恋するジャガーノート

まふゆとら

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第二話「英雄の資格」

 第三章「決意と死闘」・②

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       ※  ※  ※


「ぐ、うぅ・・・ぜ、全員・・・無事・・・か・・・ッ!」

 鳴り止まない警告音の中、何とか声を張り上げる。

 岩礁に金釘もかくやとばかりに繰り返し叩きつけられ、<モビィ・ディックⅡ>は最早満身創痍と言って差し支えない。

 心もとないサブ電源で稼働する非常灯すら、明滅を始めている。

 ───だが、それでも・・・うめき声に混じりながら、全員の返事が返ってきた。

 私自身、立ち上がるのがやっとだが、それでも、全力を尽くさなければならない。

 私はまだ死ねない。そして、ここにいる誰一人、死なせはしない。

 厚ぼったい手袋を脱ぎ去る。制帽は既にどこかへ飛んでいった。

「・・・・・・1番ドローンと・・・艦首の魚雷発射管は生きている・・・!」

 コンソールのシステムチェックで、「×」が付いていない箇所を見つける。

 展開式射出口と艦首前部の発射管は全てやられているが、まだ、この艦には最後の牙が残っていた。

 艦本体の外部カメラと照明を起動し、ヒビの入ったメインモニターに憎き敵の姿を投影する。

 こちらを嘲笑わらうその面を、どう歪ませてやろうか思案を巡らそうとした、その瞬間───

「あ、あの光は・・・ッ?」

 突如として、星のような輝きが、No.006の前に発生する。

 そして──信じられない事に──光は歪み、形を変え──その「姿」を顕現させた。






<グオオオオオオオオオオオオオッッッ‼>

<キシャアアアアアアアアアアアアアア‼>


「────な、んだ・・・・・・これは・・・・・・ッッ⁉」

 二体のジャガーノートの咆哮が、震動となり、艦の外殻を伝って身体に伝わる。

 目の前には、信じられない光景が広がっていた。

 一昨日の夜──消滅したはずのNo.007ナンバーセブンが──今、この最悪の状況において、再びその姿を現したのである。

「何が・・・起きているんだ・・・!」

 その場にいた全員が、モニターに釘付けになる。

 No.006は、先程までのどこか余裕すら感じさせるような動きを止め、頭部近くに点在する発光体をぎらりと光らせる。

 注意深く見ると、体の側面の甲皮を小刻みに振動させているのがわかった。

 状況から推察するに、ヤツの威嚇行動という事なのだろう。

 対するNo.007──ヴァニラスと言ったか──は、この艦に背を向けて、No.006と対峙するように佇み──睨み合っている。

 一昨日の夢遊病者のように海へ向かっていた姿とは全く別の生き物のようだ。

「・・・っ! そうだ・・・!」

 焦燥感に駆り立てられながら、サーモセンサーを確認する。

 一昨日のような事態になれば、海底火山と連鎖爆発して大惨事になりかねん! 

 そう思ったのだが───

「・・・・・・体温が・・・低くなっている・・・」

 サーモセンサーが故障していないのであれば、最も高い胸の中心部でも200度。体表に至っては80度しかない。一昨日の50分の1だ。

 形が似ているだけで、全く別のジャガーノートなのかと疑いたくなったが──高エネルギーの波形は、目の前の巨大な竜こそが間違いなくNo.007であると告げている。

<キシャアアアアアアアアアアア‼>

 考えがまとまらない中、先に動いたのはNo.006だった。

 全身をくねらせ、二本足で立つNo.007へと突進する。躱されれば、こちらに直撃だ!

