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第1章 ビザールサーカス
#05 : 首塚にガンショット
しおりを挟む珍しく塁君が現場から先に上がって、助手の力丸君だけで撮影機材の後片付をすると云う機会があった。
で、御苦労様って感じでお茶を入れて上げたんだけど、『あっ、これは力丸君から塁君の情報を聞き出す良いチャンスかも』とアタシは思ったのだ。
力丸君は塁君のボディーガードを自認してるから並みの人間関係程度では、塁君の情報を自分の口から漏らしたりはしない。
でも塁君が心を許した相手には、ガードが嘘みたいに下がるのだ。
それが塁君が『力丸は使えない』という理由の一つなのだけど。
つまり力丸君は、"ご主人様の友達は文句なしに俺の友達だ"って感じの屈強な忠犬みたいな属性があるのだ。その上、根がスケベだから色仕掛をやると一発で口が軽くなる。
「ねぇ、塁君の魔物祓いって実際にはどうやるの?力丸君はいつも塁君と一緒なんでしょ。それにリキくんって喧嘩凄く強いから、危ない場面では彼を助けてるんでしょ。」とコーヒーを次いであげながら力丸君の隣に身体をピッタリ寄せる。
塁君の事を聞いているのに、力丸君を褒めてる事になる言い方は得意というか…このズルはいつもやってる事だ。
ついでに隙を見て彼のはち切れんばかりのジーンズの太ももに手のひらを置く。
「ん~~、そうすね。ただカメラで、変なのが取り憑いた奴を写すだけなんですけどね。塁さんが、何か特別派手な事をやる訳じゃないです。」
「えー、力丸君はそれ横で見てるだけで、塁君が魔物祓いをやってるって判るの?」
今度は驚いた風に太ももにおいた手のひらを内股の方に移動する。
「いや、その時は、なんとも言えない嫌な雰囲気が漂ってるんすよ。俺なんかは全く霊感とかないんだけど、それでも判る位だから、多分凄く悪い事が起こってるんでしょうね。それが塁さんが、シャッターを切るたびにドンドン減ってく。」
それを聞いてアタシは、如何にも怖いって感じで力丸君の肉を掴かむ。力丸の太腿はお相撲さんのそれだから、凄くやり甲斐がある(笑)。
「でも相手は目に見えないんでしょ?それにどうやってカメラのピント合わせるの?」
「塁さんには見えてるんですよ」
「そうじゃなくて、リキちゃんが何故それが判るの?て聞いてるの。」
「張り手の要領ですね。有名なホームランバッターがボールが止まって見えるって話があるけど、張り手だって無闇矢鱈に相手に向かってはってる訳じゃない。速い動作だけど、判るというか、見えてる感覚があるんですよ。その時の感覚で、塁さんがアイツ等を狙ってるのが判る。実際、時々対象からレンズの向いてる先がズレたりしてる。」
「え?、それどういう意味?」
「取り憑かれてる訳だから、取り憑かれた人間と取り憑いたヤツが何時も完全に一致してる訳じゃなくて、ズレる事もあるんですよ。塁さんは奴らの方だけを見てるんだ。だからレンズの狙ってる先がズレる。」
「………。」
その現場を想像して見て、ちょっと怖くなった。
魔物の方も怖いけど、力丸君と塁君のシンクロ率も相当怖い…。
………………………………………………………………………
塁君と、アタシが以前紹介した某女装子さんについての話をした。
塁君は最近、プライベートな表現活動として、ドキュメントタッチな女装子写真を撮っている。
でもあくまで"的"なので、塁君は自分の美学を崩したりはしないから、アタシが推薦した"彼女"が適切だったかどうかが気になっていたのだ。
それに○○さんは既婚者で、もうすぐ女装を引退して、女装が盛りの今をメモリアルとして残して置きたいという意向もあり、その辺りも、アタシの心配であったのだ…。
「○○さん。いいですね。とてもチャーミングな方だ。」
「そう良かった。○○ちゃん、美形かどうかで言ったら100点満点じゃないから…フォトジェニックではって意味だけど。」
本当のアタシの心配はそっちじゃないけれど、女装者の矛盾した心理なんて、塁君には中々理解できない世界だと思って簡潔にそう言った。
「あつ、僕は女装さんの場合、そんな風に見てません。女装の場合はあの何とも言えない色気ですよ。表面的な綺麗さじゃない。」
