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【番外編】エピローグ、そしてプロローグ(J視点)
エピローグ、そしてプロローグ(中)
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空が青かった。
それだけで、少なくともここが自分の故郷ではないことはわかった。
体の下には丈の短い草がびっしりと生えている。まるで絨毯のようだ。
これほど大量の緑に触れたのも、Jには初めてのことだった。
(ここはどこだ?)
だが、手がかりを得ようにも、体はまともに動かせない。確かにロゼの言うとおりだとJは自嘲した。
――自殺行為だな。
このままの状態でタイム・ジャンプをすると答えると、さすがに驚いた表情をしてから、皮肉げにロゼは笑った。
――だが、それがおまえの望みなら止めはしない。……服も患者服のままでいいのか?
Jはそれにも〝イエス〟と答えた。
彼が二度目のタイム・ジャンプをしたとき、ベッドサイドにいたのは、ロゼと、長年彼の面倒を専属で見てきた女性部下の二人だけだった。
ロゼよりは愛想がよく、外見も白人種の彼女をJは内心気に入っていたが、彼女は自分のなすべき仕事をなした後は、一言も口をきかなかった。
やはり、自分は〝厄介者〟だった。
Jは納得し、自分の決断の正しさを確信した。
――今度は我々のいないところへ跳べればいいな。
彼を見下ろして、ぽつりとロゼが言った。
――もう一度おまえが跳んできたら、我々はやはりおまえを保護する。……互いにとって、それは不幸なことだろう?
そのとき、ロゼの背後で、低い嗚咽が漏れ聞こえた。
あの彼女が、両手で顔を覆って、ブラウンの長い髪を震わせていた。
その姿を見た瞬間、Jは思わず口走った。
――俺には、どうしてもあんたたちに感謝することはできない。だが、あんたたちのところに跳んでしまったことは謝罪する。……長い間、すまなかった。
ロゼは目を見張ったあと、わずかにだが、表情をゆるめた。
――こちらこそ。……今度こそ、よい旅を。
それがJが最後に聞いた、ロゼの言葉だった。
目を閉じて再び開いたとき、白天井は青天井に変わっていた。
(どうしたもんかな……)
Jは途方に暮れて空を眺めていた。と、近くで甲高い女の悲鳴が上がった。
『どうしました?』
冷静沈着な女の低い声。
英語ではなかったが、耳にしこんだままの自動翻訳機のおかげで意味はわかった。
しかし、Jは女の声音のほうに驚いて、声がした方向に必死で顔を巡らせた。
『大変よ! あんなところに患者さんが転がってる!』
『転がって……?』
『さっきまで誰もいなかったのに。テレポーターかしら?』
『さあ。とにかく、お嬢様はここにいらしてください。今、私が確認してまいります』
Jの視線の先には、二人の人物が立っていた。
一人は白い日傘を差した、一二、三歳とおぼしき東洋系の少女。
黒髪を長く伸ばしていて、日傘と同じく白いワンピースを着ていた。
もう一人は、少女よりも頭一個分以上背の高い、やはり東洋系の女。
こちらは黒髪を肩先で切りそろえていて、男物の黒いスーツを着ていた。
(そんな馬鹿な)
Jが呆然としている間に、女はすたすたと歩いてきて、彼の横で片膝をついた。
「どこから来た?」
英語だった。Jの外見から、まずは英語で話しかけてみることにしたのだろう。
問われていることはもちろんわかったが、どこからとは答えにくかった。
「ここは……どこだ? 今、西暦何年だ?」
逆にそう問い返すと、意外なことに女は怒らず、簡潔明瞭に答えた。
「日本だ。西暦では二四××年になる」
Jは驚きのあまり声を失った。
(馬鹿な! 日本どころか人類は、二三××年に滅亡した!)
