リクゴウシュ

隍沸喰(隍沸かゆ)

文字の大きさ
上 下
267 / 299
バシリアス ※BL

18

しおりを挟む
 実験が終わった頃、咲路が研究室に駆け付けた。茄遊矢の姿を見て、咲路は拳を震わせる。その拳を羅聖の頬に喰らわせた。咲路は羅聖が怯んでいるうちに、茄遊矢を横抱きにして研究室を後にした。
 咲路は茄遊矢を客室に匿い、汚れた茄遊矢をふわふわのタオルで拭いてやった。掛け布団をはおらせ、服を持ってくるとその場を後にした。されど屋敷は羅聖のものだ。羅聖は茄遊矢の元へやって来て、持って来ていた自分の服を無理やり着せた。サイズが大きくダボダボだ。
「行くぞ」
 茄遊矢は恐怖の所為か、従うままだった。咲路が来た頃には茄遊矢達は部屋におらず、羅聖は茄遊矢を壁の内側の北方面。やや大きな丘にやって来ていた。小さいが湖もあり、年中咲くらしいβασιλιάςバシリアスで出来た花畑もあった。羅聖はそこに腰を下ろし、茄遊矢にも座らせた。
「…………咲路さんと仲直りしないんですか?」
「今はお前の事を考えろよ。バカな野郎だな」
「すみません……」
「……咲路から何か聞いたのか?」
「昔話を……少し」
 羅聖は黙り込んだ。そこまで兄が茄遊矢に心を許しているとは思わなかったからだ。しかし彼を愛したなら話していても可笑しくはない。
「俺は咲路の心臓を食べて死亡した。改良前の体内のβασιλιάςバシリアスが咲路の心臓を元に戻そうとした結果だった。改良後の緑龍子を取り込んだ事により改良前のβασιλιάςバシリアスも更新され、生き返った」
「咲路さんの病気は? どうしてそんな事言ったんですか」
「咲路は一度だけ死にかけた事がある、彼の狩りの銃が暴発してな。重傷だった。あいつは俺よりもβασιλιάςバシリアスの浸透が遅く、治癒が完了せず死亡した。俺の発見も遅かった為に、身体を再生させた後記憶障害が見られた。更に歳を重ねる事により、だんだんと俺との思い出を思い出せなくなっていった。俺はβασιλιάςバシリアスの浸透がいい為、また元々の記憶力が異常だったのか、すべての事を記憶している。俺は歳を取る事で思い出を忘れると言う事は慢性の病気だと結論付けている。俺との出会いや思い出を思い出せない、忘れてしまった咲路は俺の兄じゃない。抜け殻だ」
 そう言えばβασιλιάςバシリアスによる記憶の回復も町の人に見られていると研究者からの発表があった。だから羅聖さんは咲路さんの記憶・思い出がなくなっていく症状に過敏に反応してしまうんだろう。
 羅聖は咲路を親しく思っていても突き放してきた。
 自分の事を忘れていく兄。接し方も変わっていく。
 時折他人のようになる。思い出を語っても覚えていない。
 特に、出会いの思い出を忘れている事について羅聖はショックを受けていた。
 彼の中から自分への愛着あいじゃくがなくなっていた。
 茄遊矢はその話を聞いて、ふとルイスの事を思い出した。
 自分も、今まさにルイスの事を忘れかけている。
 いや、忘れているのかもしれない。
 彼の声が思い出せない。
 彼の顔が、思い出した姿が本当に合っているのか分からない。
 どんな髪の色だった、彼の瞳はどんな輝きだった。
 ルイスに会いたい。
 ルイスに、会いたい……。
 茄遊矢はハッとする。そう言えば、もう一月だ。ルイスの誕生日も近づいている。茄遊矢は自分が彼の誕生日を忘れかけていた事にゾッとしながらも、覚えていた事に喜びを覚える。
 ルイスに会いたい。会っておめでとうと言ってやりたい。
 羅聖さんとは和解出来ていない。謝って、ルイスに会うことを許して貰わないと。
「羅聖さん、この間はすみませんでした……その、気持ち悪いことを言ってしまって」
「…………急にどうした。まあ、俺も言い過ぎた。気持ち悪いとは思ったが、今は別にそこまで思ってねえよ寧ろ……」
 羅聖が黙り込み、茄遊矢は許されたことを嬉しく思いつつ要件を述べた。
「もうすぐ友達の誕生日なんです」
「ん?」
「だから、祝ってやりたくて……」
「なるほど。お前は俺に本気で悪いとは思ってなかった訳か」
「本気で思ってます。……でも好きじゃなくなるのはまだ無理で……」
「好きじゃなくなるだと? そんなことが有り得ると思うのか?」
「は?」
「俺を愛さないことは決して許さない。壁の外に出るのも許さない」
「何を言って……そんな、だってルイスの……」
「お前はずっと壁の中ここで暮らすんだよ」
 羅聖はそう言い張ると去っていき、茄遊矢はルイスを思って一人で泣いた。
しかし茄遊矢はその後も諦めず、何度も羅聖に頼み込んだが、彼はなかなかに頑固者だった。一年経った今でも許して貰えなかった。それに加えて羅聖と咲路は仲直りすることはなく、いつも茄遊矢の前では喧嘩ばかりしていた。
 茄遊矢は咲路に頼まれて一緒に眠る機会が増えていた。咲路と一緒に寝ない日はなぜか羅聖と一緒に眠る。と言うかどちらが茄遊矢と一緒に寝るか茄遊矢のいない処でいつも争っていた。
 相手の部屋に眠っている時は必ずどちらも起こしに来る。今回は、羅聖が起こしに来ていた。
 羅聖は苛立ちながら寝ている茄遊矢にキスをしてから、揺すって起こした。
