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【番外編】エピローグ、そしてプロローグ(J視点)
エピローグ、そしてプロローグ(前)
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まどろみから目覚めると、あの女が傍らに立っていて、ベッドに横たわっている彼を見下ろしていた。
東洋系の、美しいが表情のない顔。
この女にも声を立てて笑うときがあるのだろうか。彼の前では見せないだけで。
「また、俺が逃げ出したのか?」
彼のほうからそう訊ねると、女――リンネ・ロゼはわずかにうなずいた。
「ああ。だが、今回は最悪な逃げ方をしてくれた。以前のようにおまえ一人で逃げてくれれば、以前のように処理できたのだがな」
「最悪?」
「タイム・シアーを道連れにして逃げた。よりにもよって、キーツのシアーを」
「キーツ……ライアン・キーツか?」
「そうだ。おまえも一度だけ会ったことがあるだろう。あの男は今、ここでいちばん優秀なシアーを担当している。もともとおまえと組ませることに乗り気ではなかったが、今回の件で、もうおまえには関わりたくないと言ってきた。今まであの男がジャンパーにそんなことを言ったことはなかったぞ。それほどおまえに激怒したということだ」
「自分のシアーを道連れにされたからか?」
「それもあるだろうが、おまえが、そのシアーとおまえたちを追いかけていたジャンパーをピストルで撃ち殺そうとしたことのほうが大きいだろうな。結局、どちらも無傷で済んだが――シアーのほうは、キーツが自分の体を盾にして守ったそうだ――そうでなかったら、おまえはあの男に直接殺されていただろうよ。それこそ、何度でも」
「その俺は今どこに?」
「キーツはマシンを渡して、逃亡先に置き去りにしてきたそうだが、そのマシンの発信信号も本人のそれもまだ探知できていない。……おそらく、いつもと同じだろう」
「ああ……きっとそうだろうな」
他人事のように彼は同意した。
「で、あんたはどうするんだ? こうなる前の俺を、また拉致してくるのか?」
「いや。いい機会だ。もうおまえの収容はしない。おまえも望めば完全体にして、好きな時代に住まわせてやろう」
「いったいどういう風の吹き回しだ? いいかげん、俺に愛想が尽きたか?」
「ああ」
真顔でロゼは肯定した。冗談のつもりだった彼は、大きく目を見開いた。
「私はおまえたちに何度も同じ説明を繰り返してきた。だが、おまえたちは一人として信用せず、常にここから逃げ出そうとしてきた。それでも、シアーさえいれば優秀なジャンパーだったからそのたび収容してきたが、もうその必要もなくなった。……シアーなしでおまえを追跡できるほど優秀で、おまえよりはるかに可愛げのあるジャンパーをキーツが見つけてきたのだよ」
そのとき、かすかにロゼは笑った。
かすかだったが、明らかにそれは、彼に対する嘲笑だった。
「キーツはここの所属にはしないつもりらしいが、非常事態が起これば今回のように必ず使うだろう。それなら、おまえのような厄介なジャンパーを、私が担当しつづけることもあるまい。……おまえをそのような体にした〝仲間〟たちより、おまえを治療した我々のほうがまだ憎いか?」
「あんたらが俺を助けたのは、たまたま俺がジャンパーだったからだろう。……と、俺も何度も言ってきたんだったな」
彼は疲れを感じて目を閉じた。
今の彼が自分の意志で動かせるものは、この目と口くらいのものだ。
ロゼは元の体に戻す手立てはいくつもあると言ったが、彼は自分の生命を維持する以上の処置は拒んだ。死にたくはなかったが、ロゼたちのために働きたくもなかった。
何がきっかけだったのかはもう忘れた。意識的に忘れてしまったのかもしれない。
ロゼの言うとおり、彼は〝仲間〟から暴力という言葉では収まりきれないほどの目に遭わされ、それから逃れるために、生まれて初めてタイム・ジャンプをした。
しかし、幸か不幸か、跳んだ先はロゼのアジトの一つだった。あと少しで手遅れになるところだったと言われたが、今となってみれば、そのほうがよかったかもしれない。
「ジャンパーであろうがなかろうが、おまえが〝人間〟だったから我々は保護した。こう反論しつづけるのにも、私は飽きた。我々は本当は〝人間〟を守りたかったのではない。自分の〝主人〟を守りたかった。〝人間〟ではなく〝主人〟の復讐のために、おまえたちの〝敵〟を殲滅した。この説明を繰り返すのにも、私はもう飽きた」