ここまでは塁君のニコニコ顔が続いた。
プライベート撮影が上手く行ってるようだ。
「…でも一つ問題が発生しましたけどね。」
「えーっ!なにそれ、?」
「大丈夫。Kさんとは関係なくて、例の魔物払いの方ですよ。」
「えっ!?」
凄く意外な、話だった。
「撮影の途中でこの話が起こったんですよ。○○さん、御自分の変身の為の隠れ家を持ってるでしょ。」
「ええ、そうらしいわね。○○さん、稼いてる方だし、奥さんとの関係もあるしね…。」
「でも今日日、幾ら稼いでると言っても、最寄りの駅から徒歩5分なんてのを変身の為だけに出資するのは難しいでしょ。妥当な物件を見つけてもアクセスに時間がかかるとかね。○○さんもそれに悩んでいたらしい。でそれがある日、解決策を見つけ出した。」
「それってどういう事?、てか良くそこまで聞き出せたわね。」
「聞き出したというより、依頼されたって感じです。○○さん、その変身部屋に駅からショートカットで行ける抜け道を発見したんですよ。それが結構大きな○○神社の森の横にある公園を突っ切るコースなんですが、奥に金網のフェンスがあって普通の人はそこまで行かない(笑)。フェンスに非常時用の小扉があって、それに鍵が掛け忘れてある事まで発見したんだそうです。」
アタシはこの時、小学生が遅刻対策用に開発した秘密の抜け道みたいなのを想像してしまった。まあ現実にはそんな子はもういないだろうけど。
「確かに女装子さんって、女装の為なら凄い実行力ってか、思い切った事するからね。」
「で、ある夜、出会ってしまった訳ですよ。そして○○さんは、僕のもう一つの顔も知っていた。そりゃそうですよね。幾らKさんからの紹介とはいえ、自分の女装姿を撮らせるんだから相手の身元は調べてる。」
「…出会った、って例のアレ?」
「そうです。例のアレです。何故でたのか、○○さんの背負っているものが引き寄せたのか、それとも神社横という地勢的なものか、あるいはその両方の総合的なものかはわかりませんけどね。兎に角、その時は気持ち悪かったでしょうね。質の悪いのだったら出会っただけで後々面倒な事を引き起こすし。…それにこっちも、撮影の途中なんだから、○○さんに何かあったら困る。」
「…それで魔物払いの小日向塁の登場ってわけなのね。」
以下は、○○さんの最初の体験談。
まあ狐に化かされたような話とも言えるけど、公園の奥の草むらの中で棒切れみたいな状態で気絶して、女装姿のまま転がってるのを考えると、…流石に怖い。
………………………………………………………………………………………
いつもは、車を使って移動するんだけど「その日」は、電車で外出した。
衛星都市の私鉄にしては結構大きな駅ビルのトイレで、完全女装をする。障害者用トイレはとても便利だ。
「俺のくっさいチンポを舐めてくれる男求む」の真新しい壁の落書きを眺めながら、パンスト直穿き(股間は開けてある)、ボディスーツ、ウェストニッパ、Fカップサイズのシリコン乳房、ブラウンのニットアンサンブル、ショートのウィッグにメイクは自然な感じで。
エルメスの大型バッグに、出来るだけ薄着で済ませたメンズを投げ入れて、トイレの外に人気がないのを確認し、外にでる。
トイレの出口近くにある鏡にちらっと写った自分の姿、、派手さはないけれど我ながら「いい女」だと思う。三十前後の何処かのブテックオーナーって感じ。
結構寒かったので、珍しくロングスカートにしたけれど、いつものようにボディスーツのクロッチは外しておいて、ペニスが勃起するとそれが出てくるようにした。
我ながらつくづく変態だと思う。
電車に乗ると結構混んでいて座れなかった。
女子高校生の前に立ったけれど、こちらが女装しているとは気づいてくれない。うれしいやら悲しいやら、、。
一旦駅に降りて、反対方向の電車に乗るとこちらはガラガラ。
おばさんの前に座って、なにげにスカートの上から股間を触ってペニスを勃起させる。
上から見ると両膝から始まるスカートの谷間の右側に、小さな畝があるのが判る。スカートの裏地が亀頭にこすれて気持ちがいい。
