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第三章

事案・蛸蜘蛛桜屋敷 #12 レズリー・ローと千代

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    首から上がやけに熱ぽい。
    やっぱり僕の頭はヤモリ男の口の中で溶けて無くなったんだ。
    ・・でもどうして無くなった頭で、ものが考えられるの?

 いや変になったのは、首から上じゃ無くて、反対側の首から下だ。
   つまり身体が冷蔵庫の生肉みたいに、変に冷たいんだ。
 そう気がついた頃には、物事が反転する奇妙な思考の混乱が収まりかけていた。
    これは体全体が、何かに締め付けられる圧迫感と血流の悪さで冷えているのだ。

 それに僕は自分がイエスキリストみたいに磔にされているのを知った。
 イエスの磔と違うところは、僕の両足は恥ずかしいくらいに開らかされている事だ。
    でもSMプレイでやるようなお遊び感は全くない。

    これはかなり危機的な状況だった。
    それに今回、僕の中の千代さんは力を貸してくれる気配がまったくない。
   千代さんは守護霊ではなく、自分の興味が湧くときだけに現れ、僕に力を貸してくれる存在だからだ。
    それ以外で僕を助けてくれるケースがあるとすれば、受肉先の僕という肉体が破壊されそうになった時だけだろう。

 首を曲げて自分の体を見下ろすと、身体の各部分が奇妙な事になっているのに気づいた。
   まず乳房が一回り大きくなっている。
 それに恥ずかしいけれど、処理しようかどうか迷ったまま、そのまま居座り続けている、僕のアレがこれもひとまわり大きくなって股間にぶら下がっていた。

 逆に僕の腰回りは異様なほどくびれている。
    惚れ惚れするほど綺麗なピンク色の自分の乳首を観ながら、この体は偽物だとようやく気づいた。
 僕は、精巧な肉襦袢のようなモノを眠っている間に着せられたのだ。
   腰回りの細さはその肉襦袢の裏側に仕込まれたコルセットのせいだろう。

「お目覚めのようだね、」
 一面の蛸蜘蛛桜が見えるガラス壁にヤモリ男がへばりついており、その下方には車椅子に座ったガウン姿の包帯男がいた。

「二人、同時にいる?やっぱりヤモリ男は城太郎じゃなかったんだ。」

 自分の中に閃いた一瞬の思いに、僕は喜びを感じたが、暫くして、それも又、混乱した思考の産物に過ぎない事に気づいた。

 どんな細工をしたって、六十キロ前後の体重を持つ一人の男が重力を無視してあんな風にガラスに張り付くことは出来ない。
 おそらく今、床から二メートルぐらいの上の位置でガラスに張り付いているのはヤモリ男の"抜け殻"だろう。

 だとすれば、その中身の城太郎は車椅子に座ってこちらを観ている包帯男であっても不思議ではない。

「私の契約にM女は、入っていません。」
   僕は右手首を括っている革製の手枷をガチャリとやってアピールして見せた。

「それは判っている、、こちらも済まないと思ってはいるんだがね、、。昨日の夜、君には着てもらいたいコスチュームがあると言ったろう。まあそれを身に付ける為の儀式だと思ってくれ。君にずっとMを演じてもらうつもりは毛頭ない。」

 城太郎が車椅子ごと僕の側までやって来る。
    どうやら車椅子は電動式の様だ。
 城太郎の膝の上には、人間の頭部の抜け殻というか、顔面の開きに髪の毛を付けたようなモノがのっかっているのが見えた。

「良く仕上がっている。」
 城太郎は僕の股間にあるペニスに似た長大なものを掴んでその質感を確かめながら言った。
 もちろん血の通っていないそれを触られても僕は何も感じない筈なのだが、、、 この上げ底は、ペニスサックのようになっているのかも知れない。
 
「私が何故、君のような人間を買ったか判るかね。」
 城太郎は僕の上げ底をなで回した後、その手をアナルのある方向に差し込んで来た。

  僕のお尻の割れ目一帯は、どうやら肉襦袢に覆われていない様だった。
    そして万の悪いことに僕の性感帯の一つはアナル周辺だった。

 僕の"本物"が城太郎の愛撫に少し反応すると、驚いた事に、上げ底もその鎌首をもたげるのだった。

「性を閉じこめるのがね、好きなんだよ。男であればそれを女に閉じこめる。けして性転換じゃない。SMというかボンデージの一つのありようだな。その実物というか、肉体的な実践者を見たくなってな。」
 城太郎の愛撫が執拗に続く。
    今や上げ底は完全に勃起している。

