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第二章

#05 初体験・パイロキネシスとハイヒール

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 「初めての体験」って言葉を厳密に考えると、どれがソレに該当するのか難しい事柄もある。
 自分では自覚していないけれど、実際にはそれが既に済んでしまっていたなんて事は、結構あるんじゃないかと思う。

 ファーストキスはいつ?って聞かれても、キスって行為自体を厳密に決めて置かないと、小さい頃に、大好きなおじさんやおばさんにチュッとした事まで含めちゃうと何時がファーストなのか判らない。
 自分史的には、それが「自覚を伴った」体験だったかどうか?が重要なのだと思う。

 って事で今日は、僕が初めてハイヒールなるモノを履いた日の事を整理しておこうと思う。
     多分、それは僕に取り憑いる曾祖母の千代さんの性向分析にも繋がる筈だ。多少こじつけもあるがハイヒールは「オーガズムシューズ」とも呼ばれている。
   千代さんが布施巫女として生きていた時代には、ハイヒールなんてものは勿論なかったろうから、彼女がこう云うモノに興味をもつのは少し判る。
    ただし母さんは、『アレ(千代)の歪な力の根源は霊性ではなく、強く抑圧された性欲だから気をつけなさい。』と言っていたが…。


 今では所長のせいで、ハイヒールどころか、普通の女性なら一生足を通さないようなハイサイブーツだとか、ラバーブーツなんかも身につけるようになってしまったのだけど、初めてハイヒールに足を入れた時はさすがにドキドキした。

 色は「この世にはこんな複雑な表情をした赤があるんや、、」と思わせる光沢のあるダークレッド。
 そしてワイングラスの長いステムみたいなピンヒール。
 足を飲み込む内側の皮の色は漆黒。

 一目見ただけで相当高額な商品なのだろうという事が判った。
 勿論、所長の自前じゃない。
    趣味はマンウォッチングに民俗考古学、本物の変態、そして金は欲しいくせに、それを稼ぎ出す才能は全くない人なのだ。


「ヒアもそろそろヒールを履きこなさないと一人前とは言えないな。藤巻のを貸してやるから、一度履いてみろ。たしか足のサイズは一緒だったと思うぞ。」という流れだった。

     所長が咥え込んでくる事案対象者は殆ど成人男性、あるいはその集団だ。
    そして大分部の男達は、若くて可愛い女性に弱い。
   で、女装した僕にお鉢が回って来る。
    …なんでアンタが藤巻さんのヒールを持ってるんだ?おかしいだろ?とは聞けなかった。
   折も折、僕の中の千代さんが、今の時代のヒール体験を望んでいたからだ。

 この時点で、仕事上、少しヒール高のある女性用パンプスは経験済みだったけれど、基本的にボーイッシュな少女ぽいファッションがメインだったから、ハイヒールは未体験ゾーンで、履く必要性もなかったのだが、千代さんがそれを望むなら仕方なかった。

 パンティストッキングを履いた足でヒールにつま先を潜り込ませて立ち上がると、足裏が「滑り台の上から滑り墜ちるような」感覚に見まわれ、立ち上がった瞬間に、頭の位置が後に高くなり背骨がズドンとした。
 「これアカン!やばい!」と動悸が速まった。
 僕は普段から、やや猫背気味だったから、ハイヒールの持つ姿勢矯正力(?)は強力だった違いない。

 全身を映し出す姿見の中の自分を見て2度吃驚、スタイルが俄然優雅になっている。
 一番際だって変わったのは、ふくらはぎの部分で、その形は自分で見てもほれぼれした。

 でも、その喜びは束の間で、一旦、歩き始めると、折角手に入れた優雅なスタイルが台無しになるようなヨチヨチ歩きでしか前に進めない。
    左右にゆれるヒップラインなんて夢の夢だ。
 ようやく馴れて来た頃は、足の痛みと疲労がおそってくる。
 よくもまあこんな代物を、女性は日常的に履きこなしているものだと、この時ばかりは、女性のすごさを思い知らされた。

 現在の僕?
 それなりに「ヒール付き」は、履きこなせるようにはなったけれど、普段履きはメンズが多い。それも緩めのモノだ。
 あまり大きな声では言えないけれど、素足を使っての変態な出番もある仕事なので「綺麗な素足」も大事だからだ。

