恋するジャガーノート

まふゆとら

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第二話「英雄の資格」

 第一章「その名はライズマン」・⑥

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 神奈川県内の遊園地「よこすかドリームランド」内の施設の一つ・「ワンダーシアター」のステージ前──客席最後列───。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 ステージの始まりを今か今かと待つ子どもたちのわんぱくな声が飛び交う中にあって、そこに腰掛ける二人の女性は、お通夜のような静寂を奏でていた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 元から人付き合いが苦手で、胸を張って友達と言える人数が片手で足りてしまうあけみにとって、初対面の女性──しかも巨乳──と二人きりという状況は、あまりにもハードルが高かった。

 しかし、好意を寄せる隼人からの頼みとあれば断るわけにもいかず、ついつい調子よく二つ返事で引き受けてしまうのが、この山田あけみという女であった。

「あっ・・・えっと・・・クロ、さん・・・と・・・おっしゃいました・・・でしょうか・・・」

 苦手な仕事とはいえ、引き受けた以上、さすがに終始無言のままというのも印象が悪いんじゃないだろうかと考え、なけなしの勇気とありったけの社交性を振り絞って、あけみはまず名前から聞いてみる事にした。

「は、はい・・・クロ・・・です・・・」

 座っているのが最後列なおかげで、自分に向けられた視線がなかったクロは、先程とは違い多少はリラックスした状態で返事が出来た。

「あっ、えと・・・名前は・・・ハヤトきゅ・・・じゃない! ハヤトくんがつけてくれた・・・と・・・先程・・・おうかがいしたのですが・・・・・・」

 年齢もわからない相手ゆえに敬語を交えながら、あけみも探り探り会話を続けようと試みる。

「は、はい・・・その・・・記憶・・・が・・・ないものですから・・・」

 ちなみに、ここまで両者は一度も視線を交えていない。

「え、えと・・・大変ですよね・・・記憶、ないと・・・困り・・・ますもんね・・・多分・・・」

「あ、はい・・・その・・・さびし、かったです・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 ──ステージの開演まであと5分。

 いつもならラスト5分で感極まって涙するあけみだったが、今日は既に泣きそうになっていた。もちろん別の意味で。

「その・・・えーっと・・・・・・ご、ご趣味・・・は・・・?」

 話題に窮した結果、あけみはお見合いのような質問をしてしまった。

「・・・あ、あの・・・「趣味」・・・って・・・なんでしょうか・・・?」

 クロは、姿形こそシルフィの力で人間のようになっているが、その中身は犬のような動物である。

 人間の言葉を解し、応答する事はできても、人間の文化を知っているわけではなかった。

「す、すみません! き、記憶喪失、ですもんねっ!」

 俗に謂われる記憶喪失──全生活史健忘は、自分に関するエピソード記憶をなくした状態であり、言葉の意味についての記憶・意味記憶を喪失する事ではないのだが、あけみにそんな事を考える心の余裕は存在しなかった。

「その・・・「趣味」・・・は・・・なんて言ったら良いんだろう・・・えぇっと・・・その・・・・・・自分がしたり、してもらったら好きな事・・・ですかね・・・?」

 ついでに、そもそも趣味の話題から遠ざかればいいという発想に至る心の余裕もなかった。

「してもらったら・・・好きな事・・・・・・」

 クロは、砂浜で助けられ、小鳥遊家の物置で目を覚ましてから現在に至るまでの短い記憶を辿った。

 短いながらも、隼人からの献身と優しさに満ちた記憶を───


「ええっと・・・好きな事は・・・・・・は、ハヤトさんと、寝る事でしょうか」


「──────」

 勿論、クロにとっては言葉通りの意味──しかも犬の状態の時の話──であったが、当然、二十年以上も耳年増としてのレベルを上げて来たあけみにとっては、とてもまともな精神状態でいられる発言ではなく、声も上げずにそのまま意識を失った。