「茄遊矢。起きろ。朝飯だ」
「羅聖さん……? どうしてまた羅聖さんがご飯を……」
「そうだ、いい加減にしろ」
 茄遊矢の後ろから抗議の声が上がる。咲路だ。
「何でいつも二人だけで先にご飯を食べるんだ」
ニーさんだって二人きりで食べるじゃないか」
「お前の方が頻度高いだろ」
「じゃあ一緒に寝る頻度は? 少し気持ち悪いくらい一緒に寝てるだろ。何もしてないだろうな」
「何考えてんだ気色ワリィ。まあ、ご想像にお任せするぜ~?」
 羅聖がギリッと歯を食いしばる。咲路は挑発するように笑った。茄遊矢は二人が朝食を食べそうにないので、随分と前に部屋を出て朝食を取りに行っていた。
 茄遊矢はルイスのことを考えていた。今年こそはルイスの誕生日を祝ってみせると、彼にどんなプレゼントをしようかと考えていた。
 朝食を終え、何故か茄遊矢の身体の実験に再び熱を入れ出した羅聖に好き放題にされる。実験後、羅聖はこんなことを言っていた。
ニーさんにこんなこと出来る筈がない。つまりもう俺だけのものだ」
 何を言っているのだろう、と茄遊矢は思う。すぐ傍にある顔の茄遊矢の視線に気が付き、羅聖は茄遊矢と唇を重ねる。
「……!?」
「どうした?」
「な、何でいきなり。散々したのに」
「実験に決まってるだろ」
「…………そうですか」
 茄遊矢の呆けた顔を存分に眺めてから、羅聖は茄遊矢に拳を差し出した。
「?」
 茄遊矢が首を傾げながらその手の下に手を差し出すと、その上にシャララと二つの首飾りネックレスが落ちてくる。
「え?」
「やる。宝石はお前が選べ」
 そう言って、茄遊矢と肩を組み、別の部屋へ移動させて、机の上に乗った色とりどりの宝石達を見せる。
茄遊矢はすぐにそれを選べた。茄遊矢が取ったのはアイル・トーン・ブルーのジルコンだった。
「それでいいのか?」
「あ、はい。……あの、どうして首飾りなんて……」
 羅聖は器具を使って宝石をはめ込んでいる。出来上がったそれの一方を茄遊矢の後ろに立って彼に着ける。もう一つを彼の手に持たせた。
「それを一番愛している者に渡せ」
 俺か、ニーさんか、と羅聖が続けようとした時だった。
「じゃあ、ルイスにあげないと。ありがとうございます。きっと喜ぶ。彼の誕生日プレゼントにします」
「………………そうか」
 羅聖は呆気に取られていた。そして考える素振りを見せてから言った。
「そいつのことを愛しているのか? 友情か?」
「友情……ではないですね」
「恋愛……か?」
 羅聖は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに問いかける。
「恋愛でもないですよ」
羅聖は茄遊矢の首飾りを眺める目が慈しみを秘めていることに気が付いて、また考える素振りを見せる。
「そんなに愛しているなら……会いに行けばいい」
「え……」
 茄遊矢は一瞬呆けてから、暫くして喜びの笑顔を浮かべる。
「…………」
 羅聖はその笑顔を見てから、微笑む。しかし彼は自分自身も微笑んでいることに気づかなかった。彼は自分自身に関心がないのだ。周りにいる人のことを第一に考え、評価する。茄遊矢が好評価ではなく低評価であることは羅聖の感性の問題だった。
「だが条件がある」
「じょ、条件?」
 やはりそう来たかと茄遊矢は思う。
「一年に一度だけ会うことを許す。だが昼までには帰って来い。帰ってこなかったら町を焼き尽くす……」
「は?」
「異論は認めない」
 茄遊矢は仕方がないと思った。羅聖がそうする理由は考えずに、ルイスと会える方の喜びの方を強く感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子
ファンタジー
プライド伯爵令嬢、ユースティティアは僅か二歳で大病を患い入院を余儀なくされた。悲しみにくれる伯爵夫人は、遠縁の少女を娘代わりに可愛がっていた。 数年後、全快した娘が屋敷に戻ってきた時。 喜ぶ伯爵夫人。 伯爵夫人を慕う少女。 静観する伯爵。 三者三様の想いが交差する。 歪な家族の形。 「この家族ごっこはいつまで続けるおつもりですか?お父様」 「お人形遊びはいい加減卒業なさってください、お母様」 「家族?いいえ、貴方は他所の子です」 ユースティティアは、そんな家族の形に呆れていた。 「可愛いあの子は、伯爵夫人のお気に入り」から「伯爵夫人のお気に入り」にタイトルを変更します。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

レンタル彼氏がヤンデレだった件について

名乃坂
恋愛
ネガティブ喪女な女の子がレンタル彼氏をレンタルしたら、相手がヤンデレ男子だったというヤンデレSSです。

めっぽう強い彼女の、めっぽう弱い部分。

猫ノ謳
ファンタジー
近未来の地球、なかでも日本の東京を舞台とした異能力バトルものです。 妖魔と戦ったり、人間同士で争ったり、ミステリーやラブコメの要素もあります。 表向き仲良さげなグループに潜んでいる敵の推理や、登場人物たちの恋の行方などを、お楽しみください☆

処理中です...