Jの顔を見て、女が訝しげに訊ねてきた。
「どちらにそれほど驚いている? 場所か? 年か?」
「……両方だ」
「今まで監禁でもされていて、テレポートで逃げ出してきたか?」
「……そうだな。どうやら俺にはそんな力があったらしい」
自分が初めてタイム・ジャンプしたときのことを思い出して、Jはあえて嘘をついた。
「その体は生まれつきか?」
「いや。ちなみに脊髄もやられているから、自分一人では体を起こすこともできん」
「……そうなる前に逃げ出せればよかったな」
「まったくだ」
心からそう言うと、日傘の〝お嬢様〟が痺れを切らして叫び出した。
『ねえ、私もそっちに行っちゃ駄目?』
女は悩むような表情を作ったが、少女に向かって叫び返した。
『大丈夫です。……ただし、驚かれるかもしれませんが』
『驚く?』
小走りにやってきた少女は、日傘の下から彼を見下ろすと、眉をひそめて、まあと呟いた。
『外傷は完治しているようですが、脊髄に損傷があって動けないそうです。ひとまず病院に入れたほうがいいでしょう』
『どこから来たのかはわかったの?』
『いえ、訊ねても答えませんでした。ただ、お嬢様がおっしゃったとおり、テレポーテーションもしくはそれに類する能力を使って、たまたまここへ逃れてきたようです。場所だけでなく西暦年も訊ねてきましたから、今まで年数もわからない状況下に置かれていたのかもしれません』
――たったあれだけの会話で、そこまで読みとったか。
Jは特に、〝それに類する能力〟と言ったところに感心した。この世界でも〝タイム・ジャンプ〟という能力は認知されているのだろうか。
一方、女の回答を聞き終えた少女は、少しの間、考えこんだ。
『……そう。とにかく、早くこの人を病院に連れていってあげましょう。この距離ならあなたが直接運んでしまったほうが早いわね?』
『お嬢様、どこから来たのかもわからない外国人を助けるおつもりですか?』
女は呆れたような顔をして少女を見上げたが、少女のほうはまったく意にも介さなかった。
『だからって、両手両足もなくて、自分では動けない人を、このまま放っておくわけにもいかないでしょう? ここはうちの敷地内なのよ?』
『まったく、悪運の強い男だ』
忌々しげに女は言うと、Jをひょいと両腕で抱き上げ、そのまま立ち上がった。
「な……」
Jは狼狽したが、女はじろりと彼を睨みつけた。
「大人しくしていろ。今、病院に連れていってやる」
「……わかった」
他人の空似だろうが、この顔には弱い。そもそも、自力ではほとんど動けぬ身だ。
Jはか細い声で答え、女の命令どおり〝大人しく〟した。
それだけで、少なくともここが自分の故郷ではないことはわかった。
体の下には丈の短い草がびっしりと生えている。まるで絨毯のようだ。
これほど大量の緑に触れたのも、Jには初めてのことだった。
(ここはどこだ?)
だが、手がかりを得ようにも、体はまともに動かせない。確かにロゼの言うとおりだとJは自嘲した。
――自殺行為だな。
このままの状態でタイム・ジャンプをすると答えると、さすがに驚いた表情をしてから、皮肉げにロゼは笑った。
――だが、それがおまえの望みなら止めはしない。……服も患者服のままでいいのか?
Jはそれにも〝イエス〟と答えた。
彼が二度目のタイム・ジャンプをしたとき、ベッドサイドにいたのは、ロゼと、長年彼の面倒を専属で見てきた女性部下の二人だけだった。
ロゼよりは愛想がよく、外見も白人種の彼女をJは内心気に入っていたが、彼女は自分のなすべき仕事をなした後は、一言も口をきかなかった。
やはり、自分は〝厄介者〟だった。
Jは納得し、自分の決断の正しさを確信した。
――今度は我々のいないところへ跳べればいいな。
彼を見下ろして、ぽつりとロゼが言った。
――もう一度おまえが跳んできたら、我々はやはりおまえを保護する。……互いにとって、それは不幸なことだろう?
