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第一章

第6話 無差別攻撃とかヤバい

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 翌日。
 正装して馬車に乗る。
 ルルはお見送りする、と言って玄関から馬車が見えなくなるまで手を振ってくれた。
 は~~。俺の娘かわいすぎんか。

 門番に召集状を見せ、登城する。
 馬車止めエリアは召集された貴族当主たちがわんさかいる…わけでもなく、数台の馬車があるだけ。
 本来なら俺は伯爵位なのでもうちょい早く登城せにゃならんのだが、公爵代理の名での召集である。なので、公爵と同等の扱いを受けている。
 低位貴族が先に来て待って、高位貴族は時間ギリギリに来るのが暗黙の了解となっていた。

 馬車のドアが開いたので、颯爽と降りて会場へ向かう。
 高位貴族用の座席に最も近いドアの衛兵に召喚状を見せ、ドアを開けてもらった。

 円形状の会議場が視界いっぱいに広がる。
 さすが、国中の貴族当主を集めただけあって壮観だ。
 場内は低位から中位、高位と爵位に応じて座る階層の高さが変わる。無論、場内の一番高い座は王族。続いて高位、中位、低位となっている。
 すでに場内はざわめきに満ちており、情報交換が進められているようだった。

「これは、レーマン公爵代理」

 ここではゾンターではなくレーマン公爵代理として出席しているので、この呼び方は正しい。
 正しいが、この話し方をする人物を思い出して内心ウゲッとなった。
 ゆっくりと、声がかかった方に振り返る。

「…お久しぶりです、ベルント卿」
「ええ、前回の夜会…はいつ頃でしたかな?貴公はめったに出られないゆえ」

 うっせぇ。社交の場は嫌いなんだから仕方ないだろ。
 ニヤニヤと笑みを浮かべる、黒髪に糸目の男に内心ぼやくが表面上はにこやかに返した。

 この国には、五大公侯と呼ばれる家門がある。内訳は三大公爵、二大侯爵だ。
 その三大公爵の一角は言わずもがな、レーマン公爵家。そしてベルント公爵家とシュルツ公爵家。
 二大侯爵はフィッシャー侯爵家とブラウン侯爵家。

 目の前のこの厭味ったらしい男は、ペーター・ベルント。内心俺はペベルと呼んでる。
 この男は、俺が公爵代理の地位にいるのがとても嫌らしい。いや、俺が嫌いなのか。
 学院生時代から絡んできたからな、こいつ。

「もうじき優秀な弟君が後を継がれるとか!いやあ、残念ですなぁ。レーマン公爵代理とお会いできる機会が減ってしまうのは寂しいものです」
「さようですか」
「おや。レーマン公爵代理は寂しくないとおっしゃる?なんと悲しいことを!」

 んなこと一言も言ってないんだが?
 相手するのが面倒になって、まだペラペラと喋ってるペベルを放ってシュルツ閣下らのところに足を運ぶ。
 シュルツ閣下は俺の親父世代で、白髪混じりのお方だ。男の俺から見てもイケオジだと思う。俺より少し年上の現シュルツ家当主であるシュルツ卿は、閣下によく似ている。
 俺に気づいた閣下がにこやかに微笑んで「やぁ」と声をかけてくれた。

「久しいな、代理卿」
「おや、レーマン代理卿」
「お久しぶりでございます、閣下、シュルツ卿」
「先日のフィッシャー侯爵邸での活躍、耳にしている」
「あの場にいた者として当然の行動です」
「なんでも、指を弾いただけで炎を出したとか。面白いことを考えましたね」

 面白そうに笑みを浮かべたシュルツ卿と閣下に俺は苦笑いするしかない。
 このおふたりは俺がどんな風に魔眼を発動させているのか知っていたからな。
 扱い方に悩んでいた俺に、閣下は魔眼の発動からどのように対象に影響を与えているのかを教えてくれ、シュルツ卿は扱いに悪戦苦闘する俺を鍛えてくれたいわば師匠のような存在だ。
 そして、おふたりはレーマン公爵家の恩人でもある。

 公爵代理である俺に対して様々な妨害をしかけ、名誉を落とそうとする輩は多かった。三大公爵家の一角を崩そうとした者共だ。
 そんな妨害は、シュルツ卿や閣下が色々と手助けしてくださったお陰でなんとか回避できてここまで来ている。

 …それにそもそも、俺の目が魔眼であることを看破し、あのメガネをくれた王宮魔術師は当時の王宮魔術師長だった閣下御本人だ。

「娘から『道具を使用して魔法を行使していると分かるようにすれば良い』と提案されまして。試行錯誤の上にああなりました」
「良い考えだと思いますよ。道具がキーとなると、その道具を万が一紛失・破損した場合に代わりがききませんから」
「弟君と御息女は息災か?」
「はい。ふたりとも元気に過ごしております」

 そこまで話したところで、ラッパが鳴り響いた。
 俺はふたりに一礼してから自席に戻る。
 隣の席に座ったペベルからは恨みがましい視線を受けたが、無視だ無視。

 ざわついていた場内がさっと静かになり、動きがなくなった辺りで高らかに声が響く。

「国王陛下、ご入場!」

 ガコン、とこの会場で一番大きな、装飾が施された扉が開いた。
 それと同時に場内にいる貴族が一斉に立ち上がり、頭を下げた。ボウ・アンド・スクレープではない。普通のお辞儀である。
 コツ、コツ、とゆったり歩く足音が響き、やがて椅子に腰掛ける衣擦れの音が聞こえた。

「顔を上げよ」

 陛下の一言でザッと、まるで軍隊のように一斉に顔を上げ陛下を見上げる。
 陛下は場内を見渡すと片手を上げる。それを合図に、場内は皆席に座った。
 貴族は誰も一言も発しない。今はその時間ではないから。

「急な召集に苦労をかけた。だが、そうせざるを得ない事態が発生している。先日、フィッシャー侯爵家にモンスターが襲来した件を皆耳にしているな。フィッシャー、報告せよ」
「はっ」

 フィッシャー卿が立ち上がり、モンスターが襲撃してきた当時の状況、それから俺に話した結界石が人為的に破壊されていたことが報告される。
 特に、結界石が破壊されていたことについてはざわめきが漏れた。
 ひととおり報告が終わり、陛下に頭を下げて席についたフィッシャー卿に陛下が言葉を続ける。

「各家に結界石の調査を命じたのは記憶に新しいだろう。調査の結果、フィッシャー以外にも数家、結界石が人為的に破壊された形跡があることが分かった。いずれも施錠魔道具エリアロックにより保護されていた範囲内にあり、魔道具自体は正常に機能していた。中に破壊された結界石があっただけだ。また、被害にあった家は特定の派閥に入っている等はなく、家門にも統一性がない。現状では無差別であると言わざるを得ない」

 ざわめきが大きくなる。
 魔道具には問題がなかった。つまり、犯人はエリアロックを素通りできるような存在で、結界石を破壊したってことだ。

 …ええ。予想以上にヤバい。
 今まで厳重に金庫にしまってたやつが実は知らないやつが合鍵持ってましたてへぺろ☆みたいな感じだろこれ。
 原因がわかんないだけに怖い。

「現在、魔塔に問い合わせている。魔塔側もこのような事例は聞いたことがないと、調査のため我が国に訪問してくることになった。皆、協力要請があった場合は応じるように。また、気になった等でも良い。何かあれば報告せよ」

 魔塔といえば、魔道具・魔法薬師に携わる者であれば一度は憧れる国際研究機関だ。
 俺がかけているメガネを開発した、かの有名な二代目雷神ライゼルドの母君が所属していたと言われている。
 このメガネ、100年近く前はレンズもリムも分厚く、野暮ったかったらしい。良かった現代に生まれ変わって。

