赤線の記憶 それでも僕は君を

ブラックウォーター

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有無を言わさず

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 東京は麻布にある、とあるレストラン。
 祥二はガラにもなく緊張して待っていた。
 最近ほとんど着ていない紋付きが、やたらと重く違和感を感じる。
(重いんは、気心の方か)
 傍らに座る佐藤栄作を見やりながら、内心でため息をつく。
(まさか…良家のお嬢さんと縁談とは…)
 あまりに思いも寄らぬ事だが、心の準備をする暇もなかった。
 大先輩で恩人である池田の相棒であり、自身も借りがある佐藤の言葉であれば。

「祥二よ。おめえさん、見合いをする準備をしな」
「は…?」
 三日前。
 政治家と経済人が集まる、インフォーマルな連絡会の帰り。
 タクシーの中、佐藤が藪から棒に言い出したのだ。
「おめえさんも、そろそろ身を固めてもいい年だ。金がなくて嫁の来てもねえっ、てことは絶対になし。だろう?」
「そりゃそうですが…」
 佐藤の表情は、有無を言わさぬものがあった。
 縁談を受けて当然。受けない理由がない。とばかりに。
 だが、当の祥二にとっては寝耳に水以外の何者でもなかった。
(おじ貴、突然なにを言い出すんじゃ?)
 祥二はただ困惑するばかりだった。
「じゃけんど、僕は素行がいいとは言えんし…」
「歓楽街通いくらいは男の甲斐性よ。いいじゃねえか。女房には、“僕には君しかいないんだ”と言い通せば」
 そう言う佐藤の表情は、大まじめだった。
 どうやら本気で、自分に見合いをさせるつもりらしい。
「見合いには家族の同伴か…さもなきゃ然るべき後見役の人が必要ですが…。僕は父親はもうおらず、母も具合が悪うて広島を離れることは…」
「なら、俺が後見てことでいいだろうよ。もともとそのつもりだったしな」
 祥二はしまったと思う。
 ぐだぐだと理由をつけていると、その問題さえ解決すれば見合いを受けてもいいと解釈されてしまう。
「おじ貴。正直に申し上げましょう。僕には好きな人がいます」
「うむ…。別にかまわねえさ。会うだけは会ってくれ。俺の顔を立てる意味でな」
 自分と恵子のことを知っている佐藤は少しだけ考える顔になり、はっきりと言う。
 政治家や財界人の縁談というのは、単に伴侶を世話するということにとどまらない。
 若い者たちの交流を通じて、人脈を確保しようという意味合いもある。
「その…会うだけですよね…?」
「そうとも。どうするかはおめえさんと、先方のお嬢さんで決めりゃあいい」
 佐藤は肩をすくめる。
 どうやら、本格的にお付き合いするかはともかく、会うことは決定事項らしい。
(まあ、無理におじ貴の顔をつぶすこともないか)
 祥二はそう思う。
 端から縁談を蹴るのではない。
 会ってみたが、やはり結婚相手としては…。という形にする。
 それなら、角を立てずにすむ。
 祥二はそう判断した。
「わかりました。当日、よろしくお願いします」
「うむ。失礼のねえようにな」
 佐藤の言葉を受けて、祥二は手帳に見合いのスケジュールを書き込んだ。
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