テレビで見ました・・・!」

 クロの目が、キラキラと輝くのが見えた。

 ・・・財布の中身を思い浮かべ、覚悟を決める。

「えっと・・・それじゃあ・・・また、おさんぽ、して欲しい・・・です・・・」

「・・・・・・えっ? そ、そんなんでいいの?」

「は、はい・・・ダメ・・・ですか?」

 しゅんとして、上目遣いに僕を見てくる。・・・ちょっとそれ反則だってば・・・

「いやいやそうじゃなくて! おさんぽはまたするって、もう約束したじゃない! もっとこう・・・わがまま言ってもいいんだよ⁉」

「わがまま・・・」

 ・・・控えめなクロには、難しい注文だっただろうか。

 無理強いしても仕方ないかなと、諦めかけて──

「それじゃあ・・・あの・・・・・・いいこいいこ、って・・・して欲しいです・・・」

「なーん・・・・・・ゔっ!」

 「なーんだ!お安い御用だよ!」と喉から出かけて、本能がそれを止めた。

 クロに触れるという事は──それ即ち──加熱したヒーターを素手で触るようなものだ。

「・・・・・・やっぱり・・・ダメですよね・・・・・・」

 目に見えて、クロが落ち込んでしまう。
 あぁ・・・! そんな顔しないでよぉ・・・っ!

「わ、わかった・・・・・・!」

「えっ・・・! いいん、ですか・・・!」

 きっと今の彼女に尻尾があったなら、ブンブン振り回しているに違いない。

 僕も男だ。やると言ったらやる。

 大丈夫。熱くなったらバッ!って手離せば大丈夫。うん。バッ!ってやれば絶対大丈夫だよ、絶対。うん。

「い、いくよ・・・」

「はい・・・あの・・・お願い、します・・・!」

 あ、もう恥ずかしがってる。もう熱い。

 ・・・あぁ・・・しまったなぁ・・・恥ずかしがってる時が一番熱いんだよなぁ・・・

 そう思いながら、意を決して、頭を撫でる。

「・・・えへ・・・えへへ・・・嬉しい・・・です・・・」

 それは良かった・・・僕は全身から汗が吹き出していて・・・

 あぁ・・・サウナの水かける石に直接触るとこんな感じなのかなぁ・・・って、意識をどこか遠くに飛ばして耐えていた。

「ハヤトさん・・・! ありがとうございました・・・!」

「ウゥン。ゼンゼンイインダヨ」

『仕事に影響出ないギリギリくらいには護っといてあげたから感謝してよね~?』

 黒焦げになるんじゃないかと心配していたが、シルフィが耳打ちしてくれる。

 ・・・うん。嬉しいんだけどさ、どうせならダメージ0にしてくれないかな?

「あと・・・えぇっと・・・一個だけ、欲しい物が・・・あるんです・・・」

「クロが、欲しい物・・・⁉」

 重ねられたわがままに、思わず身を乗り出しそうになった。

 僕の家に来てからというもの、好き嫌いもせず何でも食べて、文句も言わずにいっつも留守番して、唯一チラチラと視線を向けていたからあげたライジングアームを大事に大事に飾っているクロが、欲しい物だなんて!

 ───僕は、預金通帳すら開く覚悟を決めた。

「言ってみてよクロ! 僕にどーんと任しといて‼」

 胸を叩き、何でも来いと態度で示す。

「あの・・・テレビでが付けてて・・・かわいいなって、思ったもので・・・」

「うんうん!」

 クロは留守番の最中、暇さえあればテレビか、ヒーローもののDVDを観ている。

 情報源はだいたいテレビだと知ってはいたけど・・・みんなが付けてる「かわいいもの」っていうと、アクセサリーの事だろう。

 まさかオシャレにも興味があるなんてびっくりだ・・・!

