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もう一人の異世界人
10 女王は死んだ
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血のついた指を夫人のドレスで拭いながら、アオニアは家令のいるドアへと振り向いた。
拈華微笑の美しい顔にぽつぽつ飛んだ血が、花弁のように飾られている。
美しい。美しいからこそ何処かぞっとして、家礼は動けなかった。
「上級の回復師を至急手配しておくれ」
その声に諤々と頷くと、ありがとうと笑った。
そしてアオニアはその顔を足元の侍女へ見下す様に向ける。
下顎を引き剥がされた侍女はへぁへぁと抜ける息の音を立てて、涙と涎を垂れ流していた。
「新しい舌は汚い噂を吐き散らかさなければよいな」
侍女は苦痛が突き抜けて、魅入られたようにアオニアを見上げている。
「リュンハイト公爵夫人。
私は男だの女だのはどうでもいい。
美しいだの醜いだの、貴女の評価など関係無い。
子供だとか二人の間に割り込むものもいらない。
番だとか言われても知らない。
私はナヴァがいればそれだけでいいのだ。
もう構わないでいてもらおう。」
おいで、とアオニアはナヴァを抱き上げた。
ナヴァの目はおどおどと揺れている。
小さな体は震えながら、きゅっとアオニアの腕の中に収まった。
その体温に愛おしさが込み上げてくる。
耳元に形の良い鼻先を擦り付けて優しく抱き締めると、ちゅっと頬にキスをした。
もう怯えなくて良いよ。
耳元で呪文のように囁く。
もう君を支配する者はいない。
君と私だけがいるんだよ。
一緒に生きていこう。
愛してるよ。
高低を付けない声が流れてナヴァの強張った身体を温かく包んでいく。
ナヴァの震えは声の奔流の中で、ゆっくりと落ち着いていった。
見てごらん。
そう言われてナヴァは頭を巡らせた。
目の前には血溜まりの中でもがく夫人がいる。
さっきまで太陽のように君臨して辺りを睥睨していた女王が、
今は自分の血を纏って震えている。
ナヴァは下級兵士として働いていたから、血にも死にも慣れていた。
うめき声を流しているぽっかり空いた黒い口腔をまじまじと見た。
ほら、彼女はもう何もできない。
優しく甘いアオニアの声がナヴァの心の扉を開けていく。
「女王は死んだ」
扉は微かに開いた間口から、奥へと光が差し込む。
「女王はもういない。
私と二人で生きていこう。」
降り仰いだ青空の瞳の中に、驚いた様に丸くなった口の端がじわじわと上がっていく顔が映る。
アオニアはナヴァの笑顔に笑い返した。
バタバタと足音がする。
夫人が従者を振り切って王都に出た事で後を追ってきたリュンハイト公爵だ。
その目から大事なナヴァを隠す様にフードを被せ直して、
縦抱きのままアオニアはゆっくりとドアに向かった。
やってきた公爵は血の匂いと惨状に立ちすくむ。
アオニアは彼に晴れやかな笑顔を向けた。
「リュンハイト公爵。
私は家名から抜けますから、手続きをお願いします。
もうお会いする事は無いと思いますが、お元気で。」
こうしてアオニアとナヴァというペアの冒険者が生まれた。
紹介状を携えて、ナヴァは半年に一回神殿の奥に行く。
その報告を受けながら、リンドルム担当官はその回の召喚の儀にようやく終了マークを付けた。
拈華微笑の美しい顔にぽつぽつ飛んだ血が、花弁のように飾られている。
美しい。美しいからこそ何処かぞっとして、家礼は動けなかった。
「上級の回復師を至急手配しておくれ」
その声に諤々と頷くと、ありがとうと笑った。
そしてアオニアはその顔を足元の侍女へ見下す様に向ける。
下顎を引き剥がされた侍女はへぁへぁと抜ける息の音を立てて、涙と涎を垂れ流していた。
「新しい舌は汚い噂を吐き散らかさなければよいな」
侍女は苦痛が突き抜けて、魅入られたようにアオニアを見上げている。
「リュンハイト公爵夫人。
私は男だの女だのはどうでもいい。
美しいだの醜いだの、貴女の評価など関係無い。
子供だとか二人の間に割り込むものもいらない。
番だとか言われても知らない。
私はナヴァがいればそれだけでいいのだ。
もう構わないでいてもらおう。」
おいで、とアオニアはナヴァを抱き上げた。
ナヴァの目はおどおどと揺れている。
小さな体は震えながら、きゅっとアオニアの腕の中に収まった。
その体温に愛おしさが込み上げてくる。
耳元に形の良い鼻先を擦り付けて優しく抱き締めると、ちゅっと頬にキスをした。
もう怯えなくて良いよ。
耳元で呪文のように囁く。
もう君を支配する者はいない。
君と私だけがいるんだよ。
一緒に生きていこう。
愛してるよ。
高低を付けない声が流れてナヴァの強張った身体を温かく包んでいく。
ナヴァの震えは声の奔流の中で、ゆっくりと落ち着いていった。
見てごらん。
そう言われてナヴァは頭を巡らせた。
目の前には血溜まりの中でもがく夫人がいる。
さっきまで太陽のように君臨して辺りを睥睨していた女王が、
今は自分の血を纏って震えている。
ナヴァは下級兵士として働いていたから、血にも死にも慣れていた。
うめき声を流しているぽっかり空いた黒い口腔をまじまじと見た。
ほら、彼女はもう何もできない。
優しく甘いアオニアの声がナヴァの心の扉を開けていく。
「女王は死んだ」
扉は微かに開いた間口から、奥へと光が差し込む。
「女王はもういない。
私と二人で生きていこう。」
降り仰いだ青空の瞳の中に、驚いた様に丸くなった口の端がじわじわと上がっていく顔が映る。
アオニアはナヴァの笑顔に笑い返した。
バタバタと足音がする。
夫人が従者を振り切って王都に出た事で後を追ってきたリュンハイト公爵だ。
その目から大事なナヴァを隠す様にフードを被せ直して、
縦抱きのままアオニアはゆっくりとドアに向かった。
やってきた公爵は血の匂いと惨状に立ちすくむ。
アオニアは彼に晴れやかな笑顔を向けた。
「リュンハイト公爵。
私は家名から抜けますから、手続きをお願いします。
もうお会いする事は無いと思いますが、お元気で。」
こうしてアオニアとナヴァというペアの冒険者が生まれた。
紹介状を携えて、ナヴァは半年に一回神殿の奥に行く。
その報告を受けながら、リンドルム担当官はその回の召喚の儀にようやく終了マークを付けた。
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