 勿論、ちゃんと自分の足に合った品質の良いハイヒールを用意すれば、随分足へのダメージが減らせるのだけれど、お値段が相当するので、自分ではその為だけにヒールを何足も買いそろえるワケにはいかないのだ。
 それに、当たり前だが、なによりもメンズの方が圧倒的に「楽」だ。

 所で、こんな苦しいハイヒールを何故、我慢して履くのか?って事なんだけど、これは答えが決まっている。
 …『履けば、魅力的になれるからだ。』…と千代さんは思っている。すべからくオシャレとは「我慢」であると。

 確かに自己主張の強いファッションは、その殆どが「身体」に悪い(笑)。
 仕事上、色仕掛の為にエナメルやPVC・ラバークロスの衣装も着用するけれど、全て身体に悪い。
 ラバーなどは普通の衣服の持つ身体保護機能とは正反対の機能を持っている。
 レザーだけが使い道を誤らなければ有用だけれど、僕が使う(正確には着させられる)モノは、極端に生地面積が広いか狭いかで、防寒や防傷の意味はほとんど無い。

 ハイヒールの歴史からして、ハイヒールが現在の目的を確立して世に普及しだしたのは、当時のファンションリーダーでもあったフランスの太陽王ことルイ14世が、これを愛したからで、その王としての発信力が自分の背の低さをカバーしようという試みに、別の価値を付加したのだ。

 千利休の目利きだけで、茶器の値段が跳ね上がる事と、千利休の感性の鋭さの相関みたいなものがここでも働いたのだろう。
 あり得ない事だけど、もし時代がナポレオン(戦い)を必要とせず、後にそのまま展開していったならば、現代都市では男も女もハイヒールを履いて、その街並みを闊歩していたに違いない。

 北の金○日・○恩がシークレットブーツの愛好者であり、同時にそれをはき続けた事による身体のダメージを背負ったと噂される事を考え合わせてみると、とても興味深い歴史の側面も見えて来る。
    …勿論、所長も千代さんもそんな事など一切興味を持ってはいないが。


    ああ、初体験と云えば、僕にはもう一つ整理しておかなければならない重要な体験がある。
    それは僕が初めてパイロキネシス能力を生き物に対して発動させた記憶だ。

     これは千代さんに取り憑かれるずっと前の出来事で、今僕が持っている布施巫女の力とは何の関係もない。

    そして所長は自分の事を、僕のパイロキネシスを制御出来る唯一の人間だと思っているようだが、実はそれ、千代さんの奸計なのだ。
    所長は千代さんにとって、己の欲望を満たす為の、とても利用しやすく便利な男だ。
   なので千代さんは、自分が受肉した僕と所長を繋ぎ止めて置く為に、そんな"思い込み"の精神操作を所長に施していたのだ。


   パイロキネシス能力の制御は僕自身が途方もない努力を重ねて獲得したものだ…。

   僕は今でも、牙を剥きだしで僕に飛びかかって来た土佐犬の顔をハッキリと覚えている。
   そしてその土佐犬が燃え上がって灰になって行く様を…。

    あれは僕がまだ小学校低学年の頃だった。
   僕がよく遊びに行く公園内の砂場は、公園のフェンス近くの切れ目、つまり生活道路側に配置されていた。
    積み上げていた砂山からふと目を上げると巨大な土佐犬に引き摺られている中年男の姿が目に入った。
    土佐犬は飼い主の制御をなんなく振り解き、口から泡を吹きながら僕に向かって突進してくる。

    まさに狂犬、何が土佐犬にそうさせたか、原因なんか判りようがない。
    本当に突然の出来事だった。
    幼心にも、"殺される"と感じた。
    そして僕の心の中にある"スィッチ"が入った。
    それを押したのは"恐怖"だったのか?"怒り"だったのか?

   とにかく次の瞬間、土佐犬は燃えていた。
   いや自ら発火した様に見えた。
   それが僕のパイロキネシス発動の初体験だ。
    ただし自分史的に、それが「自覚を伴った」体験だったかどうかはわからない。

   だが勿論、初体験だから"続き"は、ある…のだった。






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