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第三章

事案・蛸蜘蛛桜屋敷 #11 ヤモリ男の正体

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    午後三時、僕は、赤み系のアイメイクやリップメイクに拘った濃い化粧で城太郎の部屋におもむいた。
   …そこでは、昨日とは違った様子が二つあった。
    部屋の四方には、三脚に据えられたビデオカメラが一台ずつ、、、。
   そして城太郎の姿は見えず、代わりに奇妙で大きな赤黒い生き物が一匹いた。

 ぬめぬめと体表を光らせた巨大なヤモリが真っ赤な絨毯の上を這っていたのだ。
 その巨大ヤモリは怪獣の類の生き物なのだが、異常なまでの巨大さを割り引けば、どこか奇妙な親近感を覚えさせる存在でもあった。
    親近感?どうしてなんだろう?
 そのヤモリが見せた"見覚えのある形"、、それは人の背中だったのだ。
   所長を始めとして僕が何度も見たことのある"愛しい男達"の背中。

 巨大ヤモリがこちらを向く。
   口が半分開いているのが見えた。
   その暗赤色の空洞の中に、間違いなく人間の二つの瞳の輝きが見えた。

「どうだい。このラテックス製のコスチュームは、なかなかのものだろう。今日は趣向を変えて、私が君の忠実な番犬にならぬ、爬虫類ペットになるつもりだ。テーブルの上に首輪とチェーンがある。それを私の首に付けてくれないか。」

 僕は注意深く周りを見渡した。
    城太郎の声は床の上で這い蹲っている人型の巨大なヤモリの口から漏れているのではなかったからだ。
 部屋のどこかにしつらえてあるスピーカーからの声だ。
   それに城太郎固有のあの強烈でじっとりとした視線は、目の前のヤモリ男からではなく、どこか別の所から僕に注がれていた。

「どうした?、、ああ、君は自分の目の前にいる着ぐるみの中身について疑っているんだね。、、クッ、そうかも知れないな。今、君が見てるそいつの中身は、私の弟の鶴継かも知れないぞ。」

 僕は美少年の鶴継君がこのヤモリスーツを着ているのを想像して思わず生唾を飲んでしまった。
 確かに長い尻尾が生えたお尻の部分は、鶴継君と始めて会った時に見せてくれた彼のジーンズに包まれたあの形の良いお尻そのままだったし、脚が女の子みたいに随分華奢で長いのだ。

「だがそうだな、可能性とすれば、、君を城下町まで出迎えにいった当家の運転手って事もあり得るぞ。」
    城太郎が意地悪く言う。
 あの差別者?車がこの屋敷に到着するまで、遠回しにオカマがどうとか、散々ネチネチと運転手に嫌味を言われた事を思い出した。

    冗談じゃない。
    あんな田舎親父、今度あったらヤツの薄くなった頭の天辺を僕のパイロキネシスで焦がしてやりたい位だ。
    それに城太郎は"城下町"と言ったが山津市には城はない。
    自分の名前と、山津に及ぼす自分の権力を引っ掛けてそう口にしたのだ。
    …俺のマゾは性癖にしか過ぎない…、遠回しにそうも言いたいのだろう。

「、、また、めくらましですか。素直にM男の姿を晒さないのね…あなたがこのヤモリが自分だと言うのなら、私はそう思います。本当の中身なんてどうでもいい。仕事ですから。」
「、、結構、さすがはプロだ。早く私に首輪を付けてくれ。」




「馬乗りになって、、下さいませ。」
    一応、M男らしい台詞が出た。
    僕はヤモリ男の真横まで近づく。
 肩幅のある、それでいてどこか繊細で綺麗な背中だった。
    この中にいるのは、あの城太郎ではない。
    そんな思いこみがますます強くなる。

 だがその思いこみには、確たる視覚的根拠はない。
    昨夜はガウンと包帯姿の城太郎しか見ていないのだから。
    邪悪な男が美しい背中をしていないとは誰も言い切れまい。

 でも僕は自分が乗っかっている男の背中の魅力に、抗しがたくなって、ついに抱きついてしまった。

 そして四つ這いになったヤモリ男の股間に手を伸ばす。
    ぴったりしたラテックスの肌の下でペニスが勃起しかけているのが判った。
 ノートルダムのせむし男のヒロインのように、しばらく自然な気持ちでペニスを愛撫してやったが、僕は自分の任務を思い出してそれをやめた。

 背筋を伸ばしてヤモリ男の背中にまたがり直すと、馬に鞭をくれてやるつもりで、真ん中から太いしっぽが生えている尻を平手でパシンと叩いてやった。

「ヤモリ男、昨日の約束を忘れているんじゃないだろうね!」
「、、、、。」
 返事がなかったので、僕は目の下にあるヤモリの頭頂部を意地悪気にこずいてやる。

「蛸蜘蛛桜のことでございますか?」
 どうやら城太郎らしきこの人物は、僕の仕掛けたSMプレイに合わせるつもりになったようだった。
「そうだよ、この爬虫類の合いの子が、お前は脳味噌まで人間の半分になったのかい。」


