恋するジャガーノート

まふゆとら

文字の大きさ
上 下
35 / 325
第二話「英雄の資格」

 第一章「その名はライズマン」・⑦

しおりを挟む
「あきら・・・めない・・・」

 その言葉には、聞き覚えがあった。

 クロの脳裏から真っ黒な空と「目」が掻き消され、代わりに、あたたかなその言葉をくれた人の顔が浮かぶ。

「世の中にはたくさんヒーローがいるけど、やっぱりいちばんはライズマンね!」

「・・・「ヒーロー」・・・・・・」

「そうだよ! よわきをたすけ、あくをくじく! どんなにこわいことがあっても、ライズマンがいればこわくないもん!」

 えへんと胸を張るさおり。

 その存在がいるだけで、怖いものが怖くなくなる───。

 クロには、心当たりがあった。自分にとっての「ヒーロー」に。

「ほら見て! これ!」

 さおりは、右手の甲につけた真っ赤なおもちゃをクロに見せる。

「これはライジングアームっていって、ノボルがライズマンにへんしんする時に使うんだよ! さおりたちには、太陽のパワーがたりないからへんしんできないけど、ライズマンがピンチになった時には、みんなでこのライジングアームをかかげるとね──」

 言いかけて、室内の照明がフッ、と暗くなる。

「あ! もう始まっちゃう! 続きはまたあとでね!」

 突然夜が訪れたかと思い一瞬警戒したクロだったが、さおりの安心したままの様子を見て、危険な状況ではないと判断し、緊張を解いた。

『会場にお集まりのみなさーんっ! たいへんお待たせいたしましたっ!』

 ステージの左右にある大型スピーカーから、女性の声が流れる。

 クロにはその原理がわからなかったが、先程自分に名前を聞いてくれたのと同じ声だという事には気が付いた。

 聞き覚えのある声が、「ステージの最中は立って歩かない」「携帯電話・スマートフォンの電源はオフにしよう」などと、会場内の子供たちに注意事項を説明する。

 クロはその意図が半分も理解できなかったが、とにかく「待て」を続けていればいい事だけは直感していた。

『それでは・・・「太陽巨神ライズマン・スペシャルステージ」、始まりますっ!』

 最後に、ひときわ溌剌な調子で、その声が何かの始まりを告げる───

 すると、一拍おいて、「ドカーン!」とけたたましい爆発音がスピーカーから響き渡った。

 人間の数倍の聴力を持つクロにとって、その音量は凶器であった。思わず耳を塞ぐ。

 次いで、不気味な声が鳴り響くのと同時、ステージの左右から、機械に体を包まれた二体の怪獣が、自らが暴れん坊だと主張するように両腕をぶんぶんと振り回しながら現れた。

 二体の怪獣が前列にいる子どもたちを威嚇する。

 客席のいたるところから、その様を怖がる子供たちの悲鳴が上がった。

「────ぐあぁッッ‼」

 すると、指の間から漏れ聞こえた子どもたちの泣き声を引き金にして、頭をガツンと殴られたような衝撃の後───

 紅に燃え盛る廃墟のビジョンが、クロの頭にフラッシュバックした。

「くっ! あっ・・・あぁ・・・ッ‼」

 突如として蘇った、失った自分の断片──しかしそれは・・・その凄惨な光景の記憶は、あの忌々しい「目」と同じく、クロの心を暗黒で塗り潰そうとした。

 悲愴、悔恨、憎悪───原因不明の負の感情が次々にクロの内側から殺到し、心が千々に乱れ、恐ろしい何かが、今にも自分という殻を破って外へ出ようとしているのを感じた。

「スタッフさん、大丈夫? 風邪?」 

 急に苦しみだしたクロを心配し、さおりが声をかける。

 しかし、クロには届かない。 

『愚かな人間ども! 私は闇皇帝ナイトメア様に仕える騎士──月光怪人ルナーン! この地球に永遠の闇をもたらすため、まずはここ・・・よこすかドリームランドから、全ての光を消し去ってくれる・・・ッ!』