「…………」
「一日だけ待つ。その間にこれから自分がどうしたいのか、真剣に考えろ。ここを出て自由になりたいというなら、自活可能な体にして送り出してやろう。そのかわり、その後のおまえの生活に我々はいっさい関与しない。自由であるということは、何もかも自分で責任を負わねばならんということだ。それくらいはおまえにも理解できるだろう。無論〝現状維持〟でもかまわんが、おまえの返答を聞いた後は、私は二度とここを訪れない。おまえももう私の顔は見たくもないだろう。……J」
心なしか、ロゼの声には清々しささえ感じられる。彼――Jは強く思った。
――終わった。
Jと呼ばれるジャンパーを〈協会〉の工作員にしたかっただけなら、今まで彼を生かしておく必要はなかった。
ロゼたちが彼を処分しなかったのは、〝人間は守るべき対象である〟という不文律があったからだ。
彼はそれを知っていた。自分がどれほど彼女らに逆らったとしても、決して殺されはしないだろうと高をくくっていた。
――ライアンのシアーを道連れにして逃亡をはかった。
――そのシアーを殺そうとした(なぜそんなことをしたのか、我ながらわからないが、ロゼがライアンの怒りを当然のこととして受け止めているところをみると、非は完全に自分のほうにあるのだろう)。
――より優秀なジャンパーが見つかった。
理由は他にもいろいろあるだろうが、それは単なるきっかけで、ロゼはずっと以前から、彼を切り捨てたいと考えていたに違いない。
〝人間〟とは違い、ロゼたちは口約束でも必ず守る。彼が希望すれば、元の体以上に健康体にしてくれて、彼が憧れていた二十世紀のアメリカに降ろしてくれることだろう。
しかし、そこから先も約束どおりだ。
ロゼたちは――〈協会〉は、今度は彼に何があっても、救いの手を差し伸べたりはしない。
「では、二十四時間後にまた来る」
ロゼはそう言うと、さっさと彼に背を向けた。
昔はもっと頻繁に訪ねてきたし、会話時間も長かった。
だが、彼がロゼの話を否定しつづける間に、彼女の足はしだいに遠のいていった。
当たり前だろうと彼も思う。ロゼたちにも感情はあるのだ。自分だったらこんな男、とっくの昔に殺している。
(だったら、俺はどうすればよかったんだ……)
自動ドアの閉まる音を聞きながら、彼はようやく自由になれるという歓喜ではなく憂鬱に沈みこんでいた。
東洋系の、美しいが表情のない顔。
この女にも声を立てて笑うときがあるのだろうか。彼の前では見せないだけで。
「また、俺が逃げ出したのか?」
彼のほうからそう訊ねると、女――リンネ・ロゼはわずかにうなずいた。
「ああ。だが、今回は最悪な逃げ方をしてくれた。以前のようにおまえ一人で逃げてくれれば、以前のように処理できたのだがな」
「最悪?」
「タイム・シアーを道連れにして逃げた。よりにもよって、キーツのシアーを」
「キーツ……ライアン・キーツか?」
「そうだ。おまえも一度だけ会ったことがあるだろう。あの男は今、ここでいちばん優秀なシアーを担当している。もともとおまえと組ませることに乗り気ではなかったが、今回の件で、もうおまえには関わりたくないと言ってきた。今まであの男がジャンパーにそんなことを言ったことはなかったぞ。それほどおまえに激怒したということだ」
「自分のシアーを道連れにされたからか?」
「それもあるだろうが、おまえが、そのシアーとおまえたちを追いかけていたジャンパーをピストルで撃ち殺そうとしたことのほうが大きいだろうな。結局、どちらも無傷で済んだが――シアーのほうは、キーツが自分の体を盾にして守ったそうだ――そうでなかったら、おまえはあの男に直接殺されていただろうよ。それこそ、何度でも」
「その俺は今どこに?」
「キーツはマシンを渡して、逃亡先に置き去りにしてきたそうだが、そのマシンの発信信号も本人のそれもまだ探知できていない。……おそらく、いつもと同じだろう」
「ああ……きっとそうだろうな」
他人事のように彼は同意した。
「で、あんたはどうするんだ? こうなる前の俺を、また拉致してくるのか?」
「いや。いい機会だ。もうおまえの収容はしない。おまえも望めば完全体にして、好きな時代に住まわせてやろう」
「いったいどういう風の吹き回しだ? いいかげん、俺に愛想が尽きたか?」
「ああ」
真顔でロゼは肯定した。冗談のつもりだった彼は、大きく目を見開いた。