手を使って、一気に射精するまで持って行きたいのを我慢する。わざわざ女装して人前でセンズリ・・自分でも何故、こういう危ない橋を渡ろうとするのか判らない。
もしかしたら私は心の奥底で破滅したがっているのかも知れない。
ペニスはカチカチになっていて、スカートの上からもはっきりと勃起していることが分る。
それなのにおばさんは全く気づいてくれない。自分の目の前に座っているのが同性だと一度、認識したら、相手が接触してこない限り、電車に乗り合わせた赤の他人など何をしていようが気にならないものかもしれない。
結局、主要駅まで3往復したけれど何も起きなかった。
女性と思われていることは、それだけ自分の女装の完成度が高いわけだから、とてもうれしいのだけれど、「男がオンナに(化粧)するのが女装」・・誰かに、一番良い形で、目の前の美女は実は男だと気づいて欲しいものなのだ。
やっぱり寒くても、みんなの視線が集まるミニスカートにすべきだった。
脚の形には自信があるし、臑毛の処理も完璧にしてある。男たちの貼り付くような視線が、自分の脚の皮膚にまとわりつく感覚は最高で、この時ばかりは自分の女装レベルの高さを褒めたくなる。
こんな「ばれない女装」をしていても、いつも今日みたいにまったくハプニングが起きないのかというとそうでもない。
それが起こったのは、私の5回目の女装外出の日だった。
年末で人気もない夜、今日みたくナチュラルメイクじゃなく、化粧もバッチリ決め、胸ぐらいまでの茶色のウェーブのウィッグ、白のショートコート、 首にはピンクのマフラー、下は黒のタイトミニ、黒の網タイツに膝上までのピンヒールのロングブーツという娼婦すれすれの格好。
午前0時。玄関のドアを開けると同時に肌を突くような寒さがスカートの下からピンクのTバックの下着を直撃し、ゾクゾクしたのを覚えている。
男モードの時にはあり得ない、 女装ならではの「着装」による快感。
ネクタイをしめると、さあ仕事をやるぞってゆー気持ちになるけど、あんなのとは意識の変化のレベルが全然違う。
女は下着やお化粧や服を着てオンナという生き物になっていく。
お尻の割れ目に食い込んでアナルを刺激するTバックなんか、オンナに成るための下着の代表格と言っていいだろう。
その姿のまま外へ繰り出す。
まず明るいメイン通りを歩く。
さすがに年末、道行く車も殆どない。
大きな交差点に差し掛かる。
道路際に車が3台縦列しながら信号待ちしているところを俯きながら渡る。
その車のせいで左折ラインは完全に塞がってしまっているけど、そんなのはお構いなしのようだ。どうやら今日のオンナにあぶれた連中の車のようだった。
ヘッドライトが私を容赦なく照らす。
まるでスポットライトだ。恥ずかしい・・・でもナンパもちょっぴりされてみたい。
そんなことを考えながら横断歩道を渡りきる。
その直後、さっき信号待ちしていたはずの1台が無茶苦茶なUターンをして戻ってきた。
やばい、どうしよう・・・ 心臓が張り裂けそうだったが、変なリアクションをすると男の素に戻ってしまうので平常心で歩いた。
後ろからヘッドライトはみるみる近づいてくる。そしてとうとう私の横まで来てその車は停止した。
ステップワゴンだった。
どうしよう・・・助手席からストリート系の若い男が降りてきて私の横に来た。
「お姉さん、どこ行くの?」黙っていると今度は 腕を掴まれたので仕方なく立ち止まった。
「乗せてあげるから、しゃぶってよ」
初対面の最初の言葉が「フェラをしろ」って・・まあ、そんな声かけをされても仕方のないスタイルだけど、、、私の頭の中は、男と女の意識の間を振り子のように揺れる。
フェラ?そんなのしたことないよぅ・・・でも、やってみたい、男に犯されてみたいし・・・ 。
既に女装の深みに嵌るほどに「男」が欲しくなっていた。鏡の中の私というオンナが男に犯され蹂躙される所を見てみたいと、いつしか思うようになっていたのだ。
10秒ほど立ち止まって迷った後、私はためらいながらも声を出さずに首を縦に振った。
速攻で車のなかに連れ込まれた。
運転席に一人、私に声をかけた男がひとり、そして後部座席に金髪でベリーショートの男が一人・・・私はその若者の顔を見て、心臓が止まりそうになった。
彼は勤め先のバイト青年だった!