    僕はラバーとかラテックスに対する耐性と云うのか、相性がある。
   時々、事務所の仕事でスカトロ嗜好の調査対象者と相対しなければならないのだけれど、そんな時はラバーボンデージはとても有り難い。
   それは衛生用品のゴム手袋と同じ役割りを果たすのだ。
   勿論、一仕事やりおえたらボンデージは廃棄する。
   所長は「お前、これ一体幾らすると思ってんだ」と顔を歪めてなげくが、そんな事は、知ったことではない。


「このペニスは白人男性のものをモデルにしてる。ボディは誇張されているがもちろん白人女性を模したものだ。特注だよ。私がデザインした。名前はレズリー・ローだ。」
「レズリー・ロー?」
「そう、留学先でね。向こうの変態漫画でいたく気に入ったのがあったのさ。ああ言うのはちょっと日本人じゃ発想が届かないんじゃないか。私は本当に興奮したよ。」
    事前調査で藤堂城太郎は超高学歴の持ち主であり、幼い頃は神童と呼ばれていた事は判っているが、品性は全くそれに比例していない。

 城太郎の手は僕の股間ある上げ底をこすり始めている。
   勿論、その中身も刺激を受けている…。
   僕は目を固く閉じた。
   ここで、城太郎が与えてくる快楽に負ける訳にはいかない。

「スーパーマンの人間の姿がクラーク・ケントで、彼が新聞記者だって事は知っているな。彼が勤めている新聞社はデイリー・プラネットだ。そこにジミー・オルセンっていう下っ端カメラマンがいるんだが。このジミー、女装癖があってな。ケントの恋人のロイス・レーンと女を張り合うわけさ。ジミーが女になった時の名前がレズリー・ローってわけなんだよ。男の時のジミーは小柄でそばかす顔の頼りない奴なんだが、女になるとそりゃきつい目のぐっと色気の濃い良い女になる訳だ。このレズリー・ローがとてもチャーミングでね。」

 城太郎は上げ底から手を離すと、膝の上に置いてあった顔の抜け殻を立体的に見えるように僕に突き出して見せた。

「この頭部の全頭マスクで君は完全にレズリー・ローになる。」

 たしかにそのマスクは人間の顔に精巧に似せられていたが、唇の形や眉はどこかコミックじみた強い誇張があった。
 それがよりエロチックでもある。
    平面でもそんな印象を受けるのに、そんなものが立体化して表情を持ったら一体どんな事になるのだろう。

「無理よ。それって小さ過ぎる、とてもかぶれない。」
「わかってないな君は、こういうのはきついからいいんだよ。そのスーツだってそうだろ?君はその気があるよ。私にはわかる。あの子たちとはずいぶん違う。」

「あの子たち?」

 思わず声を出してしまう。三姉妹の事?と続けなかったのがまだ救いだった。
   僕の胸の鼓動が一気に早くなった。
   今、僕は本来の探偵任務を成し遂げる為の入口に立っている。

「大丈夫、ラブローションを使う。」
 城太郎は思わず漏らした僕の"あの子達"という言葉を聞き咎めなかった。
   でも僕の声が聞こえなかった筈はないのだ。
    おそらく城太郎は、僕が三姉妹失踪の噂を知らないと思っているのだろう。

 三人姉妹の失踪など、村に呼び寄せたばかりのデリバリーSM嬢が知りえる情報ではないと。
    実際、僕自身、事務所への依頼がなければこの村の失踪事件など知らなかったはずだ。

 城太郎は自分の両手に巻いてある包帯をほどいている。
    そこから手術用のゴム手袋に似た真っ黒なラバーが現れても、今の僕にはもう違和感がなかった。
 次に城太郎は電動車椅子のサイドにある物入れにほどけた包帯をほりこむと、代わりにそこから見覚えのある水筒ほどの大きさのプラボトルを取り出した。

 業務用のローションだ。
    僕はなんだかおかしくなって来た。
    段取り必須のスカトロならまだ判る、だけどこれは違う。
    着せ替え人形遊びの様だ。
 僕が着せられている特別製の肉襦袢といい、ヤモリ男のスーツといい、この電動車椅子といい、、まるでやっている事が子供遊びの様だ。

 第一、城太郎はこうやって動けるのに何故、車椅子に乗っている必要があるのだろう?
 でも、僕が知っている包帯姿の城太郎の時はずっと座ったままだった。
   ヤモリ男は城太郎かどうかは解らないんだし、、。

