恋するジャガーノート

まふゆとら

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第二話「英雄の資格」

 第三章「決意と死闘」・①

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◆第三章「決意と死闘」


「・・・「怪獣」・・・船の下にいた「何か」は・・・ボカンドンや・・・バシャゴンと同じ・・・怖いもの・・・なんでしょうか・・・」

 シルフィの声は、クロにも聞こえていたらしい。シルフィは首を振って否定した。

『今あのヘリを襲ったのは、「作り物」じゃない。ホンモノの「怪獣」──巨大生物だ』

 遊びじゃないんだぞ、とでも言うように答えると、クロは目を伏せながら、続けて問う。

「・・・・・・私と同じ・・・ですか?」

「ッッ‼」

 呟いた言葉に、絶句してしまう。

「クロ・・・・・・一昨日の事・・・覚えてたの・・・・・・?」

 きゅっと唇を結んで、クロが言葉を続けた。

「・・・・・・あの時は・・・怖くて・・・痛くて・・・苦しくて・・・必死だったんです・・・・・・それでも・・・私から逃げる人たちの・・・悲しい声や・・・泣いてる声は・・・・・・覚えてます・・・」

 何と声をかけていいか逡巡しているうちに、クロは、決定的な言葉を口にする。


「ハヤトさん・・・私も、「怪獣」・・・なんですよね・・・・・・?」


「・・・・・・く、クロは・・・・・・」

 「違う」。きっと、「違う」。

 破壊衝動のままに暴れていたわけではなく、僕が死んでしまったものと勘違いして、力を制御できなくなってしまっただけなんだ。

 現にこうして、今日はまるで人間のように生活できたじゃないか。

 見た目の割に中身が幼いだけで、ヒーローショーに感動して、着ぐるみを怖がって、遊園地に目を輝かせて、人間の女の子と仲良くなって、彼女の心配までして───

『・・・クロ。ボクは、真実から目を背き続けるのが悪い事だとは思わない』

 顔の横で漂う妖精が、見た事ない──どこか苦しくも見えるような笑顔を見せる。

『キミだって、キミの記憶にあった「目」──あんなもの、失くなっちゃえばいいって、そう思うよね? ・・・辛い記憶を忘れる事で、人は、生きていけるんだ』

 シルフィは、泣きそうな顔で──まるで自分に言い聞かせるかのように、言葉を重ねた。

『だからキミだって、自分にとって良い事だけを覚えていればいいんだよ。楽しい事だけ・・・嬉しい事だけ覚えていれば、苦しむ必要なんてなくなるじゃないか』

 彼女は、本心から言っている。自分の心を痛めつけながらも、だ。

 ただ──今度は、クロが首を振る番だった。

「でも・・・もし・・・怖いも痛いも苦しいも知らなかったら・・・きっと私・・・あの時・・・ハヤトさんの手を・・・掴めなかったと思うんです・・・」

「っ!」

 目を伏せたまま──記憶の一つ一つ、想いの一つ一つを辿るように、彼女は続けた。

「ハヤトさんも・・・ひとりだった時・・・みんなの事が怖かったって聞きました・・・でも、その記憶があったから・・・私に「ひとりじゃない」って言ってくれたんだって・・・思うんです」

『・・・・・・』

「・・・あの言葉がなかったら、ハヤトさんの手には・・・気付けませんでした。だから・・・怖いも、痛いも、苦しいも・・・きっといつか・・・誰かのために・・・かけてあげられる・・・あたたかい言葉に変わるんじゃないかなって・・・思うんです・・・」