部署が同じだから、彼とは何度か話したこともある。
私の女装がばれたら、、、私は逃げ出そうとしたけれど、その時には完全に、私はこの二人にはさまれた格好になっていた。
こちらの隙を狙ってくるような寒さを感じ思わずコートの襟を立てて首をすくめる。
あの件があったのに、まだ私は懲りていない。
いやあれがあったからこそ、生活環境が変わり、転居をしてからでも女装外出が未だに続いているのかも知れない。
あの車の中で、女装の正体がばれたのに、この身体をオンナをレイプするみたいに陵辱された。
傷ついたのか、いやそうじゃない・・・正直に告白しよう。
私は今まで、あれ以上の興奮を味わったことがない。
でも一人の男としての日常生活は否応もなく続く。私は生きていく為それに順応しなくてはならない。
だから工夫やお金の力で、避けうるリスクは排除するようにしている。
多少は、贅沢な生活や貯蓄に回せる部分を削ってでもだ。
まだ夜の八時過ぎだというのに、この暗さと人気のなさはどうだ。
先程まで押し込められていた過密電車内の無機質な明るさが恋しくなる。
こんな田舎の道のりでハプニングが起こるとしたら、女装男をオンナに間違うような間抜けな狸がナンパを仕掛けてくるぐらいのものだろう。
それにこれから神社と公園に挟まれた「あの道」を、通り抜けなければならない事を思い出し、尚更うんざりした。
不動産屋の「この辺は落ち着き過ぎていましてねぇ、、女性などは怖がるんですよ、自分のハイヒールの音だけが響くみたいな感じだし街灯の数も少な目ですからね。いや、それでも事件なんて一度も起こった事がない土地柄でね、、。、、土地が安い理由? 首塚って、、ハア、お客さん関係ないですよ、今日日そんなもの、、」という言葉を思い出す。
公園はくだんの「首塚」と縁のあった土地を転用したものらしく、様々なしがらみを経過した為に、迷路じみた奇妙な造園設計が施されてあった。
それでも新しい隠れ家に辿り着くには「あの道」を通るのが一番近い。
例の道に入った。
誰もいない。まあ無理もない。
夜のウォーキング以外には特に使い道のないルートだし、、何より灯りが少なすぎる。
大昔は柳の下に幽霊と言ったらしいが、今なら「外灯の下に」と言い換えたい気分だ。
外灯と外灯の間の闇が深すぎる、、。
道の横に沿って走っている側溝からカサコソと音が聞こえた。頭の中で側溝の中に貯まった枯葉とその中を走る鼠を想像してみる。
その音を聞きながら歩くうち私はある不安に囚われるようになった。
側溝からの音は、私と平行して移動しているのだ。
それは先に進んだり遅れたりする事もあるが、確かに私の歩みと同調している。
もっと言えば、その前後する音の動きは、私を目当てとしながらも自分の襲撃を邪魔立てするような存在のあるなしを伺っているように思えた。
私の中で側溝の中を覗いて見たいという気持ちと、それを押しとどめる半ば「予感」めいたものが拮抗した。
その拮抗が破れたのは、側溝の上に填め込んである格子状のスチールに、数本の白いものがチラチラと見え隠れした時だ。
やはり何かいる、、。
側溝の横幅は大人の肩幅にも満たない。
たとえどんな生き物が潜んでいようとも、それは成人男性に危害を加えられるほどの大きさではない。
それでも念を押す意味で、誰かが違法に飼っていて逃げ出した獰猛なペットを考えてみたが、下水道ならいざ知らず、底の浅い側溝ではそれに該当するどんな生き物も思い浮かばなかった。
私は側溝に近づいて行った。すると音が止んだ。
思い切って側溝を覗き込む。側溝の闇の中にこちらを見上げる青白い顔があった。
どういうわけか顔だけだ。マスカラが溶けてにじんだような大きな目許が印象的だ。
一瞬、側溝の底に貯まった泥水に自分の顔が反射しているのだと思った。
だがその顔は、鉄格子を掴んでわめき立てる囚人のように、側溝の蓋に爪を立てこちらを睨み付けていた。
そして何度も何度も蓋を掴んだ手で自分自身の顔を引き上げて、その鉄格子に顔をブチ当て始めるのだった。
まず腐肉で出来たような青白い額がパックリと割れ、泥のような血が流れ出した。
側溝の蓋自体がぐらぐらと上下に激しく振動し始める。
私はその場から逃れる為に走り出した。
