17 / 26
03
有無を言わさず
しおりを挟む
03
東京は麻布にある、とあるレストラン。
祥二はガラにもなく緊張して待っていた。
最近ほとんど着ていない紋付きが、やたらと重く違和感を感じる。
(重いんは、気心の方か)
傍らに座る佐藤栄作を見やりながら、内心でため息をつく。
(まさか…良家のお嬢さんと縁談とは…)
あまりに思いも寄らぬ事だが、心の準備をする暇もなかった。
大先輩で恩人である池田の相棒であり、自身も借りがある佐藤の言葉であれば。
「祥二よ。おめえさん、見合いをする準備をしな」
「は…?」
三日前。
政治家と経済人が集まる、インフォーマルな連絡会の帰り。
タクシーの中、佐藤が藪から棒に言い出したのだ。
「おめえさんも、そろそろ身を固めてもいい年だ。金がなくて嫁の来てもねえっ、てことは絶対になし。だろう?」
「そりゃそうですが…」
佐藤の表情は、有無を言わさぬものがあった。
縁談を受けて当然。受けない理由がない。とばかりに。
だが、当の祥二にとっては寝耳に水以外の何者でもなかった。
(おじ貴、突然なにを言い出すんじゃ?)
祥二はただ困惑するばかりだった。
「じゃけんど、僕は素行がいいとは言えんし…」
「歓楽街通いくらいは男の甲斐性よ。いいじゃねえか。女房には、“僕には君しかいないんだ”と言い通せば」
そう言う佐藤の表情は、大まじめだった。
どうやら本気で、自分に見合いをさせるつもりらしい。
「見合いには家族の同伴か…さもなきゃ然るべき後見役の人が必要ですが…。僕は父親はもうおらず、母も具合が悪うて広島を離れることは…」
「なら、俺が後見てことでいいだろうよ。もともとそのつもりだったしな」
祥二はしまったと思う。
ぐだぐだと理由をつけていると、その問題さえ解決すれば見合いを受けてもいいと解釈されてしまう。
「おじ貴。正直に申し上げましょう。僕には好きな人がいます」
「うむ…。別にかまわねえさ。会うだけは会ってくれ。俺の顔を立てる意味でな」
自分と恵子のことを知っている佐藤は少しだけ考える顔になり、はっきりと言う。
政治家や財界人の縁談というのは、単に伴侶を世話するということにとどまらない。
若い者たちの交流を通じて、人脈を確保しようという意味合いもある。
「その…会うだけですよね…?」
「そうとも。どうするかはおめえさんと、先方のお嬢さんで決めりゃあいい」
佐藤は肩をすくめる。
どうやら、本格的にお付き合いするかはともかく、会うことは決定事項らしい。
(まあ、無理におじ貴の顔をつぶすこともないか)
祥二はそう思う。
端から縁談を蹴るのではない。
会ってみたが、やはり結婚相手としては…。という形にする。
それなら、角を立てずにすむ。
祥二はそう判断した。
「わかりました。当日、よろしくお願いします」
「うむ。失礼のねえようにな」
佐藤の言葉を受けて、祥二は手帳に見合いのスケジュールを書き込んだ。
東京は麻布にある、とあるレストラン。
祥二はガラにもなく緊張して待っていた。
最近ほとんど着ていない紋付きが、やたらと重く違和感を感じる。
(重いんは、気心の方か)
傍らに座る佐藤栄作を見やりながら、内心でため息をつく。
(まさか…良家のお嬢さんと縁談とは…)
あまりに思いも寄らぬ事だが、心の準備をする暇もなかった。
大先輩で恩人である池田の相棒であり、自身も借りがある佐藤の言葉であれば。
「祥二よ。おめえさん、見合いをする準備をしな」
「は…?」
三日前。
政治家と経済人が集まる、インフォーマルな連絡会の帰り。
タクシーの中、佐藤が藪から棒に言い出したのだ。
「おめえさんも、そろそろ身を固めてもいい年だ。金がなくて嫁の来てもねえっ、てことは絶対になし。だろう?」
「そりゃそうですが…」
佐藤の表情は、有無を言わさぬものがあった。
縁談を受けて当然。受けない理由がない。とばかりに。
だが、当の祥二にとっては寝耳に水以外の何者でもなかった。
(おじ貴、突然なにを言い出すんじゃ?)
祥二はただ困惑するばかりだった。
「じゃけんど、僕は素行がいいとは言えんし…」
「歓楽街通いくらいは男の甲斐性よ。いいじゃねえか。女房には、“僕には君しかいないんだ”と言い通せば」
そう言う佐藤の表情は、大まじめだった。
どうやら本気で、自分に見合いをさせるつもりらしい。
「見合いには家族の同伴か…さもなきゃ然るべき後見役の人が必要ですが…。僕は父親はもうおらず、母も具合が悪うて広島を離れることは…」
「なら、俺が後見てことでいいだろうよ。もともとそのつもりだったしな」
祥二はしまったと思う。
ぐだぐだと理由をつけていると、その問題さえ解決すれば見合いを受けてもいいと解釈されてしまう。
「おじ貴。正直に申し上げましょう。僕には好きな人がいます」
「うむ…。別にかまわねえさ。会うだけは会ってくれ。俺の顔を立てる意味でな」
自分と恵子のことを知っている佐藤は少しだけ考える顔になり、はっきりと言う。
政治家や財界人の縁談というのは、単に伴侶を世話するということにとどまらない。
若い者たちの交流を通じて、人脈を確保しようという意味合いもある。
「その…会うだけですよね…?」
「そうとも。どうするかはおめえさんと、先方のお嬢さんで決めりゃあいい」
佐藤は肩をすくめる。
どうやら、本格的にお付き合いするかはともかく、会うことは決定事項らしい。
(まあ、無理におじ貴の顔をつぶすこともないか)
祥二はそう思う。
端から縁談を蹴るのではない。
会ってみたが、やはり結婚相手としては…。という形にする。
それなら、角を立てずにすむ。
祥二はそう判断した。
「わかりました。当日、よろしくお願いします」
「うむ。失礼のねえようにな」
佐藤の言葉を受けて、祥二は手帳に見合いのスケジュールを書き込んだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる