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第一章

第5話 意外とデカい話になってるんだが

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 フィッシャー侯爵邸でのモンスター襲撃事件は、国中を震撼させた。
 なぜなら、フィッシャー侯爵邸は王都近郊だったからだ。

 王城を中心に、モンスター避けの結界が広範囲に設けられている。結界を作るのは魔道具だ。
 どんなに高性能な魔道具でも国全体には覆えないので、街道にはそれぞれの規模に応じた結界石と呼ばれる魔道具が国から配られている。
 各町村にも無論、結界石が存在する。これは貴族の義務として、その土地を管理している領主が準備するものだ。魔力の補充も領主一族。
 これも貴族の義務アーデル・フェアプリヒテのひとつだ。

 そもそも、飛行型モンスターは王都周辺に飛んでくることはない。
 奴らは縄張り意識が強く、そこから動くことがないからだ。
 可能性があるとすれば魔物暴走現象アウトオブコントロールだが、しかし、奴らの住処を監視している山間の領地からの報告では、特にその前兆は見受けられないらしい。

 そんな中、結界が張られて安全であった高位貴族の邸に、モンスターが襲撃した。
 これは庶民階級の新聞でも大きな見出しとして扱われたほどの衝撃だ。


 …俺は、事が起きてから思い出した。これは、ゲームの本編開始前のイベントのひとつ。
 過去の出来事として設定資料集に載っていた「フィッシャー侯爵家の悲劇」だ。

 この事件は本編中、サラッと語られるのだがその中でフィッシャー侯爵家にいるエマ嬢の話が出てくる。実はエマ・フィッシャーは脇役で、ヒロインの戦闘サポーターのひとりなのだ。
 彼女は当時の襲撃事件の被害者で、頭部に大きな傷を負っている。これはエマ嬢があの飛行型モンスターに連れ去られ、高所から落とされたときの怪我だ。
 幸いにも木に引っかかって命に別状はなかったものの、落下時の衝撃で木の枝が額を引き裂き、横一文字に額に傷跡が残ってしまっている。

 ゲームでは、彼女が密かに想いを寄せるサブキャラとの告白をサポートするサブイベントがあった。
 誰にでも見える場所に傷跡がある令嬢は引き取り手がいないに等しい。そんな中、同じくヒロイン一行をサポートするサブキャラのひとりに想いを寄せるエマ嬢を勇気づけ、ふたりの仲を近づけるイベント。
 実はそのサブキャラもエマ嬢に想いを寄せていて両片想い状態なのに、エマ嬢は「自分は傷物だし…」と勇気が出ず、そのサブキャラは「俺は身分が…」とか言ってモダモダする。ヒロインを操作するプレイヤーたちは皆「はよくっつけよ!!」ってなりながらドキドキハラハラしてサポートするのだ。
 意外とそのサブイベントは好評で、エマ嬢とそのサブキャラのスピンオフ小説も出た。俺は買って読んで泣いた。ゲーム上では語られなかったお互いの心の中の葛藤が…!お互いを思いやるがゆえにすれ違っててああああ!!ってなったもんだ。


 話が逸れたな。


 つまり、そのエマ嬢がこの前のエマ嬢で。
 大怪我を負うはずだったけど、今は唯一あった腹部の傷跡もほぼ残ることなく元気だという。

 ……シナリオ変えちゃった☆(てへぺろ)

 まあ、ルルの件でもう変えてるからもういいか。


 さて、なんでこんな話をつらつらとしているのかというと。


「この度は、誠に有り難く…」
「いやいやいや、そこまでせずとも!」

 自邸応接室で、先触れを通して訪問してきたフィッシャー侯爵夫妻が頭を下げているのだ。つむじが見えるほどに。
 貴族にとって相手に頭を下げるという行為は弱味を握られるに等しい。特に頭のてっぺんなんざ見せようものなら、相手に恭順すると言っても過言じゃない。
 そこまで頭を下げるのは、通常は国王・王妃両陛下のみだ。

 慌てて頭を上げさせ、座らせる。
 そう、この人たち立って頭下げたの。そんなの通常は以下略。
 そもそも俺は公爵代理であって、本来は伯爵。軽くでも頭を下げられるような立場じゃない。

「私は有事での行動を取っただけ。これは代理とはいえ、レーマン公爵家当主として当然の行動です。そこまで感謝されるほどでは…」
「いいえ。あなたがあの場にいてくださらなかったら、あのモンスターを撃ち落としてくださらなかったら、次女のエマは連れ去られていました。実は、あのとき長女のレナも襲われたのです」

 マルクスと同い年だったか。彼女自身も優秀で、マルクスから「学年一の才女だ」と聞いている。

「あなたがあの場にいなければ、私は判断に迷ったでしょう。あなたがあの場にいてくださったからこそ、エマがほぼ無傷で助かったのです」

 ―― ゲームで、なんでエマ嬢が大怪我を負ったのか。

 それはフィッシャー侯爵の到着が遅れたからだ。
 そして、ゲームのヴォルフガングはルルに付き添っていなかった。
 ルルはもちろん参加していた。ただ、親戚の女性に頼んで連れて行ってもらっていたんだ。

 まず、襲撃してきたモンスターは2体いた。
 1体はあの庭園に現れた鳥型のモンスター。1体は、厩舎で愛馬の手入れをしていたレナ嬢に襲いかかった狼型のモンスター。
 たまたま、レナ嬢の様子を見に来たフィッシャー侯爵がモンスターに襲われ、必死に抵抗するレナ嬢を見つけて助けようとする。が、そのとき後方からエマ嬢もモンスターに襲われたと聞いて、フィッシャー侯爵は狼型モンスターを倒した後すぐにエマ嬢を助けに向かった。

 ゲームの世界では、その判断が最適であったが、悲劇を生んだ。

 実は狼型モンスターは倒しきれていなかった。
 護衛がレナ嬢に駆け寄り、その場から退避しようとした瞬間、死にかけの狼型モンスターが襲いかかってきた。護衛を目の前で食い殺され、レナ嬢自身も片足を失うという大怪我を負うのである。
 エマ嬢は飛行型モンスターによって空高く連れ去られ、フィッシャー侯爵が到着した頃には既にエマ嬢は落とされていた。
 ゲーム本編ではレナ嬢について何も語られていなかったが、スピンオフにてレナ嬢の状態について少し触れられている。スピンオフ本編中のエマ嬢いわく「お姉さまは廃人のようになってしまった、本物の人形のようになってしまわれた」と。

 だが現実は、俺がルルの付き添いとして侯爵邸に訪れたこと、フィッシャー侯爵夫人に引き止められ庭園のお茶会に参加していたことでレナ嬢とエマ嬢の悲劇は防げたのである。
 庭園でエマ嬢が襲われたと報告を受けたフィッシャー侯爵は、俺が庭園にいることをすぐに思い出し、俺であれば対処できるだろうと信頼してくれてレナ嬢を襲ってきた狼型モンスターの対処に専念した。
 そのため、狼型モンスターが完全に死んだことを確認してから、フィッシャー侯爵はその場を離れている。

「…それであれば、フィッシャー夫人に御礼をお伝えください。あのとき、夫人に引き止められなければ私は庭園から離れあなたと一緒に仕事に関する話をするつもりだったのですから」
「ああ…そうですね。妻の判断には感謝せざるを得ません」
「わたくしは、付添人であるゾンター卿があの場から離れ、ルイーゼ様をおひとりにするのはどうかと思っただけで…」
「だが、その判断でエマは救われたのだ。ありがとう、アンジェリカ」

 ぽ、と夫人の頬が赤く染まる。
 このふたり、政略結婚だと小耳に挟んでたが仲が良いな。

「…それで、当家をモンスター共がなぜ襲撃できたのか、ですが。どうも結界石のひとつが壊れていたようなのです」
「なるほど」
「ですが問題なのはその壊れ方でして…誰かに、破壊されたような跡でした。施錠されていたにも関わらず」

 ―― なんだって。

 思わず眉間に皺が寄る。
 侯爵も俺と似たような表情で、小さくため息を吐いた。

「至急、陛下に奏上しました。そのため、各家へ緊急の点検要請が送られました。結果は明日の予定で緊急招集がかかった貴族会議で発表されます」
「当家にも要請があったため点検しました。問題ありませんでしたが、そのようなことが…」

 結界石は人為的に壊すことが可能だ。
 これは万が一、結界石が暴走したとき等の対処のためにあえて作られているバックドアのようなもの。

 そこを悪用されぬよう、結界石を設置してある周囲には更にエリアロックと呼ばれる施錠魔道具の設置が義務付けられている。
 これはあらかじめ設定した手順でないと、囲ったエリアを解錠できない代物だ。施錠されているエリア内ではいかなる攻撃も行えない。魔法も、物理も。
 そして設定した手順というのは設置者によって千差万別なので、決まった手順等は一切ない。各家によって「風の魔法で右右左上下左と葉っぱを飛ばせたら」といったようなものから「当家の人間が国家を正確無比に歌ったら」とかまである、らしい。これは例えで教わったやつだから実際に設定されてるかは知らん。
 ただ、一手でも手順を誤れば設定者の当主に警告が飛ぶ仕組みになってる。

 ちなみに、我が家のエリアロックの解除方法は「レーマン家の血筋を持つ人間が、当家にある最も大切にされているものに刻まれている言葉を詠唱すること」となってる。
 この【当家にある最も大切にされているもの】は、当主によって変わる。父上が死んだときは幸いにもマルクスに口伝で対象のものがなんなのか伝えられていたため、問題なく解錠して再設定できた。
 できなきゃ王宮魔術師に頼んで解錠魔法を組んでもらわなきゃいけないところだった。あれ高いんだよ。

「…仔細は、明日の貴族会議の場で確認することにします」
「ええ。奏上した私にも伝えられていない内容が含まれていると思われますから」

 はー。しかし、急に陛下から「明日会議やっから集合な(超意訳)」って招集状が来てなんのことやらと思ったら…思った以上に事態がデカいな。
 設定資料集の話はそこまでデカくなかった気がするが…ゲームの都合上端折られた設定か、それともフィッシャー侯爵家の姉妹が無事だったことによる、シナリオ改変か。

 まあいずれにしても俺がやることはただひとつ。

 ルルを幸せにすることだ。

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