赤線の記憶 それでも僕は君を

ブラックウォーター

文字の大きさ
6 / 26
01

恩師との出会い

しおりを挟む
06

 大学を卒業した祥二に、改めて起業する決意をさせたのは、池田勇人の存在だった。
 京大の大先輩でもあった彼が、初めて出馬したときのことは、よく覚えている。
 当時官僚から政治家に転じたばかりで、演説の内容が難しすぎて聴衆にはさっぱりだった。
 だが、熱意だけは伝わってきたのだ。
 “貧乏人は麦を食え”などと誇張され報道された答弁に代表されるように、発言は過激で国民の受けはすこぶる悪かった。(“中小企業経営者の自殺もやむなし”なども含めて、彼個人の意見ではなく当時の吉田政権の総意だったが)
 だが、その器と実行力は本物だった。

 祥二はたちまち池田に心酔した。
 積極的に彼の演説を傾聴し、時に事務所にお邪魔して話を聞くようになった。
「卒業してすぐ起業か?難しいと思うがのう。人間、誰しも怒られて学ぶ時期が必要じゃろうて。まあ、今がビジネスチャンスなのは間違いないんじゃが」
 いまだ将来のあてが立たない家族のために、改めて会社を起こしたい。
 そう願う祥二を頭ごなしに否定せず、話を聞いてくれた。
 若い頃のキャリアの挫折の経験から、元大蔵官僚とは思えないほど気さくな池田ならではだった。

 祥二が休学中に、すでに社会人になっていた大学の仲間たちに声をかけた。そろって上京し、事業資金として溜めて置いた、くず鉄屋の売上を元手として起業した。
 商社、株式会社山名商会の発足だった。
 直接的な特需は昭和27年に終了していたが、間接的な特需の追い風はこれからだった。
 池田に頭を下げて、金融機関や起業への口利きを依頼し、コネクションを確保していく。
「よし、まだまだ売っていくでえ!」
 酒、繊維、食料、燃料。
 どんな物も、仕入れる端から飛ぶように売れていく。
 20代の若者3人で始めた会社は、1年にして40人の従業員を雇い、大きな利益を上げていた。
 一方で、住民票を広島から移すことはしなかった。
 将来のことも見据えて、池田の後援会の末席に加えてもらっていたのだ。
 20代も後半になる頃には、ロビイングや選挙活動も精力的に行っていた。

 もちろん、政治献金も惜しみなく行った。
「こんなにいいんじゃろうか?設備投資や従業員の給与に廻す分は大丈夫か?」
「ご心配なく。払う物はちゃんと払ってますけえ。池田の親父さんには、もっともっと頑張ってもらわんにゃ」
 官僚出身で、選挙対策が苦手な池田の選挙参謀の地位を、祥二は確立していく。
 池田がつねにトップ当選し続けたのは、彼の人気と能力だけが理由ではなかったのだ。
 “祥二”“親父さん”と呼び合うまでの蜜月関係は、強固なものとなっていく。
 池田が常に政治資金に困らなかったのも、財界を中心に支持者が多かったからだ。
 そして、祥二も支持者の中で存在感を増していく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...