 必死に紡がれた言葉に、思わず目頭が熱くなってしまう。

「だから私・・・知りたいです・・・怖くても、痛くても、苦しくても、自分の事を」

「クロ・・・」

『・・・・・・なら、ボクから言える事はもうないね』

 シルフィは、身を引くように僕の肩に着地して、腰掛けた。

 ・・・彼女が今、何を考えているかはわからないけど、「真実から目を背けてもいい」って言葉は、きっと、悪気があって言ったわけじゃない。

 彼女には彼女なりの──本人の言葉を借りるなら、「使命」があると思うから・・・。

「あの・・・ハヤトさん・・・」

 しかしこれからどうしたものかと思案しかけた所で、クロが話しかけてくる。

「一つ、聞いてもいいでしょうか」

「・・・うん」

 クロが・・・おそらく、この姿になってから初めて・・・真正面から、僕に向かい合った。

 だから僕も、その決意に答えるために、彼女と鏡合わせに正座する。

「・・・私のような・・・「怪獣」でも・・・」

 一拍置いて、彼女の顔がこちらを向き──。橙色の瞳と、目が、合う。

 太陽のようなその瞳の真ん中に、滾る炎に似た赤が滲んでいる事を、僕は初めて知った。


「・・・・・・「怪獣」でも・・・誰かの「ヒーロー」に・・・なれるでしょうか・・・?」


「───なれる。なれるよ、きっと」

 迷わず、言い切った。どこか、そう言われる予感がしていたのかも知れない。

 だから僕は、彼女の目を見つめ返して、この言葉を送る───

「ヒーローは、ヒーローとして生まれてくるんじゃない! 勇気と明日を信じる者だけが──ヒーローになるんだ! 君だって、ヒーローになれる──‼」

「ハヤトさん・・・っ!」

『それ、ステージのセリフでしょ? しかも先週やったばっかのやつ』

「・・・・・・バレた?」

 ・・・・・・だって・・・言うなら今しかないと思って・・・・・・いや、本当にグッと来る脚本だったんだよ、「僕だってライズマン」。

『それで・・・クロ、キミはどうしたいの?』

 いまいち締まらなくなってしまった空気をさらりと流して、シルフィは問う。

「さおりちゃんの・・・お父さんを・・・助け・・・たいです・・・!」

 立ち上がり、ぐっと拳を握るクロ。

「シルフィ、その・・・・・・」

『はいはい。ボクが連れてけばいいんでしょ~。まったく、しょうがないなぁ~』

 「やれやれ」と全身で表現する彼女だったが、その顔はどこか満更でもないのがわかってしまった。

 それがどうにもおかしくって、思わず笑みが溢れる。

『それじゃあ二人とも、目を閉じて──』

 セリフを合図に、言われるがまま目を閉じる。

 危ない所にクロを連れて行くなんて本当は気が進まないけど、それでも今は──彼女の決意と熱意を、大事にしてあげたかった────


『は~い。到着~~♪』

「え? もう? 早いね───ってうわあぁぁっ⁉」

 目を開けると、一面の青い空、白い雲──の「下」に、タンカーが見えた。

 クロを助けるためにテレポートした時と同じで、僕とクロは、宙に浮かぶ、透明な球体の中にいた。

 ・・・・・・覚悟はしてたけど、やっぱこれ・・・怖い。

「・・・・・・?」

 クロはこの高さでも平気なのかな・・・と目を向けると、何やら浮かない顔をしている。

「どうしたの?」

「・・・さっきまでいた・・・影が・・・いないんです・・・けど・・・この水の中の・・・・・・深い所・・・・・・なんだかすごく、「嫌なニオイ」が・・・します・・・!」

 クロの、緊張と──誰かに向ける「敵意」で張り詰めた様子は、初めて会った時のよそよそしさを思い出させた。

『タンカーの方は、救助が進んでるみたいだね~』

 球体が少し下降すると・・・タンカー上空のヘリから垂れた紐を伝って、救急隊員が怪我人と思しき人をヘリに吊り上げているのが見えた。

 周囲には目立つ色のゴムボートがいくつも浮かんでいて、その全てにライフジャケットを着た人たちが目一杯乗っている。

「・・・シルフィ・・・あんまり近づきすぎると・・・その・・・人魂か何かと勘違いされたり・・・」

 ぐんぐん降りて行くのがわかって、今にも誰かと目が合ってしまうのではないかと気が気でなく、彼女の袖をちょいと引っ張りながら尋ねる。

『外からはボクたちが見えないようになってるから平気だよ~。ハヤトは小心者だなぁ~』

 「小体者」に言われたくなかったけど、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 なにせ今は生殺与奪の権利を彼女に握られているんだ。この泡がぱちんと弾けようものなら、一巻の終わりだ。