 思わず息を呑むが───

<オオオオオオッ‼>

 No.007の口から大量の気泡が漏れ出したのと同時、その巨体で一歩踏み出し、No.006の両翼を鋭い爪で鷲掴む。

 突進を受け止めたのである。激突の衝撃で、またしても海中が揺れた。

 次いでNo.007は、掴んだ相手をそのまま海底に勢いよく叩きつける。爆発でも起こしたかのように砂塵が舞った。

 敵の怯んだ瞬間を逃さず、巨大な竜は再び足を持ち上げたかと思うと、No.006の翼を思い切り踏み付けた。

 狡猾な狩人は苦悶の叫びを上げ、痛みを訴えるかのように発光体を激しく明滅させる。

 自分より大きな体躯を足蹴にしながら、No.007は再度、雄叫びを上げた。

「・・・・・・・・・ギガント・・・マキア・・・」

 モニターを見つめながら、マクスウェル中尉が呟く。

 「ギガントマキア」───記憶が正しければ・・・ギリシア神話に伝わる、オリュンポスの神々と、巨人・ギガンテスとの戦いの事だったか。

「・・・・・・フッ・・・」

 自嘲わらいながら、艦長席を杖に体を起こす。

 そして、いけ好かない思いを抱えつつも、ポケットに入っていたイヤホンを起動した。

「まだくたばっていないだろうな?」

『──お待ちしておりました。マスター。ご指示を』

 さすがは電気で動く人工知能。

 少しくらい動揺していれば可愛げもあるのにな、と心の中で独り言ち、小声で要件を伝える。

「ドローン1機と垂直魚雷発射管はまだ生きている。メインシステムを復旧できるか?」

『お安い御用・・・と言いたいところですが、軍事システムへの接続は有線のみ。お手数ですが、貨物庫までお越しいただけますか?』

「ポンコツめ・・・少し待っていろ」

『お任せ下さい。ご存知の通り、「待て」は得意です』

 懲りずに軽口を叩かれ、ほんの少しだけ、緊張が解れた。

 ズキズキと痛む全身とぼやけた頭にも、ようやく血がめぐってくる。

 理由はわからないが、No.007はこちらよりもNo.006と戦いたがっているらしい。

 ならば、このタイミングを逃す手はない。

 期せずして、先程No.006にやられた事をそのままやり返すようだが、二体が争っているのを利用し、漁夫の利を狙う──これが得策だろう。

 そうと決まれば、呆けている暇はない。

 一刻も早く、こちらに残された最後の牙を研ぎ澄ます──!