「私はおまえたちに何度も同じ説明を繰り返してきた。だが、おまえたちは一人として信用せず、常にここから逃げ出そうとしてきた。それでも、シアーさえいれば優秀なジャンパーだったからそのたび収容してきたが、もうその必要もなくなった。……シアーなしでおまえを追跡できるほど優秀で、おまえよりはるかに可愛げのあるジャンパーをキーツが見つけてきたのだよ」
そのとき、かすかにロゼは笑った。
かすかだったが、明らかにそれは、彼に対する嘲笑だった。
「キーツはここの所属にはしないつもりらしいが、非常事態が起これば今回のように必ず使うだろう。それなら、おまえのような厄介なジャンパーを、私が担当しつづけることもあるまい。……おまえをそのような体にした〝仲間〟たちより、おまえを治療した我々のほうがまだ憎いか?」
「あんたらが俺を助けたのは、たまたま俺がジャンパーだったからだろう。……と、俺も何度も言ってきたんだったな」
彼は疲れを感じて目を閉じた。
今の彼が自分の意志で動かせるものは、この目と口くらいのものだ。
ロゼは元の体に戻す手立てはいくつもあると言ったが、彼は自分の生命を維持する以上の処置は拒んだ。死にたくはなかったが、ロゼたちのために働きたくもなかった。
何がきっかけだったのかはもう忘れた。意識的に忘れてしまったのかもしれない。
ロゼの言うとおり、彼は〝仲間〟から暴力という言葉では収まりきれないほどの目に遭わされ、それから逃れるために、生まれて初めてタイム・ジャンプをした。
しかし、幸か不幸か、跳んだ先はロゼのアジトの一つだった。あと少しで手遅れになるところだったと言われたが、今となってみれば、そのほうがよかったかもしれない。
「ジャンパーであろうがなかろうが、おまえが〝人間〟だったから我々は保護した。こう反論しつづけるのにも、私は飽きた。我々は本当は〝人間〟を守りたかったのではない。自分の〝主人〟を守りたかった。〝人間〟ではなく〝主人〟の復讐のために、おまえたちの〝敵〟を殲滅した。この説明を繰り返すのにも、私はもう飽きた」
「…………」
「一日だけ待つ。その間にこれから自分がどうしたいのか、真剣に考えろ。ここを出て自由になりたいというなら、自活可能な体にして送り出してやろう。そのかわり、その後のおまえの生活に我々はいっさい関与しない。自由であるということは、何もかも自分で責任を負わねばならんということだ。それくらいはおまえにも理解できるだろう。無論〝現状維持〟でもかまわんが、おまえの返答を聞いた後は、私は二度とここを訪れない。おまえももう私の顔は見たくもないだろう。……J」
心なしか、ロゼの声には清々しささえ感じられる。彼――Jは強く思った。
――終わった。
Jと呼ばれるジャンパーを〈協会〉の工作員にしたかっただけなら、今まで彼を生かしておく必要はなかった。
ロゼたちが彼を処分しなかったのは、〝人間は守るべき対象である〟という不文律があったからだ。
彼はそれを知っていた。自分がどれほど彼女らに逆らったとしても、決して殺されはしないだろうと高をくくっていた。
――ライアンのシアーを道連れにして逃亡をはかった。
――そのシアーを殺そうとした(なぜそんなことをしたのか、我ながらわからないが、ロゼがライアンの怒りを当然のこととして受け止めているところをみると、非は完全に自分のほうにあるのだろう)。
――より優秀なジャンパーが見つかった。
理由は他にもいろいろあるだろうが、それは単なるきっかけで、ロゼはずっと以前から、彼を切り捨てたいと考えていたに違いない。
〝人間〟とは違い、ロゼたちは口約束でも必ず守る。彼が希望すれば、元の体以上に健康体にしてくれて、彼が憧れていた二十世紀のアメリカに降ろしてくれることだろう。
しかし、そこから先も約束どおりだ。
ロゼたちは――〈協会〉は、今度は彼に何があっても、救いの手を差し伸べたりはしない。
「では、二十四時間後にまた来る」
ロゼはそう言うと、さっさと彼に背を向けた。
昔はもっと頻繁に訪ねてきたし、会話時間も長かった。
だが、彼がロゼの話を否定しつづける間に、彼女の足はしだいに遠のいていった。
当たり前だろうと彼も思う。ロゼたちにも感情はあるのだ。自分だったらこんな男、とっくの昔に殺している。
(だったら、俺はどうすればよかったんだ……)
自動ドアの閉まる音を聞きながら、彼はようやく自由になれるという歓喜ではなく憂鬱に沈みこんでいた。
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