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恩師との出会い

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 大学を卒業した祥二に、改めて起業する決意をさせたのは、池田勇人の存在だった。
 京大の大先輩でもあった彼が、初めて出馬したときのことは、よく覚えている。
 当時官僚から政治家に転じたばかりで、演説の内容が難しすぎて聴衆にはさっぱりだった。
 だが、熱意だけは伝わってきたのだ。
 “貧乏人は麦を食え”などと誇張され報道された答弁に代表されるように、発言は過激で国民の受けはすこぶる悪かった。(“中小企業経営者の自殺もやむなし”なども含めて、彼個人の意見ではなく当時の吉田政権の総意だったが)
 だが、その器と実行力は本物だった。

 祥二はたちまち池田に心酔した。
 積極的に彼の演説を傾聴し、時に事務所にお邪魔して話を聞くようになった。
「卒業してすぐ起業か?難しいと思うがのう。人間、誰しも怒られて学ぶ時期が必要じゃろうて。まあ、今がビジネスチャンスなのは間違いないんじゃが」
 いまだ将来のあてが立たない家族のために、改めて会社を起こしたい。
 そう願う祥二を頭ごなしに否定せず、話を聞いてくれた。
 若い頃のキャリアの挫折の経験から、元大蔵官僚とは思えないほど気さくな池田ならではだった。

 祥二が休学中に、すでに社会人になっていた大学の仲間たちに声をかけた。そろって上京し、事業資金として溜めて置いた、くず鉄屋の売上を元手として起業した。
 商社、株式会社山名商会の発足だった。
 直接的な特需は昭和27年に終了していたが、間接的な特需の追い風はこれからだった。
 池田に頭を下げて、金融機関や起業への口利きを依頼し、コネクションを確保していく。
「よし、まだまだ売っていくでえ!」
 酒、繊維、食料、燃料。
 どんな物も、仕入れる端から飛ぶように売れていく。
 20代の若者3人で始めた会社は、1年にして40人の従業員を雇い、大きな利益を上げていた。
 一方で、住民票を広島から移すことはしなかった。
 将来のことも見据えて、池田の後援会の末席に加えてもらっていたのだ。
 20代も後半になる頃には、ロビイングや選挙活動も精力的に行っていた。

 もちろん、政治献金も惜しみなく行った。
「こんなにいいんじゃろうか?設備投資や従業員の給与に廻す分は大丈夫か?」
「ご心配なく。払う物はちゃんと払ってますけえ。池田の親父さんには、もっともっと頑張ってもらわんにゃ」
 官僚出身で、選挙対策が苦手な池田の選挙参謀の地位を、祥二は確立していく。
 池田がつねにトップ当選し続けたのは、彼の人気と能力だけが理由ではなかったのだ。
 “祥二”“親父さん”と呼び合うまでの蜜月関係は、強固なものとなっていく。
 池田が常に政治資金に困らなかったのも、財界を中心に支持者が多かったからだ。
 そして、祥二も支持者の中で存在感を増していく。
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