「貴様ら‼ 動物ポルノの鑑賞会は終わりだ‼」

 いまだにこの艦のすぐ外で繰り広げられている光景に見惚れている者たちに、活を入れる。

 びくりと肩が動き、全員がこちらを向いた。皆一様に、焦燥している。

 だが、それでも──

「───私はまだ、お前らの生命を諦めてやらんぞ」

 八つの視線を真正面から受け止めて、言い放つ。

「お前たちはどうだ! まだ・・・やれるか・・・ッ‼」

 少しの間を置いて・・・無言で全員が頷いた。

 ボロボロでも、今すぐ楽になりたくても、それでもまだ──最後の火は、消えてはいなかった。

 ならば私も・・・答えなければなるまい。

 No.006の度重なる攻撃でメインシステムがダウンし、サブ電源によって最低限の稼働しか出来ていないのが現状だ。

 もの自体が生きていても、ドローンの機雷モードと魚雷を使うには、ダウンしているメインシステムを復旧させるしかない。

「柵山少尉、竜ヶ谷少尉とユーリャ少尉の手当をしてやれ。この後もまだ仕事をしてもらう」

「あ、アイ・マムッ!」

「中尉! これから私がメインシステムを復旧させる! 艦首の垂直魚雷発射管の状態を見て来てくれ!」

「アイ! マムッ!」

 中尉が歯を食いしばりながら司令室を突っ切り、艦首へと駆けて行く。

 私もまた踵を返し、貨物庫へと急ぎ向かった。


       ※  ※  ※


「うわぁぁぁっ!」

 海底に沈殿していたであろう、巨大な鉄の残骸がこちら目掛けて飛んで来る。

 思わず身を屈めるが、カツンとも言わず、何の物音も立てずに、僕とシルフィの入っている球体を躱して後方へと流れていった。

『おぉ~。すごい衝撃~~』

 一方、顔の周りをふわふわ舞っている妖精は、相変わらずのマイペース。

 この球体には、触れられないようにしているのだろうか。

 クロが怪獣を地面に叩きつけた時に舞い上がった破片は、どんどん僕たちの後ろに流れていく。まるで、3D映画でも観ているかのようだ。

 でもこれは──映画ではなく、いま目の前で現実に起こっている、怪獣同士の死闘なんだ。

<グオオオオオオオオオオッ‼>

 クロがまたしても雄叫びを上げると、鋭い爪を立て、マンタの怪獣の背ビレをむんずと掴む。

 するとそのまま、薙ぎ払うかのように乱暴に右腕を振り、その巨体を岩壁へと投げ付けた。

<シャアアアアアッッ‼>

 悲鳴のような鳴き声を上げるマンタの怪獣──しかし、クロは攻め手を緩めない。

 次は敵の腹ビレに爪を突き立てて岩に押し付けると、大きく広がった翼の付け根に噛み付いた。

 その鋭利な牙は、マンタの怪獣の鎧のような甲殻を貫通して突き刺さり、その奥にある筋肉を捉えると──首ごと頭を思い切り振って、翼の一部を噛みちぎった!

<オオオオオオオオオオオッ‼>

 咥えた肉片を無造作に吐き出し、勝鬨を上げるかのように、三度吼えた。

 衝撃は来ない筈なのに、その雄叫びの圧を感じて思わず身震いしてしまった。

『クロって結構乱暴な戦い方するね~?』

 シルフィも同じ事を考えていたようだ。

 普段のクロからは想像もできないような、荒々しく、野性的とも言える戦い方。

 怪獣に闘争本能のようなものがあるとして、あの姿になるとそれが顕著になる・・・という事なんだろうか。

「あぁっ‼」

 そんな事を考えていた矢先──マンタの怪獣が、反撃に転じていた。

 怪獣の長大な尻尾が、獲物に忍び寄るヘビのように音もなく海底を這い、クロの右脚に巻き付く。

 さらに驚くべき事に、尻尾の先が俄に大口を開け、クロの太ももに噛み付いた!

<グオオオオオオオ‼>

 クロが苦痛を訴える声が上がる。あの尻尾は、やっぱりもう一つの口だったのか!

<キシャアアアアアアアアア‼>

 マンタの怪獣はクロが怯んだ隙を見逃さず、体勢を立て直すのと同時に尻尾を引いて、クロの脚を掬い、転倒させた。

 海中にありながらもクロの巨体は浮き上がる事なく、海底に倒れ込んでしまう。堆積していたマリンスノーが弾け、白い吹雪が舞った。

『・・・あの怪獣、かなり頭がいいね』

 シルフィの顔つきが真剣さを増した。

 優勢に思われていたクロが逆転されてしまった事に、僕も気が気でない。

 しかし──本当のピンチはこれからだった。

<シャアァァァァァアァッ!>

 巻きつけていた尻尾を外した怪獣は、前の頭を倒れているクロの顔に近づけると──突然、口から濁った色の煙を吐き出した!

「な、何だ今のっ⁉」

 何をされたのか判らず、じたばたするクロ。

 クロが立ち上がるのに合わせ、怪獣は敵を見据えながら、退泳いで距離を取った。後ろ歩きならぬ後ろ泳ぎと言った所か。

 ようやく立ち上がったクロは、再び敵を睨みつけ襲いかかろうとする。

 しかし、踏み出した脚がもつれ、そのままフラフラと身体を揺らすと、次は自分が岩壁へと倒れ込んでしまった。

『今の煙・・・まさか・・・毒?』

「そ、そんな‼」

 クロは背にした岩壁を杖に立ち上がろうとするも、身体に力が入らないようだ。

<・・・シャアアアアアッ!>

 マンタの怪獣が、まるで笑ったかのように見えた──次の瞬間、海底に平行にした巨体を独楽コマのようにスピンさせ、クロの頭を尻尾で打ち払った!

 再び倒れ込むクロ。

 すると間髪入れずに、猛スピードで泳ぎ、岩に体当たりを始めた。

「まずいッ・・・! 逃げて! クロッッ‼」

 気付いた時には、もう遅かった。

 二度も巨大生物の体重を受け止めた岩には、所々に亀裂が入っていたのだ。

 そして、狡猾なマンタの怪獣の目論見通り──その勢いのついた体当たりで、巨岩は音を立てて崩れ去る。

 倒れているクロの上に、岩の雨が降り注いだ!

<グオオオオオオオオオッッッ‼>

「く、クロ────ッ‼」 

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