「・・・・・・」

 クロはあけみが急に眠ってしまった事に気付いたが、「きっと眠かったんだな」と考えた。ハヤトと一緒に寝る際も、彼が会話の途中で眠ってしまう事を思い出したのである。

 同時に、眠っている間のハヤトの幸せそうな顔も。

 実際は、あけみはこの世の終わりのような顔をして真っ白になっているのだが、クロは彼女が幸せな状態にあると判断し、起こすという無粋な真似はしない事に決めた。

「ほらほらママ! いそいで! もうはじまっちゃうよ!」

「もう~さおり~! 走っちゃダメだってば~!」

 そこで、5歳くらいの少女と、その母親が施設内に入って来た。

 そしてそのまま少女──さおりは、迷う事なく、クロの左隣の席に腰掛けた。

「・・・・・・っ!」

 ハヤトから紹介されたわけでもない人物が接近してきた事にクロは一瞬緊張状態に陥ったが、即座に、接近してきた人間に敵意及び自分への関心がないと判断し、その場に留まった。

 クロは、「待て」が得意であった。

「あれ? さおり、一番後ろでいいの? もっと前の席も空いてるよ?」

「ママはわかってないなぁ・・・今日はしふと的にライズマンが後ろのカーテンから出てくる日だから、この席が最高なんじゃない!」

 この少女は、プロだった。

「相変わらずねぇ・・・ママはノボルくんが近くで見たいんだけどなぁ・・・」

「ママったらめんくいなんだからー!」

 隣の席で繰り広げられてる会話を、クロは興味深く聞いていた。本能的に、目の前の二人が「家族」である事を理解する。

 同時に、自分の中に「家族」の概念がある事を知り、次いで、自分にもそのような存在がいたのだろうかという疑問が頭に湧く。

 しかし、記憶を辿ろうとしても、やはり、彼女にとっての記憶は、ハヤトと過ごしたほんの少しの日々と──そして───真っ黒な空に浮かぶ、あの────

「お姉さん、スタッフの人?」

「ッ!」

 少女の言葉が自分に向けられた言葉だと直感し、クロの思考は中断される。

「・・・スタッフさん・・・だよね? そのかっこうじゃ、お外歩けないだろうし」

 さおりには、失礼な事を言っている自覚がなかった。

 クロには、失礼な事を言われたと認識する知識がなかった。

「えぇっと・・・わ、私は・・・クロ・・・です・・・」

「やっぱり!」

 さおりは、刑事ドラマも好きなようだった。

「あ、安心して! スタッフさんとなかよしになって「べんぎをはかってもらう」? とかはしないから! さおり、おとなだからね!」

「・・・・・・? は、はぁ・・・」

 自慢げな様子を邪魔するのが何となく憚られ、クロは曖昧な返事をした。

「スタッフさんは、ライズマンすき?」

「・・・? 「ライズマン」?」

 クロにとっては、またしても聞き覚えのない単語が出て来る。

「す、スタッフさん、ライズマン知らないのっ⁉ じゃあ、このステージも初めてっ⁉」

「は、はい・・・すみません・・・」

 叫びに落胆の色を感じ、思わず謝罪した。

「今日がはつしゅっきんなんだね! しょうがないなー! じゃあ、さおりがライズマンについてスタッフさんにおしえたげる!」

「こーらーさおり! お姉さん迷惑してるでしょ! すみませんね~」

「あ、は、はい・・・・・・」

「えー! そんなことないよね⁉ スタッフさん、ライズマンのはなし聞きたいよね⁉」

「あ・・・・・・は、はい・・・・・・」

 さおりの勢いに、クロは圧されていた。とはいえ、目の前の少女からは敵意や害意は感じられない。

 クロ本人にもどうしてそう感じるかは理解できなかったが、少女が「ライズマン」というものにとにかく一生懸命で、その姿勢は好ましいものだと、クロは感じていた。

 きっと、この少女にとっての「趣味」なのだろうと。

「えっとね! えっとね! ライズマンは、地球をえいえんのヤミにつつもうとするナイトメアっていう悪ものとたたかう、太陽のししゃなの!」

「えいえんの、ヤミ・・・」

 不穏な意味を含んだ言葉を聞いて、クロの脳裏に再び、黒い空に浮かぶあの「目」がフラッシュバックする。

「だいじょーぶ‼」

「はひっ・・・」

 さおりは、自信満々に小さな指をビシッ!と伸ばして、クロの顔に向ける。

「ライズマンがいるかぎり、えいえんのヤミはこないよ! だって、ライズマンはどんなピンチになってもぜったいにあきらめない、ヒーローなんだから!」
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