  ヤモリ男は僕を背中に乗せて、昨夜、城太郎が座っていた椅子の背後回り込んでいった。
    その先には、もう一つの部屋があった。
    そして僕はヤモリ男に馬乗りになりながら隣室へのドアを潜った。
 やはり昨晩感じた通り、城太郎の欲望の王国は一部屋で収まるようなものではなかったのだ。
 ドアの奥には深い闇が広がっていた。
     部屋一杯に充満している甘い匂い。

 背後でドアが自動的に閉まった時、僕は一瞬、城太郎に閉じこめられたと思った。
 完全な闇と、頭の奥が痺れるような匂い。

 通常の世界の連続から突如、途絶えてしまった空間認識の中で、僕の腰はヤモリ男の体と融合してしまったように感じた。
 ケンタウロスのように、下半身がヤモリになった僕を想像してみる。

 僕は今、下半身をのたくらせながら細長い部屋の中を奥へと登る様にして移動している。

 この闇は永劫に続くと思われたが、突然、目の前の闇が、縦に割れた。
 思わず目を庇うためにかざした手の下に、広がる光の渦が徐々に形を整え始める。
 色覚検査に使われるような緑の斑点のなかにピンクが入り交じっている。

 ここはジャングル?

 流れ落ちて来そうな毒々しい緑に覆われたジャングルに見えたものは、巨大な一本の巨木だった。
 巨木が持つ異常なまでの枝の数と、そのねじくれが、一本の樹木をしてジャングルの様を思わせるのだ。不気味なまでの深い緑の葉の中にピンク色の小さな花が咲き乱れている。

「これが蛸蜘蛛桜でございます。」

 きっとこのヤモリ男は目の前の怪物樹木から逃げ出して来たんだ。
   このヤモリ男なら、先程まで蛸蜘蛛桜の樹皮の上をはい回っていても何の違和感もない。
    目の前に出現したものはそれほど大きく、又、醜さと美しさを同時に兼ね備えた巨木だった。

 僕はそれを温室の外から熱帯樹を眺めるように、この部屋の全面に展開されたガラス窓越しに見つめているのだった。

「これが桜、、。」 
    桜とは花弁の形以外はとても思えなかった。第一、季節がまったくちがう。 
「約束を果たしました。ご褒美をくださいませ。」
 (見なければ良かったと後悔しているだろう?)どこか裏に嘲りの笑いを含んだような奴隷の声が聞こえる。

 こんな時、女王様の役割としては奴隷の慢心を粉々に打ち砕かなければならないのだが、僕は何故か、この時、男の体が欲しくてたまらなくなっていた。この甘い匂いのせいだ。

「この臭いはなに?それを教えたらキスぐらいはしてやるよ。」
「蛸蜘蛛桜の花の臭いです。真夏の夜には、小さな人の首の実を結びます。」
   サクランボならぬサクラ首…。

 気がつくといつの間にか、馬乗りになっていた筈のヤモリ男がこちらに対して仰向けに寝そべっていた。

 僕の下腹部がやけに熱い。
   目を落とすと、ヤモリ男のぬめぬめとした腕が、僕を絡め取り抱きしめていたが、実はヤモリ男を抱いたのはこちら側かも知れない。

 こんな事態に陥った原因は、頭の片隅ながらにもはっきり解っていた。
 やはりこの部屋に充満する蛸蜘蛛桜の花の臭いが主な原因なのだ。それ以外はない。



 ヤモリ男の巨大な口の中に頭ごと飲み込まれて僕は、その中にある本当の口にキスをした。
    唇や鼻の周りには、城太郎にある筈のケロイドらしき感覚はなかった。
 、、いや、こんな密封された闇の中では、それさえもよく解らないのかも知れない。
 ずっと前にふざけて女友達とディープキスをしたことがあったが、その感覚によく似ていた。
 ある時、舌はペニスになり、口蓋はヴァギナになる、そしてやがて舌が溶けてしまいそうになる。
 舌の次に唇が溶解し、次に頬が溶けだし、、やがて僕の頭はヤモリ男の口の中で完全にぐちゃぐちゃに溶けてしまった。

 僕はヤモリ男の口から自分の首を引き抜いた途端、首を失って絶命してしまうような気がして、ずっと"溶けた頭"のままでヤモリ男の口の中にいる事にした。
    僕の頭はヤモリ男の口の中で反芻されているゲロに過ぎない。

 そして、真っ暗なヤモリ男の口の中で、僕はいつの間にか眠ってしまったようだった。




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