 怪獣たちがたっぷりと子どもたちを怖がらせた後、嫌味な高貴さを感じさせる男性の声がスピーカーから流れ、ステージ上手から漆黒のマントの怪人が現れる。

 怪人は声に合わせ、腰の剣を抜くとそれを巧みに振り回し、優雅な動きを披露する。

 しかし、クロにはそんな様子を見る余裕はなかった。

 瞼の裏に焼き付いて離れない光景がもたらすのは、人間のように見せたその皮膚のすぐ下で幾億もの蛆虫が蠕動しているような耐え難い苦痛。

 自分の姿を保てなくなる──体が引き裂かれそうな感覚とともに、視界が赤黒い「何か」に侵食されていく。

「ハヤ──ト──さ──たす──け───」

 絞り出したか細い声で、助けを求めた、その時────


『そこまでだッ! ルナーンッ!』


「ッッ!」

 刃がかち合うような効果音を伴って、暗かった施設内に、一条の光が差す。

 客席の最後方──スポットライトが照らす先に、その赤い戦士は立っていた。 





「ライズマンっ!」

 登場する位置を予め把握していたさおりが、いの一番にその名を呼ぶ。

 すると、反響するかのように、会場の子供たちもまた次々とその名を叫んだ。

「ライズマンだ!」
「ライズマンきてくれた!」
「ライズマーン!」

「・・・・・・ハヤトさん」

 その場にあって唯一、クロだけが違う名前をつぶやく。

 聴覚がそうであるように、人とは比べ物にならないその嗅覚は、ウェットスーツ越しであっても、隼人の存在を嗅ぎ分けた。

『ライズマン・・・ッ! またしても邪魔をするつもりかッ!』

 ルナーンが、うろたえるような素振りを見せる。

『貴様らがいくら永遠の闇を欲しようとも・・・太陽の輝きは消せはしないッ! 明日も必ず! 陽は昇るッ‼ ハァッ!』

 言い放ち、赤い戦士──ライズマンは、ライジングアームを装着した右手の甲を突き出すように構えたポーズを取った後、通路を一直線に走り抜け、ステージの手前でジャンプ。

 ステージ中央に着地すると、ゆっくりと立ち上がり、怪獣たちに向かってファイティングポーズを取った。

『ええい・・・ッ! ゆけっ! 爆れつ怪獣ボカンドン! ふん水怪獣バシャゴンよ!』

『行くぞッ! ハァ──ッ!』

 再び走り出し、高くジャンプ。

 そのままの勢いで、ボカンドンと呼ばれた怪獣の胸部にキックが直撃する。怪獣は狼狽え、倒れる。

 先程まで自分たちを怖がらせていた怪獣を軽々とやっつけてしまうライズマンの活躍に、一瞬で子供たちのテンションは最高潮に達した。

「すげーっ!」
「かっこいー!」
「いっけぇーっ!」

 興奮のあまり、口々に思い浮かんだ言葉を叫ぶ子どもたち。

 ライズマンが拳を繰り出す度、怪獣の攻撃を受け切り反撃の蹴りを出す度、さっきまで涙でぐしゃぐしゃだった子どもたちの、興奮と希望に満ちた声が鼓膜を震わせる。

「がんばれーっ! ライズマ──ンっ!」

 敵に追い詰められ膝を付けば、子どもたちは拳を握りしめながら応援する。

「あきらめちゃだめだー! ライズマーン!」

 無意識のうちに、クロもまた固唾を呑んで、ライズマンの活躍を見守っていた。

「・・・・・・「がんばれ」・・・「あきらめるな」・・・・・・」

 それは、彼女を救った言葉。
 彼女の知っている、「あたたかい言葉」──。

 クロは今、初めて知った。

 子どもたちを泣かせる敵に、真っ向から戦いを挑む者──たった一人で立ち向かうその背中にこそ、「あたたかい言葉」はかけられる事を。

「──あれが──「ヒーロー」なんだ────」


 
                       ~第二章へつづく~
しおりを挟む

処理中です...