 ざわめきの中、おずおずとひとりの青年が手を上げる。遠いこともあって誰だか分からん。
 気付いた宰相殿が陛下に耳打ちし、陛下が「どうした、ホフマン男爵」と声をかけた瞬間、場内が静まり返った。
 ホフマン男爵だったか。たしか先代が早くに亡くなり、後見人制度を利用してたが今年成人・学院卒業をしたため当主になったばかりだと聞く。


「お、恐れ入ります。ひとつ、ご報告したいことが」
「うむ」
「…本件と関係があるかは分からない、些細なことではあります。ですが念の為、ご報告いたします。我が家もエリアロックが正常作動していたにも関わらず、結界石が破壊されていました。そして本日、この場で情報交換していたときに気づいたのですが、被害にあった家々で利用していたエリアロックに共通点があるように思えまして」
「共通点とな」
「購入先も値段もバラバラです。ですが、購入先の商人に皆こう言われたそうで…『あなたにとってとても良い事が起きますように』と」

 場内が大きくざわめいた。
 あちこちから「私も言われたぞ」「そんな宣伝文句あったか?」と会話が飛び交う。
 レーマン公爵家とゾンター伯爵家も最近エリアロックを新調したが、そんな言葉は購入先から聞いていない。
 ちら、とフィッシャー卿に目をやれば、大きく目を見開いていた。つまり、心当たりがあるということだろう。

 「静粛に!」

 ざわめく場内に響く、宰相殿の声。
 陛下は一度場内を見渡すと、立ち上がった。

「心当たりがある者はこの場に残れ。心当たりがない者は一度戻り、念の為購入先に確認を取り報告するように。なにか分かり次第、報告書を各家に送付しよう。本日は解散とする」

 一斉に場内の人間が立ち上がり、頭を下げた。
 陛下が退出し、扉がガコンと閉まる音が響いたと同時に場内にざわめきが戻る。

 フィッシャー侯爵がどすん、と椅子に座り込んだ。
 それから頭を抱えて深いため息を吐く。

「フィッシャー卿」
「…ああ…レーマン代理卿…。ホフマン卿の話に心当たりがあります。確かに、言われました」

 正直、あんなセリフは胡散臭いから言われたら購入しないが…購入契約をしたあと、もしくは引渡時に言われたなら、よくある「次回も宜しくお願いします」的な定型文句だと思うだろう。

 しかし、購入先の商人や商団も、時期もバラバラ。問題が見つかった家々に統一性はない。
 あとは商人や商団の仕入先は恐らく魔具士ギルドだ。そこを調査するんだろうが…

「ああ!レーマン公爵代理!!我が家もあの文句を聞いたんだ、君のところはどうなんだい!?」

 ペベルの声に思考が中断されてイラッとする。
 俺の感情が漏れ出たのか、表情に出たらしくフィッシャー卿は目を丸くして、それからふと笑った。
 それがなんだか気恥ずかしくて、ペベルの方に振り返る。

「耳にしていませんね」
「なんと!」
「早く戻らねばならぬので、これで」
「では次の夜会で会おう、レーマン公爵代理!」

 ふははは、と高笑いしながら別の誰かに話しかけに、颯爽と去っていくペベルを黙って見送る。
 ……まあ、会って話すのはもうほとんどないだろう。

 次回の夜会から、マルクスが次期公爵として単身出席することになっている。
 もともと次期当主を引き連れていける夜会にしか参加していないが、率先してマルクスが当主たちの会話に交じる様子にもう大丈夫だろうと踏んだ。
 俺はもうお役御免になるというわけである。まあ、ゾンター伯爵として出なきゃならんこともあるだろうが、そのどうしてものケースがない限り極力引きこもる予定だ。任せたぜ、弟よ。

 フィッシャー卿に振り返り、胸に手をあて軽く一礼する。

「では、私めもこの辺りで」
「ええ。また」

 踵を返し、この場から退出する。
 すでにシュルツ閣下や卿はこの場にいない。彼らは俺と同じ聞いてない組だったか。

 内心、盛大にため息を吐きながら俺はこの後のことを頭の中で組み立てながら、帰路についた。

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