私の後を追いかけるようにして側溝の蓋が次々と飛び跳ねる。点が移動している訳ではない。
蓋の跳ね上がりは、蛇のようにうねうねと線として繋がっている。
あいつは一匹じゃないんだ。
、、だが心配ない。
もうすぐ公園の中心に辿り付く。
地元では首塚祠と呼ばれる小公園で、側溝は途切れるのだ。
走りに走った後、公園は再び陰気な静けさを取り戻していた。
明日の朝、まだ先程の幻視をくっきりと覚えているようなら、精神科の病院に行くことも考えた方が良いのかも知れない。
私は額に浮かんだ汗を拭いながら考えた。
女装癖がばれたって別に犯罪を犯したワケじゃない、、あいつのせいで会社に居られなくなったのは仕方がないにしても、転職には成功してるし、収入だって上がってる。もとの家で頑張るべきだったのだ。
今まで何度も繰り返してきた愚痴を頭の中で反芻している内に、今度は夜気の中に生臭い匂いが漂っているのに気付いた。
まったく今夜はどうかしている。
ついこの間も、自宅で猫を殺してその様子をネットに流した大学生の事がニュースになっていたが、近所の噂ではそいつの家は私の近所らしい。
もしかしたらその手合いの人間が、実は大勢いてこの公園に死骸を捨てに来ているのかも知れない。
古い謂われのある小さな祠を奥に抱えた小公園の草むらに、丸い物体が幾つも転がっていた。
暗くてよくわからないが動物の死骸というよりも、空気の抜けたサッカーボールのようなものだった。
だが嘔吐を催す悪臭は明らかにそこから漂ってくる。
私は煙草を吸わないからライターなど明かりになるようなものは持っていない。
スマホは女装してる時には封印してる。
つまり「運命」は、何も見ないで、ここを通り過ぎろと、そう教えてくれているのだ。
だが、あれが何かの死骸ならそれを確かめておく必要がある。私の隠れ家はこの近くなのだ。
明日、男の姿に戻っての、朝ぱらからの通勤途中に気分を害するようなものは見たくなかった。
それにそんな物騒な人間を、自分が住んでいる近所に放置しておく訳にはいかない。
私は隠れ家用のキーホルダーに、気休め程度のライトがついているのを思い出した。
かなり近寄ればそのライトで子細がつかめるだろう。
私はキーフォルダーを取り出しハンカチを鼻に当てて小公園の植え込みの中に入っていった。
一番近くにあった丸い物に見当をつけると、それに近づきかがみ込んだ。
丸い物の上には、毛らしいものが生えている事が薄闇の中でも判った。
とするとボールではないのだ。
鼻の方はとっくの昔に麻痺しているので、悪臭の原因がその物体であるのかどうかは判らない。
私はキーホルダーについた小さなライトのスイッチを親指の爪先で押し込んだ。
黒猫の死骸?それにしては大きい。
ライトを少し下に下げる。そこに額があった、、。
人の顔だった。目、、鼻、、その下は土にめり込んでいる。
いや下顎がむしり取られてないのだ。
そんな人の生首が地面に置かれていた。
突然、生首の上瞼がキロンと反転して私を睨みあげる。
白目の部分が燐光を放っている。
私の頭は、そんな風に眼前にあるものを冷静に分析していた。だが魂はとうの昔に消し飛んでいる。
いったん力無く尻餅をついた身体が、恐怖の為に跳ね上がる。
その途端、本当に腰が抜けた。
それでも這いずりながら、私はその場を逃れようとした。
視線が低くなる。
数十にもわたる、上顎から上だけの生首がこちらを見つめているのが気配で分かった。
次々と黒いボールの中心に、二つの青白いものがポッと灯っていく。
小公園からようやく脱出した時点で、抜けてしまった腰が戻って来るのが判った。
逃げるんだ。これは夢じゃない。
家に帰る。家に帰ったら直ぐに鍵をしめて、警察に連絡だ。
イヤ、駄目、警察は駄目!
とにかく逃げるんだ。
私は再び走り出した。
又、側溝のある道に出た。、、迷路だ。道を間違っている。
側溝が再び、飛び跳ね始める。
走った。
そして私は、急に自分の身体が軽くなるのを感じた。
振り返ると、薄闇の道の真ん中に、私のストッキングに包まれた脚がポツンと取り残されていた。
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