 もじもじしながら、クロがその名前を口にする。

「あの・・・・・・首輪っていうんですけど・・・」

「それはダメ」

「・・・・・・・・・・・・はぅ」

 ────やっぱり彼女には、教えなきゃいけない事がたくさんあるなぁ・・・・・・

 まだまだ続きそうな波乱の日常を予感して、がっくり肩を落とした。


       ※  ※  ※


「───その後の調査で、No.008が開けた大穴はかなり深く・・・今判っているだけでも、途中で複雑に枝分かれしながら、お隣の大陸棚まで達しているそうです」

「・・・改めて、脅威だな。ジャガーノートというものは」

 マクスウェル中尉からの報告を受ける。

 司令室の椅子に腰掛けたまま、思わず溜め息混じりの台詞が出た。

 No.005が世界各地の地下にいるという仮説・・・あながち間違いでもないのかもしれん。

「現在、大穴の付近一帯は全面封鎖。近く、本局が調査隊を独自に編成・派遣するとの事」

 まぁ、どうせうちから一人出せと言う話にはなるだろう。

「また、今回採取した各種細胞サンプルの研究を手伝った柵山少尉からの報告で──やはり、No.008はNo.005の近縁種である事だけは確かだとの事でした。共通の祖先がいるのは間違いないだろう、と」

 いま柵山少尉は現場で起きた事の報告も兼ねて、本局の研究課へ出向いている。

「・・・ヤツらを含む、ジャガーノートとされる生物は、既存のどの生態系にも属していない。我々が知らないだけで・・・地底では、あんな連中が人知れず進化を重ねていたという事か」

 ──いや。地底だけではない。No.002やNo.006が生息していたであろう深海もだ。

 この地球には、まだまだ未知のジャガーノートどもが眠っているんだろうか。

「生物はみな、生き残るために進化し続ける・・・それはきっと止められません」

 一拍置いて、中尉が続けた。

「「生命は必ず道を見つける」・・・という事ですね」

「随分と詩的な台詞だな、中尉」

「えぇ。名作恐竜映画ジュ○シック・○ークの名言です」

「・・・・・・・・・そうか」

 ・・・こんな返事も予想できなかったとは、私もまだまだ学習しんかが足りないな。

「まぁ、我々人類もそこは見習わねばなるまい。歩みを止めた者に待つのは、淘汰される運命のみ。進化を続ける事だけが・・・生き残る唯一の術だ」

 停滞とは即ち、生きるのを諦める事。歩み続ける事だけが、自分自身を変えていける。

 ・・・十年前の後悔では、「今」は変えられなかった。

ハヤトと再び「ともだち」なれたのも、成り行きとは言え、「今」の自分をお互いに見せられたお陰だと・・・そう思っている。

 一歩ずつ、前へ。生きるために、歩みを止めるわけにはいかない。

「・・・しかし、時として・・・「進化」への渇望は・・・取り返しのつかない事態を招きます」

「・・・そうだな」

 彼が何を言いたいのかは、すぐに分かった。

 No.005との戦いの最中さなかに見つけた「研究室」・・・

 どこの国にも、同じようなものは存在しているのだろう。

 ある者は好奇心から、ある者は野心から──理由などいくらでもあるだろうが、人が世界の理をろうとするのを止める事など、決して出来はしない。

 No.008の件は、最早隠し立て出来る規模を超えた。

 JAGDとジャガーノートの存在は、近いうちに世界中の人々の知る所となり・・・・・・そして、必ずどこかで──禁を破る者が現れる。


 人間は──そういう生き物に進化してしまったのだから。
 

       ※  ※  ※


   ───  某日 モンゴル国・ウムヌゴビ県 地下空洞内───

「3、2、1・・・・・・爆破!」

 合図とともに、スイッチが押される。入り組んだ洞窟内に、爆発音がこだました。

「・・・ッ! やはり当たりです! この先から高エネルギー反応が!」

 アンテナの付いた小型の装置を持った男が、興奮気味に爆破した壁の向こうを指差す。

 甲高い音を立てるその「高エネルギー測定装置」に、「JAGD」の刻印はなかった。

「素晴らしい・・・伝承に従って地下施設を造ったのは正解でした」

 大勢の作業員を引き連れて、白衣を着た男が現れた。

 その顔には、笑みが貼り付いている。

 老人ではないが、髪も瞳も「灰色」をした、不気味な男だった。

 男たちが歩みを進めると、その先には深い暗闇があった。

 作業員が前に出て、道の先をライトで照らす。そこは、天井まで50メートル以上はある、広々とした空間だった。

「ここが「玉座の間」に違いありません。明かりをお願いします」

 指示に従い、空間の各所に拡散光式の照明が設置される。

 照らされた空間の奥には──洞窟の天井にめり込んだ、2本の巨大な「角」があった。

 その場にいた者たちは、口々に感動と驚嘆の溜め息を漏らす。

 一歩進み出て──白衣の男が、歓喜に打ち震えるままに呟いた。


「あれこそ──! 雷王・「レイガノン」───!」


                       ~第四話へつづく~
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