そのとき、ロゼの背後で、低い嗚咽が漏れ聞こえた。
あの彼女が、両手で顔を覆って、ブラウンの長い髪を震わせていた。
その姿を見た瞬間、Jは思わず口走った。
――俺には、どうしてもあんたたちに感謝することはできない。だが、あんたたちのところに跳んでしまったことは謝罪する。……長い間、すまなかった。
ロゼは目を見張ったあと、わずかにだが、表情をゆるめた。
――こちらこそ。……今度こそ、よい旅を。
それがJが最後に聞いた、ロゼの言葉だった。
目を閉じて再び開いたとき、白天井は青天井に変わっていた。
(どうしたもんかな……)
Jは途方に暮れて空を眺めていた。と、近くで甲高い女の悲鳴が上がった。
『どうしました?』
冷静沈着な女の低い声。
英語ではなかったが、耳にしこんだままの自動翻訳機のおかげで意味はわかった。
しかし、Jは女の声音のほうに驚いて、声がした方向に必死で顔を巡らせた。
『大変よ! あんなところに患者さんが転がってる!』
『転がって……?』
『さっきまで誰もいなかったのに。テレポーターかしら?』
『さあ。とにかく、お嬢様はここにいらしてください。今、私が確認してまいります』
Jの視線の先には、二人の人物が立っていた。
一人は白い日傘を差した、一二、三歳とおぼしき東洋系の少女。
黒髪を長く伸ばしていて、日傘と同じく白いワンピースを着ていた。
もう一人は、少女よりも頭一個分以上背の高い、やはり東洋系の女。
こちらは黒髪を肩先で切りそろえていて、男物の黒いスーツを着ていた。
(そんな馬鹿な)
Jが呆然としている間に、女はすたすたと歩いてきて、彼の横で片膝をついた。
「どこから来た?」
英語だった。Jの外見から、まずは英語で話しかけてみることにしたのだろう。
問われていることはもちろんわかったが、どこからとは答えにくかった。
「ここは……どこだ? 今、西暦何年だ?」
逆にそう問い返すと、意外なことに女は怒らず、簡潔明瞭に答えた。
「日本だ。西暦では二四××年になる」
Jは驚きのあまり声を失った。
(馬鹿な! 日本どころか人類は、二三××年に滅亡した!)
Jの顔を見て、女が訝しげに訊ねてきた。
「どちらにそれほど驚いている? 場所か? 年か?」
「……両方だ」
「今まで監禁でもされていて、テレポートで逃げ出してきたか?」
「……そうだな。どうやら俺にはそんな力があったらしい」
自分が初めてタイム・ジャンプしたときのことを思い出して、Jはあえて嘘をついた。
「その体は生まれつきか?」
「いや。ちなみに脊髄もやられているから、自分一人では体を起こすこともできん」
「……そうなる前に逃げ出せればよかったな」
「まったくだ」
心からそう言うと、日傘の〝お嬢様〟が痺れを切らして叫び出した。
『ねえ、私もそっちに行っちゃ駄目?』
女は悩むような表情を作ったが、少女に向かって叫び返した。
『大丈夫です。……ただし、驚かれるかもしれませんが』
『驚く?』
小走りにやってきた少女は、日傘の下から彼を見下ろすと、眉をひそめて、まあと呟いた。
『外傷は完治しているようですが、脊髄に損傷があって動けないそうです。ひとまず病院に入れたほうがいいでしょう』
『どこから来たのかはわかったの?』
『いえ、訊ねても答えませんでした。ただ、お嬢様がおっしゃったとおり、テレポーテーションもしくはそれに類する能力を使って、たまたまここへ逃れてきたようです。場所だけでなく西暦年も訊ねてきましたから、今まで年数もわからない状況下に置かれていたのかもしれません』
――たったあれだけの会話で、そこまで読みとったか。
Jは特に、〝それに類する能力〟と言ったところに感心した。この世界でも〝タイム・ジャンプ〟という能力は認知されているのだろうか。
一方、女の回答を聞き終えた少女は、少しの間、考えこんだ。
『……そう。とにかく、早くこの人を病院に連れていってあげましょう。この距離ならあなたが直接運んでしまったほうが早いわね?』
『お嬢様、どこから来たのかもわからない外国人を助けるおつもりですか?』
女は呆れたような顔をして少女を見上げたが、少女のほうはまったく意にも介さなかった。
『だからって、両手両足もなくて、自分では動けない人を、このまま放っておくわけにもいかないでしょう? ここはうちの敷地内なのよ?』
『まったく、悪運の強い男だ』
忌々しげに女は言うと、Jをひょいと両腕で抱き上げ、そのまま立ち上がった。
「な……」
Jは狼狽したが、女はじろりと彼を睨みつけた。
「大人しくしていろ。今、病院に連れていってやる」
「……わかった」
他人の空似だろうが、この顔には弱い。そもそも、自力ではほとんど動けぬ身だ。
Jはか細い声で答え、女の命令どおり〝大人しく〟した。
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