   一体、この人間の精神構造はどうなっているんだろう?
 いや表面の奇行に誤魔化されちゃだめ。
    こいつの本質は、お金持ちのお宅な変態野郎なんかじゃなくて、人間の精神を弄んで喜ぶいけすかない真正サドなんだから。

 ウーンというモーター音が聞こえたかと思うと城太郎の体がせり上がって来た。
 車椅子のシートが上に稼働するのだ。
    もしかして彼はやはり本当に動けないのか、、? 
    そんな事を考えている内に、僕は頭のてっぺんにドロリとした感触を感じだ。

「ひっ!!」
 冗談じゃない。ラブローションを髪の毛の上から掛けられている。
「やめろ」と怒鳴りつけたくなったが我慢した。 
   そんな事で萎縮するような相手ではないし、第一そんな反応は城太郎の嗜虐性を高めるだけだ。

    城太郎はローションでべとついたゴム手袋で僕の顔を撫で回し始める。
 僕は鼻を曲げていじられたり、唇をゴムの指で揉まれたりしながら、世の中には顔責めという分野があるのを思い出し、この被虐に感じているふりをしてやった。

     僕は探偵事務所シャドウバンの人間であると同時に、今はデリバリー女装SM譲なのだ。
 ゴムの指に少し舌を絡めてやったら、城太郎の息づかいが荒くなったのが解った。

   そのタイミングを見計らって出来るだけ冷たい声になるようにして、僕はこう言ってやった。

「ふん、この変態野郎。今のは営業用の演技なんだよ。」
 城太郎の手の動きが一瞬、氷付いたように動かなくなった。
    だがそれは本当にほんの一瞬だった。

 城太郎は僕の頭部をローションまみれにすると今度はレズリー・ローの全頭マスクの内側にローションを塗り込み始めた。
 今度は近くから観察出来るのでそのマスクの精巧さと、小ささがよくわかった。
   それにしてもマスクの首周りの肉が分厚い。
 マスクの材質がゴムだとしたら、その小さな口径を僕の頭の大きさが潜り抜ける時には相当な圧迫感がある筈だった。
 それにこんな小さなものが被れたとしても、脱ぐときは一人では無理かも知れない。

 僕はなんの脈絡もなく初めてアナルにものを入れた時の事を思い出した。
    ひょっとして僕はこのシチュエーションに興奮しているのだろうか。

 城太郎がレズリーの頭部を持ち上げて、その開口部を僕の頭の天辺に当てるのが解った。
 僕は思わず本能的に首を曲げてそれから逃れようとした。
    城太郎が力一杯それをかぶせて来ると、僕の頭は一瞬のうちにツルっと勢いよくレズリーの空洞の中に入ってしまった。

 物凄い圧迫感と閉鎖感覚。
    思い切り小さな独房に閉じこめられたような気がした。

「素晴らしい、、思っていた以上だ。完璧なレズリー・ローだ。」
    城太郎は感激したような声を上げた。

「ねえ、動いているレズリーを見たくない?」
 マスクを形づくているゴムの伸縮力のせいで、顎がうまく動かせない。
    それに首周りもきつくて声がうまく出なかったが、ともかく、僕は一刻も早くこの場の主導権を取り戻す必要があった。

「ああ、、だがもう少しこのシチュエーションを楽しませてくれ。例のコミックには敵の手に落ちたレズリーが磔にされて性的拷問を受けるシーンがあってね。」
 城太郎はシートの位置をおろし始める。
    城太郎の頭の位置が僕の股間に来ると城太郎はモーターを止め、僕の股間の上げ底をしゃぶり始めた。

 城太郎のゴムの腕が僕の腰に巻き付き愛撫をはじめ、その手がアナルをいじり出す頃には、鞘の中の本物もいきり立っていた。
 城太郎の口の中に出たり入ったりしている上げ底は、なんだか白い肉太のウナギのように見えた。
 僕は自分に与えられた快感を味わい尽くそうと腰を使い始めた。
(あっ、ヤバい、少し千代さんが出て来た。)

    だがペニスバンドのペニスを奴隷に舐めさせるのは僕の十八番だ。
 多くの奴隷達は、僕の腰使いを目でみるだけで逝ってしまうのだ。
 しかし今僕が腰を使っているのは、残念ながら半分以上、演技じゃなかった。
 千代さんのせいで本気で快楽が欲しくてたまらなかったのだ。

 ガラス壁の外に見える蛸蜘蛛桜が、こちらからは感じる事の出来ない「風」に、その枝葉をざわめかせていた。
 僕にはその様子が、城太郎の罠にかかった僕に対する蛸蜘蛛桜の嘲笑のように見えた。



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