「・・・・・・やっぱり、ここじゃない・・・もっと深くに・・・います」

『それじゃあ潜ってみよっか~。クロの言う「嫌なの」がまたこの船を襲っても大変だし』

 水面に着いた球体は、そのまま海の中へ──。

 透明な壁に守られたまま、海の底へ底へとどんどん潜っていく。

「・・・・・・ニオイが、強くなってます・・・」

 クロの声が、一層緊張した雰囲気を帯びる。周囲が、だんだん暗くなってきた。

 一人きりじゃないとは言え、真っ暗な海の中を進んでいくのは、なかなか心細い。

『う~ん・・・暗くて何も見えないなぁ・・・よっと!』

 胸の結晶内に、三角形の先端が向かい合った模様が浮かび上がると、瞬く間に球体の周りの暗黒が晴れ、ずっと先まで見通せるようになる。

 ・・・もうこの妖精が何しても驚かないぞ。

『どうだ~明るくなったろぉ~?』

「大正時代の成金じゃないんだから・・・妖精のくせに俗っぽい事言うなぁ・・・」

「・・・! あっちに何かあります・・・!」

 クロが何かに気付いたようだ。指差した方向にシルフィが舵を取ると、そこには───

「うわっ⁉ なんだこれ・・・怪獣の・・・死体?」

 毒々しい体色をした、タコに似た怪獣・・・身体のあちこちがちぎれ、ひと目見て死んでいるのがわかったが、そのシルエットの巨大さには恐怖を感じてしまう。

 足を伸ばしたら、怪獣になった時のクロよりも大きいんじゃないだろうか。

『さっきヘリを落としたのはこのタコかも。でも、死んじゃってるね?』

「う~ん・・・一体どうして──」

「・・・ッ‼ あそこッ!」

 言いかけて、クロの声がそれを遮る。

 威嚇するように前傾姿勢に構えた彼女が見据えた先には──黒いクジラ──いや、違う・・・潜水艦だろうか?

 それに体当たりをする、マンタのようなこれまた巨大な怪獣が、いた。

「そ、そんな‼ か、怪獣が・・・二体もいたって事・・・⁉」

 三角形に広げた翼の先端に頭があり、一部が青白く光っているのが見える。

 アンコウの提灯のようなものだろうか。

 全身が鎧を思わせる鋭利な甲殻に包まれていて・・・見間違いだろうか、伸びた尻尾の先が二股になっており、そこはまるでもう一つの頭のようにも見える。

 少し距離があるから観察できたものの、その巨大な体は、見てるだけで縮尺が狂いそうになる。

 おそらく、頭の天辺から尻尾の先まで、100メートル以上はありそうだ。

 と、そこで──潜水艦のライトが明滅したのが見えた。

「ッ! た、大変だ! あの潜水艦、きっとまだ中に人がいるんだ!」

 クロが、僕の顔のすぐ横に視線を向ける。

『・・・あの女の子のお父さんとは何にも関係ないけど、それでも行くの?』

「・・・・・・はい。きっと、「ヒーロー」なら・・・戦います・・・・・・!」

 「そうですよね?」と視線で問いかけてくるクロに、僕もまた頷きで返した。

『わかったよ。ボクがまた暴走しないように抑えるけど、クロも自分を見失わないように気をつけてね。ハヤトを守るのだって楽じゃないんだ』

「・・・はい・・・! ・・・・・・あと・・・えっと・・・その・・・」

 再び、クロの視線が僕の方を向く。懇願するような、艶めいた橙の瞳。

 その意図を察して───ちょっとむず痒いけど、僕も覚悟を決めた。

「・・・がんばっておいで、クロ!」

 ぽん、と頭に手をおいて、クロの言う「あたたかい言葉」を、笑顔と共にかける。

 途端、 てのひらにストーブを直に触ってしまった時のあの感覚が訪れた。

 が、ここで手を離したら台無しだ。歯を食いしばって耐える。

 ・・・うん。覚悟を決めておいて正解だった。

「えへへ・・・はい・・・っ! 行ってきます・・・っ!」

 シルフィが僕の胸の──ペンダントの前の宙空で、静止して両腕を広げる。

 すると、オレンジ色のまばゆい光が放たれて、同時にクロの体も煌々と光り出し──そのまま球体の外へ──まるで、流れ星のように飛んで行った。

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